第39話 古きモノと人
ディーファが見守る先、アレフとファティアとが対峙していた。
いつもの自然体で朗らかに笑うファティアに対し、何故かアレフの表情は明らかに緊張していた。
両者が見つめ合う中、先に切り出したのはファティアの方だった。
「こんにちは外宇宙から来た異邦人さん。私はファティア、ディ-の姉さ。彼女が色々とお世話になったそうだね。感謝するよ」
「・・・私はアレフ・バンデット、初めまして分モノよ」
「へえ・・・外の世界では知れ渡ってるのかな」
アレフの言葉を聞くなり、ファティアは驚きの表情を浮かべた。
「ワカツか、忌まわしい言葉だね。僕達があいつらと同類と考えると虫唾が走る。まあいいや、君とは少し深い話をしたいね」
いつの間にアレフとファティアとの間を、不安な重苦しい空気が流れていた。
空気の変化を察し不安に身を強張らせるディーファに、ファティアは陽気な笑顔を向ける。
「ねえディー、少し外してくれないかな?彼と秘密の話がしたいんだ」
「えっ・・・しかし」
「頼むよ」
懇願する姉の目を見てディーファは一瞬たじろいだ。目の内に剣呑な光が宿していたからだ。
「大隊長、どうかその様に」
戸惑うディーファがアレフを見つめるが、より戸惑う事となった。
彼もまた爛々と光る瞳でライファを睨み付けていたからだった。
このまま両者を引き合わせれば、何かしらの厄介ごとが起こるだろう、ディーファは直感していた。
しかしあくまで直感、断る理由にはならない。
「分かりました・・・」
漠然とした不安を感じながらも受け入れるしかなかった。
・
ディーファが離れるなり話を切り出したのは、当然ファティアの方からだった。
彼女は笑顔だが、その目は笑っていない。まるで獲物を狩る前の品定めだった。
「さて異邦人、どうしてこの世界に来た?目的は何だい?」
軽い口調だった。
しかしその内には威圧感があった。瞳は紅く輝き、殺意すら感じられる。
アレフは何も答えない。首を傾げ考える素振りだけを見せるだけだった。
「とぼけるつもりかい?答えなよ。沈黙は許さないよ。何か言わないと殺すからね?」
「・・・くっ」
アレフの腰が僅かに曲がった。今の彼には全身を押し潰さんばかりの圧力が掛かっていた。
「それがやり方か。暴力がすべでを解決するとでも思うか」
「実際そうだろう?力があれば大体何でも出来る、創造も破壊もね」
睨みながら笑うアレフを、ファティアは見下すように笑っていた。
アレフには凄まじい圧力が掛かっていた。
魔法術式ではない、未知の方法でだ。
鍛え上げた者でも耐え難く、常人なら足潰れ死ぬだろう。
そんな中、アレフは膝を屈さず立っていた。
「理由などない。ただの偶然、成り行きだ。私は古代装置の暴走で別の宇宙に飛ばされた。だから故郷に帰る。それだけだ」
「古代装置に飛ばされた?ああ、ミテの枝族の時空機の事かな?それよりも君、人間にしては大分強いね、色々と」
平然と立つアレフを、ファティアは関心の表情で見つめた。
「・・・まあいいさ、取り敢えずは信じようか」
「それはありがたいことで」
そう言ってアレフは笑った。瞳に剣呑な光を宿したまま、獲物を狩る肉食獣の笑いを浮かべていた。
「では、信じて下さりやがりありがとう、と土下座でお礼でもいたしましょうか?」
「あははは、いらないさ。そんなもの何の役に立たないからね。僕が求めるのはね、君がこれ以上勝手をしない事、ただそれだけさ」
「残念ながら、ご希望には応えられそうにありはしませんな。そのつもりもないがな」
アレフの口調は途中から荒々しく変わっていた。
その事に気が付いたのか、ファティアが呆れ顔で首を振った。
「僕を傲慢と責めるのなら、先にまず鏡を見る事だね。君も大概だよ。まあ妹への恩もあるし、今は大目に見てあげるけどね」
「時間がないので、手早く願いたい。結局何が言いたい?」
「分かってるだろう?君のような外の存在なんて邪魔なだけなんだ。さっさと消えてくれ」
言い終えた途端、圧が更に強まり、アレフの全身を押し潰さんとのしかかった。
この時、ファティアの瞳は爛々と赤く輝いていた。
ソレはまるで人ではない、いや確実に人ではないナニかだった。
「この戦いが終わるまでは待とう。その後は消えなよ。そうすれば殺さない。優しいだろ、僕は?」
拒絶を許さぬ絶対的な命令だった。
しかしアレフは赤い瞳を睨み返すと、笑ったまま首を降った。
「勝手にさせてもらう。どうこう言われる筋合いはない」
「・・・君は本当に強いね。馬鹿だけど」
ファティアの圧力が一段と強まり、空間が僅かに歪み始めていた。
彼等の間を音もなく空気が歪む。
そこは何も立ち入れない。
圧力と恐怖と、そして狂気に満ちていた。
「抗うのは愚行だよ。破滅と創造、それが僕の名だ。それが理解できないほど阿呆でもないだろう?」
「阿呆だよ、自覚もしている」
ファティアからの様々な力に、しかしアレフは微動だにしなかった。
「阿呆に伊達、それと僅かな良心、それが私の全て、だから答えは変わらない。言わせるな。そちらこそ、無為な長生きで痴呆になったか?」
「無為それに痴呆だと?この僕が?何も知らないくせにふざけるなよ」
アレフの指摘に、ファティアの頬がピクリと動いた。
「それは僕達を殺したあのクソどもの事だ。一緒にするな」
僅かにでも気を抜けば途端に意識を失う程の圧力の下、アレフはなおも平然と睨み続けていた。
「時間がないといったくせに、話を随分と逸らすじゃないか」
ファティアの表情から笑いが消え、極寒を思わせる無表情へと変わった。
「君のような者達は沢山いたが、皆後悔しながら死んだよ。その行いは無知な蛮勇、勇気とは真逆だ。知ってるかい?それは大罪なんだよ。罪には罰を。蛮勇という罪への罰は、惨めな死だ」
「ではお前達の犯した罪はどうなる?特別だからと罰を免れると?」
「罪ってどっち・・・ちっ、さて一体何のことだい?」
「戯れに人を作り捨てた。加護を失った者達の末路は悲惨だ、滅んだ星を嫌というほど見させられてきた」
「それか。言っておくけど、僕達は捨てていない。捨てるものかよ。この星がこうなったのは元々はあいつらが・・・いや・・・・君が正しい、哀しいほどに。確かに罪だ」
「どうせ償うつもりなどあるまい」
「今は存在する事自体が罰そのものだよ。まあ君の望む償いとは違うかな?」
ファティアの非情な宣告に、しかしアレフは愉快そうに目を見開き笑った。
「償いは求めない。今は人の世だ。役割を終えたモノなど不要、未来永劫に眠っていろ」
同時にアレフから凄まじい殺気が発せられた。
それはかつてアレフが異形体や獣人達に使った、魂縛りと呼ばれる殺気で相手を硬直させる技
しかしアレフがこの時の発した殺気は、かつての時とは比較にならぬ程に強い。
襲い掛かる圧倒的な殺気の奔流
しかしそれを全身に受けてもなお、ファティアは顔色一つ変えず平然としていた。
互いが互いに不可視の圧力を掛ける中、アレフは平然とした足取りでファティアへと歩き出した。
「アレフ、君はそんなに死にたいのかい?」
「殺せるなら殺せ。その方が好都合、あいつへの良い復讐になる」
ファティアは歩み寄るアレフの全身を凝視する。
「あいつへの復讐?それは君をそんな身体に変えた奴のことかな?珍しいね、呪いと祝福を二つも受けるなんて」
「どちらも悪魔の呪いだ。そんなものは要らない」
「悪魔?それは理解できない理不尽を押し付けるための想像された概念だ。実在しない」
「つまりお前たちのことだ」
「現実逃避はやめなよ、僕はここにいる。分からないなあ?僕達を呼ぶには、たった一つの言葉で事足りる。君はその言葉を知っているのに、どうして使わない?」
「信じたくないからだ。創造してけれた感謝はあるが、恨みの方が大きい」
「人間が存在するのは僕たちのおかげなんだよ。恩を受けたくせによくも言う」
「どれも押し売りだ。人間など、上司の胡麻すり用としか見ていなかっただろうが」
「はあ?ふざけるなよ」
徐々に膨らんでいたライファの殺気が一気に弾けた。
風が消え、音が消える。
それなのに空気は重く、恐怖の牙がアレフの全身を突き刺す。
「ふざけるしかなかろう。本気にするにはあまりに悪質過ぎる」
「ちっ、否定できないのが悲しいところだ」
口落ちそうに舌打ちするファティをよそに、アレフは静かに笑っていた。
「誤解するなよ、僕達姉妹はあいつらとは違う。全ての愛をどれ程子供達に注いできた。僕はともかく、姉妹達への侮辱は許さない」
「では、どうしてこの星をここまで追いやった?この白い星のどこに愛がある?」
「・・・痛いところをつく」
ファティアはアレフを睨みながら激しく歯軋りをした。
「言ったろう?愛していたさ。そのせいで僕達は道を違えた。皮肉なモノだよ、人への愛が僕達姉妹を引き裂いた。それで僕は何もかも失った」
「失った?」
「そうさ失ったよ!姉達に失望し、人間に失望した、もう何もない!何もないんだよ!分かるか?僕達は勝手に全部押し付けられ、そして失敗したからと殺された!ようやく目覚めたと思えば、この星はこんな有り様で、だから姉達とも袂を分つハメになった。僕にはもうディーだけだ!分かるか、この絶望が!」
「それは・・・分かるわけがない」
これまで強気を通したアレフだが、ここで言葉が詰まった。
「当然だ。分かると答えれば即刻殺していたよ」
「誤解していた。愛がないと言ったことを撤回する」
そう言うとアレフは頭を下げた。
「胡麻擦り云々は完全な過ちだった。貴方達姉妹を侮辱したことを謝りたい。申し訳なかった」
「・・・許そう。そもそもあいつらの君を誤った考えに導いたのは、間違いなく僕達の同族のせいだからな」
そう言うと、ファティアは疲れ顔でため息を吐いた。
突き刺すばかりの殺気はいつの間にか霧散していた。
「潮時だ。少し迷ったけど、やはり君は殺そう。君は知り過ぎている。僕には少々都合が悪い。幾つか妙な祝福を受けてるようだけど関係ない。僕の勝手な都合で悪いが、君を殺す」
ファティアに少し疲れた笑み浮かび上がっていた。
「長寿の祝福、そして不死の呪いか。掛けたのはあいつか。あの酔狂な大馬鹿か。成る程、大した力だけど、今の僕でもどうにかなくはないな」
「殺してもらえるのか。それは暁光、是非とも願いたい」
「おいおい、つまらないなあ君は。少しくらいは怯えてくれよ」
ファティアは呆れ顔で大仰に首を振った。
「それなら殺すのはやめよう。君の望みなんか叶えたくない。だから、殺さず苦しめ続けよう。四肢を千切って封印するなり、溶岩に放り込むなり、それでも君は死ねない。さて、どっちが良い?」
「ご立派だな。それもまた愛の形だと言うか。理解に苦しむ」
「理解は求めない。大のために小を殺す。それだけの話だよ。気掛かりなのは、ディーを泣くかせてしまう事かな」
アレフとファティアは睨み合い、掛ける圧力を極限まで高まっていた。
彼らの周囲の空間だけが明らかに歪み、殺意に満ちた視線がぶつかり合う。
この先始まるのは、凄惨な殺し合いだろう。
『駄目だよ、ファティア
その人は僕の恩人だ』
少女の声が何処からか聴こえた。
・
アレフとファティアの瞳が同時に見開いた。
同時に彼らを取り巻く殺気が完全に霧散していた。
「その声は君なのか・・・ラーナ」
ファティアの全身が震えていた。歯を食いしばる頬は歪み、瞳からは涙が伝い落ちていた。
「ラーナ!ラーナ!何で君の名を言える?君は滅んだのではないのか?それともまだ?いや、君の力は彼の中に。それは滅んだと同じ。何故?」
何もない空間に問いかけるファティアだが、返答はなかった。
怒りか焦りなのか、眉間にシワを寄せたファティアは、
アレフに詰め寄るなり胸倉を掴み上げた。
「答えろ!ラーナに何をした!」
掴み上げられたアレフは抵抗する素振りを見せず、静かにファティアを見つめていた。
「・・・・アーティアごめん、それが彼女の遺言だ」
「遺言・・・だと」
答えるアレフの顔は涙を堪える様に歪んでいた。
まるで激しい痛みを耐えるような、そしてその姿はあまりに弱々しく見えた。
「彼女に何をした!何が起きた!言え!」
「彼女は無力だった自分を後悔していた。何も出来ない自分に絶望していた。私は彼女に頼まれ・・・殺した」
「貴様!」
その瞬間、ファティアの殺気が再び爆発的に膨れ上がった。
胸倉を掴まれたアレフは、そのままで何も抵抗しない。ただ哀しそうに笑うだけだった。
「だったら望み通り殺してやる!何度でも!何度でも!」
『止めて!』
ファティアが小節を振り上げた瞬間、再び少女の声が響いた。
『私が望んだこと。私がこの人の優しさに甘え、この人はそれに応えてくれただけ。いいえ、そのせいで私はこの人を傷付けた。お願い、この人を傷付けないで』
「君は・・・そうか・・・」
ファティアは胸倉を掴む手を離すと、力が抜けたかのように両膝をついた。
そしてそのまま両頬に伝う涙を拭い始めた。
「分かったよラーナ、君の願いを無碍にしない」
ファティアは空を仰ぎ呟いた。
ありがとう、と声が響いた様な気がした。
ファティアは立ち上がりアレフを見つめた。
「約束通り、君に手は出さない。好きにするが良いさ。ただし条件付けさせてもらう」
「・・・聞こう」
「妹を、ディーを守れ。それだけだ」
「悪いが別のものしてくれ」
「はあ?」
即断で断るアレフを、ファティアは怪訝な表情で睨みつける。
「・・・この期に及んでケンカを売ると?僕はもうラーナを泣かせたくないのだけど?」
「それはすでにマリニア様と約束済みだ。条件なら別にしてくれ」
「・・・馬鹿だこいつ・・・頼むから空気を読めよ」
ファティアは鎮痛な面持ちで頭を抱えた。
「馬鹿で愚かだが、筋は違えないか。成る程、ラーナが甘えたのも分かる気がする。そう言う者達は総じて絶対に裏切らない。だから彼女は君を信用したのか」
「何が信用だ。私は彼女を殺した。裏切ったのも同然だ」
アレフは再び顔を歪め目を伏せた。
「彼女も酷なことをしたものだ。それが君の傷か・・・今度時間がある時にでもラーナの事を教えて欲しい。疑問もいくつか残ってるしな。嫌なら・・・いや是非とも頼みたい」
「分かった・・・私も誰かに話したかった」
「そうか、では約束だ」
言い終えるとファティアは自身の部隊の下へと去って行った。
・
ディーファの心配をよそに、アレフとファティアとの話し合いは何事もなく終わった・・・ように見えた
実際は一瞬即発の殺し合い寸前だったのだが、ディーファ達は何も見えず、何も感じられなかった。
「おいアレフ、ファティアお姉様と何を話した?」
「秘密事項だ。少し休ませてくれ」
戻ってきたアレフにディーファが聞いたのだが、彼は素っ気なく断ると、疲れた足取りで車の中に戻ってしまった。
「何があったのですかねえ?」
「さあな?それよりもシェイド、直ぐに戻る。それまで待機しててくれ」
「はい?」
戸惑うシェイドを残し、ディーファはファティアへ走り出した。
「ファティア姉様!」
「どうしたんだいディー、早くしないと遅れてしまうよ?」
駆け寄るディーファの呼びかけに、ファティアは満面の笑みで振り向いた。
「ファティア姉さま、お願いです!どうかアーティア姉様ともう一度話し合ってください。お二方が仲を違えるなど見ていられません」
ディーファの切なる願いに、しかしファティアの顔から笑みが消えさった。
「仲違いか。僕はのぞんでにあのだけどね。ただアーティアお姉様とは考えが合わなかった。だから仲が決定的に決裂する前に僕の方が勝手に離れただけだよ。まだ嫌ってはいない。だか心配しないでおくれ」
「心配するに決まってます!」
「静かに。他に聞こえてしまうよ」
ファティアはディーファの優しく耳元で囁きかけた。
しかしディーファは寂しく笑うアーティアを思い浮かべ、その瞳を悲しみに曇らせる。
「それでも、お願いです。一度だけでも構いません。アーティアお姉様にお会いして下さい」
「・・・分かったよ」
ファティアは優しく微笑むと、泣き出しそうなディーファを両腕で優しく抱き締めた。
「他ならぬ可愛い妹の頼みだからね、今度マリニア様に頼んでアーティア姉様に会わせてもらおう」
「ありがとうございます!」
目を輝かせ喜ぶディーファを見つめるファティアは、目を細めてその頭を愛おしそうに優しく撫でる。
「ライファ姉さんの事も大丈夫さ。きっとあの時・・・昔の姉妹に戻れる。それが夢なんだ。ルティアだっていつか目覚める。だから君も早く・・・」
「早く?」
不思議そうに見つめるディーファをファティアは力いっぱいに強く抱きしめた。
「いや、今のままで良いんだ。もう少しだけ今のままでいてくれ・・・こんな今でも僕は嫌いじゃないんだ」
この世の何よりも愛する妹を抱きしめたまま、ファティアは空に輝く銀の星を寂しそうに見つめ続けた。
次は23日の更新予定ですが、その前に20日にプロローグを全部差し替える予定です。
それと逐次これまでの投稿分も改訂予定です。
特に1万字以上の箇所は読みにくいので、前後編で区切り読みやすくしていきます。
ラーナについては、アレフとの話が全部出来ていますので、いずれ近いうちに投稿します。




