第60話 高みへと(前編)
・・・遅くなってすいません。
謝るしかないです・・・長すぎたので3分割してます。
枯れ木がわずかに茂る小高い丘から、小柄な少女が燃え盛る都市を見下ろしていた。
「仕方ないっちゃないけど、こんな大都市を燃やすなんて、もったいないよなあー」
少女は眠たげな目でぼやいた。
彼女の名はマグ、魔力強化隊の第三中隊長で、スコルプに展開した大規模大規模火炎術式を、最終発動させた張本人だった。
その姿は小柄で、防寒着を込んで丸々とした姿は、一見して愛らしい小動物の様にも見える。
が、本性が肉食獣だと知る者は少ない。
「ディーファ大隊長も勘弁だよねえ。何であたしなんかに指揮させるかなあ〜、めんどくさいよー」
マグは心底物憂げにため息を吐いた。
そして眠そうな瞳を擦ると、ぼさぼさ髪に積もる粉雪をはたき落とした。
ディーファが奇襲を受ける直前、マグは彼女から連絡を受け、一時的に全隊の指揮権を委譲されている。
これは当初からの計画で、委譲先に選ばれた理由は、指揮能力の高さを評価されてことらしい。
最小限、最適化を目指す(つまり怠けたい)マグにとっては、迷惑な話だった。
今の魔力強化隊第二大隊の命運は、マグの手腕に掛かっていると言って良い。
そんな重荷を背負わされるなど心底やりたくない。
「何だかなあ〜」
マグは再びため息を吐いた。
「マグ中隊長!第一、第二両中隊から連絡です!」
すると彼女の元へと、巨躯の男が駆け寄って来た。
彼の名はレクト、第三中隊伝令で、マグへの伝達兼補佐兼お守り役をしている。
「大声出さなくても聴こえてるよー」
マグは瞳だけを動かし、駆け寄るレクトを面倒そうに見つめた。
「何の連絡かな?まー、大体分かってるけど、一応言ってみ?」
「はあ・・・」
一見能天気そうなマグに、レクトがため息を吐いた。
軍で目の前での上官へのため息など懲罰ものだが、慣れているのかマグは何も言わない。
気を取り直したレクトが、背筋を伸ばしてマグに正対した。
「要救助者は両名とも当隊に回収完了しました。既に第一、第三中隊に吐いては共に撤収準備完了、現在待機中です」
「あいあい予定通りね〜。んで、救援に行ったアレフさんから何か連絡あった?」
「いえ、要救助者の回収要請以後は何も」
「そ・・・一人で行っちゃったけど大丈夫かなあ〜?」
「私には何とも」
生真面目な表情で呼吸を整える部下を、マグは眠たそうに見つめ返した。
「まー心配してても仕方ないから、とっとと逃げるよっか。全隊撤収開始〜、予定集合場所まで全速で転身、戦闘は極力避けるように、ってな感じで伝達お願いねー」
「あの・・・ディーファ大隊長への」
「救援は送んない」
言い淀むレクトに、上司たるマグが言い放った。
「しかし通信が途絶えてからだいぶ経つのですよ!せめて一個分隊だけでも送らせて下さい!」
「んー、やっぱ説明しきゃなんねーのかなー」
なおも食い下がるレクトに、マグは冷ややかな視線を送った。
「駄目なものは駄目、無駄に犠牲者が出るだけだかんね。相手はこの星だって滅ぼせる奴だよ?ムリムリ」
「星を滅ぼす、ですか?それは大袈裟では?」
「ん?んんんー?こりゃ失敗、いまの無しで」
「え?無しって・・・」
戸惑うレクトを見ながら、マグはバツが悪そうに頭をボリボリと掻いた。
「あの女、あっライファの事ね。あいつは人間じゃねー、と思っといて。確かに魔力強化体ってのは、そもそも人間じゃねえじゃん、とかそんな話はやめてよね。とにかく、あの女はあたし達とは根っこから違う。なんせあいつは・・・あっ、うん、今のも無し、忘れといて」
「は、はあ・・・」
ぽかんと口を開けるレクトを尻目に、マグはポリポリと頭を掻きながら軽いため息を吐いた。
「とにかくさー、人間がどーだかなんてのはどーでもよい領域なのよ〜。とにかくあたしらじゃ、どーにもならないのさ〜。だからあの女の事は綺麗さっぱり忘れなさいな。あっ、これ命令ね」
かなり投げやりなマグの説明に、レクトは不思議そうに首を傾げた。
「・・・まるで神様」
「レクト!命令したよね?!」
いきなりマグが大声を上げた。
「何で・・・それ言っちゃうの?」
「ちゅ、中隊長?」
これまで見たことがないマグの殺気立った眼差しに、レクトは全身から冷や汗が吹き出すのを感じていた。
「レクト、命令だよ。今の言葉を絶対に誰にも言うな。これは命令だ。違反した場合、即刻処刑する。いいね」
「はっ、はい!」
これまで聞いたことがない上司の気迫に、レクトは蒼白の顔で何度もうなづいた。
そんな彼を尻目に、マグはその表情をいつの間にかいつもの眠たげなものへと戻してた。
「ほらほら無駄話なんてしてる暇ないよ。あたしらもさっさと逃げよー、命あっての物種だかんねー」
「了解・・・」
何もなかったかのように振る舞うマグを前に、何とか気を取り直したレクトが青白い顔のまま撤収の伝達を始めた。
「頼みの綱はアレフさんか・・・絶対に助けて下さいね。じゃなきゃ恨みますよ」
レクトに背を向けながら、マグは涙をそっと拭い取った。
・
朝焼けと都市の業火とが、白い雪原を血に似た紅へと染める。
そこに先程までの狂おしくも冷たい空気は、もはやどこにもない。
穏やかな朝風は、いつしか焼け臭いの不快な風へと
変わっていた。
いまだ束縛する高重力の下、立ち上がったアレフは平然とした面持ちで空を見上げた。
「フィロ、強制解除!」
『了解。実行します』
アレフの叫びに沈黙していたフィロが応える。
同時に、アレフは逆手に持ち変えた切っ先を大地へと突き立てた。
突き立てた刃から、幾重も光の筋が大地に走り始める。
『ハラハラしてたんですからね。心配かけないで下さいよ』
耳に装着した通信機からフィロの頼もしい声が響く。
走る光は円を描き、やがての青く輝く複雑な模様の光円陣となった。
そして光の円陣は、アレフを束縛する重力制御術式と絡み合い、飲み込む様に混ざり合う。
やがて識別不明にまで混じり合った光と光は、呆気なく砕け散り、微細な粒子となって消えた。
切っ先を抜いたアレフがゆっくりと中段に構えた。
「交渉再開だ、返事は変わらんがな」
アレフが凝った肩をほぐすように、首を振ってコキコキと鳴らした。
「あれは借り物だ。悪いがお引き取り願おう」
『あれ扱いとは酷いですね』
耳元に響くフィロの愚痴を無視しつつ、アレフは切っ先を呆けるライファへと向けた。
ライファからの応えはない。
彼女は呆けた瞳で燃え盛る都市の様子を眺めていた。
「・・・悔しいわ、また騙された。昔から私達は損ばかり」
抑揚のない声で答えるライファ、しかしその瞳には狂気が宿っている。
「哀れな子達、結局救えないのね」
目を爛々と輝かせたライファが、炎を背後にゆっくりと振り返った。
「お待たせしてごめんなさい。少し気持ちを落ち着けていたの。だけど不思議ね、騙された悔しさよりも安堵感が勝るの」
「安堵?」
「こちらの話よ、気にしないで」
ライファは禍々しい紅い瞳で、無表情なアレフを睨みつけた
「あなたを殺したくなかった。惜しいよ思ったのよ。だけど残念、殺されたあの子達の仇撃ちという理由ができた。殺さなくてはならなくなった」
「あの子達とは都市にいた異形体達のことか?」
「そうよ」
死を宣告するライファの声は、ぞっとするほど冷たかった。
「仇撃ちを受けよう。殺す理由には充分だ」
怒りを抑えきれないライファとは対照的で、アレフの顔に何も感情がない。
憎しみも、怒りも、哀しみも何もない。無だった。
ライファの全身から殺気が放たれ、空気を圧する。
それは先程までアレフがやっていた事と同じ事で、まるで意趣返しの様だった。
「間違っても、逃げないたら駄目よ。そんな事をしたら、大事なお仲間を皆殺しにするから」
放たれるライファの殺気が一段と増した。
・
同時に強大な魔力もまた漏れ出ていた。
禍々しい殺気と魔力とが、大地と空気と世界とが音もなく鳴動する。
只人では確実に発狂する世界への変貌
そこにありアレフは変わらない。
「虚仮威しだ、意味はない」
「足が震えているわよ?」
「では怖いのだろうな」
アレフの足は震えていない。それでも彼は恐怖を認め、しかしそれを涼しく流した。
「大事なのは無になる事、昔と友人が言っていた」
登り始めた朝日が、構える刃を白く輝かせた。
「己が身を刃と臨め、ただひたすらに刃たれ。水が流るる様に、ただ空が空と在る様に」
「面白そうな戯言ね。それが何か?」
静かに告げるアレフを前に、ライファは不思議そうに肩を竦めた。
「己を無たれ。邪念なく、想いなく、我もなく、迷いなく。さすれば無念無想、無我無迷、己が刃より曇り消ゆ。其は至るべき境地、超えるべき頂き」
「小難しい理屈を並べて偉ぶってるだけね」
「かも知れない。今も理解し不能だ」
「その友達とやらもとんだお馬鹿さんね。友人はもう少し選んだ方がよろしいわよ」
ライファが呆れ顔で肩を竦めた。
突然、彼女の背後から三発の火球が現れ、アレフへと放たれた。
火球はアレフに眼前まで迫るが、一瞬でかき消されるように消滅した。
見れば、いつの間にかアレフが白刃を打ち放っていた。
「淀みなくば機なく、機なくば刃消ゆ。即ち之、無ノ刃也」
彼は静かな声でそう告げると、白刃を中段へと構え直した。
それは不可視にして無音の斬撃だった。
白刃が火球を神速すら生易しく速さで斬り刻み、半瞬の間もなく消滅させたのだった。
「へえ・・・それが本気なのね」
ライファが驚きに目を見開いた。
同時に、瞳からは狂気が消え、同時に大気に満ちていた殺気も霧散した。
「こんな児戯に関心してくれるな。それと私の友人は私より遥かに上の実力だ。あまり舐めないでもらおう」
そう告げると、アレフには静かに白刃を構え直す。
その瞳は静かで、まるで穏やかな水面のようだった。
「そう・・・大切なお友達を侮辱したようね。ならお詫びをしましょう」
ライファが優雅な動きで一礼した。
その瞬間、倒れていたディーファと獣人達の周囲が輝き出し、その姿が朝眩い光の中に消えた
その光景にアレフが訝しげに眉をひそめた。
「転送術式か、どこに送った?」
「安心なさい。マグだったかしら?あの無駄に賢いおチビさんの所よ。これで遠慮なく戦えるわね」
「借りにしておく」
「不要よ。お詫びと言ったでしょう?それに私もあの子達を死なせたくないの」
「あの馬鹿に詫びは無用だ。あの大馬鹿相手に馬鹿呼ばわりは、むしろ褒め言葉だ」
「・・・その方って本当にお友達?」
「腐れ縁だ。迷惑極まりない」
言葉とは裏腹に、アレフは心底嬉しそうに笑っていた。
「羨ましいわね。心通わせられる友は本当に尊い存在よ。私にも昔は・・・いいえ、これは関係のない話ね。そろそろ身体も冷えてきたでしょう。殺し合いましょうか」
そう言うと、ライファは寂しそうに笑った。
・
静かな雪原の中、女神は静かに告げた、
「光よあれ」
言霊に導かれ、大気の魔力が収束し、黒い光の球となる。
おびただしい数の黒い光が、空一面を覆い尽す。
「刃よあれ」
更なる言霊で、光の球が刃に転じる。
それはライファがディーファに攻撃した時の再現だった。
異なるのは黒い球の数が先程の半分程度な事
そして倒れたディーファとはアレフが立っている事
アレフは深呼吸と共に刃を鞘に収める。
そして居合の構えを取り瞳を閉じた。
右手を掲げライファが微笑んだ。
「まずは小手試し、あの勇者達が成し遂げた事をあなたもやってみせなさい」
ライファが右手を振り下ろし、同時に五千もの黒い刃が一斉に降り注ぎ・・・
そして一瞬で消えた。
「え?」
惚けるライファがアレフを見る。
目を開いた彼が既に刃を抜き終えていた。
ライファには何も見えていなかった。
抜き放たれた刃が数多にも振るわれ、全ての球を切り裂いたのだろう。
しかしただの一振りすら見えなかった。
「あり得ないわね」
予想外の結果に、ライファは思わず肩をすくめていた。
「小手試しは終わりか?」
「ええ合格よ。これからが本番」
半ば呆れ返るライファを前に、アレフは刃をゆっくりと中段へと構え直した。
「さあ登りなさい、高みへと。辿り着けたのなら、祝福しましょう」
静寂の中、ライファの周囲の大気が歪み始める。
彼女の内から解き放たれる膨大な魔力に、空と大地とが音もなく鳴動する。
無表情のアレフと悠然と微笑むライファの視線が交差した。




