第44話 孤独の宴
魔力強化体
彼らは人間ではない、法的には。
しかし人間との生物型的な差異は、僅かしかない。
彼らは人間と変わらない。
だから喜怒哀楽があり、娯楽を喜ぶ。
す
しかし彼らが得られる娯楽は少ない。
だから少しでも娯楽があれば、これを大いに楽しもうとする。
常に生と死の狭間を生きる者にとって、娯楽とは数少ない心の支えなのだ。
そして明日戦いを控えた大隊では、大きな宴が催されようとしていた。
こんな宴が許されるのは、戦いの前夜だけだった。
常に激戦に生きる彼等は、いつ命を失うとも知れない。
だからこそ悔いが残らぬよう今を精一杯楽しみたい。今夜だけは無礼講が許されていた。
とは言え物資が乏しい現状では、酒などの贅沢品はない。いつもより多少マシな食事な程度だが、それでも彼等には十分なご馳走様だった。
彼らは明日命を落とすかもしれない。だから今この時を全力で楽しもうとしてた。
・
中央の広場に、魔力強化体第二大隊の全隊員が集まっていた。(約1名負傷者を除く)
今は中隊や小隊間の垣根はない。
気の合う者同士が自然に集まると、自由に語り、笑い、中にはケンカとなり、それでも笑いながら殴り合い、それを見ながら楽しげに眺めていた。
そんな中、誰が笛を吹き始めた。
するとそれに合わせて別の楽器を奏でる者が現れる。
徐々に楽器の種類が増え、それに合わせ歌い、そして踊り始めた。
その様子を獣人達もまた楽しんでいた。
彼等に差別はない、アレフが徹底的に許さず、隊員達もこれを受け入れからだ。
獣人達は同等に扱われ、多少のぎこちなさはあるものの、それなりに慣れ始めていた。
それでも元は敵の立場なので、遠慮して宴の端で静かに眺めていた。
これまで悲惨な境遇に生きてきた彼等には、これだけで充分に楽しかった。
そして、そこにアレフの姿はない。
「余計な気遣いをさせるからな」
そう言い残し、彼は一人でどこかに消えた。
・
アレフがいたのは宴から離れた丘の上だった。
そこにぽつり佇むと、宴の様子を眩しそうに見下ろしていた。
「フィロ、聴こえるか?通話制限を解除する。そちらは問題ないか?」
アレフは制限していたフィロとの通信を再開した。
ファティアが現れた時に制限して以来なので、実に丸一日ぶりだった。
『はい、問題ありません。そちらもご無事で何よりです』
久々のアレフからの通信に、返信するフィロの反応は早く、そして嬉しそうだった。
「まあな、色々あったが運が良かった。現在地は何処だ?」
『今は直近の衛星、えっと月?の裏側です』
「距離のわりには通信は良好だな。他の作業に支障はないのか?」
『そこは抜かりなく。中継機を配置したので、影響は皆無に等しいです』
「流石だな。では、今後もその場に留まってくれ。異変があれば即座に離脱、報告は事後で構わない」
『了解、しかし随分と慎重ですね?』
「まあ、アレ相手だからな」
心配するフィロをよそに、アレフの脳裏には青髪の女性がよぎっていた。
ファティア
魔力強化体第一大隊の隊長にしてディーファの姉
対峙しただけで、その力は絶大と分かる。
彼女は人を遥かに超えたモノ
人では勝てるはずもない。
「ファティアだ。分かるな?ファとティアだ」
『枝族の事ですか?確かファは破壊、ティアは再生でしたね。偶然では?」
枝族、それは神が司る力を系譜であり、名は即ち枝族をたる力を意味する。
もし事実なら、ファティアという名は、破壊と再生という相反する二つの力を司る神を意味する。
「彼女自身がそう言っていた。そして私が別宇宙の存在と見抜き、宇宙にいるお前も分かっていた。偶然にしては出来過ぎだ」
『私を?各種迷彩状態で大気圏外で待機していた私を、地表から見つけたと?あり得ないですね』
「落ち着け。確かにあり得ない。だからまだ可能性の話だ」
不信と動揺を見せるフィロを、アレフは冷静な口調でなだめた。
「ファティアは神、つまりとラーナと同じ分神だ。これも可能性だがな」
『神様なんて迷信です。そんなモノなど認めたくないです』
「全くもって同感だよ」
僅かに震えるフィロの声に、アレフはつまらなさそうに同意した。
「今は神の有無はなどどうでも良い。肝心なことは二つ、一つはファティアがとんでもない力を持つ化け物で、幸いにも今はまだ味方だと言う事だ。今後敵対は避けるべきだろう」
『まあ、そうですね。そうなるともう一つはライファですか?』
「そうだ。彼女も同等の化け物だ。街一つの住人を丸ごと異形体に変えた。こちらは明確な敵だ」
『ライファという名前は、ラーナが語った五女神の次女と同じです。枝族はファ、つまり破壊を司る力です』
「・・・最悪の場合、ライファと戦うだろう。私が死んだら、お前は帰れ。死体の回収は不要だ、引き取る物好きなどいない」
『一応了解しておきます。まあ、あなたが死ぬなんてあり得ない事ですけどね。せいぜい大怪我程度にして下さいな」
「茶化すな、真面目な話だ」
『私だって大真面目ですよ?死ぬなんて許しませんから』
「参ったな・・・」
それきりアレフが沈黙し、2人の間には重苦しい沈黙が流れた。
『確認しておきます』
沈黙を破ったのはフィロだった。
「なんだ?」
「例の女神達の事です。ラーナが言っていた名は、長女がアーティア、次女がライファ、三女がファティア、そして四女が』
「止めろ!」
アレフが叫び声がフィロの言葉を遮った。
『分かってますよね?』
「分かってる・・・彼女は恐らく何も知らない」
『優しいのですね。では、あなたの選択に全てを委ねます。どうか生きて下さい、それだけが私の望みです』
「・・・約束する」
『信じてますよ?どうかご無事で』
その言葉を最後にフィロの通信が切れた。
寂しい沈黙の中、アレフは苦悩していた。
分かりきっている事実があるのに、心がそれを拒否している。
しかし最後は受け入れなくてはならず、それが苦しい。
「知ったことかよ」
そう吐き捨てるアレフだが、胸の内には鈍い痛みが走っていた。
赤い髪の少女との約束を思い出す。
その先は考えたくなかった。
・
アレフは冷たい空を眺めながら、フィロとの会話の中ですっかり冷めてしまった食事を摂っていた。
しかし丘の下から近付く影が見えた時、、食事を運ぶ手が止まった。
「アレフさ~ん、探しましたよ~」
影の正体はイリスだった。
彼女はパタパタと手を振り、嬉しそうな顔で近づいて来た。
「君か、一体どうした?」
「ええっと、よろしければご一緒にいて食事をどうかと思いまして」
かがり火の灯りで目を細めるアレフに、イリスは嬉しそうな声で答えた。
「それは構わないが・・・」
イリスは満面そうな笑みを浮かべていたが、対してアレフは困惑に隠せずにいた。
「君はそれで良いのか?この宴会は仲間と楽しむものだろ?こんな所にいて良いのか?」
「その大切な仲間がアレフさんなのですが?」
「私が・・・仲間?」
「えっと・・・そうですよ」
アレフの問いに、今度はイリスが不思議さえに首を傾げた。
「もしかしてディーファ大隊長と一緒のご約束があるとか」
イリスが悲しげな顔で尋ねた。
「ディーファと?いやいやいや、それはない」
「そうですか!じゃあご一緒でもでも構いませんよね」
アレフを答えを聞くなり、イリスは再び微笑んだ。
「ところで、どうしてこんな所にいたのですか?ずっと探してたんですよ」
「ま、まあ色々とな。すまなかった」
少し不機嫌になるイリスに、アレフはバツが悪そうに苦笑した。
「少しだけいさせて下さい。これが最後かもしれないので」
そう言うと、イリスはアレフの右隣に腰を下ろした。
「明日は一緒にディーファ大隊長の護衛です。よろしくお願いします」
「そうだったな」
アレフは頭の中で明日の作戦を軽く復習した。
明日の異形体討伐作戦では、スカルプ周辺に配置された各中隊が、大規模火炎魔法術式の作成を実施する。
大隊はその指揮役となり、アレフと獣人達、そしてイリスは大隊の護衛だった。
「こちらこそよろしく頼む」
「はい!頑張りましょうね」
「これが最後かも知れないか」
「はい」
それからアレフとイリスは何も語らず、少しだけ空を眺めていた。
・
空を眺め終えたアレフが、イリスを見つめていた。
「渡したい物がある。明日でも良かったが、丁度良い」
そう言うと、アレフは腰に付けた短刀を鞘ごと外すと、イリスの胸元へと差し出した。
「受け取って欲しい。使い古しですまないが、これでも共に戦ってくれた大切な相棒だ」
「え?」
そう答えたイリスは目を丸くしていた。
それはアレフとイリスが初めて会った時、彼女を襲った異形体を倒す時にアレフが使った短剣だった。
ただ短剣ではない。魔力を込める事で刃が伸びて長剣へと変わる魔剣である。
貴重な逸品なのは間違いなく、決して容易く人に譲れる代物ではない。
「駄目です!」
イリスは首をブンブンと勢いよく振った。
「こんな貴重な物はいただけません!」
「頼むから受け取ってくれ。私にできる事はこれくらいしかない」
「それでもです!」
固辞するイリスをに、アレフは困り顔で頭を掻いた。
「これは証だ。この星の初めての弟子に託したい」
「託す・・ですか?」
「親は子に未来を託す。同様に、師もまた弟子に託す、治癒魔法術式の未来をだ。これはその証だ。将来、君が師となった時、弟子にこの証を託して欲しい。ここから始まり代々続いていく。これは誓い、その証だ」
「誓いの証・・・それは断れませんね。私なんかでよろしければ受け取らせてもらいます」
そう言うと、イリスは恭しく短剣を受け取った。
「大袈裟な話にしてしまったな。迷惑だったか?」
アレフは気恥ずかしげに苦笑した。
「ずるいですよ、そんな言い方。迷惑だなんて、そんな事ないですよ。ただ私なんかが受け取って良いのか、少し戸惑っています」
「君だからだ。他には誰もいない」
「え・・・あ・・・はい」
少し赤かったイリスの顔はますます赤くなり、それで彼女はうつむいてしまった。
「あの・・・あ・・・ありがとうございます」
震え声のイリスは、瞳から大粒の涙がとめどなく溢れていた。
「確かに受け取りました」
イリスは涙を拭いながら、胸の短剣を愛おしそうに抱きしめた。
「これでまた一つ」
アレフは小声で呟き嘆息した。
その声はあまりに小さく、イリスには聞こえていない。
「何かを為せた。それでも償いには程遠い」
小声で呟きながは、アレフは虚な空を見上げていた。
・
「あの・・お願いがあります・・・」
ためらいがちにイリスが願い出た。
それからいきなり詰め寄って来るイリスに、アレフは思わずたじろいだ。
「待て、顔が近い」
「無事作戦が成功すれば、帰隊後にお休みを頂けます。よろしければその日に・・私と・・一般地区でその・・・」
イリスは顔を真っ赤に染めながら、さらににじり寄ってきた。
「あの!その日に一緒にお買い物に行って頂けないでしょうか!」
勢いよくそう告げると、イリスは黙り込んでしまった。
「買い物の手伝いか?それくらいなら別に構わない。しかしせっかくの休みなら、私よりも別の仲間と過ごした方が有意義に」
「だから!あなたと行きたいのです!」
「うわっ!」
ヤケクソ気味に叫んだイリスが、愛らしい顔をアレフの顔の間近へと迫らせた。
アレフは思わず上半身を仰け反られせ顔を離したが、するとイリスは更に詰め寄ってきた。
「近い、少し離れよう」
「離れません。あのですね、私はお礼がしたいのです。何度も助けてもらいましたし、治癒魔法を教えて下さいました。その上、こんなに素晴らしい贈り物も頂いたのです。だから私だって恩をお返したいんです」
そう言うと、イリスは少し怒った表情でアレフを見つた。
それは純粋で、真剣で、真摯な懇願だった。
そしてそれを無碍に出来る理由をアレフは知らない。
「宜しく頼む」
だからアレフは観念した。
「ありがとうございます・・・ありがとうございまます・・こんなに嬉しい方は初めてです・・・」
その場でイリスが泣き崩れた。
「私も嬉しいよ。この星で初めに出会えたのが君で良かった」
嘘偽りのない本心を告げたアレフは、泣きじゃくるイリスの肩に優しく手を添えた。
遠くからは宴の声が響いていた。
・
永遠はない。
いくら望もうと、終わりはいつかは訪れる。
この星から旅立つのが先か、
或いはこの星が滅びるのか先か・・・
本当の仲間にはなれない。
どう足掻いても・・・
「優しさなど触れるものではないのにな・・・」
喜びに泣くイリスを側に、アレフはポツリ呟いた。
答えはない。
月はいつもよりも冷たく瞬いていた。
次は29日に更新の予定です。
度々出てきたラーナですが、今後登場する予定です。




