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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第7章 スコルプ異形体討伐作戦
64/76

第59話 狂気と狂喜の狭間で

大幅に遅れてしまし、大変申し訳ありませんでした。

文章を何回か全部書き直しことがあった上に、文章数が大量に増えたためとなります。

あまりに長くなったため、2分割にして投稿させて頂きます。

まずは前半部分となります。

 気殺(けさつ)という技がある。

 古来の暗殺術の一つだ。


 特殊な呼吸法と動作で気配を完全に消し、己自身を周囲と完全に同化させ、何者にも感知されなくなる隠形の技

 つまり魔力なしで姿を隠す技だ。


 この技の習得は極めて難しく。歴史上、使いこなせた者は二桁といない。

 そんな技だが今は絶えて久しく、存在すら殆ど忘れられていた。


 アレフはこの忘れられた技『気殺』で姿を隠し、ライファに奇襲を仕掛け、抜き身の一閃を解き放った。


 ・

 時は少し前にさかのぼる。


 アレフはシェイド等を救出した直後、フィロからディーファがライファの襲撃を受け、戦闘不能になった事を知らされた。

 今は護衛の獣人達が文字通り盾となって防戦している最中で、全滅は時間の問題だった。


 当然、アレフは直ぐにも戻ると決めたが、問題はシェイド重傷者だった。

 彼等を放置できす、連れも行けない。

 それは同行のイリスや獣人達も同様で、彼女達ではライファ相手では明らかに力不足、まともに戦うどころか一瞬で殺されるだろう。


 アレフはシェイド達を含め全員を、転送術式で安全圏に送ると、単身で戦いに向かった。

 その過程で、彼は魔力をほぼ使い果たしていた。


 魔力を使い果たした原因は、脱出に使った転送魔法術式だった。

 この魔法術式には大量の魔力が必要で、消費量は転送人数に正比例する。

 人間の限界に近い魔力量のアレフでさえも、短時間で2回、計10人分の転送で、魔力をほぼ消費してしまっていた。


 幸いにも魔力はまだ少しだけ残っていて、魔力欠乏症だがなんとか体は動く。

 しかしまともな魔法術式も当面使えず、また身体のキレも著しく鈍っている。

 戦いはかなり厳しいものになるだろう。


「動きは、せいぜい半分程度か」

 アレフはため息を吐きつつも、新たな戦いへと走り出していた。


 ライファとの戦いの詳細は、向かう途中でフィロから聞いていた。

 ディーファの攻撃は全く通じず、同じ攻撃を返されて戦闘不能に陥った。

 軽い魔力欠乏症状態になってはいるが、目立って大きな怪我はない。

 問題なのは獣人達で、彼等は今も命を賭してディーファを守っている。

 このままでは確実に殺される。

 報告を聞く途中から、アレフの速度はさらに増した。


 ・


 戦場に辿り着いたアレフが見たものは、傷付き倒れ、それでも立ち上がり続ける部下達だった。


 爆発的に湧き上がる激情を、しかしアレフは一瞬で抑え付け、完全に殺した。

 怒りは力に変わることもあるが、間違いなく判断を鈍らせる。極限の戦いではそれは致命的で、求められるの冷静さだ。


 感情を消したアレフは、次に気配を完全に消す。

 こうして気殺という技が発動し、彼の姿は周知と同化し、完全に見えなくなった。


 魔力が尽きた状態では、正面からまともに仕掛けても勝てる相手ではない。

 だから彼は姿を消し、奇襲を仕掛けることにした。


 走り出したいが走れない。走れば気殺が解けてしまう。

 今はゆっくりと歩くしかない。


 目の前では、部下達が何度も吹き飛ばされ、その度に必死に立ち上がる。

 彼等皆重傷を受け、血だらけだった。

 もう立つな、と叫びたいがそれも出来ない。

 叫べば全て終わり、彼等の命懸けの努力が無駄になる。

 歯を食いしばり、涙を堪え、歩き続けるしかない。


 その努力は功を奏し、気殺の技は上位者の目すら欺く。

 ライファにはアレフが見えていなかった。


 乱れる感情と呼吸を整えゆっくりと、しかし確実に進んだ。 

 握りしめる拳と噛み締める口元からは、血を滲みでる。心の痛みのせいて、肉体の痛みなど感じない。


 目の前で最後の部下が倒れ、動かなくなる。

 その横をアレフは涙を拭わず通り過ぎる。


 ようやく間合いに入る。

 その瞬間、アレフは渾身の抜き打ちを放った。


 ・


 奇襲。そして渾身の一撃だった。

 絶対に外さない必殺の斬撃だった。


 しかしそれをライファは躱した。瞬間的に大きく後退り、胸元を僅かに掠らせただけでだった。


「見えていた?」

 空を切る刃にアレフが毒づいた。ここまで完全に避けられるとは思っていなかった。

 それでも直ぐに気を取り直し、切っ先を真上に掲げ、青眼の構えをとった。


「見えてなかったわよ。ただ何となく嫌か予感がしたの」

 そんなアレフの様子を、ライファ興味深そうに見ていた。

「気配は全く感じなかったわ。初めての経験よ、本当にね」

 微笑むライファが右手を横に振る。

 すると、上空に展開されていた巨大な火球が、瞬く間に消滅した。


「何故攻撃を止めた?殺すつもりがなくなったとでも?」

「ええそうよ、彼等は成し遂げたもの、だからそのご褒美。あなたが戻るまでの時間を稼いでいたのでしょう?あなたが来て成し遂げた、だから私は彼等を認めた。殺すなんて無粋、私の矜持が許さない」

「・・・感謝はしない」

「当然よ、逆にされたら怒るわよ。彼等への侮辱ですもの」

 ライファが嬉しそうに笑い、ひと時の間が生まれる。

 その間にアレフは涙を拭った。


「涙?それは人間の真似事かしら?」

「私は人だ。哀しければ涙も出る」

「自覚ないの?あなた、人間の領域なんか軽く踏み越えてはいるわよ?どう見ても人外よ」

「人は人だ。それ以下と言うのなら否定しない」

「・・・ふうん・・・殊勝なのかしら?」

「戯言はいい、そらそろ始めようか」

 悠然と微笑むライファの余裕の視線に、アレフは憤怒に満ちた視線をぶつけた。


 瞬間、巨大な殺気が解き放たれ、冷たい雪原をさらに冷たく染めた。


 音が消えた。

 吹き抜ける風の音も、枯れのざわめきも聴こえない。

 極限に張り詰めた空気が、世界から音を忘れさせる。

 静かさに安らぎはなく、どこまでも暗く、そしてほどに重く冷たい。


「あはは!これが人の技?大したものねえ!」

 高らかに鳴り響くライファの声が、重い沈黙を打ち破った。

「さっきの姿を消した小細工も悪くなかったけど、この空気もなかなかね!」

 ライファは殺気を全身で噛み締めるかのように、両腕を大きく広げた。

「骨に響く圧、肌を裂く緊迫感!ここまでの初めて・・・あら?」

 その時、歓喜に笑うライファの胸元から、当然鮮血が吹き出した。


 僅かに掠めたように見えたアレフの斬撃は、しかし確実にライファの胸を切り裂いていた。

 奇襲は成功していた。獣人達の献身とアレフの忍耐は決して無駄ではなかった。


「斬られてたの?え、嘘?あはっ、こんなの、()まれて初めて!これが痛みなのね」

 ライファは優美な指使いで鮮血溢れる胸元へと触れる。その瞬間、指先から白い光が発たれた。

 眩い光が胸元を覆う同時に、溢れ出た鮮血は止まり、パックリと開いた傷口が瞬く間に消えてゆく。

 やがて光が消えると、そこには綺麗な肌と血の痕跡が消えた衣服とが残されていた。

「これで元通り」

「だが血は流れた、大量にな」

「そうね、良かったわね。あの子達の献身が報われたじゃないの」

「ああ、自慢の部下達だ」

 笑いかけるライファに、アレフもまた嬉しそうに頷いた。


「治癒?なんでライファお姉・・・彼女が使える?」

 まだ立ち上がれないディーファが呻くように呟いた。


 治癒魔法術式はアレフによって初めて知られ、最大の機密として隠されてきた。

 裏切り者のライファが知る事も、ましてや使える事もあり得ない。

 彼女はそれを容易く使ったのだ。


「誰だ、それを誰に教わった?」

「ああ、羽虫がうるさい」

 ライファはつまらなさそうにディーファを見下ろした。

「偽物如きが無粋極まる。せっかくの喜びを邪魔するなんて、所詮は出来損ないね」

「答えてくだ」

「黙れと言った!」

 弱々しいディーファの問いを、ライファの一括が断ち切った。


「治癒?そんなの使えて当たり前、これは私達が人間に授けたものなのだからよ。でもお前は使えない。理由は簡単、偽物だから」

「・・・待って・・・待って・・・だった私は・・・なんで偽物・・・」

「何度もそう言った。あなたは屑よ、いいえ、それ以下ね」

 絶句するディーファに、苛立つライファが吐き捨てた。

「どうしてよ!どうしてあの子達がいなくて、お前なんかが!いい加減にし、くっ!」

 突然投げつけられた短剣が、今度はライファの言葉を止めた。アレフが投げつけたものだった。


 眉間へと迫る三本の短剣をライファは僅かに動いて優々と躱す。

 そこに間髪入れず、アレフが斬り掛かった。


 放たれたのは神速の三連撃だった。

 左肩への袈裟切り、右胴への横薙ぎ、喉突きが一瞬もなく放たれる。


 常人では覚知できない神域の技

 それをライファは軽々と躱した。

 あまりに優美な動きで、それはまるで踊りにも見えた。


 そこに更なる連撃が繰り出される。

 しかし結果は同じ。神速の白刃は、全て虚しく空を切る。

 それでもアレフは刃を振るう手を止めなかった。


 ・


「・・・アレフ」

 ディーファは薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めていた。

 アレフが来た安堵に緊張の糸が切れ、忘れていた疲労が意識を容赦なく刈り取る。長くは保たないだろう。

 辺りを見渡せば、獣人達は意識を失っている。

 彼等の顔に苦痛はない。全員が安心に満ちた顔で眠っていた。

「感謝する。頼む、生きていてくれ」

 動揺も大きいが、それ以上の暖かな安堵と感謝の念に包まれながら、ディーファは意識を失い倒れた。


 ・


 アレフは気絶したディーファを庇えよう立つと、白刃を中段へと構えた。

「さしずめ、眠れる姫とお付きの騎士かしら」

 ライファは、安らかな顔で眠る妹に冷ややかな視線を送ると、残念そうに首を振った。

「だけどね、そいつは姫ではない。何の価値もないわよ」

「価値とは自身で決めるもの、とやかく言われる筋合いはない」

「正論ね。だから、ずっと不思議だったのよ、なんであの子達が命を賭けてまで戦えたのかって。でも納得した。あの子達は価値のあるものを見出してたのね」

 無言で睨むアレフを前に、ライファが天を仰ぐと嬉しそうに笑った。

「あなたでしょ?あなたがいたから!あなたのために彼等は勇者になった!」

「・・・違う」

 瞳に暗い光を湛えたアレフが静かに応えた。

 睨みつける鈍い眼光と全身とから、抑えきれない殺気が漏れ出る。


 張り詰めた空気は更に冷たく、そして重く変わりゆく。

「お気に障ったかしら?でも違わない」

 常人ならたちまち発狂する程の圧、しかしライファは意にも介さない。


「彼等はあなたにこそ価値を見出した。だから自ら戦った。あの子達を駆り立てたあなた自身が、一番よく分かってる事でしょう?」

「いかな過程があろうと、彼等が見せた勇気は彼等自身のものだ」

「それはそうだけど・・・分からないわね」

 苛立つアレフを、ライファは楽しげに、しかし穏やかに見つめた。


「凄い殺気、いいえ、そんな生易しいものじゃない。怒りも憎しみも遥かに超えた強い激情の渦。鬼気、とでも言うべきかしら」

 アレフは応えず、ただ白い呼気を吐く。

 それなのに彼の殺意の渦が、世界に沈黙を強制し、雪原を更に冷たく沈める。


 ギチギチ、ギチギチ、と何かが歪む幻聴が響く。


「凄いわね。愚かしいけど、嬉しくもある」

 満ち溢れる狂気と殺意の激しい渦、しかしその中でもライファは静かに微笑んだ。

「なんて激情かしら。勇者すら陳腐な言葉に成る程に。人間、人間、人間が、とうとうここまで来れた」

「・・・何が言いたい?」

「嬉しいのよ。幼かった人間がここまでここまで来れたのだってね」

「過大評価だ。私はそこまでの存在ではない」

 アレフが目を伏せ静かに笑った、


「謙遜が過ぎるわね、いいえ拒絶ね。分からないわね。まるであなたは全てを拒絶する。あの子達も、あなた自身もよ。何故?」

「・・・そういう存在だからだ」

 突き刺すアレフの視線を受け流し、ライファは彼の黒い瞳を見通すように見つめた。


「怒っている?私に?違うわね、その怒りはあなた自身へのもの。そう、あなたは自身に憤っている」

「そうだな、私はあいつらを死地へと追いやった。許せるわけもない」

「その罪悪感からの拒絶?いいえ違うわね」

 思いついたようにライファは呟くも、すぐにバツが悪そうな顔で首を振った。

「そっか・・・あなたって人殺しなのね、とんでもない」

 その瞬間、アレフの目が見開かれた。


 朝焼けに染まる雪原は、しかし冷たく沈む。

 張り詰めたはずの空気が、更に重く凍りついた。


 ・


 アレフの全身から莫大な殺気、否、鬼気が放たれ続ける。

 重く、重く、更に重く・・・

 心身を圧する空気が魂と肺腑とを締め上げる。

 それは常人では精神すら壊されるだろう、世界は狂気に満ちている。


「沈黙は肯定と受け取るわよ」

「・・・好きにしろ」

 そんな狂気をまるで意に介さず、ライファは哀しそうに目を伏せた。


「不思議ね、あなたの魂は黒く覆われている。それに傷だらけ。染み付いた血の匂い、こびり付いた命の残滓・・・酷い有様」

「・・・」

 応えはない。

 アレフは冷たく突き刺す視線で睨み返す。


「殺した数は、百や千どころじゃない。万?何十万?いいえ、それ以上・・・」

 見透かすように見つめるライファ、しかし彼女は気付かない。

 その瞳の奥底にまたおぞましいナニかがしずむ事に。


「だからあなたは拒絶した。触れてしまえば、あの子達を穢してしまうから。あの子達の気高い魂を黒く染めてしまうから」

「私は闇、彼等は光だ。触れれば穢れる、それは罪だ。闇は闇の中で闇として死ぬ。光はいらない」

「闇?・・・えっとまあそう言えなくもないわね」

 何故かライファが戸惑いの表情を浮かべた。

「光は闇を惹きつける。あなたは・・・いいえ、やめましょう。あなた自身が気付くべきことですね」

 それからライファは疲れたように首を振った。


「人様の傷を抉るのは楽しかったか?正直不快だが、満足したのなら何よりだ」

「傷付けたのならごめんなさい。つもりはなかったのよ」

「余計にタチが悪い」

 アレフが一歩踏み出し、その瞬間、彼の中の何が変わった。

 人とは何かが異なる、余りに暗く、そして恐ろしい何かに。

 更なる圧がライファにのしかかっていた。


「確かに・・・あなたは人ね。でもやはり人外そのもの」

 ライファの表情から笑みが消てる。逆にアレフの顔には薄笑いが浮かんでいた。

「否定はしない、私は外道だ。この手は血塗れ、どう足掻いても拭えない」

 もう一つの狂気の中、アレフが憂いの中に哭き笑っていた。


 その背後で薄暗い闇が、慟哭する様に激しく蠢く。

 それは或いは幻なのかもしれない。しかし見えなくても確実に魂に知覚させる。


「復讐に国を焼いた。それでも殺し続けた」

 ソレは妖しく瞳を揺らめかせ語る。

 果たして人なのか、答えられる者はいない。


「そう・・・それは大罪ね」

 ライファが無表情に応えた。

 人とはかけ離れたナニか、それと対峙するライファもまた人とは異なる存在なのだろう。


「まだ殺し続けるのかしら?」

「必要なら」

「嫌なのでしょう?見て分かるわ、生来の人殺しとは程遠い。難儀な性格ね。それで?あなたは一体何がしたいのかしら?」

 目の前で狂気を放つ存在に対し、ライファもまた狂ったように唇を吊り上げ嗤った。


 おぞましい狂気と禍々しい狂喜とが交差し、世界を禍々しく歪めた。


 暗雲が明け始めの陽光を覆い隠し、辺りを暗闇へと染め上がる。

「罰を受ける」

 アレフは禍々しく瞳を輝かせ、静かに笑った。

「あてなく彷徨い、憎まれ、疎まれ、哀しみ、嘆き、苦しみ殺される。受けるべき罰だ」

「では今この場で死になさいな。そうすれば楽・・・そっか、死ねないのね、きっと死にたいのに」

 興味深そうな眼差しでアレフを眺めていたライファが、突如その瞳を驚きに大きく見開かせた。


「あなたは呪われた。呪いは不死、死にたくても死ねない呪い」

「そうだ。罰としてとある神に呪われた」

「その呪い、厄介な色ね。おそらくアイツ、暇つぶしと享楽に祝福と呪いを振り撒く迷惑な奴」

「余興に祝福を押し付けるクソッタレだった」

「あなたとしては迷惑な話ね。だから、あなたは呪いを解きたいのね」

(たが)えるな。解いて死ぬなど自分勝手な甘えだ。罰を受け、贖罪に生きる。そう決めた」

「あらそう?それで贖罪って何?一体何をするのかしら?」

 冷たく沈む声で答えるアレフを前に、ライファはつまらなさそうに首を振った。


「この魂を擦り尽くし、この身が朽ちるまで事まで償い続ける。誰が為に、何が為に、なすべき事をなす」

「それが贖罪になるとでも?笑わせないで、それは何にもなし得ない、愚者の所業よ」

「愚者か、過ぎた称号だ。私は何をするべきか知らず

 、何も思いつかない。愚者にすらなれない」

 嘲りを受けながらも、なおも冷たい声が応じた。


 重く、冷たい・・・

 肌を突き刺す酷寒の沈黙が、薄暗い雪原に響く。


 音のない世界、雲間から銀の星が僅かに姿を表し、ライファの顔を薄明るく照らし出す。

「馬鹿ね。でも不思議、狂おしいほどに愛おしい」

 彼女は熱を帯びた眼差しで見つめると、何かを抱くかの様に両腕を胸の前で交差させた。


 彼女の熱い眼差しに、アレフの冷たい視線が応える。

 衝突する禍々しい狂喜と酷寒の狂気、

 大気はキリキリと歪みに鳴動する。

 それは恐らくは幻なのだろう、しかし事実に等しい事に変わりはない。


「一つお願いがあるわ。聞いてもらえたら見逃してあげる」

 停まり掛ける世界に、ライファの狂える瞳が怪しく輝いた。

「良いものを見せてもらえたお礼よ。あの子達の献身といい、その愚かさといい、とても興味深いものを見せてもらったわ。だから、お願いを聞いて欲しいの」

「随分と上からの物言いだ」

「実際上でしょう?あなた達を創造した存在よ?」

 無言で睨む相手を前に、ライファは右手を掲げ天を指差した。


「あなたは外の宇宙から来たのでしょう?」

「そうだ」

 アレフは否定しなかった、宇宙から存在なのは確かだからだ。

 実際はそれだけではない。彼は未来人でもある。宇宙の狭間を渡り歩き元の宇宙に帰る最中、何かに巻き込まれて400年前の過去へと飛ばされた。

 しかしそこまで答えるつもりはない。答える意味がなく、それ以上にあまりに荒唐無稽すぎた。


 ライファの表情が歓喜に崩れた。

「やっぱりそうなのね!ああ良かった!本当に嬉しいわ!」

 彼女は狂喜の瞳で、アレフの狂気の瞳を覗き込む。

「その事でね、聞いて欲しいお願いがあるのよ。どうかしら?」

「・・・」

 アレフは応えない。

 代わりに、鋭い突きがライファの喉元へと放たれた。


 突然放たれた神速の突きを、しかしライファは僅かに動き、紙一重の距離で躱した。

「堪え性のない殿方は嫌われるわよ?」

「無茶な無心をする淑女もだ」

「それはお言葉ね。あなた死にたいの?」

「そう言った。頼むから殺してくれ」

 ケラケラと笑うライファとそれに応えるアレフ


 間髪入れず、アレフから幾重もの斬撃が繰り出される。

 右胴への横一閃が躱される。続き、返した刃からの左斬り上げも届かない。

 間を入れぬ喉切りが空を切り、手首を返して右袈裟切りが胸元を掠める。

 神速の直突きの二連撃は見切られ、上段からの右逆袈裟斬りがすり抜ける。


 繰り出されたの全て神速、必殺を優に超える。

 抗える者などあらゆる世界に五指にいないだろう。

 それをライファは笑いながら躱し続けた。


 踊るようにひらひらと躱し続けるライファ

 突如、その足をアレフが蹴り払った。

「あらっ?」

 体勢を崩したたらを踏むライファに、アレフが上段から唐竹割りを叩き込んだ。



 ・


 カーン、と甲高い金属音が響き渡った。

 頭上へと振り下ろされた渾身の一撃は、何かに阻まれ止まっていた。


「魔力欠乏症かしら?大分お疲れのようね。実力の半分?いいえ、せいぜい4割程度ね」

 眼前で止まる白刃を前に、ライファが妖艶に微笑んだ。

「最初の姿を消した斬撃は惜しかったわね。万全だったら倒せたかもしれない」

 アレフの斬撃を防いだのは、いつの間にか張り巡らされていた障壁の魔方術式だった。


「ちっ!」

 舌打ちと共にアレフは後方に飛び、ライファとの距離を取った。

 隙は見せない。即座に刃を下に水平に向け、霞と呼ばれる防御の構えを取る。

 ライファの反撃への備えだった。


 しかし思惑は外れ、ライファは攻撃はなかった。

「ねえ、そろそろお話の続きをしないかしら?」

 代わりに彼女は優雅な動きで右手の人差し指を差し向ける。


 その瞬間、アレフの周囲を黒い魔法陣が現れ輝き出す。


「ぐっ!」

 呻き声と共にアレフが膝を落とした。 

 彼の全身に強力な圧力が襲い掛かり、強制的に地面へと縫い付けていた。


 ライファは微笑んでいた。

「重力の粒子ってご存知かしら?それを操ってあなたの体重を五倍程度にしてあげたの。なかなか重いでしょ?」

「・・・ヒッグス粒子か」

「へえ、あなたの宇宙ではそう言われてるのね」

 高重力を耐えるアレフの顔には、苦悶と共に脂汗が滲み出ていた。

 それでもアレフは抵抗をやめない。構えは未だ崩されていなかった。


「諦めなさいな、もう動けないでしょう?」

 苦悶するアレフを眺めながら、ライファは再び空を指差した。

「銀の星の後ろかしら?意外に小さなお船ね。知ってるわ、『宇宙船』って言うのでしょう?あれで外の宇宙から来たのね。私も外に行きたいの。だから、宇宙船を譲りなさいな」

「代わりに私の命は奪わないと?過去の遺物がよくも言う」

「あはっ、私が遺物?なかなか良い例えよ。でもね!」

 ライファはわずかに笑うと、次に睨みながら右手を軽く降った。

 同時に、更なる圧力がアレフを襲った。

「が・・・あ・・・」

「私は今現在ここに在る。言葉はよく選びなさい」

 睨み付けるライファの前では、アレフが呻き声を漏らしていた。


 ライファは狂気に満ちた目を見開くと、遥か宇宙を仰いだ。

「望みがあるの。一番目はは復讐、二番目はあの子が目覚めること。三番目は姉への義理立て。一番目の望みを叶えるのには、どうしてもお船が必要なのよ。だから私によこしなさいな」

「くっ・・・」

 あまりに高い負荷に耐え切れなくなったのか、アレフの片膝が地面に落ちた。


「呆れた」

 ライファはアレフの様子を見て嘆息した。

 実質十倍という高重力、そこでは動くどころか意識を保つことすら困難だろう。

 アレフは姿勢を崩しながらも、刃の構えは崩さない。それどころか、切り裂くような鬼気さえも変わらぬ圧で発している。


「普通ならとっくに気絶するのに、抵抗をやめないなんて感心を通り越して、呆れるしかないわよ。でも、そんなの無意味、滑稽でしかないわよ」

 ライファが嘲るが、それでもアレフは抵抗を止めない。


 ライファの嘲りとアレフの鬼気が交差する。

 二つの重い圧に、凍える雪原が再び冷たく沈む。


 抵抗も虚しく、アレフの両膝が地についた。

 刃を握る両腕も小刻みに震え、少しずつ下がり始めている。

「復讐と言ったな・・・外の世界で・・・何をするつもりだ」

 息を乱すアレフが声を絞り出した。その顔には明らかに疲弊が浮かび、青白くなり始めていた。


「何って?あはっ!あはははははは!」

 ライファが登り始めた太陽へと狂喜した。

「決まってるじゃない。殺してやるのよ、あいつらを。私達の仲を引き裂いた報いをくれてやる!」

「分神どもなら・・主神と共に滅んだ」

「滅んだですって?冗談も大概にしなさいな」

 ライファから嘲りの笑みが消え、一切の感情が消えた。

 その瞳は限界まで見開かれ、冷たく淀んだ眼差しで 見つめていた。


「誰かがあなたに吹き込んだのかしら?だったら私達が受けた仕打ちもご存知なのかしら?」

 恐ろしいほどに低く、冷たい声でライファが問いかけた。

 それにアレフはまるで怯まず、僅かに淀む瞳で見つめ返した。


「・・・・破滅の破壊」

「くっ!」

 アレフの言葉を聞いた瞬間、ライファの全身が小刻みに震え始めた。

「計画は失敗、そのせいで・・・ディーファは」

「黙れーーー!!!」

 怒れるライファの声が雪原中に轟き渡った。


「もういい分かった!もう何も言うな!これは命令よ!」

 怒りに顔を紅潮させたライファの怒声が、雪原中に幾重にも響き続けた。

「そうよ、その通りよ!あいつらのせいで、私達はあの子を喪った!分かるはずよ!私達の怒りが!私の恨みが!」

 ライファは両拳を渾身の力で握り締め、口から血を流すほどに強く歯ぎしりをする。

「なのに、なのに、なのに!あいつらが滅んだですって?私が殺してやる前に、勝手に滅んだですって!そんなの嘘!でたらめよ!」

「試しに彼等の名を言ってみろ」

「はあ?あいつらの名前ですって・・・」

 静かな声のアレフの問いに、ライファが苛立ちと憎しみの視線で応えた。


「嘘・・・名前を言えない。本当に滅んだから・・・まさか」

「主神が破滅した時、その余波で奴らも滅んだ」

「ああ!なんてことよ!あいつも!あいつも!あいつも名前を入えない!本当に滅びやがったの?ああクソ!クソ!クソ!」

 何度も地団駄を繰り返すライファ、

 しかし突如その動きが止まり、彼女は不気味に唇を吊り上げるの、まだ暗く冷たい空を仰ぐ、

「・・・そうね・・・それなら・・・そうよね・・・あはは」

 彼女の腹の奥底から、低く不気味な笑い声が漏れ出た。

「それなら、あいつらの子供達が身代わりよ!あいつらが創った人間どもを皆殺しよ!」

「そこまで堕ちるか、女神よ・・・・すまないラーナ。君の願いは叶えられそうにない」

 狂喜に嗤うライファを前に、アレフはかつて殺した名を呟いていた。


「あははは皆殺しよ!全ての宇宙の、全ての命を根絶やしにしてあげる!それが私達姉妹の絆を引き裂いたくそったれどもへの復讐よ!」

 広大な雪原を、ライファの狂気に染まる歓喜が、幾重にも木霊する。


 ひとしきり笑い尽くすと、ライファは冷たい視線で再び睨め付けた。

「さあ、お返事を聞かせなさいな。返事はどちらでも構わないわ。殺して奪うか、殺さないかの違いだけ」

 これが最終宣告とライファは殺意と狂気に満ちた視線を向ける。


 対して、アレフは静かに見つめ返した。

 高重力の中で動くことすら適わない。

 そんな中にあって、アレフは静かに微笑んだ。

「また沈黙?今度は拒絶と受け取るわよ。望み通り殺してあげる。呪いで死ななくても、死ねるまで殺し続けてあげるわ。感謝しなさい」

「いや・・・それはまたの機会に願おう。時間稼ぎは終わりだ」

 その瞬間、彼が発つ鬼気は霧散し、雪原を覆う重く冷たい圧力が解き放たれた。


 狂気に歪む世界は、正しい在り方へと戻っていた。

 薄明かりに染まる雪原に軽やかな風が吹き抜け、清涼な空気と正しい音が全ての存在に満たされる。


「え?」

 戸惑いの表情を浮かべるライファの前で、アレフが高重力の中を平然と立ち上がる。

 次の瞬間、


 ドーン、

 と爆音が鳴り響いた。

 耳をつんざくほどの音に大地と大気とが鳴動し、余波がアレフ達の髪を激しくなびかせた。


 それは発動した大規模火炎魔法術式により、爆発的な豪華に包まれたアメリアの第五都市スコルプからの衝撃だった。


「いつ見ても嫌な光景だ」

 激しく燃え盛る都市を見つめながら、アレフは静かに呟いた。

なんとかして4月6日までに投稿を目指します。

どうか気長にお待ちください。

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