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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
幕間5
40/76

第35話 望みしモノ

 暗い牢獄の中、髪の長い美女が幽閉されていた。


 そこはアメリア国第5都市、通称研究都市スコルプの地下深くの牢獄

 その最奥の牢獄で、その女性が全身を拘束され座っていた。


 壁面には魔法術式を封じるため、封印術式がびっしりと刻まれている。ある程度の知識があれば、それが以下に強力な術式と分かるだろう。

 そんな牢獄に全身を束縛されて幽閉されれば、どんな者でも出ることは不可能だろう。

 それは絶望的な状況のはずだった。

 それなのにその美女は嗤っていた。


 どれ程の時が過ぎたのだろう。

 突然、金属特有の不快な摩擦音を響かせ、重い扉が開かれた。

 扉の隙間から灯りが入り込み、不気味に嗤う美女照らし出した。

 そこに中に入ったもう一人の美女が歩み寄ると、嗤い続ける美女の頬を平手で叩いた。


 パシーン、と痛々しい音が響く中、束縛の美女は嗤いをやめなかった。

「あはは、お久しぶりね、スコルプ都市長メイア様。ご機嫌は如何かしら?」

「ライファ!貴様は!」

 メイアと呼ばれた女性は、歯軋りをしながらもう一度ライファの頬を平手で叩き、それでもライファは嗤い続けていた。


 ・


 ライファ

 彼女はディーファの姉にして、魔力強化体第二大隊の先代の大隊長だった者

 敵国に裏切り、かつての仲間を殺めた。

 そして今回の獣人達の侵攻にも力を貸し、その最中でかつての仲間を再び殺害した。

 彼女はディーファ達にとってもはや不倶戴天の敵だった。


 都市スカルプとはアメリア第ニ都市であり、裏切ったライファの亡命先だった。

 ライファを叩いたメイアという女性はその都市長、つまり最高責任者だった。


 マイアは秀麗な顔を醜く歪ませていた。

「貴様の!貴様のせいで私の計画は台無しだ!」

「あはははははははは!」

 殺意すらこもったマイアの怒りを、しかしライファは妖しい嗤い声で受け流した。


 ・


 マイアの計画は、無謀な侵略での獣人の処分と都市ウェネスにある程度の損害を与える事だった。

 いらなくなった不用品の処分とそのついでのマリニアへの嫌がらせ、その程度のつもりだった。


 裏切り防止のため、獣人達には死の呪いをかけた。

 解呪不可能な呪いで、それがある限りは計画が失敗するはずはない。

 実に簡単な計画のはずだった。


 それなのに計画は完全に失敗した。


 途中までは計画通りだった。

 しかし獣人達の呪いが解かれて、それから流れが変わった。

 呪いから解放された獣人達は呆気なく降伏し、それで戦いは終わった、与えた損害も軽微で、ほぼ無いな等しい程度でしかなかった。


 計画失敗の報はライファから知らされた。

 途中で任務を放棄して逃げ帰ってきたライファからだ。

 当然、マイアの怒りの矛先はライファに向けられた。


 マイアは失敗の責任を全てライファになすりつけることにした。

 それが当然だし、そうしなければ自分が責任を負うことになりかねない。


 即断したマイアは、報告を受けたその場で部下達にライファを拘束させたのだが、意外にもライファは一切の抵抗しなかった。

「あはは、ディーもやるわね。まだ半分だけのまがいとはいえ、さすが私の妹かしら」

 取り押さえられながらも、愉快そうに笑い続けていた。


 ・


「お前のせいだ!」

 甲高い嘲笑う声に耐え切れず、マイアは力一杯の拳でライファを殴りつけた。

 ガツン、と鈍い音が響く。


「馬鹿ね」

 ニヤけるライファの視線の先には、血が滲み出る拳を抑えるマイアがいた。

 殴られたライファの顔は無傷のままだった。


「脆弱な拳ね。そんな物では私に傷ひとつつかないわよ。弱くて愚かで、哀れですらあるわ」

 怒りに全身を震わせるマイアに、ライファが妖しく微笑んだ。

「貴方は恩すら理解できない野蛮人、今まで尽くした可愛い獣人ちゃん達を、見捨てた慈悲深いお方。見ることすら汚らわしい」

「私を虚仮にするか!」

 歌うようなライファの罵倒に、マイアは怒りに全身を震わせた。


「失敗作どもに恩などあるか!あいつらは足を引っ張り続けた役立たずだ!お前もだライファ、お前が獣人の監視を怠らなければ、こんな無様な結果にならなかった!」

「救いようもない程愚かね。こんなのにアーティは何を期待してたのやら」

 目を血走らせて怒鳴るマイアを、ライファはただ冷たい視線で見つめていた。


「説明してあげるわ。失敗した要因は、呪いが解かれた事よ。絶対解けない呪い?笑わせるわ。簡単に解かれたじゃない。そんな代物に頼った貴方の失敗よ。そんな事すら理解出来なくて?」

「何かの間違いだ!あの呪いはラーダ家の秘中の秘だ!あのマリニア如きに解けるはずなどない!」

「あなたの考えなんてどうでも良いわ、滑稽過ぎて逆に笑えないもの。ねえ元都市長さん、マリニアに獣人達の呪いを公表されたそうね。貴方大丈夫かしら?」

 ライファの指摘に、マイアは悔しそうに眉間を歪めた。

「・・・都市長だ、元ではない」

「時間の問題ね。世間の評判では、貴方は残酷で冷酷な犯罪者よ。じきに更迭ではなくて?」

「まだだ!」

 ライファの嘲りに、マイアは端正な顔を台無しにするほどの歯軋りで眉間を歪めた。

「私には切り札がある。これさえあれば、私の失敗など帳消しだ。まだ都市長でいられる!」

「あら、それはおめでとう。けど心底どうでも良いわ。でもお別れくらいは言っておくわね。今までお疲れ様、お馬鹿な元都市長様、ふふふ」

 怒り顔面を紅潮させるマイアを前に、ライファの低いい嘲笑が狭い室内に響いた。


「お前は!」

 マイアは拳を振り上げるがそのままだった。殴った痛みを思い出し、拳を振り下ろせなかった。

「殴らないの?痛くて出来ないのかしら。因果ね。痛みで獣人達を屈服させた貴方が、たかが拳の痛みに縛られるなんてね」

 怒りに全身を震わせるマイアを、ライファは冷酷な瞳で見上げていた。もう笑ってはいなかった。

 その様子に気圧されたのか、マイアは一歩引き下がった。


「・・・せいぜい言ってろ。もう何も軽口を叩く事も出来なくなるのだからな」

「あらそう?なら最後にお願い、さっさと消えて下さらなくて?貴方の全てが不快なの、ケダモノ臭いわ」

「黙れ!」

 マイアは短銃の銃口をライファの眉間へと押し当てた。


 その短銃は火薬式で威力は低いが、それでも至近距離なら殺す事も可能だろう。

 そんな命の危機を前にしても、ライファは顔色ひとつ変えなかった。

「そうやって暴力に頼る。人間の悪いところね」

「その暴力の権化として作られたお前に言われたくないな。だがな、そんなお前だからこそ感謝している。お前が持ち込んだ情報で、こいつらを作れたのだからな,この私がだ!」

 マイアは高らかさ叫ぶと、背後に立つ無数の人影へと振り返った。


 その人影は人でありながら、どこか人とは違っていた。

 白い肌、白い髪、そして赤い瞳、そこまでなら人と変わらない。

 しかし先端が尖った耳に、人としては整い過ぎた人形の様な容貌、人なのだろうが、何か違和感を感じずにはいられない存在

 それはアメリアの制服を着た、魔力強化体としか見えない者達だった。


「我が国の、私の魔力強化体だ。試作段階でも、すでに性能はサイカ製とほぼ同等だ。しかも一年足らずで16歳程度までの即席培養に成功した。育てた50体が製造済み、そして製造方法は私しか知らない!これで中央はまだ私を重用するしかない。よって私はこれからも都市長だ。このままいけば総統にすらなれる!」

「過大評価よね。本物の魔力強化体を作ったマリニアは都市長のままなのに、どうして真似しかできない貴方がその上に行けるのかしら?」

「黙れ!」

「息を吐くのをやめてもらえなくて?口が臭いのよ」

「貴様!」

 挑発に怒り狂ったマイアが引き金を引こうとするが、引けなかった。

 ライファが冷めく並んだ瞬間、マイアの全身が硬直し、引き金を引くことすらできなくなったからだ。


 理由は分からないが、マイアは動けなかった。

 動きたくても動けない。背筋に悪寒を感じ、全身の震えが止まらない。

 それが恐怖だと彼女は気付かなかった。


「面倒ね、貴方は生命を冒涜してしまったわ。それは許されない罪、人間にはね。だから罰を与えなくてはいけない。殺しって本当は嫌いなのでけど、仕方ないわね」

 震えるマイアに、ライファは優しく囁きかけた。


「貴様・・・だと?何をほざいて」

「ねえ貴方達、その屑を地べたに這いつくばらせなさい」

 ライファがそう告げた瞬間、魔力強化体達が一斉に動き出した。

 そして一瞬でマイアを取り押さえると、指示通りに地べたへと押さえつけた。


「何が?」

 ほんの刹那に全てが変わったことを、マイアは取り押さえられてからも直ぐには気づかずにいた。

 ようやく事態を察したマイアが、どうにかして逃れようと手足をばたつかせた。

 しかし魔力強化体は人間を越えた筋力を持つ。それが複数なのだから、抗いきれるはずもない。


「止めろ!お前達、私はお前達の主人だぞ!止めろ、止めろ!」

「違うわ、創造主はこの私は。人間の貴方のはずがないのよ」

 震え声で微抵抗するマイアを、ライファは哀れみの目で見下ろしている。

 全身を縛っていた拘束は、いつの間にか全て解かれていた。


「口を塞ぎなさい。殺しては駄目よ、相応の報いを受けてもらうから」

 マイアが魔力強化達に命じると、彼等は忠実に指示に従った。

「むぐぅ!」

 マイアの服の袖口を破ると、その布地で彼女に猿ぐつわをかました。


 マイアはもはや何一つ抵抗が出来なくなっていた。

「貴方には機会を与えていた。私が魔力強化体の設計図にはわかりやすい暗号を入れていた。神の領域を犯す罪への報いがどんなものかとの警告の言葉を」

 紡ぎ出されたライファの声は、微笑みながらも、その瞳の奥には極寒の光が宿っていた。


「私は警告したわよ、『生命の冒涜せし者には、相応の報いを与えよう』とね。それを貴方は無視した。良い度胸だけど勇気ではない、無知が故の愚行よ」

「ぐうぅぅ・・・」

 マイアが何かを言おうとするが、猿ぐつわされた口では何も言えない。

 涙を流しながら唸ることしか出来なかった。


 そんな惨めさに満ちたマイアを、ライファは無為の瞳で見下ろしていた。

「模倣の模倣の更に模倣とはいえ、生命の祝福がある限り、この出来損ないも私達の眷属、私には抗えない。ごくごく当然の当たり前の話なのよ」

「むぐっ!」

「最後まで無能だったわね。貴方なんかに期待して時間を無駄にしたわ」

「!・・・あっあっあっ」

 無表情で見下ろすライファを見て、マイアは絶句した。

 今見ているソレは、明らかに人以外のナニカだったからだ。


 サイカで製造された魔力強化体第一世代、

 魔力強化体とはいえ根本は人間と同じはずだ。

 しかしマイアの目には、このPT・アルマ・アルファ・ライファと名乗る者は、明らかに人ならざる存在にしか見えなかった。


 ソレの正体を思いついた時、マイアは恐怖し、そして後悔した・・・・


 ライファは赤い瞳を輝かせ、灰色の天井を見上げた。


「罪人に罰を与えましょう。罪とは、無より人を創り出した事、そして子を無慈悲に見捨てた事。母が子を見捨てるは罪、決して許されざる大罪」

 震えるマイアに、近づいてきたマリニアが妖しく輝く瞳を突きつけた。


「あたしはファーの枝族、授かりし名はライ、故にライファとなった。過去にして破壊、未来と再生のアーティアと対を為すモノ、そして今は貴方に罰を与えるモノ』

 妖しい瞳の光は、いつしか狂気へと変わっていた。


「彼女を解放なさい」

 ライファの指示で、マイアを拘束していた手が一斉に手を引いた。同時に猿ぐつわも外されていた。


 これでマイアは自由になった。

 それなのに彼女はそこから一歩も動けなかった。

 恐怖に縛られて、動くどころか呼吸すらろくに出来ない。

 息苦しさからか、いつしかマイアの顔は気色の悪い紫色になっていた。


 ソレは漆黒の黒髪の下、赤い瞳を輝かせる。

 笑わない、怒りもない。ただ虚に見つめていた。

「貴方に与える罰、それは知ること。この先に待ち受ける残酷な運命を貴方だけに教えましょう。知り、嘆き、絶望し、魔力のまま死んでいく。それが貴方の受ける罰」


 ソレの言う通りマイアは無力だった。

 抵抗は無意味、逃げたくても足が動かない。

 今は断罪の時を待つしかなかった。


「この都市スコルプ全ての人間を異形体へと変えましょう。それがアーティアを見限ったあたしの意志。強くあるものが残り、この冷たい星に生きながらえる。それがこの星に残された唯一の道、貴方も強くありなさい。そうすれば貴方達が壊したこの星でも生きていられる」


 『異形体に変えられる』

 この先の運命を知ったマイアは絶望に涙した。

 間違いなく事実で、自分は何も出来ない。

 死ねばまだマシだが、運が悪ければ人を喰らう異形体として生き残ってしまう。

 もしそうなれば自分は我が子を・・・


「お、お願いです、やめて下さい」

 マイアの恐怖を押し殺しての懇願だった。

「少しだけ驚きました。死の恐怖が私への畏怖を打ち消したのでしょうか?」

 ライファが少しだけ目を広げた。

「勇者には相応の祝福を与えますが、貴方には不相応です。罪を犯し過ぎたのですから」

「どうか御慈悲を、せめて娘にだけでも」

「呆れました。都市長たる者が、民を見捨てて娘だけを助けたいと」

「どうか!どうか!」

「獣人達も同じ事を言ったけど、貴方は彼等を助けなかった。因果は応報する。報いを受けなさい」

「ああああああ!」

「・・・貴方が道を間違えなければ、あたしも失望せず、貴方達も生き残れた。残念ね、やはり人間なんて何も期待出来ない」

 言い終えたライファが深いため息を吐いた。


 その瞬間だった。

 都市の至る所から閃光がほとばしり、僅かに遅れて爆音が鳴り響いた。

 遅れて悲鳴にならない数多の断末魔が響き、やがて消えていった。


 爆音に崩れゆく廊下を、ライファは静かに歩いていたる。

 途中、爆風と瓦礫がライファに迫るも、何故か途中で消えていた。


「希望なんてない。アーティアは人間を勘違いしていた。所詮は模造品、いえ完成品でも的が駄目だから何もない。主神は滅んだ。さっさとこの世界も滅んでしまえ」


 絶望を語りながらも、ライファは寂しそうに微笑んでいた。


「せめて慈悲を。何も考えなければ、苦しむ事もない。幸福もないのだけど、絶望よりはマシ。幸福にはなれないけど、不幸にもならない。それが異形体、あたし達の最悪の答え」


 突如ライファが笑い出した。

 狂気を宿す瞳から、大粒の涙を流して笑い続けた。

 笑い、嗤い、そして破顔(わら)う。

 喜び、悲しみ、そして憤りの笑いだった。


 狂気の嬌声が、爆音と悲鳴を上書きする。

「あははははははは!最低!最悪!滅んでしまえ!神も!人も!世界も!全部滅びろよ!クズ神ども!これがあたしの復讐よ!いつかお前達もお前達の子も皆殺しにしてやる!」


 空間に狂気が満ち溢れ、視界と空間とそして音さえも黒く染上げた。


「さよならマイア、貴方との付き合いもなかなかつまらなかったわ、さようなら」

 吐き捨てる様に言い残すと、ライファの姿は音もなく消えた。

 


 ・


 ライファが去り、マイアは自由を許された。しかし残された時間は少ないだろう。

 それまでにやるべき事が彼女にはある。


 恐怖に震える足を引きずり向かう先は執務室

 そこには安らかに眠る幼い我が子がいる。

 彼女だけでも助けたかった。


 間も無くこの都市の人間は異形体へと強制的に変えられる。

 普段なら馬鹿げた話と笑うが、あのモノを見てしまっては事実と直感していた。


 ライファと名乗るアレは人を越えた存在だった。

 ほんのわずかな文字で表せる絶対的存在だと・・・


 そこで考えるのを止めた。これ以上考えるのが怖かったからだ。

 答えに辿り着けば、引き返せないだろう。


 湧き上がる恐怖に絶え、マイアは引きずるように歩き続けた。

 ようやく執務室の中に入ると、そこにはゆりかごの中で、すやすやと愛しい我が子がいた。



 マイアは全力で駆け出すと、何も知らずに眠る我が子を抱きしめた。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・私のせいで・・・」

 涙するマイアの腕の中、起きた赤がの泣き声が響いた。


「せめてあなただけでも助けるから。ごめんね、お母さんを許してね」

 せめて我が子を泣かさなようにと、マイアは精一杯の笑顔を我が子に見せた。

 それでもこぼれ落ちた涙が、泣き止まない赤子の頬へと落ちる。


 やがて全てを光が包み込んだ。


 この日、白き星から一つの都市が消えた。

仕事の都合とは言え、間を空けすぎてしまいました。

申し訳ありません。次は29日に更新します。

次からは新章となり、戦いの舞台へと移っていきます。


ライファについては以前の章で少しだけ書いたのですが、本文で再度説明すると物語の流れのバランスが悪くなるので(構成が下手くそとも言いますが)、この場で補足して説明させて貰います。


彼女は5体だけ製造された魔力強化体第一世代の2体目で、アーティアの次に産まれました。

なお3体目は一度名前だけ出したファティア、次の章で登場します。

4体目は何故かポンコツになりつつあるヒロイン?のディーファ、5体目はまだ未登場です。


今後この物語はライファを中心に動き、暗躍する彼女と主人公達との戦いとなります。

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