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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第6章 赴くは仲間と共に
48/76

第43話 前夜(後編)

6月10日に更新したはずが、更新されない上、元データが消えておりました。

更新が遅れ大変申し訳ありません。

 少し先の未来、あたりは静かさに満ちていた。


 僅かに土をのぞかせる雪の上にバレットが倒れていた。

 意識はない。口から血が混じるおかしな色の泡を吹いていて、全身は小刻みに痙攣している。

 まだかろうじて生きているらしい。


 とても静か世界の果てから、奇妙な唸り声が近づいていた。


 ・


 それより少し前のこと、そこは第一中隊の臨時駐屯地だっあ。

「んだと!ごらぁ!!!」

 そこに女性の叫び声が鳴り響いた。

 叫んだのは第一中隊伝令クスカで、原因は大隊長ディーファからの通信だった。

 通信の内容は、仕事を抜け出した上司のバレットが、無許可で訓練に参加し、更には模擬戦までやりたいと言い出すという代物だっだ。


 それを聞き、仕事を押し付けられていたクスカは激怒した。

「ふざっっっけるな~~~~!あんの野郎~~~~!!!仕事押し付けてなにやっとんじゃ~~~!!!」

 端正な顔を歪め叫ぶクスカを見た者達の顔は皆一様に青ざめていた。

「・・・あっ、いつもの始まった」

「おい、さっさと離れるぞ」

 彼等は何も見なかった振りをしてそそくさと逃げ出した。


『えええっと、お~いクスカ~、大丈夫かー?』

 クスカの叫びが聞こえたのだろう、ディーファの声は当惑していた。

『おーい、おーい』

「おっと、これは大隊長、大変お聞き苦しいところを。つい本音が出ました」

『本音・・・ま、まあそれは構わないが、バレットの模擬戦はどうする?私としては反対」

「是非とも()りましょう!是非もなく!徹底的に!そしてとどめは私が!」

『うおっ!声が割れてる、耳が痛いぞ、少し通信機から放」

「アレフさんに通信を代わって下さい!処刑を頼みますので」

『処刑って言わなかったか?少し落ち着け』

「言いましたけど、言ってません!だから早く!早く!」

『だから落ち着け〜!』

 観念したディーファが通信をアレフに繋ぐと、不気味な笑みを浮かべたクスカがまくし立て始めていた。



「あの穀潰しを徹底的にやってください!」

『えっと・・・どちら様でしょうか?」

 クスカからの名乗りのない突然の通信に、アレフが戸惑うのも当然だった。

「とにかくや・・・コホン、失礼しました。中隊長伝令のクスカです。訓練の件は伺っております。大隊長に代わって私が許可します」

『待て!私は許可してな』

「あー!あー!何か雑音が入りましたね。あー!あー!とにかくあいつを徹底的にやって下さい」

『今大隊長が何か言っていたような』

「気のせいです。もしかしてあなた、あの穀潰しの処刑に反対なのですか?もしそうなら、あなたも穀潰しも同罪、処刑です。それでも宜しいのですね!」

『え?処刑?これは訓練かと』

『そうだぞクスカ、まず落ちつ』

「あー!何も聞こえなーい!とにかくだ・・・やれ・・・いや、殺れ」

『あっ・・・はい』

『ひっ・・・はい』

 何故かディーファも了解し、それでクスカからの通信は打ち切られた。


「あはははは!!!あんにゃろう!いっつも、いっつも、いっつも、いっつも~~~~~!仕事を押し付けやがって~~~~!地獄に落ちろ!ぎゃははははは~~~!!!」

 そこには、鬼が狂喜乱舞していた。


『おいクスカ!クスカ!』

 当然、ディーファの通信など聞いているはずもなかった。


 ・


 アレフとバレットとの模擬戦は、光の速さで全隊員に知れ渡っていた。


 娯楽に飢えた彼等は、早々に仕事を終えた者から、我先にと集まり始める。

 いつの間にか、アレフ達の周囲は大勢の野次馬達に取り囲まれていた。


 彼等は勝負の行方を好き放題に語り合っていた。

 大方の予想はアレフの勝ちだった。

 バレットは強い。部隊内では近接戦最強で、獣王レグルスと互角に近い死闘を繰り広げた。

 しかしアレフはそれ以上だろう。大勢の訓練生達を相手に、単独で無傷、しかも余裕で叩きのめした惨劇は、誰もが目撃した事実だ。それに噂では、ディーファ大隊長ですら倒したらしい。


 順当に考えれば勝つのはアレフだが、そこに勝負条件が加わっている。

 バレットが魔法術式使用が可能に対し、アレフは禁止、こうなればバレットにも勝機が見えてくる。


 そうなると話が盛り上がり、そんな中で隊員同士での掛けが始まっていた。

 掛け行為は禁止されているが、禁止されればやりたくなるのが人の性分だ。

 掛けは大いに盛り上がり、中には全財産を賭ける者さえ出る始末だった。


 そんな喧騒の中、模擬線が始まろうとしていた。


 ・


 薄明るい投光器の下に、3ミーン(約4,5メートル)程の距離を隔て、アレフとバレットが対峙していた。


 アレフは大盾を両手で構えていた。それ以外に武器の類は一切ない。

 対するバレットは素手で、先頭の構えを取っている。見る者が見れば、荒削りだが好きが少ない強さと見るだろう。


 アレフの持つ大楯は、一般的にものよりもかなり大きな代物だった。

 高さは背丈の約3分の2程、横幅は胴体よりも幾分か太い。それは少し身を屈めば、全身を隠せる大きさだった。


 そらだけなら、ただの大きな盾でしかない。

 しかしその盾には、とある特殊な魔法術式が施されている。

 それはアレフ特製の抗魔法術式の付与で、それによる高い防御力こそがこの盾の最大の特徴だった。



「そんじゃまあ軽ーく行くぜ!」

 バレットが豪快に笑いながら、右腕を振り回した。肩慣らしと見せた、軽い威嚇のつもりなのだろう。

「気遣いは不要だ、本気で来い」

 それをアレフは軽く受け流した。安易な威嚇など通じるはずもない。

「はっ、上等!」

 バレットが圧縮詠唱を行つつ、両腕を頭上にかざす。すると、その頭上に複数の特大火球が現れた、


「行くぜ!」

 バレットの掛け声と共に、全火球が一斉に撃ち出された。


 彼が放ったのは中級火炎術式『業火』

 一発で肉体は粉微塵に吹き飛ぶ、それが多数なら肉片どころか骨すら残らないだろう。

 もはや訓練ではない、完全に実戦だった。

 そんな脅威を目の前に、アレフはその場を動かない。

 僅かに身を屈め大楯に隠すだけだった。


 火球が大楯にぶつかると同時に大爆発が巻き起こり、衝撃と轟音とが鳴り響いた。

 それで終わりではなく、それからも無数の火球が次々と注がれ、幾度も爆発と轟音とが繰り返された。


 全ての火球が撃ち込まれ静音が訪れる。辺りは巻き上がった黒煙に覆い尽くしていた。


「この程度で死んでくれるなよ!」

 『烈風』の魔法術式を発動されたバレットが、激しい風で黒煙を薙ぎ払った。


 明るくなる視界の中、煙の中から無傷の構えるアレフの姿が現れた。

 その瞬間、歓声が巻き上がった。


「はっはっはっ!凄えな、おい!だったら、もっとだ!」

 強者との戦いに歓喜したバレットは、思わず武者震いをしていた。この喜びはレグルスと同等、否、明らかにそれ以上だろう。

 バレットは瞬時に詠唱を終えると、次き『雷撃』の魔法術式をぶつけた。


 虚空より生まれた無数の雷の槍が、雨あられとなってアレフへと降り注ぐ。

 やはりアレフはその場を動かなかった。

 これを大楯を頭上に掲げると、降り注ぐ雷を平然とした受け止め続けた。

 本来ならここで盾が貫かれるなり、感電するなりの効果がある。

 しかしその様子は一切なく、アレフもも大楯も無傷のままだった。


「まだまだ!」

 バレットが叫び、今度は『氷撃』の魔法術式で作った巨大な氷塊を作り出した。


 巨大な氷壁が恐るべき速度で射出された。その威力は大砲にも等しい。まともに食らえば盾もろとも粉微塵に砕かれる。

 もし盾が耐えたとしても、それを持つ腕の骨が砕け、体も吹き飛ばされるだろう。


 さしものアレフはこれはまともに受けなかった。

 彼は咄嗟にしゃがむと、鋭角に構えた盾を体の上に被せる様に構えた。

 砲弾と化した氷塊は、盾の上を滑るように通り過ぎ、そのまま上空へと飛び去っていった。


「少し痛かったな。改良の余地ありだな」

 事もなげに立ち上がったアレフは小さく呟いた。

「はは・・・マジかよ」

 その様子を見たバレットから、乾いた笑いが漏れ出ていた。


 アレフは盾のコンコンと軽くこづいた。

 損傷具合を見るためだろう。そして見た目通り盾にはなんの支障もなかった。

「盾の性能をもっと試したい。遠慮せずどんどんやってくれ」

「はは・・・ふざけんなよ!」

 アレフには何気ない頼みだったが、バレットからすれば完全な挑発だった。


「だったらこれでどうだ!」

 バレットが、『気弾』の魔法術式を発動し、圧縮された空気の弾丸を撃ち放った。

 威力は氷塊には遥かに劣る。しかし貫通力と連射性なら遥かに勝る。

 バレットが知る限り、これを至近距離で受け無事だった物体はない。


 アレフは動かない。

 ただその場で片膝をつき、衝撃を受け止める体勢を取ると、全ての弾丸を真正面から受け止めた。


「貫きやがれ!」

 バレットが叫び、数百もの弾丸を打ち込み続けた。

 この時、バレットの頭には貫くことしかない。仮に貫いたとしたら、アレフが負傷してしまい、その後大変なことになるのだが、彼にはそこまで気を回す頭はない。

 とにかくがむしゃらに撃ち込み続けた。


「はあ・・・はあ・・・どうだ」

 息切れしたバレットがようやく攻撃が止めた。

 絶対の自信を持っていただけに、多少なりとも効果は期待していた。

 しかし目の前の光景を見るなり、思わず目を疑った。


「クソッタレが」

 バレットは毒づいた。

 目の前にいるアレフは、どう見ても無傷だった。大盾には少し凹んだ様子が見られたが、それでも無事な範疇に過ぎない。

 バレットの攻撃は、アレフと大楯を前になんの意味もなさなかった。


 アレフの無事に、一際大きな歓声が湧き上がった。


「拳こそ力ぁ!」

 バレットは叫んだ。

 怒りも羞恥もある。しかしそれ以上に強者への歓喜が、彼を奮い立たせた。


 バレットは『肉体強化』で全身の筋力を強化させ、全ての力を『部分硬化』で強化した拳に乗せる。

「オッラア!」

 全力全霊の拳の連打をアレフへと叩きつけた。

 途切れない拳な雨が大盾へと降り注ぎ、鈍い金属音を幾重にも響かせた。


 しかし結果は変わらない。

 バレットの強化された手拳は、分厚い鉄板すら容易に貫く。先の戦いで死闘を繰り広げた獣王レグルスをして賞賛させた程だ。

 そんな拳を多数受けながら、アレフは微動だにしていなかった。


「ダァリャア!ラララララァ!」

 それでもバレットは拳を打ち続けた。

 しかしやみくもではない。今度は足を、盾の守りのない側方へと回り込もうとする。

 しかしアレフの反応は速かった。

 彼は回り込むバレットに素早く盾を向け、全く隙を見せなかった。

 それでもバレットは諦めず、何度も回り込もうと試みるが、いずれも徒労に終わった。

 考えれば当然のことだった。

 走って回り込む時間とその場で振り向く時間とでは、後者の方が圧倒的に短い。



「ちっ!」

 ラチがあかないと悟ったバレットは、大きく下がり間合いを空けた。

 魔法術式も打撃も通じず、完全に行き詰まった。

 一度仕切り直し、新たな手段を考えたかった。

 そんな折、

「少し話がしたい」

 突然アレフが話し掛けてきた。

「・・・なんだ?」

 勝負を中断する行為に、バレットは不機嫌な表情を浮かべた。

「実は、クスカ伝令からひっきりなしに通信が入っている。今もだ」

「え・・・」

 クスカの名を聞いた瞬間、バレットは冷や汗が浮かべた。不機嫌さなど完全に吹き飛んでいた。

「か、彼女はいったい何をおっしゃられているのでせうか?」

 何故か口調が丁寧になり、口元は引きつっていた。


「伝えない方が幸せだ。取り敢えずは、成仏してくれ、としか言えない」

 アレフはバレットへと憐憫の眼差しを向けた。

「辛うじて伝えられる言葉は、『死ね!』だ。何度も繰り返して叫んでいるが・・・どうすればそこまで恨まれる?」

「え・・・」

 言葉に詰まったバレットは、ただ口ををポカンと開け間抜けた顔をするだけだった。


「断りたかったが、いかんせん私も脅されている。『絶対に殺せ。さもなければお前も同罪だ』と」

「・・・断ってくれますよね?」

「彼女を敵に回したくない。怖い、本能的に。半殺し位で許してもらおう」

「え・・・」

「まあ・・・死ぬな」

「ちょっ!」

 戸惑うバレットの顔面に、アレフはいきなり盾を突き出した。


「ぐはっ!」

 鼻面に大楯がもろにぶつかり、バレットは上半身を大きくのけ反らせた。

 完全に虚をつかれた攻撃に、バレットは全く反応できなかった。



 続いて、振り回された大楯の横薙ぎが、バレットは頬を張り飛ばした。

 鈍い金属音と共に、バレットの体が冗談みたいに高々と飛んでいく。

「ぐへっ・・・」

 空から落ちたバレットは、背中を大地に叩きつけ、それきり動かなくなった。


「さて、それでは少し説明をしよう」

 動かないバレットを尻目に、アレフは淡々と説明を始めた。

 なお説明を受ける獣人達は、皆完全に青ざめている。次は自分の番だと思ったようだ。


「この盾には魔法術式を防ぐ仕掛けがしている。これがあれば誰でも魔法術式を耐え凌げるし、武器としても使える。私ですらこの程度のことは出来た。お前達ならこれ以上に使えるはずだ」

「え、ええー?」

「いや、それは・・・」

「無理・・・」

 獣人達が顔を引きつらせる中、説明するアレフの背後で物音がした。

「くっそー油断した」

 アレフが振り向くと、そこには立ち上がったバレットがいた。

「まだ終わってない!これからだ!」

「説明がある。少し待て」

 鼻血を拭うバレットを制し、アレフは説明を続けた。


「この盾なら使うのに、高度な技術もいらず、習得も容易だ。それと一つ利点を見せよう」

 そう言い終えると、アレフは取っ手を握り直すと、剣の様に振り上げた。


「盾は剣より重い。この重さが優秀な凶器となる」

 アレフはバレットに正対した。大楯はいまだに振り上げだままだ。

「避けろよ」

 そう言うなり、アレフはバレット目掛けて、大楯を右袈裟斬りに振り下ろした。


「あっぶね」

 バレットは咄嗟に飛び退き、これを辛うじて回避した。

 しかし完全には避けきれず、風切り音を立てた大盾が、彼の頬を僅かに切り裂いた。

「やべ・・・」

 バレットは背中から流れる嫌な汗を感じていた。


 間一髪だった。

 もしまともに食らってたら、昏倒していたに違いなき。

 同時にほくそ笑んだ。

 重い攻撃は、一度躱せば大きな隙が生む。

 事実、盾を躱されたアレフは、隙を晒している。

 今この瞬間こそ、最大の好奇だった。


「隙あり!」

 バレットはすかさず全力の拳を繰り出し、そして崩れ落ちた。

「もう少し相手を読め」

 意識が薄れゆくバレットの耳に、微かにアレルの声が響いた。



 アレフが見せた隙は、反撃を誘うため、わざと作った罠だった。

 反撃の場所は隙を見せた箇所、そこまで分かれば対処は容易い。

 アレフはバレットの打撃を余裕で避けつつ、振り回した大楯をバレットの横腹にめり込ませた。



「まだだ、クソが!」

 バレットは薄れてゆく意識を必死に繋ぎ止めた。

 経験上、確実にあばらをへし折られたと分かる。


 動かないバレットに、しかしアレフの攻撃は止まらなかった。

 今度は打たれた脇腹と反対の方角から、盾の一撃が迫ってくる。


 バレットは咄嗟に左手を構え、これを受けようとした。

 しかし左手に当たる瞬間、盾の軌道が上へと変わり、左手をすり抜ける。

 すり抜けた盾は勢いそのまま、バレットの左側頭部を直撃した。


「ガァ!」

 重い鈍器の直撃に、バレットは意識の大半が刈り取られた。


 そこに更なる追撃が襲う。

 今度は大楯の下端を、バレットの両足の指先へ叩きつけられた。

 ただでも重い大楯に、アレフの全体重を乗せた一撃だった。


「ひぃーーーあやがあががががあ~~~~~!!!」

 両足の全指の骨を粉砕されたバレットは、形容し難い絶叫を上げた。


 普通ならぶっ倒れて気絶するが、バレットはどうにか耐えた。

 倒れまいと懸命に足を踏ん張った。


 もはや勝負どころではない。

 ・・・それなのに容赦はなかった。

 今度は突き上げた大楯が、バレットの顎を叩き上げた。


 ---ぐちゃり---

 と顎骨の砕ける嫌な音が、観客全員の耳朶を打つ。

「っ!!!」

 バレットはも悲鳴すら出せない。

 意識は完全に刈り取られ、背中からゆっくりと力無く倒れ落ちた。


 バレットはピクリとも動かない。

 あばらが折れ、足の指の骨が砕かれ、顎すら砕かれている。

 それは見るも無残な姿で、あまりに凄惨な光景だった。


 歓声はなく、辺りは静まり返る。

 誰もがドン引きし、顔面を蒼白とさせていた。


「見ての通りだ」

 そんな重苦しい空気の中、アレフはまるで気にせず説明を再開した。

「この盾は防具ではない、武器だ。断言する、お前たちがこれを使えば、どんな強敵でも倒せるだろう」

 アレフは盾を高くかざした。


 誰もアレフを正視できなかった。

 獣王レグルスと死闘を繰り広げたバレットを、たった数撃で、しかも片手間に倒してのけた。

 知ってはいたが、改めて完全に化け物と知らされる。

 怖すぎて見たくもなかった。


「もちろん欠点もあるが、それは別に・・・どうした?」

 ここでアレフがようやく気が付いた。

 獣人達や治癒部隊のみならず、見学の隊員達も全員が青ざめていた。

「・・・一応死んでないからな?」

 そう言ってアレフが首を傾げるが、当然同意できる者など皆無だった。


 そんな様子に戸惑うアレフ、その背後ではバレットが、ゆっくりと起き上がり始めていた。


「まは終わっへねへ!(まだ終わってねえ)」

 ふらつきながらも立ち上がったバレットの瞳には、まだ強い闘志があった。


「最後の説明だ」

 アレフはバレットに構わず説明を続けた。

「これは一番大事なことだ、忘れるな」

「ほのはてはなへれはぁ(その盾がなければ)!」

 バレットはアレフに飛び掛かると、力任せに大楯を奪い取った。

「よっひゃあ!」

 歓喜にバレットが叫んだ瞬間、アレフの手拳がバレットのあごを撃ち抜いた。

「グペポ・・・」

「くれてやる」

 打撃に脳を揺られ昏倒するバレットに、アレフの言葉を聞こえまた様な気がした。


 そこに・・・右前蹴りがバレットの鳩尾を撃ち貫いた。

「!!!」

 声も悲鳴もなく、バレットは冗談のような勢いで吹き飛んでいく。

 二転、三転、四転とし、ようやく転がり終わると、そのまま完全に動かなくなった


 こうして模擬戦は終わった。

 あまりに酷すぎる結果だった。


 ・



 辺りは形容し難い重苦しい空気に満ちていた。

「さて、これでようやく訓練が出来る」

 しかしこの原因たる本人はまったく気にしていない。


「一番大事なこと、それは固執しすぎるな、という事だ」

 ドン引きする獣人達を前に、アレフは淡々とした口調で説明を再開した。

「道具は道具だ。命には及ばない。勝つためなら、いくらでもくれてやれ。無意味な固執は命を落とす。それは無意味だ。疑問があれば、実戦で教えてやるが、もう一戦したい者はいるか?」

「「「「結構です!」」」

 アレフの呼び掛けに、何故か関係ない隊員達も含め、皆一斉に首を振った。


 ・

 ・

 ・


 本格的に訓練を始めるため、アレフは獣人達を横一線に並ばせていた。

 そこに、治癒部隊の若い隊員がアレフへと駆け寄ってきた。

「訓練官、よろしいでしょうか?」

「どうした?」

「そこで泡を吹いてるバレット中隊長ですが、治療してもよろしいでしょうか?あんなんでも一応は私の上司なもので」

「酷い言い草だな」

「お察し下さい」

 視線の先には、気絶したバレットが、奇妙な色の泡を吐きながら小刻みに痙攣している。


「あ~、それなんだがなあ」

 アレフは苦笑しながら頭を掻いた。

「取り敢えず聞いてくれ」

 そう言うと、アレフは耳の通信機を、その隊員へと付け替えた。

『ああ?何だあ?誰が治療したいと?言え!そいつも同罪だ!やめさせろ、さもなけばお前も同罪だ!とどめはわたしだ、手を出すな!』

「ひっ・・」

 悲鳴を上げた隊員は、慌てて取り出した通信機をアレフに差し出した。

「そう言うわけだ。治療するか?」

 アレフは受け取ったゆっくりと通信機を耳につけた。

「すいません、死にたくありませんので、全力で遠慮します。あと私の名前はどうかご内密に」

「それは構わないが・・・第一中隊も大変だな」

「毎日がこんなんですからね。もう慣れましたよ」

「・・・そうか、なんかすまなかった」

「いえいえ、こちらこそ第一(うちの)中隊が面子(メンツ)がなんだか申し訳ないです・・・」

「・・・はあ」

「・・・ええ」

 アレフ達は同時に深いため息をついた。

 視線の先では、相変わらずバレットが小刻みに痙攣していた。


 その後、訓練は予定通りに実施された。


 ・

 ・

 ・


 静かな世界の中、鬼が現れた。

「なんだぁ~?まだ生きてやがったのかぁ~~~~!!!」

 それは鬼の形相のクスカで、バレットを引きずって何処かに消えていった。


 ・・・遥か遠くから何かの悲鳴が聞こえた。

次は6月17日更新予定です。


クスカ第一中隊伝令について補足を

彼女はクリスを姉と慕い、大隊怖い度ランキングの2~3位(一位はクリスです)にいます。

先の獣王レグルスとの戦い負傷したバレットはイリスに治療されたのですが、その後クスカによってぼっこぼっこに殴られて負傷してます。(戦闘結果に負傷者1名となってるのはそのため)

バレットへの鉄拳制裁は日常茶飯事のため、第一中隊の面々をはじめ、ディーファやマリニアでさえも諦めている始末となっています。

 彼女は最初はモブ程度の扱いでしたが、気が付けば変にキャラが育ってました。

 どうしてこんなことに・・・

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