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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第7章 スコルプ異形体討伐作戦
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第55話 誰が為に征き、誰が為に吠ゆ

 登り始めた朝日が雪原を紅に染めている。

 そんな中、ディーファは朝焼け以上に赤く染まる頬に手を置いていた。

 羞恥に赤く染まったわけではなく、叩かれて腫れていたためだった。


 少し前、ディーファはアレフには頬を叩かれた。

 理由は頑固な彼女の目を覚まさせるためだった。

「あいつなら絶対・・・」

 目を細めたディーファは眩い朝日を見つめた。


 ・


 フィロからシェイド達の最後の伝言を聞かされた時、ディーファは声を押し殺して泣いた。

 指揮官失格の行為だとは分かっているが、耐えられる程非情になれない。


 しかし救援は出せない。作戦遂行に全隊員を駆り出しているからだ。

 結局、見殺しにすらしかない。他に選択肢などなかった。


 どうしようもなかった、とディーファが諦め掛けていた時、甲高い音と共に頬に痛みが走った。


 一瞬の混乱と空白の後、頬を叩かれた事を知った。

 叩いたのはアレフだった。


「ふざけるなよ!」

 反射的に殴りつけたディーファの右拳を、アレフが微動だにせず左頬で受け止めた。

「今すぐ私を解任してくれ。理由上官への暴力行為だ。自由になればシェイド達を助けに行ける」

 アレフは静かな眼差しでディーファを見つめた。

 その瞳には何者にも動かせない不動の信念があった。


 ディーファは瞳を伏せた。

「お前は私の護衛だ。この街の異形体を滅することだ・・・だから私は・・・」

「君は正しい。だから私は君と戦う事を選んだ」

 戸惑い迷うディーファに、アレフは優しく微笑みかけた。

「私は戦友のためなら命を掛けることも厭わない。だから行かせて欲しい。必ず助ける」

「駄目だ。お前は任務は私の護衛だ。ここから離れる事は許さん」

「時と場合による。それに君なら必要ないはずだ。直ぐ戻ってくれば問題ない。問題は後で一緒にクリスには叱られるくらいだ」

「はは・・・何だそれは。私まで道連れにするなよ・・・だがそれもクリスが死んだら叶わない事だ。アレフ、私が全責任を負う。だから頼まれてくれるか?」

「そいつは半分ずつだ。必ず連れて帰ると約束する」

「分かった、怒られる時は一緒だ。だから絶対連れて帰れよ」

 ディーファはアレフを無言で見つめると、それから拳で彼の胸を軽くこづいた。


 ディーファの胸からは不安と悲しみが消え、今は安心に満ちていた。

「統率を自分で満たすなど指揮官失格だな」

 秘めた心の内を吐露した彼女は、涙を滲ませ微笑んだ。

「私には合格だ。誰にも文句を言わせない、クリスは無理そうだが」

「そこまで無茶はしなくて良い。ほらっ、早く行ってこい」

「そうだな」

 アレフは静かに頷くと、パタパタと振りながら背を向け歩き出した。


「治療にイリス、他に三人ほど護衛を連れて行く。悪いが残りでそっちはなんとかしてくれ。私が間に合わなくても、盾になる程度には仕込んだ」

「お前のやりたいようにしろ。これでも信用してるつもりだ」

「感謝する」

「それは私の台詞だ」

 アレフは無言でもう一度手を振ると、素早く転送の魔法術式を展開を始めた。


「絶対に!頼むぞ!」

 ディーファに応えるように、転送の光の中に消えてゆくアレフ達が手を振り、そして消えていった。

 完全に姿が見えなくなった時、ディーファの頬には涙が伝い落ちていた。


 ディーファは頬の涙を拭い取ると、少しだけ腫れた頬に手を添えた。

「あいつなら絶対・・・」

 叩かれた頬が少しだけ痛むが、今は不思議と心地良い。

 いつしかディーファの全身を、朝日が眩く染め始めていた。


 ・


 アレフ達が消えて間も無く、ディーファは薄明るくなり始める空を見上げた。

「シェイド達は間に合うだろうが、私の方は間に合いそうにはないな」

 ディーファはそう言うと、腰に付けた短銃を真上に構えて引き金を引いた。

 銃口から真っ赤な光弾が発射され、まだ暗い空を明るく照らす。

 その光景をディーファは目を細めて見つめた。


 魔力操作で選択した発光弾の色は赤

 これは、『間も無く敵襲がある。応援は不要」と仲間達に知らせるものだ。


「問題が二つ」

 ディーファは厳かに呟いた。


「一つはクリスに叱られるな事、本来の作戦案を勝手に変えたのだから当然だ。泣きながらぶん殴られそうだ」

 ディーファは少し嬉しそうに苦笑した。

「必ず帰ってくれよ。帰って私を叱ってくれ」

 呟き終え、それからディーファは再び曇り空を見上げた。


「もう一つは決着をつけること。見ているのでしょう?ライファお姉・・・いや、もう姉ではないな」

 視線の先には、恐ろしい程の強力な魔力をまた存在が感じられていた。


 その魔力は人間どころか、ディーファでさえも軽く凌駕する。

 そんな存在など姉達しかいない、少なくともこの星には。

 そしてその中でこの場にいる可能性があるのはライファしかいない。

 かつて故国サイカを裏切った敵の・・・


「アレフがいなくなるなり来るか。やはりあいつも役には立っていたのだな」

 ディーファは身構えた。

 アレフが転送された途端、空の上から強大な魔力が現れ、こちらに恐ろしい速さで近づきつつあった。

 間もなく遭遇し、そして殺し合いになるだろう。


「ライファ、決着をつけよう。殺された部下達の仇討ちだ」

 空を鋭く睨め付ける瞳には一片の迷いもなかった。


「敵襲!上方12時、数20!」

 ディーファの凛とした声が、雪原に響き渡った。

 この戦いで自分が倒れても、作戦はマグの指揮で予定通り進む。

 これで気兼ねなく戦える、とディーファは内心歓喜していた。


「各自防御展開、急げ!」

「「「了解!!!」」」

 ディーファの命令に対し、獣人達の反応は迅速だった。

 彼等は熟練された無駄のない動きで軽やかに疾走し、ディーファの周りに円陣を組むと、一斉に盾を構えた。


「ほう・・・これはこれは・・・」

 ディーファは彼等に聴こえないよう小声で呟いた。

 形式上は部下とはいえ元は敵同士、素直に命令を聞くとは思わず、護衛も全く期待などしていなかった。

 それだけに素直に味方になると思うと、この上もなく頼もしく思えた。


「あらあらケダモノどもをお供にお散歩かしら?

 お久しぶりねディー、お出迎えご苦労様」

 艶やかな声と共に、妖艶な笑みを浮かべる美女が舞い降りた。

 かつてディーファが姉と呼んだ女、ライファだった。


 ・


 ライファに続き、一体また一体とアメリア製魔力強化達が着陸し、やがて20を超える数が取り囲んだ。

「さあ殺し合いだ」

 ディーファの言葉に獣人達が一斉に雄叫びを上げた。


「弱者ほどよく吠えるというのは本当ね」

 唸り声を上げる獣人達に対し、ライファは余裕を見せつけるように妖艶な笑みを浮かべた。

 そこには殺意も敵意もない。あるのは下等な存在への侮蔑だけだった。


「いい加減耳障りよ、やめなさい」

 ライファはそう言うと見下すように獣人達を睨みつけた。

 その瞬間、獣人達の唸り声が止まり、彼等は一斉に地面に膝を落とした。


「ぐっ・・・」

「がっ!」

「動け・・ない」

 膝を落とした獣人達が苦悶の声を上げた。

 かろうじて倒れまいと堪えるのが精一杯で、それ以上は何もできない。


 獣人達は全員が震えていた。

 寒さでも痙攣でもなく、ただ純粋な恐怖に震えていた。

 獣人特有の鋭敏な感覚が、目の前に立つ強大な存在を感じ取り、本能が動く事を拒絶した。


「情けない、この程度で怯えるの?所詮は屑どもが作った成れ果てなんて、見るのもおぞましい」

 ライファは失望の眼差しで吐き捨てると、今度はディーファへと微笑みかけた。

「お久しぶりねディー、また会えて嬉しいわ」

「こちらもだ。殺された部下達の仇を取れるからな」

 ディーファは動けなくなった獣人達を庇うように歩み出た。


「お姉様に対して大層なご挨拶ね」

「抜かせ、裏切り者風情が。お前は姉ではない、敵だ」

「あらあら、本当は怖いのに、無理しちゃって」

「ふざけるなよ!」

 にやけるライファをディーファが殺さんばかりに睨みつける。

 しかしライファはそれをまるで意にも介さなかった。

「ふざけてなんてないわよ。面白がってるだけ」

「くっ!」

 歯軋りするディーファに対し、ライファはなおも嗤い続けていた。


 ライファの言葉は正しかった。

 覚悟は決めていたはずなのに、いざ対峙した途端、内心は怖くて仕方がない。

 睨むだけの虚勢を張るのが精一杯だった。


「認めよう、お前が怖い。だが、いつまでも怯えるだけの子供と思うなよ」

 それでも精一杯の勇気を振り絞り、ディーファは前に踏み出た。


「それ、意味あるのかしら?」

 そんなディーファの勇気に、しかしライファは不思議そうに首を傾げた。

「無謀と勇気は似て否なるもの、だけどまあ良いわ。今回は褒めてあげる。たまには反抗期も必要だものね」

「・・・それはどうも」

 ディーファは辛うじて声を絞り出した。


「不出来とは言え、可愛い妹もどき。その無謀に免じて、瀕死程度に手加減はしてあげる。こんな感じでね」

「あがっ!」

 ライファが鋭い眼光に睨みつけると同時に、ディーファもまた獣人達と同様に片膝を落とした。


「やっぱりまだ寝てるのね・・・残念よ、本当に」

 動けないディーファを、ライファはつまらなさそうに見下ろした。

「ねえディー、勘違いしているようだから教えてあげる」

「お前に・・教えてもらうことなどない」

「聞きなさい、あなたに仲間なんても存在しない。あるのは私達姉妹の絆だけ。それ以外は何もいらない。あなたなら知っているはずでしょう?ねえお寝坊さん、聞こえるかしら?」

「戯言を!」

「もどきは黙ってなさいな。あなたに話してないの。話しているのは、あなたの中の本当の妹によ」

「私の中?本当の妹?」

 問いながらディーファは内心で動揺し、胸に手を添えた。時折胸から聞こえる謎の声、それがもしかしたらと思えたからだ。


「ふうん・・・兆候はあるのかしら?」

 ライファが動けないディーファへと歩み寄ると、妖しく輝く瞳で、恐怖に震えるディーファの瞳を間近で見つめた。

「くっ・・・」

 ディーファは激しく脈打つ鼓動を抑えるように胸を強く掴むが、痛むだけで何も意味がない。


「神は存在しなくなった神の名を呼べない。これがあのくたばったクソッタレに定められた規則。だから本当の妹の名前を呼べない。なんて忌々しい、偽物の名前を呼びたくない」

「私が偽物、どういう意味だ?私達は同じく研究所で産まれた・・・」

「上っ面は黙ってなさい。やっぱり駄目ね、言霊だけでは中までは響かない。直接身体に分らせないと駄目かしらね」

 ライファは困り顔でため息を吐いた。


「そうね。せっかくだから、あなたの大切な部下とやらを皆殺しにしようかしら?それならあの子も目が覚めるかもしれないわ」

 ライファは、ポンッ、と手のひら同士を打ち合わせると、妖しく唇を吊り上げ、そして再び嗤った。


「部下を殺すだと・・・」

 その時、ディーファの震えが止まった。心に灯った怒りの炎が恐怖を打ち消したのだ。

 瞳を閉じ、瞼に大切な者達の姿を思うと、動かないはずの身体に力が湧いていた。


「私はここだ!絶対にさせるかよ!」

 ディーファは立ち上がった。

 その胸には怒りと、そして憎悪が渦巻いていた。


「本当に愚かね。うわべは屑どもの色に染まってしまったのね。駄目なものは消さないといけないわ。お前達、獣人どもを殺しなさい」

 ライファはディーファに背を向けると、無言で待機していたアメリア製の魔力強化体へと命じた。


「あいつらはアレフから預かりものだ!絶対にさせるか!」

 動けない獣人達の前に立つディーファが、雪原中に怒声を響き渡らせた。


「いいわよ、やってみなさい。勝てたら次は私が遊んであげるわ」

「誰も殺せれない。私がお前達を殺す!」

 絶叫するディーファの全身から莫大な魔力が解き放たれた。


 そして姉妹達の死闘が始まった。

次の更新は28日予定です。

よろしくお願いします。

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