第42話 前夜(前編)
魔力強化体第二大隊の隊員達が、忙しそうに走り回っている。明日の作戦本番の準備のためだ。
そんな中、シェイドとクリスは大隊指揮車両の中、作戦の最終的調整を行っていた。
机上のスコルプには地図、そこにシェイドが最後の印を書き加え、全ての作業が終わった。
安堵の息が同時に漏れ出た。
「お疲れ様、大変だったわね」
先に話したのはクリスだった。
「・・・そうだな」
優しいねぎらいの言葉に、しかしシェイドは視線を合わせなかった。
ケンカはまだ継続中で、今は冷戦状態だったからだ。
「なあ・・・」
「何?」
「その・・・機嫌は治ったのか?」
「久々の言葉がそれ?・・・呆れた」
歯切れの悪いシェイドに、クリスは軽く嘆息した。
「機嫌?治ってないわよ。でも、ずっと怒ってばかりもいられないでしょ。だから今は大人しくしているの」
「そうかよ」
まだ終わっていない事に落胆したのか、シェイドは深いため息を漏らした。
シェイドとしてはこれ以上こじらせたくない。
早急に仲を戻したい、切実にだ。
そもそもケンカの原因は自分にある。
発端はアレフの悪口で、空気を和ませる軽い冗談のつもりだった。
それがあそこまで怒らせるとは、全くの想定外だった。
クリスが怒り出した時、始めは適当にあしらうつもりだった。
しかしアレフを擁護する姿に、次第に腹が立ってきてしまった。
それが売り言葉に買い言葉で激しい口論に発展し、気が付けばお互い引けない状況になっていた。
ケンカなど日常茶飯事だ。
いつもなら自分から謝り、仲を戻していた。
今回も自分に非があるのだから、謝るべきなのだろう。
しかし今回だけはどうしても出来ない。
人間への激しい嫌悪と憎悪とが、彼をためらわせた。
・
「どうしたのよ黙っちゃって?」
「うるせえ」
「あのねえ・・」
おし黙るシェイドを見かね、クリスが再び嘆息した。
「意固地になるのも分かるけど、今は忘れなさい。明日生き残れるかすら分からない立場なのよ?」
「明日か・・・死にたくないな」
目を伏せるシェイドの視線には、都市スコルプの地図が写っていた。
そこには都市の詳細と明日の部隊の配置が記され、中心には一際目立つ赤い印が付いていた。
「これで良かったのか?ディーファ大隊長も反対していただろ」
「他に選択肢があって?」
「・・・適任者ならいる」
呆れ顔をするクリスに、シェイドがようやく視線を合わせた。
「実力は折り紙付き、信用だってなくはない」
「へえ、誰かしら?教えてくれないかしら?」
「分かってるだろ、言わせるな」
途端に顔をしかめるシェイドに、クリスは小さく溜息を吐いた。
「アレフさんでしょ?確かにあの人ならきっと簡単に成功する。でもね、あの人は温存すべきなの。隊長をあの女から守るためにね。あなたにも分かってるでしょう?」
「ライファか・・・」
シェイドは忌々げにかつての上司の名を吐き捨てた。
PT・ラルカ・アルファ・ライファ
先代大隊長にして、現大隊長ディーファの姉
そして裏切り者だ。
一年前、彼女の裏切りで多くの仲間を殺された。
先日も獣人達との戦いでも、突然現れ、隊員達3名殺され、その場にいたクリスも危うく殺されかけた。
彼女は強い、おそらくディーファ大隊長よりもだ。
もし勝てるとしたら・・・
「クリスの言う通りだ」
シェイドは顔をしかめた。ギリギリと不快な歯軋りの音が響いた。
胸中にあるのは、ライファへの怒りと自身への不甲斐なさだった。
「この一件、ライファは関係していると思うか?」
「逆に聞くけど、今回のような馬鹿げた事、あの女以外の誰がやるのかしら?」
「悪い、愚問だったな。ライファなら嬉々としてやる。そう言う女だ。愉快な事に顔を突っ込む輩だった」
「はた迷惑な女よ。だからあの女は必ず来る。笑いながら私達を邪魔しにね。悔しいけどあの女は誰も勝てない、正真正銘の化け物よ。まともに戦えるとしたら、ファティア大隊長くらい」
「大隊合流の禁止の規則がつくづく恨めしいな。ディーファ大隊長もそれなりに強いが、相手が悪すぎる」
「だからこそ、アレフさんよ。正直勝てるとは思わないけど、時間稼ぎぐらいなら出来る。大隊長のために捨て駒になって貰う」
部隊の恩人を捨て駒扱いすることに罪悪感を抱いたのであろう、その時のクリスの声はとても小さく、そして暗かった。
「人間を盾代わり、捨て駒扱いかよ。俺も人間が嫌いとかぬかしてるが、やってる事は人間と同じ、情けないが大概屑だな」
「私もね。割り切って、選択肢なんてないの。大隊長には生き残って貰う、それが絶対よ。たとえあたし達が駄目でもね」
「だな」
悲しそうに目を伏せるシェイドを前に、クリスもまた目を伏せた。
「させるかよ・・俺が絶対にさせない」
それはシェイドの静かな、しかし強い決意の溢れる声だった。
「・・・勇ましいわね」
そう言うと、クリスは自嘲気味に笑った。
「慰めるなら、いつもの軽薄な演技じゃないの?」
「嘘とわかってる相手には意味ないだろ」
苦笑しつつ見つめるクリスに、しかしシェイドいつにない真剣な面持ちで見つめ返した。
シェイドはいつも軽薄な態度を立っている。
しかしそれは偽りで、重苦しい空気を和ませるためで、それをクリスは知っている。
今は嘘を見せたくなかった。
「たまには真剣にさせろ。・・なやつの前なんだからな」
何故か途中でシェイドの声が小さくなり、途中で完全に声が途切れた。
「なんて言ったの?聞こえなかったわよ」
「知るか!」
「ねえシェイド、いつもの軽薄な演技も悪くはないけど、素の方が素敵よ。これからもこれで通したらどう?」
「やめろ、恥ずかしいだろ!」
「あら残念」
クリスが笑い出し、それに釣られてシェイドも笑い出していた。
笑いながらも、しかしシェイドは素直に喜べなかった。
まだ彼女に謝れず、仲直りもしていない。
それが心残りだった。
・
日が完全に沈んだ頃、アレフは解放された。
膝の上で眠るマグを、伝令レクトに託し(押し付け)、ようやく自由になれた。
自由になったアレフは、早速獣人達と治癒部隊を広場へ集合させた。
急遽訓練を行うためだった。
それは獣人達への即席の訓練だった。
あくまで即席、本来の訓練に比べて粗が出るので、訓練を施すアレフ自身も望ましいとは思っていない。
それでも今はやるべき理由があった。
広場に集合した獣人達は、横一列に整列していた。
その少し後方には、治癒部隊が同じく横一列に並んでいる。
その列の中、何故か第一中隊長バレットが、目を輝かせて並んでいる。
突っ込めるものなどいない。誰もが見えないフリをした。
「注目!」
アレフの凛とした号令に、その場の全員が身を強張らせた。
獣人達は緊張に嬉しそうにアレフを見つめるのとは対照的に、治癒部隊達は恐怖に全員顔面を蒼白にしていた。
「見ろ!」
アレフが手に持っていた長方形の大盾を両手で構えた。
「これがお前達の武器だ。お前達は盾となる。盾の名は、魔力強化体第二大隊第三中隊第三小隊、通称233小隊、それがお前達だ。お前達に盾を持ち、身も心も盾になれ。これは命令だ、拒否は許さない」
アレフの突然の命令に、獣人達は嬉しそうに頷いた。
獣人達にはとってアレフは絶対だった。
彼に救われた、全てを与えられた。
そんな彼に恩を少しでも返せるのなら、
それが至上の喜びだった。
一斉に頷く獣人達を前に、アレフはわずかに憂いを見せるが、直ぐに消した。
「盾は短時間で効率的な集団戦術を鍛えられる。それがお前達に盾を使わせる理由だ。理由は他にもあるが、それは後で説明する」
言い終えると、アレフは盾を頭上に掲げた。
「この盾は大きく重い。常人なら機動性が大きく損なわれる。だがお前は違う。その強靭な力を前には重さなど関係ない。この重さこそ力、欠点こそ最大の長所に変わる。百聞は一見に如かず、まずは見せよう」
アレフは治癒部隊へと視線を移した。
「治癒部隊!誰でもいい、私の相手をしろ!術式使用は無制限、無論私は使わない。私への恨みを晴らすいい機会だ。遠慮するな、全力で殺しに来い」
「「「えええ・・・」」」
治癒部隊達の間から異口同音の呻き声が漏れでた。
中には恐怖でガタガタと震え出す者もいて、当然、手を挙げる猛者などいるはずもなかった。
治癒部隊の者達は訓練中、アレフに散々痛めつけられた、真剣勝負の末に何度もだ。
今回も通りまた痛い目に合うだろう、積極的に手を挙げるわけもない。
「俺がやろう」
しかしただ一名例外がいた。ただし彼は治癒部隊ではない
勇ましい声で手を挙げたのは、第一中隊長バレットだった。
バレットは目を喜びに輝かせると、勢い良くアレフへと詰め寄った。
「アレフさんとは前から戦いたかったんだ。いっちょ頼む!」
「ええっと・・・少々お待ち下さい」
予想外の相手が現れてたことに、アレフは困惑を隠せなかった。
訓練とは言え怪我をする可能性はある。
いくら治せるとはいえ、大事な作戦前に中隊長を怪我させるわけにもいかない。
「バレット中隊長、あなたは責任ある立場です。万一のこともありますので、どうかご遠慮下さい」
「構わねえ、責任は俺が取る」
「いや取ると言われましても」
丁重に自重を促すアレフに、しかしバレットは何故か自信満々に胸を張った。
「俺は頑丈なんでね、多少の怪我なら平気だ。どーんとか来い!どーんと!」
「・・・・はあ、そうですか」
アレフはため息を吐きながら、説得を早々に諦めた。
とは言え、まさかこのまま模擬戦をするわけにもいかない。だから他に応援を求める事にした。
「少々お待ちください。中隊長の訓練参加について、ディーファ大隊長の指示を仰ぎますので」
「問題ないって!大丈夫!」
アレフが胸元の通信機を操作し始めたのを見て、いきなり慌てだしたバレットが通信を止めさせようとした。
「どうぞお待ち下さい、だから!お持ちくださいってば!」
詰め寄り通信を妨害するバレットを片手で抑え、アレフは通信機を守りながら通信を続けた。
「いやいやいや、このまま始めよう。俺が保証する、大丈夫だ」
「いえいえいえ、駄目ですからね。中隊長なんですから、大隊長の指示を仰ぎましょうね?」
この時のアレフは作り笑いで応じるが、その目はまったく笑っていない。
『・・・やれ』
「・・・はい」
通信機から響く呆れ声に、アレフはため息と共に頷いた。
「お待たせしました。許可がおりました」
アレフは通信機から手を離し、バレットへと一礼した。
「おおー!」
バレットが喜びに両拳を突き上げた。
「なんだかなあ・・・」
アレフは小声で呟くと、再びため息を吐いた。
「バレット中隊長、それでは模擬戦の相手をお願いします」
「よっしゃあ!ところでアレフさんよお、俺に敬語使うのやめないか?どうも落ち着かなんでな」
マグと同じ事を言われ、アレフは細めた目でバレットの顔をまじまじと見つめた。
そう言えばバレットはマグの兄だった、と今更ながら思い出していた。
「では、いつも通り。先ほどマグにも同じことを言われた。やはり兄と妹だ」
「あれ?マグもかよ。だったらフラムにも同じように頼むな」
「準備運動が終わり次第始めてくれ。手加減は無用だ」
「よっしゃあ!そうでなくちゃ!」
バレットは全身に武者震いを走らせると、それからその場で何度も飛び上がり続けた。
それが彼なりの準備運動なのだろう。
・・・その浮かれ過ぎのせいだろう、バレットは気が付かなかった。
彼を見つめるアレフの眼差しが憐憫に満ちていた事に・・・
それが彼にこれから起きる不幸の始まりだった。
長すぎため、前後編に区切りました。
後半は6月10日更新予定です。
現在3話途中まで文章を作り直してます。
ほとんど書き直してあり、プロローグなどは完全に別物に差し替えました。
もう一度読んでいただけたら嬉しいです。




