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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第6章 赴くは仲間と共に
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第36話 マリニアの決断

 冷寂の空に星明かりが瞬いていた。

 銀の星はなく、星以外は完全な漆黒の空だった。


 今は朝の遠い夜更け

 都市長として大量の仕事を終えたマリニアが、ようやく遅い休もうとしていた時、ディーファを連れたアレフが訪れてきた。


 普段なら追い返すのだろうが、彼の真っ青な顔色を見るなり緊急事態だと察し、そのまま執務室へと通したのだった。


「アレフか、あの男はいつも厄介ごとを連れてくる」

 愚痴りつつ正装に着替えるマリニアの横で、執事ハンスが静かに頭を下げていた。


 ・


「少し待て、考えをまとめる」

 アレフの話を聞いた時、マリニアはそう答えるしかできなかった。


 アメリア第五都市スコルプで、大規模術式によって市民が、強制的に異形体へ変えられたという。

 それはあまりに荒唐無稽な話だった。


 マリニアは頭を抱えていた。

 嘘と思いたかったが、アレフが言うはずもない。

 彼の人柄としてあり得ないし、何よりも理由がないからだ。


「事実なのだろうな」

「疑いたくもなるのは分かりますが、信じて下さい。時間がありません」

「分かってるが、少し黙れ。心の整理をつけさせろと言っている」

 マリニアの八つ当たり気味の言葉だったが、アレフは素直に従い沈黙した。


「アレフ答えろ、異形体の数はどれほどだ」

「およそ20万体です」

「お前の予想で良い、猶予はどれだけだ?」

「およそ2日です」

「分かった。少し考えさせろ」

 マリニアは苛立ちげに顔をしかめた。


 異形体一体の強さは、平均で完全武装の兵約30人分に匹敵する。

 それが20万体、つまり600万人分の兵力だ。

 もしウェネスが襲われれば確実に壊滅する。

 虎の子の魔力強化体第二大隊でも、時間稼ぎがせいぜいだろう。

 更に最悪な事に、異形体がいるスコルプからは、このウェネスが1番近い。

 奴等は命を嗅ぎ分ける。奴等が目覚めた時、1番初めにこの都市が襲われる可能性は高い。


 放置すれば絶望しかなく、だから答えは決まっていた。


 考えるマリニアに、執事のハンスが耳元で何かを伝えていた。

「そうか」

 聞き終えたマリニアは、大きくため息を吐いた。


「お前の情報源はこの前のあれ、確かフィロとか言ったな?」

「そうです」

「優秀なのだな。こちらも諜報班から内密な連絡があった。内容はお前の言ったものに近い」

 重苦しく話すマリニアの瞳は、焦燥に満ちていた。


「ディーファよ、20万の異形体を対処しきれるか」

「そ・・それは・・・無理です。全滅覚悟で一万がせいぜいかと」

 ディーファは目を伏せ首を振った。


「そこは嘘でも大丈夫と言って欲しかったな」

「・・・申し訳ありません」

「冗談だ、気に病むな」

 顔を伏せるディーファに、マリニアが優しく微笑みかけた。

「だが、その生真面目さこそがそれがお前の良いところだ。そこに救われる。すまぬな、些か気落ちしてたので甘えさせてもらった」

 言い終えるなり、マリニアは視線をアレフへと向けた。


「アレフ、どうせお前の事だ、何かしらの策は考えているはずだ。言え、褒美なら何でもくれてやる。そこのディーファなどどうだ?本人も悪くは思ってないはずだ」

「わっ、私が褒美ですか?」

「非常に迷惑です。おやめ下さい」

「はあ?迷惑だと?何でだ!」

 何故か怒りの声を上げるディーファに、アレフは仏頂面でため息を吐いた。


「ディーファ、その手の話は無用と言ったはずだ。話がややこしくなるから少し遠慮していてくれ」

「むう・・・覚えてろよ」

「マリニア様、打開策はありますが、褒美は不要を前提で話を進めます。押し倒すのなら話はここまでです」

「安心した。やはり策はあるのだな。しかしディーファが不満か?贅沢な奴だな」

「冗談を言える余裕があるのは結構ですが、あいにくと時間の余裕はないので話を進めても?」

「余裕そうに見えるのはお前とディーファがいるからだな。そうでなければ泣き叫んでいた」

 絶句し大口を開けたまま間抜けな表情で固まるディーファの傍で、マリニアが肩を竦めて苦笑していた。

「一応言っておきますが、今後も一切褒美、報酬の類は不要です。全ては初期の契約の範囲内です。ですので、今後もどさくさに紛れての押し付けはおやめ下さい」

「なんだつまらん、どうにかしてお前に女を押し付けたかったのにな」

 呆れ顔でため息を吐くアレフに、マリニアは苦笑したまま頭を下げた。


「マリニア様、私の情報源、以前話したフィロのことは覚えていますか?確かディーファにも話したはずです」

 ディーファ達は同時に首を縦に振り肯定した。

「以前お前が秘密で通信していた者だったな。ディーファよ、お前も聞いてはいたのか」

「はい、上空に待機させている者とだけ。それ以外は何も」

 三賢者の命令で、フィロのことは一応は秘密事項とされていた。

 しかしアレフは必要と判断し、最低限の情報をマリニアとディーファだけに話してあった。


「では今後の対応策について、発案者のフィロから説明して貰います。フィロ、出番だ」

『言っておきますけどね!本当は私は極秘扱いなんですからね!仕方ないとは言え、事前にことわりぐらい入れて下さい。今度とことん話し合う必要がありますね』

 アレフの右腕の腕輪型魔動器と、そしてマリニア達の首に下げる通信機から、不満に満ちた声が鳴り響いた。


『まずは謝罪を。勝手ながらお二人の通信機に勝手に使わせて頂きました。緊急避難措置としてどうかご理解下さい。次にご挨拶を。初めましてマリニア様、そしてディーファ様、私はフィロと申します。以後お見知りおきを』

 先程の不満などは微塵もなく、フィロの挨拶は嬉々とした礼儀正しいものだった。


『私は相棒となった者の情報面で補佐を行ってます。今回はそこの馬鹿!おっと失礼しました。そこのクソ野郎!すいません口が滑りました。自分勝手に動いて迷惑かけまくりのロクデナシ野郎!すいません、つい本音が出ました。とにかく、彼の補佐をしてやってあげています』

「・・・フィロ、愚痴は後にしろ。時間がない」

『少し黙っててもらえません?あ、申し訳ありません、こんにゃろうは無視して結構ですから』

「あのなあ」

『はい聞こえません、聞こえません』

 アレフが苦々しく顔をしかめるその脇で、マリニアとディーファは顔を合わせニヤリと笑い頷き合った。

「フィロと申したな、そなたは何故か非常に好感を持てる。うむ、そなたとはとても気が合いそうだ」

「マリニア様、私もそのように思います。フィロさんはとても素晴らしい方と思います」

「はい?どうしてそうなる?」

『はて?幻聴が聞こえたようですが、気のせいでしょう』

「幻聴だ、うむ、何も聞こえなかったぞ」

「幻聴です。マリニア様に同意します」

「・・・」

『では時間もないので話を進めますね』

 憮然とするアレフを放置し、強く結束したフィロ達は話を進めた。


『それでは説明のため、現在のスコルプの様子を投影します』

 アレフの腕輪から青い光が照射され、執務室の中央に青い光の立体図を投影された。


 何もない空間に、青い光で描かれた都市の立体図が浮かび上がった。

 全体を壁で囲まれる巨大な都市、その中にはおびただしいかずの赤い点が表示されていた。

『この赤い点は全て異形体です。ご存知だとは思いますが、数はおよそ20万です』

 都市内にびっしりとひしめく赤い点に、マリニア達は無言で息を呑んだ。


「20万と言ったな。スコルプはこのウェネスを凌ぐ大都市、人口は60万だ。残り40万はどうなったのだ・・・」

『予想はしているかと思いますが、亡くなりました。急激な身体変化の負荷に耐え切れなかったためです』

 動揺にうめくマリニアとは対照的に、フィロの声は静かで冷静であった。

「そうか、やはり既に・・・」

『生き残った者達は、現在は全ては停止中です。最終段階への負荷のため休眠と思われます』

「休眠だと?まだ奴ら動けないのか?」

『その通りです。つまり今こそが唯一の好機なのです』

 フィロはどこか自慢げにそう言うと、今度は赤い光で、うずくまる人型の立体図を投影させた。


『これは現在休眠中の一体です。中では骨格、内臓系統の急激な変化が確認できます。昆虫のサナギの様なもの、と言えば分かりやすいでしょうか』

「サナギ状態か。つまり我々は早急に羽化前のサナギが討伐せねばならず、時間が過ぎれば希望は潰えるという事か」

 マリニアが首を傾げつつもうなずいた。

『ご理解が早く助かります。羽化まで時間は推定約30ゼノ(45時間)です。この時間内に確実な討伐を。それ以外に無事に生き残る方法はありません』

「とは言うがな」

「そうですね」

 フィロの提案に対し、マリニアとディーファは同時に顔をしかめた。


「ディーファ、準備時間も含めスコルプ到着までどれほどかかる」

「車両で移動しても最短で約20ゼノです。そのため、討伐に使える時間は残り10ゼノだけになります」

「私の計算でもそうだ。これでは時間が足りん」

 ディーファの答え聞いたマリニアは、眉間に深くしわを寄せ力無く首を横に振った。

「フィロよ、聞いてのとおりだ。時間が足りない。スコルプは広大な都市だ。その中に散らばる20万を10ゼノで殺し尽くすことは不可能だ。一体ずつ殺せば時間が足りぬ。さりとて、大規模魔法術式で都市ごと焼き尽くすにしても、規模が広大すぎて魔力が足りぬ」

『ご安心をマリニア様、実は後者であれば可能です。足りない魔力はスコルプの魔力抽出杭から調達すればよろしいのですから』

「そうきたか」

『はい、そうきました』

 不安がるマリニアに嬉々としたフィロは力強く断言した。


 ・


 スコルプ内部の映像が拡大され、魔力抽出杭を投影されたいた。

 その映像をマリニアとディーファは食い入る様に見つめていた。


 魔力抽出杭

 それは全ての都市に必ず存在する。

 都市の中心に設置され、地中奥深くから星の魔力を吸い上げる巨大な杭である

 各都市はこの杭から抽出した莫大な魔力で、都市の運用に活用する。

 つまりは都市の心臓、生命線そのものだった。


『おそらくですが、何者かが都市の人間を異形体に変異させたは、大規模魔法術式によるもので、魔力抽出杭を利用して必要魔力をまかなったものと思われます』

「つまり私達も同じ様に利用させてもらうという事か」「はい、計算では十分実行可能です」

 フィロが言い終えると同時に、投影されていた魔力抽出杭が消えた。

 代わりに再び都市スコルプの全体像が投影されると、その周囲に緑色で六芒星が書き込まれた。


『地形面を考慮し、比較的配置しやすい座標を指定しました。指定座標に大規模破壊術式の下準備をしてもらいます。当然ですが、これには魔法術式に長けた者が相当数必要となります。ですので、ディーファ様の魔力強化体第二大隊こそ実行に最適でしょう」


 そして最後に、都市中心から赤い光が広がり都市全体を覆い尽くす光景が展開された。


『準備完了後、魔力抽出杭の魔力で術式を発動し、異形体を処分します。使用する術式は炎系統をお勧めします』

「伝統ある都市を焼き尽くすか。忍びないが、やむを得ぬか」

 マリニアは感慨深く嘆息した。

 彼女は一都市を預かる身であり、都市を焼く行為がどれ程の事か、彼女以上に思いを馳せる者少ないだろう。

 そのまま都市の投影図を悲しそうに見つめていた。


『マリニア様、お気持ちはお察ししますが、どうか早急にご決断を』

「急かすな。いやそうせねならぬのだったな。フィロよ、大規模術式は用意してもらえるのか?」

『いいえ。そちらでのご用意をお願いします。私の行動には厳しい制限があります。今可能なのは、情報の提供と助言だけとなりますので、どうかご理解をお願いします』

「あい分かった。それでは大規模好都合はこちらで用意しよう。フィロよ、そなたの限りない感謝を。そなたの案を使わせてもらう」

 そう答えたマリニアには、垣間見せた気弱さは微塵もない。


「伝統ある都市スコルプを私が滅ぼす。これは私の選択であり、全ての責任は私にある。私以外にはいかなる責も負わせない」

 そう告げるマリニアの顔には、いつもの自信と覇気が戻っていた。


「魔力強化体第二大隊大隊長ディーファよ、魔力強化体第二大隊全隊員を率い、早急にアメリア第七都市スコルプへ向かい、大規模火炎術式で異形体どもを都市ごと焼き尽くせ。必要とする一切を認める。全力を尽くし、全員で生還しろ。これは厳命だ、良いな!」

「了解しました!」

 ディーファは勢いよく立ち上がって敬礼した。


「続いてアレフ、おいアレフ!いつで拗ねるのだ。もう返事をしても良いぞ」

「・・・なんでございましょうか、マリニア様」

「無視した事は詫びる。すまなんだ。私はお前がこの都市に選んでくれたことを今一度感謝してるのだ。だから今一度だけ感謝させて欲しい。頼む、ディーファの力となってやってくれ」

「分かった、全力を尽くしましょう。くれぐれも褒美の押し付けはなしでお願いします」

「礼ぐらいさせて欲しいものだがな。いやこの言葉少し早いな。何にせよ頼む」

 どこまでの頼もしい返事なのだろうが、余計な一言にマリニアは思わず苦笑した。


「フィロよ、そなたにこそ最大の感謝を」

『そのお言葉も尚早かと。この作戦が成功したら改めてお褒めのお言葉を戴きたく思います』

「左様だな。どうも気が急いていかん。フィロ、先程のそなたの謝罪、私達の通信機に許可なく介入した件は不問とし、今後も私とディーファの通信機への通信を公私問わず許可する。私なりの感謝と思って欲しい」

『寛大なお心に感謝いたします』

「おっと、今後もあるからな。そなたにはもう一つほど感謝の形を見せねばな」

 マリニアはアレフを一瞥すると、意地悪げにニヤリと笑った。

「そなたも気苦労が多かろう?まあ誰のせいとは言わぬがな。色々と言いたいこともあるだろうから、いつでも申して構わぬからな。その後に、そいつを厳罰に処してやる。遠慮は不要だ」

「ん?」

「フィロさん、私にも遠慮なく言って下さい。ぶん殴ってやりますから」

 マリニアが言い終えるなり、ディーファが嬉々として相槌を打った。

「ん?ちょっと待て、まさか四面楚歌?」

 不穏な空気を察したアレフだが、既に遅かった。

『ありがとうございます!あとそこの奴うるさい、黙ってろ』

「何やらうるさい小蝿がおるな」

「静かにしろ、叩きつぶすぞ」

「・・・」

 いつの間にか孤独となったアレフは、沈黙するしかなかった。


「話はここまでだ。時間が惜しい、疾く退出し一刻も早く出隊せよ!」

「了解しました、これより出隊準備に移ります。行くぞ!」

「・・・了解」

 その後、何処か釈然とせずに憮然としたアレフを、ディーファが半ば強制的に連れて退出した。


 執事のハンスも退室させ、執務室はマリニアだけになっていた。

 語るものは誰もなく、部屋は冷たい静寂に包まれていた、

 そんな中で、マリニアは力無く肩を落としていた。

 その表情には先ほどまで満ちていた自信はなく、ただ疲れ切った抜け殻の様にしか見えない。

「どうか生きて返って・・・ディーファ、せめてお前だけでも」

 柄の間の安らぎに瞳を閉じ、彼女は静かに祈り続けた。

新章に入りました。

今回はスコルプへの異形体討伐戦となります。

次は5月5日更新予定です。

物語の土台の上で方向性を示すだけで、登場人物達には勝手に動いてもらっていますが、今回何故か主人公がいじられていました。

 今回マリニア達は悪印象を持っていないため冗談で済む話でしたが、やはり快く思わない者もおりその事が騒動を引き起こすことになります。

 この章はその事がテーマの一つとなります。とは言え鬱展開は嫌いなので、最後は解決する予定です。

問題は登場人物たちが作者の言う事を聞いてくれるかどうか・・・

 




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