第62話 高みへと(後編)
閃光と爆風とが止み、ようやく地表が現れた。
もうそこには何もない。
あるのは爆発で抉られた巨大なすり鉢状の穴だけだった。
隕石の落下で全てが消滅した。
大地を覆う雪は土壌ごと蒸発し、地表は熱で赤く融解している。
あれほどいた岩人形達も、そしてアレフの姿もない。
そこは完全な死の世界だった。
・
ライファは何もない地表を、失望の眼差しで見つめていた。
「期待なんて馬鹿のすること。結果なんて知れていた」
冷たい声で呟くと、疲れたように息を吐いた。
「どうあがいても理は覆せない。所詮子は子、主には及べない。それが当然なのに・・・どうして期待なんかしたのか」
ライファは力なくうなだれた。
その瞬間、首に何かが巻き付いた。
「え?」
驚いたライファが確認すると、それは細く光る糸だった。
「魔糸?」
ライファが目を見開いた瞬間、糸に伝わる強力な力が彼女を地表へと引きずり落とされた。
・
隕石衝突のかなり前から、アレフは危機を察知していた。
岩巨人達との戦いの最中、ライファが何度も上空を見上げる仕草を目撃していたからだ。
上空からの何か脅威が、恐らくは隕石が落ちる事を予感していた。
アレフはその脅威に備えていた。
僅かに回復した魔力を使い、密かに強化魔法術式の準備をしていた。
『隕石が落下します!逃げて!』
「心配するな」
悲鳴に近いフィロの通信に小声で答えると、アレフは術式で脚部に肉体強化を施した。
上空から閃光となった隕石が迫る。
しかしアレフは動かない。この危機を利用する絶好の機会、それには見極めが重要だった。
鼓動を抑えひたすら待つ。
弾丸を超えた速度で隕石が落下し、地表が爆発し衝撃波が走る。
隕石衝突に紛れた姿消しと跳躍は、ライファにすら察知されなかった。
上空のライファを超え、更に上空へと跳ぶアレフ
雪雲に触れたところで限界となり、ゆっくりと落下を始めた。
落下するアレフは僅かに視線を動かし、地表を下ろすライファへと向ける。
隕石落下から逃れたことにはまだ気が付いていない。
懐から糸を取り出し、短剣へとくくり付ける。
その糸は、岩人形の体からこっそり奪った魔糸だった。
落下を続け、ライファの下まで落ちる。
その時、アレフは糸をくくり付けた短剣を、彼女の視界に入らないよう、放物線状に放り投げた。
魔糸は弧を描くように飛び、ライファの首へと巻き付く。
その瞬間、アレフは魔糸に渾身の力を込めた。
そして、アレフとライファの二つの影が地表へと落下していった。
・
「生きていたのね!」
落下するライファは笑っていた。
その脳裏に、先程顔面に投擲された短剣が思い浮かんでいた。
あれは忠告でもなく、周囲こ障壁の術式の有無を確認したのだろう。
その時から、彼は魔糸を巻き付けることを狙っていたのだ。
ライファは目の前の魔糸を掴んだ。
この糸は光の反射で辛うじて程に細く、しかも強靭だ。
糸は首にかなり食い込み、このままでは首が切断される。だから掴んで引っ張られる相殺しないといけない。
「力くらべなら負けない!」
ライファが糸を掴む手に力を込めようとした瞬間、アレフが腕を引き更なる力で逆に引っ張る。
「・・・良いわ、このまま落ちましょう」
力を抜いたライファは微笑し、重力に身を任せた。
・
空から二つの人影が落下する。
上にライファ、下にアレフ
しかし先に落下したのはライファだった。
抵抗を止めた彼女は加速のままに落下し、地面へと叩きつけられた。
逆にアレフは最後で抵抗した。
最後の魔力を絞り出し、ぎりぎりで重力制御の魔法術式を発動させた。
落下速度がみるみると落ち、地表寸前で鳥のように静かに着地した。
「痛い、本当に痛いわね」
落下したのは、かなりの高さだった。常人なら間違いなく即死だろう。
それなのに、ライファは平然と立ち上がった。
衣類が僅かに汚れるだけで、完全に無傷だった。
「好機よ、来なさいな」
ライファは首に巻き付く魔糸を容易く引きちぎると、追撃するだろうアレフに向かい構えた。
しかし追撃はなかった。
ライファの先でアレフもまた刃を構えて立っている。
所々に火傷を負い、衣服焼け焦げているが、動けない様子でもない。
「・・・情けでもかけたつもりかしら?」
ギシリ、と苛立つライファの歯ぎしりが響いた。
・
「ふざけないで!どうして攻撃しなかったのよ、千載一遇の好機だったのに!答えなさい!」
羞恥に顔を紅潮させたライファが睨みつけた。
「これで貸し借りなしだ」
「・・・・は?」
ライファは間の抜けた声を上げた。
「貸し借りって・・・さっきのディー達を転送したこと?」
「そうだ」
「・・・あなた、ひょっとしなくても馬鹿でしょ?」
「知っている」
「自覚ありなの?・・・えっと、これって怒るところよねえ?でもごめんなさい、呆れるしかなくて・・・あら?」
呆れ顔でマジマジと見るライファが、アレフの青白い顔に気が付いた。
「酷い顔、息も切れ切れだし、足もフラフラ、それって完全に魔力欠乏症の末期じゃない。そう言えば戦う前からだいぶ魔力を消耗してたけど、もしかしてお仲間のため使ったの?」
「この戦いとは何の関係もない事だ」
そう断じるアレフ、しかし言葉とは裏腹に、息も絶え絶えな姿はあまりにも弱々しく見えた。
魔力欠乏症の末期症状は深刻だ。
呼吸障害と筋弛緩て顔面は蒼白となり、まともな動くどころか、下手すれば意識を失い、そのまま死亡しかねない。
今のアレフは立つことすら満足にできない状態だった。
「虚勢は見苦しいだけよ。分かってるの?あなたはもう戦えない。あなたの負けたのよ」
「それでも最後まで抗うと決めた。戦いを辞める理由にはならない」
どこか辛そうに問い掛けるライファに、アレフが静かに微笑んだ。
明らかに虚勢だった。
現にその直後にアレフは、体制を崩して膝をついた。
どうにか立ち上がるが。呼吸は荒く、足は震え、全身は痙攣していた。
「見逃してあげるわ。だから消えなさい、私の気が変わらないうちにね。あなたは私を初めて傷付けた人間よ。悔しいけど、殺すのは少し惜しい」
「・・・あまり虚仮にしてくれるなよ。まだ終わらんものを、手前勝手に終わらせるな」
声を荒げるアレフが睨みつけた。
それにライファが当惑を見せた。
「待って、虚仮にしたつもりなんて微塵もないわ。それねら、引き分けにしましょう。続きがご所望なら、この次に会った時にでもしましょう。そうね、それが良いわ」
ライファは嬉しそうにパチンと両手を鳴らした。
「何も分かっていない」
アレフがゆっくりと首を振った。
怒りに輝く瞳でライファを睨みつけながら、ゆっくりとゆっくりと何度も首を振り続けた。
「その物言いが虚仮にしていると言っている。人の想いを、覚悟を無碍にするな。それは尊厳を汚す、この上もない侮辱だ」
「侮辱してたのね・・・不思議ね、申し訳ないと感じている。今までは人の尊厳なんて考えた事もなかった。それなのにあなたを侮辱したことを後悔している」
ライフォは悲しげ瞳でそう告げると、長く、そして深いため息を吐いた。
少しだけ間を空き、それからライフォが微笑みかけた。
「ねえ・・・あなたはどうして私と戦うのかしら?スコルプの異形体にされた人間達の復讐でもしたいの?」
「見知らぬ者がどうされようが所詮は他人事、咎めるつまりも道理もない。だがな」
顔を無表情へと戻したアレフは、とても静かな声で告げる。
その瞳には怒りが灯っていた。
「シェイド、クリス、クラタク、カスパー、カワタナ、ルゼマン、クトゥー、それにディーファ、お前が傷付けた大切な戦友の名だ」
一見穏やかなアレフの表情と物腰、しかしその瞳の奥には、仄暗い明りと闘志、そして憎悪が隠れる。
その事実に気が付いた瞬間、ライファは背筋に戦慄が走るのを感じていた。
「破滅の分神よ、お前はまた戦友を傷付けるだろう。だから敵だ。この命の全てを掛けて仲間を守る。それが理由だ」
「言い訳はしない。私にはすべき事があり、全てはそのため。だから私はあなたの敵にしかなれないのでしょうね。残念、本当に残念よ」
ライファは悲しげな声でそう言うと、力無く首を振った。
「あなたは強かった、人間の頂点にいるのかもしれない。だけど、そこから先は神の領域よ。人間では決して辿り着けない」
「知ったことか」
ライファの警告を、やはりアレフは首を振り拒絶した。
「終わらない果てなどない。いつか必ず辿り着く。だから諦めなどしない。諦めるのは死んだ後だ」
「・・・馬鹿ね」
アレフの迷いのない返答に、ライファは寂しげに首を振った。
それでも諦めきれないのだろう、ライファの表情には憂いが残る。
「私にはあなたを殺せるだけの、不死の呪いを打ち消す力がある。あなたは死ぬでしょう。怖くないかしら?」
「怖い。だが恐れて退けば、一生自分を許せないだろう。私はそれが何よりも怖い」
アレフの一片の迷いのない即答に、ライファは悲しそうに目を細めながら、それでも静かに微笑んだ。
「あなたもまた勇者、そう呼ぶべきなのでしょうね」
「ただの愚者だと、そう言った」
力なく息を漏らすのライファの呟きに、アレフがゆっくりと首を振る。
「そう・・・でしたね」
もう一度だけ、ライファは深いため息を吐いた。
太陽が雲に包まれ、大地は影に覆われる。
静か、とても静かな世界の中、ライファが右手を真横に伸ばし、手のひらを差し向けた。
手のひらの先から遠く離れた場所には、隕石落下の衝撃でなぎ倒された、枯れ木の森の残骸があった。
「これが私の力です」
ライファは厳かな声でそう告げると、手の平から黒い光の波動を発し、枯れ木の森へと解き放つ。
それはあまりに巨大な黒い力の奔流だった。
嵐の様に吹き荒ぶ黒い力、しかしそこに音はない。
黒い波動は瞬く間に枯れ木の森を広範囲に飲み込むと、その中の全てを黒く染め、砕き、そして消滅させる。
黒い光が消えると、もうそこには何もない。
かつて森だったはずのその場所は、今や抉られた地表だけを残し、それ以外の全ては跡形もなく消滅していた。
「主神より与えられし力は破滅、あらぬ罪に果て仮の肉体となり、大半の力を失いました。それでもあなたを殺すには事足りる」
「何故今それを教えた?」
「対等と認めた者への、神としての私の矜持だからです。情けを掛けられたと不服ですか?」
静かに告げる女神を前に、アレフは深々と頭を下げ一礼した。
「女神よ感謝する、ようやく認めて貰えたことに」
「私もあなたと出会えたことを嬉しく思いましょう」
そう言うと、アレフは懇願する破滅の女神へ恭しく頭を下げた。
「私はライファ、再生と破滅を司る五女神が次女、破滅の神ライファよ。あなたの名前をお聞きしても宜しいですか?」
「アレフ・バンデット、ただの人間だ」
風はなく、鳥の声もなく、炎の音さえも聴こえない。
あたりは完全な静寂に包まれる。
「では、刃を交えましょう、今度こそ対等に」
「対等に」
違いに視線を交わす神と人
雲間から陽光が漏れ出て彼等を照らす。
そしてわずかな間を隔て・・・
人と神とが動いた。
・
あの時、友は泣いていた。
「馬鹿野郎!なんで勝手に飛び出した!心配したんだぞ!」
–すまない、借りていた剣を折ってしまった。大事なものだったのに。本当にすまない。
「あっ、この野郎!これ伝説の剣だぞ!・・・ちっ、まあお前が無事ならどうでもいっか。取り敢えずは殴らせろ!」
ーおいこら!街を襲ったドラゴン相手で結構怪我してるんだぞ。少しは労わりやがれ!
「やっぱこいつ、何にも分かってねえ!その寝ぼけた頭が覚めるまで、とことん殴ってやる!」
ー上等だごらぁ!!!
結局、お互い動けなくなるまで殴り合った。
あいつはずっと泣いていた。
本当に心配してたのだと、今なら分かる・・・
「また県をあったぁ?なら今度はこの剣を使え。弘法筆を選ばずと言う言葉があるが、お前はその逆だな。下手すぎてどんな武器も壊しちまう。たまには調達するこっちの事を考えろよ」
ー武器なんて何でもいい。壊れたら敵から奪うし、素手でも何とかなる。そんな事より賃金が底をついたぞ。そっちをどうにかしろ。
「うるせえ!金がないのは、てめえがいっつも武器を壊しまくるせいだ。この前も、黄昏の女王から借りた弓を折りやがって!おかげで興味・・・怒り心頭の女王に拉致されかけぞ!よし動くな!今から顔面を殴り飛ばす!」
ーいや待て、その女王から何かのお誘いの文が来てたがあれは何だ?怖くて断ったが。いや待て、殴るな!痛っ、やりやがったな!
お互い殴り殴られ・・・よくもまあ殴り合ったものだ。
武器を壊したのは悪かったが、責めてくれるな。才能あふれるお前と違い、私には何の才能がないのだ。
「これを使いやがれ」
ある日、あいつがしばらく姿を消し、ある日突然戻って一振りの刃を渡した。
ーお前!半年の間、何処をほっつき歩いてた!ん、何だこの剣は?砂漠の国の曲剣に似てるが少し違うな。
それは少し反った白い片刃の剣だった。
言葉に出来ないほど美しい、まるで芸術品のようだった。
「なんとなんと、そいつはこの俺様が作ったのだ。さあ褒めよ、称えよ俺を!全ての知識と技術を注いだ最高傑作、絶対に折れず、欠けず、そして全てを切る!神だろう何だろうとだ!」
ー分かったありがとう、喜んで受け取ろう。でもお前のドヤ顔はムカつくから殴る。
「まてまて!この顔は生まれつきだ!いいから、この波紋を見てみろ、穏やかな波の様だろ。痛っ!だから殴るのはやめろ」
ー半年留守にした言い訳がそれか!
「だから聞け!その剣、いいやその刀の銘は『漣』だ。波紋になぞらえた、穏やか波という意味だ。大事に使え。だから痛えよ!」
ー善処しよう。よし殴る
「おい魔法はやめろ、くっそこの野郎が!ぶち殺す!」
ー半年間お前の仕事全部押し付けられた恨み、今こそ晴らす!死ねやごらぁ!!!
あの時は三日三晩殴り続けて、周囲は文字通り焦土と化してたな・・・
まあなんだ、いつも殴り合ってた気もするが、気のせいにしておこう。
照れくさかったんだ、まあ許せ。
懐かしい、早く地球に帰りたい。
早くお前に会いたい
・・・会いたい
・
極限まで研ぎ澄まされた精神の中、濃密な時がゆっくりと流れていた。
―心身の状態は最悪。魔力はなし、体もまともに動かない。切り札も使えない。使えば自身に負ける。
―渾身の一点突破、全てを賭ける。
握り手を額に掲げ、意識と力とを注ぐ。
何よりも信じる漣、その切っ先に今ある全てを。
―漣よ、最高の相棒よ、どうか力を貸してくれ。
―信じてよう、信じてくれ。お前となら神すら斬れると。
―全てを注ごう、全てを賭けよう。
―私達の全てを
全てを注ぎ渾身の技を放つ、最善、最速、最強の技を。
放つのは突き
だだの最高の技を
・
破滅の女神の手から黒い波動が解き放たれた。
その力は触れた全てを消滅させ滅ぼす
破滅の神の象徴そのもの
その力に漣の切っ先突き刺った。
・・:かつて人は神の前に魔力だった。
神の力を前に、人と人から作られた物は消滅しかなかった。
それが過去
しかしこれは今、過去ではなく現在
人は神に抗うことを選んだ。
―この背にはたくさんの想いがある。
―強い想いは朽ちず、砕けず、そして滅びない。
―たかが神になど負けない。
かくして、人は神に抗った。
漣の切っ先は滅びの波動を斬り裂す。
過去を超え今となり、人はようやく神へと抗った。
人の想いが、神の力を引き裂いた。
ゆっくりの刻まれる刻の中、ライファの顔に驚きと歓喜の表情が浮かぶ。
彼女が見つめる視線の先、人の刃が神の心臓を貫いていた。
・
奇跡と呼ぶものに災いあれ。
奇跡など存在しないのだから。
それは成果だ。
全てを掛け、体も心も魂すら注ぎ込み、膨大な時間を費やした者が、苦難の果てにようやく積み取れた成果
ごく当然の帰結に過ぎない。
だからこそ、神は喜びたもう。
「祝福します。あなたは辿り着けた」
女神が告げた。
全てを掛けそして使い果たし、そしてようやく人は辿り着いた。
力尽きたアレフに、女神ライファは穏やかに微笑みかける。
清らかな風が吹き抜け、優しい日差しが大地を照らす。
それは穏やかなひと時の出来事だった。
本当は8千字くらいの予定は2万字を超えた上に、納得がいかないため何度も書き直したため、だいぶ遅くなりました。
あと少しだけライファのやり取りが続きます。なるべく早く更新したいです・・・




