第51話 抗う者
疲れました・・・
同じ身体能力、同じ魔力の者同士が戦ったらどうなるのか。
果たして互角の戦いとなるか?
答えは否、勝敗とはそう単純なものではない。
例え互角だろうと、装備の差、経験の量、現場の状況が、更には運が複雑に絡み合い、勝敗の明暗を分ける事になる。
単純な力の差が勝敗を決めるほど、戦場は甘くない。
シェイドは互角の魔力を持つ敵、アメリア製魔力強化体達と対峙していた。
体格もほぼ同じなので、身体能力もそう大差はないだろう。
しかし相手の数は3体、対するのはシェイドだけ。瀕死のクリスは戦える状態ではない。
圧倒的に不利な状況だった。
だからシェイドは賭けに出た、経験量が最も実力差となって現れる戦いをする事に。
・
敵の魔力強化体達を目視した瞬間、シェイドは即断し動いていた。
僅かな迷いが生死を分ける事を痛い程知っていたからだ。
シェイドは素早く相手との間合いを詰めると同時に、『肉体強化』の圧縮詠唱をしていた。
真ん中の敵との間合いに入る直前、完成した『肉体強化』を展開し、四肢の力を限界まで強化する。
それから右手の短剣を神速で一閃し、最初の獲物の頸動脈を骨ごと切り裂いた。
「ガフッ!」
空気が漏れるような断末魔を響かせ、首を半ば切断された敵が崩れ落ちた。
辺りに鮮血が飛び散る中、シェイドは次の獲物に飛び掛かっていた。
次は女性の魔力強化体だった。
隊の誰かに少し似ていたが、今の彼にはまったく関係ない。
呆気に取られた敵の懐に飛び込むと、今度は短剣を心臓へと突き刺した。
しかしこれは躱された。短剣が刺さる瞬間、敵が咄嗟に上半身をひねったからだ。
突きを外したシェイドに、今度は敵からの反撃、短剣での右袈裟切りが振り下ろされる。
これをシェイドは読んでいた。訓練で何度も経験した相対に過ぎず、だから避けるのも容易い。
そのまま体勢を崩した敵の心臓を貫いていた。
心臓を貫かれた敵が、口から鮮血を撒き散らして崩れ落ちていく。
残る敵は一体、数は五分となった。
戦いの流れはシェイドにある。それでも彼は焦っていた。後ろには瀕死のクリスがいる。
早く治療をしなければ彼女は死ぬ。
一刻も早くここから脱出したかった。
シェイドは心臓に突き刺した短剣を抜こうとした。しかし深く刺しすぎたためか、短剣が抜けない。
誤算だった。僅か迷い、短剣を諦めるまで、僅かな迷いが生まれた。
そしてその迷いが、致命的な隙を生んだ。
短剣から手を離した時には、巨大な火球が目の前に迫っていた。
最後の敵が発動させた『火炎弾』の魔法術式だった。
「しまった!」
叫びながらシェイドは自身の迂闊さを呪った。
火球を避ける余裕などない。
シェイドは咄嗟に魔力を目の前に収束させ、即席の魔力障壁を展開した。
いわゆる無詠唱術式だった。即座に展開できるが、その代償に精度も力も格段に落ちてしまう。
当然、無詠唱のひ弱な障壁では、火球を完全に防ぐことは出来ない。
火球がぶつかりた瞬間、障壁は容易く粉砕され、余波がシェイドの左肩に直撃した。
「ぐぁっ!」
シェイドは叫び声と共に顔を歪めた。
熱すぎる灼熱は神経の許容を超え、熱さを感じない。混乱した神経が極寒の苦痛を与えた。
それでもシェイドは幸いだった。
直撃すれば爆散しただろう。それなのに肩を焼かれただけなのだ。
障壁が威力を削いだため、焼かれた左肩もまだ辛うじて動く。このまま生き残れば完治も可能だろう。
激痛を堪えジェイドが走り出した。
最中に、再度火炎弾を撃ち込まれるが、シェイドは紙一重で躱しながら駆け寄っていく。
僅かに服と髪とが焦がるが微塵も気にしない。
シェイドは既に抜き終えたも予備の短剣を、間合いに入った敵の喉元へと突き刺した。
「がふっ・・・」
くぐもった声と共に最後の敵が崩れ落ちる。
倒れた時には既に絶命していた。
「はあ・・・はあ・・・早くしないと」
敵の全滅を確認したシェイドは、急いで瀕死のをクリスへと駆け寄った。
火炎弾の直撃を受けた左肩が激しく痛むが、今はそんな事はどうでも良い。すそ
まずは胸を貫かれたクリスの救命処置
それから脱出しよう。
後はイリスの治癒魔法術式で・・・
いや、彼女の腕では無理だ。
気が進まないが・・・あの男に、アレフに頼むしかない。
でも、それで全てがうまく収まる。
・・・そうだ、それで良い。
そう自分自身に言い聞かせ、焦りに高まる感情を必死に堪えた。
「待たせたな!今止血するからな!頑張れよ、絶対助けるからな!」
しかしどんなに呼びかけようと何の反応もない。
「おいクリス!返事しろよクリス!」
しかしクリスの呼吸は止まっていた。
・
「噓・・・だろ」
気が付いた瞬間、シェイドの瞳が大きく見開かれた。
呼吸もなく、手首にも脈拍がない。心停止状態だった。
シェイドは顔面を蒼白とさせた。
「急がないと、まだ間に合う、大丈夫だ」
急いでクリスの胸に手を当て、心肺蘇生を行おうとした。
『やめて下さい。心臓付近の大動脈が損傷してます。その処置は出血を促すだけで逆効果です』
「だったらどうすればいいんだよ!」
冷静に状況を伝えるフィロに、シェイドは涙を流しながら怒鳴りつけた。完全な八つ当たりだが、焦りを理性が制御できなかった。
『どうか落ち着いて下さい。敵の魔力強化体が多数接近しております。今少しお声を静かに』
「どうでもいい!クリスがいない世界なんてどうでもいい!くそったれが!くそったれが!」
『クリス様を助けられる方法があります。そちらを実行して下さい』
「え?」
シェイドの瞳が再び大きく見開いた。
『方法はアレフがあなたに押し付けた腕輪です。その魔導器には強力な魔法術式が三つ内蔵されています。それを使って下さい』
「その手があったか!」
シェイドは左手首の腕輪を凝視した。
腕輪を借りた時に説明は受けていた。興味がないので殆ど聞き流していたのだが。
それでも印象深かったのある程度は覚えている。
腕輪に封じられた三つの強力な魔法術式
一つ目は攻撃用、敵を薙ぎ払う穿光
二つ目は防御用、強力な結界を張る多重障壁
そして三つ目は、
「重傷時の・・・緊急治癒」
『直ぐに使って下さい。まだクリス様が助かる可能性はあります』
絶望に暮れる中の微かな光に、シェイドの瞳から涙が伝い落ちていた。
『しかしその術式は治癒魔法術式の一つ、扱いは非常に困難です。先に申し上げておきます、成功の確率は低いです。しかし他に手段はありません。やりましょう』
「畜生、治癒魔法術式・・・なんで俺は習っておかなかったんだ」
シェイドは自身の行いに後悔した。
習得する機会はあった。
アレフなら希望すれば教えてくれたはずだ。
時間はあったし、自分の立場を考えば習得すべきだった。
しかしその機会を自分で捨てた。理由は彼が、人間が嫌いだったからだ。何も教わりたくなく、受け入れたくなかった。
全部自分勝手な理由、その報いを受ける時が来た・・・
『あなたはあの人の優しさに甘えているのよ』
ケンカの時のクリスの言葉が心に突き刺さった。
「俺は馬鹿だ」
シェイドは自身の頬を殴った。何度も何度も殴り続けた。
「人間なんて大嫌いだった。だけどあの人を嫌って拒否した。なのに、あの人はそんな俺達のために・・・何だよ、なんだよ俺、馬鹿だよ、なんでこんなに・・・」
『殴りたいのなら後でご勝手に。しかし時間がありません。蘇生処置は時間との戦い、どうか早急にご決断を』
「・・・すまない」
シェイドは殴る手を止めると、魔導器の腕輪に左手を乗せた。
「覚悟を決めたよ。やるよ、やってやる」
選択の余地などなく、答えなど決まっていた。
「フォロさん、力を貸して下さい」
『あなたの勇気に最大の敬意を。微細な出力調整は私が行いますので、シェイド様はクリス様の正確な身体の状態を思い浮かべ、治癒の方向性を導いて下さい』
「感謝します・・・」
シェイドは大きく息を吐き出すと、封じられた魔法術式を発動させた。
同時に、腕輪から白い光が放たれ部屋中を染め上げた。
・
嫌いながらも興味はあった。だから治癒部隊の訓練は見ていた。うろ覚えながらも、アレフの説明は覚えている。
「大事なのは正確な知識だ。血管、内臓、筋肉、神経、骨格など人体を正確に把握し、治癒の力を正確な方向にを導かなければならない」
・・・ああ、それなら問題はない。
腐っても軍隊にいる身だ
多くの身体を見てきた、多くは死体だが。
女性の身体も色々と調べた。理由はまあ察して欲しい。
クリスに知られて白い目で見られたのはキツかったがが・・・
馬鹿な思い出だが、今はそれがありがたい。知識は力だ。
「必要なのは、正しい指導と経験の積み重ねだ。正しい指導者の下で、失敗を繰り返しながら適切な経験を積むことが大切だ」
経験はない。だから後悔している。
それでも止まるつもりはない。
取り戻そう、今これからだ。
クリスを愛している。
そんな気はあった。失いそうなって確信した。
クリスは自分の半身だ。全てにしたい。
もう二度と離れたくない。
「一番大事なのは助けたいと思う気持ちだ。強くて想え」
その想いだけは誰にも負けない。クリスを絶対に助ける。
溢れる白光の中、シェイドはひたすらにクリスを想い続けた。
・
部屋を満たしていた白い光は徐々に収束し、やがて薄暗くなった部屋を静寂が包み込んだ。
「・・・クリス・・・起きてくれよ、なあ頼むから」
シェイドは涙声で呼び掛け続けた。
返事はない。だから何度も呼び掛け続けた。
治癒魔法術式により、クリスの傷は完全に塞がっていた、ただし表面上はだ。内臓まで治せたかは分からない。
治せたとしても、死んでしまっては意味がない。
シェイドはクリスの身体を強く抱き締めた。
「なあおい、返事をしてくれよクリス・・・」
涙声で呼び掛けるが、しかしクリスの返答はない。
「冗談はやめろよ!いい加減に目を覚ましてくれよ!」
クリスの破れた胸元から白い肌が露出していた。
傷は全く残っていない。完全に治せたと感じていた。
そう信じたかった。しかしクリスは目覚めない。
「頼むよ・・・なあ頼むよ・・・もうあの時みたいな思いは沢山なんだ。お前を失いたくないんだ・・・なあ目を覚ましてくれよ・・・」
シェイドは溢れる涙を拭くことも忘れ、クリスの体を抱き締めて泣き続けた。
「・・・痛いわよ」
弱々しい声がシェイドの耳に響いた。
驚きみ開くシェイドの瞳に、弱々しく笑うクリスが映った。
「クリス!良かった!生きていた!良かった!」
シェイドは涙に顔をクシャクシャにさせながら、もう一度クリスの体を、今度は力一杯抱き締めた。
「馬鹿・・・痛いって言ってるでしょうが・・・」
弱々しいクリスの抗議に、しかしシェイドはさらに強く抱き締めた。
「頼む・・・もうどこにも行かないでくれよ・・・頼むから・・・」
恥も外見も何もかも投げ捨て、シェイドは声を上げて号泣した。
「馬鹿ね・・・どこにも行くわけないでしょう」
そんな情けない姿を晒すシェイドの頭を、クリスは微笑みながら優しく撫で続けた。
お盆やら仕事やらで色々忙しい日々でした。
まさか更新がここまで延びるなんて・・・
次は27日更新予定です。
次は守りたいです・・・




