第52話 灯滅の中で
シェイドの治療でクリスの傷は一応は塞がった。
しかし完全ではなく、表面上の傷こそ消えたが、内臓系統の修復は不完全だった。
その上、大量失血での体力の消耗が激しく、クリスのこの先の戦闘は困難だった。
これはシェイドも似たような状態だった。彼は先程の戦闘で左肩に火傷を負っている。
辛うじて動きはするが重傷には違いなく、早期に治療しなければ左腕が壊死する可能性が高い。
彼らはもう戦える状態ではない。
しかしここは敵施設の最深部、しかも時間内に脱出しなければならない。
敵はほぼ互角の力を持つアメリア製魔力強化体達、戦いとなれば、今の状態で勝てる可能性は低い。
状況は絶望的だった。
・
そんな状況なのに、シェイドは気恥ずかしさの方が優っていた。
シェイドの目の前には、彼の左肩の傷に包帯を巻くクリスがいる。
何度も経験した事なのだが、今はクリスを直視できない。
助ける時に思いの丈をぶつけたせいで、どうしようもなく恥ずかしかった。
そんなシェイドに対し、クリスはいつも通りの冷静だった。シェイドの告白が聴こえたかは分からないが、何かを感じた様子はまるでない。
「・・・クリス、さっきの事なんだけどさ」
「黙って、包帯がずれるから」
「あっ、はい」
強い苛立ち声のクリスに、シェイドはあっさり引き下がった。
クリスの何かしらの反応が欲しかったシェイドだが、この様子では諦めざるをえなかった。
『シェイド様、クリス様、よろしいでしょうか?』
彼等の間の微妙な空気を破ったのは、フィロの通信だった。その声は暗く落ち込んでいた。
『まずはお詫びを。敵は異形体に擬態しており、そのため察知できませんでした。お二人方を危険に晒してしまいました。本当に申し訳有りませんでした』
フィロのあまりに気落ちした声に、驚いたシェイド達は互いに顔を見合わせた。
確かに優秀な探査能力のフィロが敵を見逃していた事は疑問だったが、理由を聞けば仕方ないと思えてしまう。彼女が出来なかったのだから、他の誰にでも不可能だろう。
シェイドとクリスは同時に頷いた。
「フィロさんが謝ることじゃありませんよ。フィロさんが無理ならどうしようもなかったことです。そもそも頼り過ぎた俺達が悪かったんです」
先に擁護したのはシェイドだった。
「そうよ。私達が全部フィロさんに押し付けたのだから、その結果は全部私達の責任なの。だから気にしないで」
『は・・はあ・・・』
シェイド達の擁護も虚しく、フィロの声は沈んだままだった。
『せっかくお二方に頼って頂いたのにご希望にお答え出来ず。口だけの役立たずで、本当に申し訳ありません』
「・・・えっと」
「困ったわね」
シェイド達は困惑顔で再び顔を見合わせた。
「フィロさん、本当に私達は責めてないですよ」
「そうそう、そんな気なんて全くないからさ。えっと・・・そうだ!」
何かを妙案が浮かんだのか、シェイドが手のひらをポンッと打ち鳴らした。
「あれだ!アレフさんだ。あの人だってフィロさんを責めなんてしないですよ、絶対」
「そ、そうよ。あの人も今回の事でフィロさんを責めないわよ。だからそんなに落ち込まないでよ」
『・・・アレフですか』
アレフが出た瞬間、フィロの声が更に大きく落ち込んだ。
「あれ?」
「えっと、あの人って、そんな理不尽な怒り方をしないと思うけど、違ったかしら?」
『いやまあ、そうなんですけどね。ただ彼の場合、責めるとか怒るとかの以前に、その・・・ぬああああ!』
「あっ・・・地雷?」
「思いっきり踏んだわね」
シェイド達は気まずそうに頭を抱えた。
『私は信頼されてないんです。彼は基本的に何でも出来てしまうんですよ。探査から戦闘、分析、交渉まで何でもです。私の役割なんて、彼の補助と輸送くらいです。そんな私なんかに、彼は期待も信頼もしてないのです。きっと私なんてどうでも良いのです』
「えっと・・・」
「ちょっと困ったわね」
フィロのあまりの落ち込みように、シェイド達は大きくため息を吐いた。
「フィロさん、それは違うよ」
先に言葉を発したのはシェイドだった。
「そうよ。悪いけどあなたの誤解、勝手な思い込みね。あの人、そんな薄情ではないわよ」
『え?』
「あのさ、アレフさんはフィロさんに俺たちの事を任せたわけだろ。それって信頼してなければ絶対しないよ。命が掛かっていることだろ。一番信頼してるから頼んだんだよ」
「同感。アレフさんの事だから、信頼してなければ絶対自分でやってるわよ。そういう人でしょ?」
『う・・・確かに。あれはやる』
「断言する。フィロさんは信頼されている。それに今回の事もフィロさんのせいじゃない」
「残念、言いたい事全部シェイドに言われたわ。つまり私も全く同意見」
『うーん、だとしたら信頼してされてるのですかねえ?いえお二人を疑うつもりはないのですが、なんというか自覚が持てないです。でもなんだろう、本当だとしたら少し嬉しいですね」
フィロは遠慮がちながらも、嬉しそうな声で答えた。
もう先程までの落ち込む様子は皆無だった。
・
『取り乱して申し訳ありませんでした。話を戻しますね』
恐らくは何かと問題を起こすアレフの付き合いが長いためだろう、フィロの気持ちの切り替えは早かった。
『アメリアの魔力強化体ですが、彼等は、魔力抽出杭の再起動と同時に擬態を解き活動を始めたようです。恐らくは杭の再起動と同時に目覚めるよう設定されていたのでしょう』
「それでフィロさん、敵はあと何体いるのかしら?」
『残り27体です。休眠中の異形体を徹底的に再調査したので間違いないです』
フィロの答えを聞くなり、シェイド達は顔をしかめた。
「参ったな。5体くらいなら戦っても何とかなると思ったけど、27だともう無理だな。なんとか戦わずに脱出できないですか?」
『それは・・・無理です。敵は全ての脱出通路上に固定配置されてますので、実質回避は不可能です」
戦闘の回避が不可能と言う事実に、シェイド達は思わず息を呑んでいた。
それは死の宣告に等しい事実だった。
『救援を求めましょう』
重苦しい空気の中、フィロの冷静な声が静寂を破った。
『アレフなら何とかしてくれるでしょう。お二人方はここで待機をしてて下さい。彼と合流すれば脱出できる可能性も』
「駄目、却下よ!』
フィロの提案を、しかしクリスの声が一蹴した。
「俺も反対だ。絶対に駄目だ」
『ですが』
「とにかく駄目!」
フィロが何とか説得しようとするも、クリスの強い拒絶がその猶予を与えなかった。
「最優先事項は大規模術式の発動、そのための私達の役目は終わった、用済みなのよ。私達のために迷惑を掛けるわけにはいかない」
『しかし!アレフなら』
「彼は大隊長の護衛役よ、外してどうするの?彼は作戦終了まで絶対に必要な役目なのよ。私達のために彼の力を割くのは駄目なのよ」
『理屈は分かります。しかしそれではお二人方が助かりません』
「当然そうなるわな。まっ、覚悟の上さ」
シェイドは苦笑しながら肩をすくめた。
「ごめんなさい、せっかくあなたに助けてもらった命なのに」
「似合わねえな、お前が頭を下げるのはよ」
申し訳なさそうに頭を下げるクリスに、シェイドが笑い掛けた。
「何を今更、昔はよくあったわよ。あなたが無茶なことして私が謝る。たまには逆の立場になりたいわね」
「残念、お前に迷惑を掛けるのは俺の特権だ」
「勘弁なさいな。まったくあなたは」
「さて、そろそろ動きますか」
静かに微笑むクリスに向け、シェイドはいつも通りの軽薄な笑いを浮かべた。
『死ぬつもりですか・・・』
「まさか、な」
フィロの指摘にシェイドは大げさに肩を竦めた。
「最期まで足掻くつもりさ。まあ無事脱出できる確率は結構低いだろうけど、さ」
「余計なこと言わないの。フィロさん、申し訳ないですが、大隊長に私達の状況を報告して下さい。私からだときっと彼女が泣いてしまうから。私ね、もう彼女を泣かせたくないの。ごめんさない、勝手なお願いだけど、どうかお願いします」
『それは・・・』
クリスの切実な願いに、フィロは僅かにためらっていた。
『分かりました。現在の状況と、応援は不要な事、そしてお二人方が諦めていないことをお伝えします』
「はい、ありがとうございます」
「俺からも、ありがとうございます」
肩を震わせながら目頭を抑えるクリスの肩を、シェイドがそっと抱き締めた。
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「大馬鹿野郎どもが!」
フィロから報告を受けるなり、ディーファは怒声をぶちまけた。
彼等の脱出は不可能に等しい。なのに救出も拒否した。
確かに彼等の救出に割ける余剰戦力はない。それが分かっているからこそ、囮になって作戦成功の可能性を少しでも上げるつもりなのだろう。
彼等は死ぬ覚悟なのだ。
「馬鹿が・・・」
ディーファは拳を力の限り握り締めた。
指の隙間から血が滴り落ちるが、怒りと哀しみで痛みを忘れていた。
ギックリ腰をやってしばらく書けませんでした。
そしたら再開するのが怖くなり、しばらくためらっておりました。
何とか復帰しましたので、また書いていこうと思います。
次の更新は9月11日予定となります。
どうか気長に見守って下さい。




