第49話 代償
作戦の第二段階、シェイドとクリスのスコルプへの進入は呆気ないほど簡単に成功した。
彼等は『飛行』の魔法術式で上空から進入したのだが、予測した迎撃もなく、無傷で目的の都市中心へと到着した。
そこからは地下への潜入となり、目標はその先にある魔力抽出杭とその制御装置だった。
目的は魔力抽出杭を再起動させ、魔力を大規模火炎魔法術式に供給する事
そこに辿り着くまでには、基本的か妨害はない。もうこの都市には生きた人間が存在しないからだ。
代わりにあるのは、床に転がるおびただしい数の肉塊だった。
それはかつて人間だっま成れの果て
異形体に変えられ孵化間近の脈打つサナギ達、そしてなり損ねて朽ち果てた死体だった。
おびただしい数の死体の中でも、低気温のためだろう、特有の腐敗臭はなかった。
それでもその醜悪さのためか、顔をしかめたシェイド達は無意識に鼻を押さえていた。
・
「わかっていたとは言え、目の当たりだとキツイな」
「そうね」
げんなりとするシェイドの隣で、クリスも疲れた声でため息を吐いた。
「死体はどうしても慣れないわ。それにこの数、一斉に目覚めたら思うととゾッとするわ」
『クリス様、その心配は杞憂です。この都市内の異形体は、あと最低2セッタ(3時間)は休眠状態で動きません』
「うおっ!誰だ!」
いきなり通信機から響いたフィロの声に、シェイドが反射的に悲鳴を上げた。
『フィロです。そんなに驚かれていまうと、機械でも傷付きますよ?』
「ああ・・フィロさんか、すまない。いきなりだから、驚いちまった」
『あっ、そうなのですか。それは大変申し訳ありませんでした』
「そうよ気をつけてね。シェイドはビビりなんだから」
「おいおい、なんだよそれは!モガッ」
「うるさいわよ」
反論しようとするシェイドの口を、クリスが瞬間的に手を覆った。
「フィロさん、予定通りこれから進入誘導をお願いしますね。シェイドも分かった?」
口を塞がれたままのシェイドがうんうんと頷くのを見て、クリスがゆっくりと手を離した。
『それでは説明を始めます』
フィロが告げると同時に、シェイドの右腕につけられた腕輪が青く輝き出し、空間に立体画像を投影する。
それは青い光で作られた、都市スコルプの立体地図だった。
・
「確かに役に立つな」
シェイドはフィロの説明を聞きながら、不満そうに右腕の腕輪を眺めた。
その腕輪はアレフから半ば強引に借りさせられた魔道具だった。
アレフが貸そうとした時、シェイドは頑なに固辞した。しかしアレフは、『使え、役に立つ』半ば強引に押し付けたのだった。当然シェイドはこの事に不満を持っていた。
この腕輪は、上位魔法術式を三つまで蓄積できる性能も持つ。しかも一度蓄積すれば、詠唱なしで即座に発動可能という優れもので、使っても再蓄積は可能だ。
これは間違いなく魔導器で、事実アレフはこれを使ってディーファに勝利した。
「大切な物なんだ。必ず返してくれ」
簡単な説明の最後にそう言い残すと、アレフは立ち去ってしまった。
どうにかして断りたかったシェイドだが、その暇すらなかった。
「チッ!余計なお世話だ」
文句の一つも言えなかったシェイドは、腹立ち紛れに舌打ちをしていた。
気遣いなど余計なお世話だった。
まるで『お前は実力不足だ』と決めつけられた様な気分になる。本人は善意のつもりだろうが、好意的に受け取れない。
だからだろう、シェイドはアレフが腕輪を貸した真意に気付けなかった。
・
「シェイド!話を聞きなさい!」
右腕の腕輪を眺めていたシェイドは、クリスの怒鳴り声にハッとした。
シェイドは誤魔化すように軽薄な笑みを浮かべた。
「悪い、少し考え事をしてた。あれだろ?要するに、フィロさんの誘導に従ってれば良いって話だろ?」
『はい。そのようにお願いします』
「一応は聞いていたのね」
クリスが鋭く睨むが、シェイドは気付かぬふりでそれをあさっての方を見た。
「当たり前だろ、大事な作戦だからな」
「どうだか・・・」
大袈裟にふんぞり返るシェイドに、クリスは呆れ顔で首を何度も横に振った。
『それでは説明も終わりましたので、出発しましょう』
「ええ、よろしくお願いするわ」
「頼む」
そしてシェイド達は、魔導器から投影されるフィロの案内に従い、地下深くへと進んでいった。
・
アレフは曰く、『フィロは色々抜けてるところはあるが、基本的には優秀だ。』とある。
実際、人類最高峰の演算能力を持つフィロは、補助や案内等では非常に優秀な能力があり、これでアレフは何度も助けられている。
例えば、探知と遠隔操作で罠や警報器の類は事前に解除するし、扉や金庫暗号などの暗号も得意な高速演算で即座に解錠してしまう。
今回も、シェイド達が侵入した施設には、電子的、術式的な防犯設備が数多くある。しかしこれらはフィロによって容易く突破されていた。
これにより、シェイド達は何一つ問題なく目的地の魔力抽出杭の制御室まで辿り着いていた。
制御室の中に入った時、シェイド達の緊張感は大分緩んでいた。シェイドにいたっては欠伸までしていた。
「シェイド!ふざけないで真面目になさい!」
「へいへい」
流石にクリスが諌めたが、それでもシェイドは生返事を返すだけで、緊張感は緩んだままだった。
「大丈夫だろ、フィロさんがいれば楽勝だ。しかしアレフさんも酷いよな。もっと早く紹介してくれば良かったんだよ。そうすれば、もっと楽できたんだ。まったくケチなことするよ」
「シェイド!」
「今回の部隊配置だってフィロさんだったら、直ぐに終わってたはずだよ。さっさと紹介してくれればさあ、俺達だって苦労せずに」
『シェイド様、少しよろしいでしょうか?』
シェイドの軽口の途中で、フィロが強引に割り込んだ。
その口調は先程の柔らかさはなく、硬く冷たいものへと変わっていた。
「えっと、どうしました?少しお声が怖い様な気がするのですが?」
いきなりのフィロの変化に、シェイドは若干戸惑いを見せていた。
『少しだけ捕捉させていただきます。非常に大事な事ですので、是が非でもよろしいでしょうか?』
「は、はい」
フィロの強い言葉の圧力に、シェイドは思わずうなずいていた。
『説明するのは、アレフが私の存在を口外しなかった理由です。これは私の主により、アレフが私の存在の口外することを禁止されているからです』
「え?禁止だったのですか?』
『はい。今回アレフはこの禁止事項に違反しました。よって、何かしらの罰を受ける可能性があります』
「は?罰を?」
「だからだったのね」
フィロの説明はシェイドは瞳を見開き硬直し、クリスは目を細めて首を振った。
『私は高度な技術が搭載された機械です。例えば、先程まで皆様のご案内に用いた探査機能にしても、この星の技術水準を遥かに超えてものです。万一この様な高度な技術が流出した場合、その文明秩序を大きく乱してしまいます。そのため私は存在自体が絶対秘匿とされているのです。今更ですが今後私の事は他言無用にお願いします』
クリスは無言でうなずいたが、シェイドは固まったままだった。
「ねえフィロさん、質問よろしいかしら?」
呆けたシェイドに代わりに、クリスがフィロへ問い掛けた。
『何でしょうか?』
「話を聞く限り、アレフさんは誰かに雇われている、という事よね?今までのアレフさんの行動は、雇い主の意向、つまり命令かしら?」
そう問い掛けるクリスの瞳は疑惑に満ちていた。
『命令ではありません、自由意志です。主とアレフとの契約は、彼が帰還のために私の宇宙間航行能力を使い、その間に主の目的を遂行するもの。彼はその目的のため自身の意思で行動してます』
「その主の目的とは何かしら?」
『申し訳ありませんが秘匿事項です。ただあなた方の不利益には絶対にならないと明言しておきます』
「確認させて、あの人は誰かの操り人形ではないのね?」
『・・・操るですか、無理ですねえ』
僅かな沈黙の後、フィロの盛大なため息が響いた。
『そんな真似が可能ならどれだけ楽だか。あの野郎を操れる糸があるのなら是非欲しいくらいです、引きちぎられるでしょうけど」
「そ、そう。でも良かった。本当に良かった」
クリスは瞳から疑惑の光が消すと、ほっと胸を撫で下ろした。
「もう一つ質問、アレフさんはどうして私達に協力してくれるのかしら?目的が何かわからないけど、私達に協力する必要なんてないはずよ。一応食糧の確保と身の安全の保証のためと言ってるけど、釣り合わないわ。もしかして彼なりの目的があるのかしら?」
『分かりません』
「え?」
クリスが驚きに目を丸くした。
『彼を理解など不可能です。おっしゃる通り、目的のなめに現地での行動など必要ありません。食料確保にしても、必要最低限の接触だけすればよいです。なのになんでここまで干渉するのか理解不能です、馬鹿です』
「馬鹿って・・・えっと聞かなかった方が良いかしら?」
『構いません。そちらもドンドン言ってやって下さい。とにかく彼は行く先々で、事あるごとにちょっかいを出し、ことごとく厄介ごとに巻き込まれてきました。お陰で私もどれだけ苦労させられたか・・・あのロクデナシは!・・・失礼しました。とにかく彼は不合理過ぎて理解不能です』
「趣味なのかしら?戦うのが好きとか、一種の戦闘中毒とかあり得るのかも」
『それは彼とは最も縁遠いものです。彼は戦争や争いを非常に嫌い、忌むべきものとしています・・・申し訳ありません、そろそろお時間が押してきますので、ここまでで』
「まだ色々知りたいけど、確かに時間がないわね。それにこれ以上の詮索は失礼よね」
『アレフからは、質問には答えるように指示を受けています。しかし私個人としては、本人不在で軽々に話すのは気が引けます。どうかこれ以上は本人から直接お願いします』
「そうね。ごめんなさい、嫌なことをさせて」
フィロの申し訳なさそうな声が響く通信機に向け、クリスは満面の笑みを浮かべた。
「でもおかげで、アレフさんが思っていた通りの良い人だったと分かったわ。それと誰かさんの目が節穴だったこともね」
そう言うとクリスは、未だ呆けたままのシェイドを呆れ顔で見た。
・
クリスとフィロとの会話の最中、シェイドはある嫌な事を思い出していた。
それはまだ幼い時の忌まわしい光景だった。
一昨日、友人が連れていかれ帰って来なかった。
昨日連れていかれた女の子も帰って来ない。
どちらも二度と会えないだろう。
幼いながらもそう確信していた。
目の前でクリスが連れられていた。
これで二度と会えないと分かっていた。
泣き叫んだが、それ以上は何も出来なかった。
その日から人間は信じていない。
アレフなんて奴も信じない。
信じたくない・・・それでも
「フィロさん!処分ってどう言うことなんだ!まさか殺されるのか!」
シェイドが叫んでいた。
「敵地よ、静かになさい」
「触るな!」
慌てたクリスが口を抑えようとするが、シェイドは激しく抵抗した。
「フィロさん!教えてくれ!アレフさんはどうなるんだ!」
『シェイド様、まずは落ち着いて下さい』
「落ち着いていられるか!俺のせいで殺されるなんて御免だ!」
通信機に叫んでも意味はない。それでもシェイドは叫ばずにいられなかった。
『殺されません。処刑だけは絶対にありませんので』
「え?」
落ち着き払ったフィロの答えを聞いた途端、シェイドは呆気に取られ硬直した。
押し黙るシェイドに、フィロは静かに説明を続けていた。
『先もお伝えしましたが、主とアレフとはあくまで協力関係です。ですので主に処刑の権限などありませんし、そもそも彼を殺すなど物理的に不可能です』
「だったらアレフさんはどうなるんだ?」
シェイドが絞り出す様な声で聞いた。
『お答えしないといけませんか?』
「教えてくれ!処刑じゃなくても、何か別の処分があるんだろ?頼む!」
言い終えるなり、シェイドは深々と頭を下げた。
「素直じゃないおバカなのよねえ」
すると、そんなシェイドの姿を見えていたクリスが苦笑した。
「私からもお願いします。アレフさんの処分の原因が私達にもあります。だから私達はその結末を知らないといけません。それが私達の責任です」
そう言うと、クリスも深々と頭を下げていた、
『諸事情により確定できませんが・・・』
フィロはためらいがちに話し始めた。
『恐らく、契約解消の可能性が一番高いです。その場合、アレフは主のいる宇宙に強制送還されます』
「・・・何だよそれは?それってつまりアレフさんが故郷に帰れなくなるのかよ」
シェイドがしかめ面で呻いた。
『彼の目的、地球への帰還が出来る機能を持つ存在は私だけです。つまり主との契約解消は、彼の目的が果たせなくなることを意味します』
「そんな・・・俺のせいで、俺のせいで・・・俺が未熟なせいで」
『それは違います』
消え入りそうな声で後悔するシェイドを、しかしフィロは断固とした声で否定した。
『彼は全てを分かった上で、自身の意思で決めたのです。決してあなたの責任ではありません』
「違う!俺が頼りなかったからだ!フィロさんを補佐につけたのは、俺が力不足だったからだ」
『それはアレフへの侮辱です!やめて下さい!』
突然、フィロが怒りの声を出した。
「侮辱・・・違う俺は」
俯いたシェイドはそのまま押し黙ってしまった。
フィロの深いため息が響き、その後彼女から静かな声で話し始めた。
『あの自分勝手の大馬鹿野郎は、自身の目的と願いを天秤に掛け、優先すべきと考えた方を選択しました。それは紛れもなく彼自身の意思、責任も結果も覚悟し、受け入れたのです。それを汚す事は許せません』
「・・・そんなつもりは」
『分かっています。シェイド様、あなたが自分を責めるのは自由です。しかしそれを理由にアレフの決意を、覚悟を、あなた達への思いを否定しないで下さい』
「分かりました」
『彼はこの作戦成功のため、自身の責任のおいて全力を尽くしています。次はあなたの番です。どうか自身のすべきこと果たして下さいませ』
「はい」
瞳を潤ませながらシェイドは頷いた。
「帰ったら一緒に謝り・・・お礼を言いましょう。だからまずは生きて帰らなくちゃね」
「ああ、そうだな」
優しく声を掛けまクリスに視線を合わせたシェイドは、拳を握り締めて歩き始めた。
次は7月31日更新予定です。
ここまで読んで下された方、どうもありがとうございます。
皆様の閲覧が私の励みとなります。
ブックマークや感想があるとより励みとなりますので、どうかよろしくお願いします。




