第33話 誰そ彼の誓い
気が付けばディーファは廊下を歩いていた。
その前の記憶は残っていない。思い出そうとしても、何故か思い出せない。
よほど辛い事があったのだろう、頭が痛くなった彼女は思い出す事を止めた。
どうも中隊長達への用事を済ませたらしいので、大隊執務室に戻ることにした。
何故か足が重いが理由が分からない。何か恐怖を感じるのだが、きっと気のせいだろう。
そんな重い足取りの中、ディーファは突然立ち止まった。
「何か用事か?イリス」
ディーファは振り向かずに背後のイリスに問い掛けた。
・
「申し訳ありません。どうしても聞きたい事があったのですが、声を掛けられずにいました」
イリスはおどおどとした話し掛けてきた。
「歩きながら話そう、遅くなるとクリ・・・シェイド達に怒られるからな」
「は、はい」
僅かに顔を引き攣られるイリスを連れ、ディーファはゆっくりと歩き始めた。
「それで、聞きたいことは何だ?」
「あの・・・大隊長はアレフさんの事をどう思われてるのでしょうか?」
「???どう言う意味だ?」
ディーファは両腕を組みながら首を傾げた。イリスの意図を図りかねていた。
「難しい質問だ。以前は大嫌いだったが、今はそこまで嫌ってない。とは言え、背中を任せる程気を許してもいない、目を離すと何をしでかすか分からんからな」
「・・・いえ、お聞きしたいのは、そういう意味ではないですが」
「???ふむ」
神妙な面持ちで首を振るイリスを、ディーファは不思議そうに見つめていた。
「最近、面白い奴だとは分かってきたな。色々滑稽でな、例えば、あいつが無茶な申請をしてせいでクリスが怒られてな、その時の顔が実に情けなかった」
「・・・随分と楽しそうに話されるのですね」
楽しげに笑うディーファだが、静かに見上げるイリスの圧には気が付かない。
「実際に楽しかったからな。あとで巻き添えも食らった・・・が・・・何か怒ってないか?」
「気のせいです」
「そ、そうか」
ただならぬ様子のイリスに気が付いたディーファは、笑うのを止めた。
「大隊長はアレフさんに好意を持たれてるのでしょうか?」
「い、いや、好意などないが・・・本当に怒ってないのか?」
「幻覚です」
「げ、幻覚?まあそれはともかく、考えてもみろ、あいつは人間だぞ?好意など持つわけなかろうが」
ディーファの声は途中から冷たく変わっていた。
「私はマリニア様以外の人間には好意は抱かない。そういう風に出来ている。基本的に人間は嫌いだ」
「そうでしょうか?そのお考えも以前よりは大分軟化されたかと思います。確かに以前は人間を蛇蝎の如く嫌ってましたが、アレフさんへの対応を見る限りその様なことはなくなってます」
「言われてみれば・・・確かにそうかも、いやそうだな。まああいつには色々助けられたから、多少はな。そう考えると成程、私も変わったものだな」
「・・・その様ですね」
ディーファは気恥ずかしげに答えるが、それをイリスは冷たく見つめていた。
「中隊長達とのお話の中で、大隊長はアレフさんの話を嬉しそうにしておられました」
「嬉しそうにか?いくら何でも気のせいだろ」
「いいえ、確かに笑ってました」
「・・・それも気が付かなかった」
どこか棘のあるイリスの指摘に、ディーファは憮然とした表情で天を仰いだ。
「気が緩んでいたな。嫌いではないが、好きでもないし、それが正直なところだ。私は魔力強化体であいつは人間だ、この溝は深い」
「その溝とは私もでしょうか?」
「ん?違うぞ、あくまで私個人の話だ、お前はお前の考えで構わないが・・・すまない、そういう事か」
ようやくイリスの考えに気が付いたのか、ディーファは笑いながら頭を掻いた。
「聞きたいのは恋愛の話だな。残念だが、私は人間と結ばれる気はない。だがそれは私個人の事だ。マリニア様は私達魔力強化体でも、望めば人間と結ばれても良いと言ってくださっている、当然お前もな」
「大隊長は生涯誰かを好きにならないと?」
「恋愛など私には似合わんよ。それよりイリス、お前が人間と・・・アレフと愛し合い結ばれるのなら、私は祝福する」
「え?あ、はい。それはありがとうございます。でも・・・」
「この際はっきり言うぞ。私はアレフに気はないし、あいつもそのはずだ。私など口うるさい仕事相手ぐらいにしか思ってないだろうさ」
「多分、それは・・・いえ何でもないです」
どこか寂しそうに語るディーファを、イリスもまた寂しそうに見つめていた。
「実はその大隊長とアレフさんが、毎夜遅く、隊舎近くの木の下で親しげに話していると」
「ぶはっ!」
予想外の言葉にディーファは吹き出していた。
ディーファは大慌てでイリスの両肩に手を置いた。
「待て待て待て待て待てっ!ちょっと待て!誰がそんな噂を立てた!」
「噂なのですか?」
迫るディーファに、目を細めたイリスは疑いの眼差しを向けた。
「事実ですよね。隊員の半分ぐらいが目撃してますよ?私も何度か見たことがありますし。大分仲がよろしい様に見えましたよ?」
「いや違う、待ってくれ!誤解だ!会っていたのは事実だが、別に仲良くもしてないし、好意もない。仕事について話していただけだ」
「では、どうしてわざわざ夜遅くに、それもあんな場所で?」
「お互いに会えるのが、仕事終わりの夜遅くだからだ。場所は成り行きだ。話している内容も仕事のことが殆どだ。あいつの知識は色々と役立つから、利用させてもらっているだけだ」
「はあ・・・」
嬉々として話すディーファだが、イリスはまだ疑いの眼差しで見ていた。
「あいつは傭兵団の長をしていたこともあったそうでな、兵士の運用論や戦略論など興味深い話が多い。なかなか勉強になったぞ」
「・・・左様で」
「昔話も聞いたが、随分と波乱万丈な人生を送っていたようでな、中々に面白かった。まったく変な奴だ」
「・・・昔話・・・私・・・まだです」
「え?・・・待て、誤解だ!決して親しくない!好意もない!信じろ頼むから、な?」
しどろもどろで宥めるディーファだったが、イリスは明らかに視線を逸らしていた。
「・・・誤解も何も、今まで話ですと好意はともかく、親しいとしか思えませんが?」
「うっ・・・」
イリスの反撃にディーファはあんぐりと口を空けて絶句する。
「・・・・・・・親しいことになるのか?」
「ご自覚なかったのですか?」
「すまない、よく分からないのだ」
そう答えるディーファの顔は真っ赤に染まっていた。
「そもそも私がアレフと?・・・いやいやないない・・・でもそう見えるとなると、やはりそうなのか?」
自分でも本当に気が付かなかった様で、何度も首を傾げ続けていた。
そんな彼女の脳裏には、今朝方のマリニアとアレフと口論の光景が思い浮んでいた。
それは口論とも呼べないほど拙い罵りあいだっだが、それだけに親しい間柄の様に見えた。
互いに信頼していて、だからこそ遠慮なく罵りあえる。
それが無性に羨ましかった・・・
「親しいか・・・悪くないかもな・・・」
「え?」
ディーファは紅潮する頬を抑え呟くが、それをイリスが憮然とした表情で睨んでいた。
「しかし私も立場がある。もう夜中に会うのは止めるか。だがもったいないな、意外と面白い話が多いし・・・困ったな。どうすれば良いと思う?」
「・・・私に聞かないで下さい」
「困ったな」
「大隊長・・・羨ましいです」
懸命に悩むディーファの姿を、イリスが半ば羨望、半ば恨みの眼差しで見つめていた。
・
魔力強化体第二大隊隊舎敷地の隅に、真新しい大きな石碑が建てられていた。
その死者達を悼み建立された石碑には、サイカ語でこう刻まれている。
勇敢なる者達に安らぎよあれ
と。
そこには先の戦いで戦死した獣人達が眠っている。
石碑は質素だが粗末ではなかった。
言葉は力強く刻まれ、そこに死者への敬意が現れていた。
大地が黄金色に染まる誰そ彼刻だった。
まもなく夕闇が迫る中、アレフは石碑の前で片膝をついていた。
「偉大なる獣王レグルス」
アレフは夕闇色に染まる石碑を眩しそうに見つめた。
「あなたは絶望に屈せず、全てを尽くし多くの命を救いました。あなたがおられなければ、誰も救われなかった。あなたを心から尊敬します」
見つめる石碑の下には、敬意を払うべき人が眠っている。
しかし夕日を照返す石碑が眩しく、だから静かに瞳を閉じた。
「あなたにお会いしたかった・・・」
決して届かない言葉を死者へと送った。
「あなたの勇気に救われた者達は、これから未来に生きるでしょう。どうか安らかにお眠り下さい。そして願わくば・・・」
そこで言葉を詰まらせる。閉じた瞳はからは涙が滲み出ていた。
「・・・願わくば、あなたの勇気に応えられなかった・・・あなたの仲間を死なせてしまった私を・・・どうかお許し下さい」
涙声の懺悔だった。
それから瞳を開くと、石碑へと深々と頭を下げた。
彼は祈らない、神を嫌うからだ。
それでも死者へと安寧を願わずにはいられなかった。
「毎日ありがとうございます」
振り返ると、そこには獣人代表となった女性獣人のミャオが立っていた。
・
「元気そうで何よりだ」
ミャオが嬉しそうに微笑み掛けたので、アレフもぎこちなくだが微笑み返した。
「大分血色も良くなったようだ。食事は足りているか?」
「おかげさまで皆満足しています。あなたのおかげです」
「・・・私のおかげではない」
万感こもるミャオの感謝に、しかし彼は首を振った。
「感謝はマリニア様に。私はただのおまけだ。全てはあの方の温情あってのこと、それを忘れないでくれ」
「それはあの・・・はい、分かりました。皆にもそのように伝えます」
「そうしてくれ」
戸惑うミャオを他所に、アレフは力なく微笑んだ。
気が付けば日は完全に落ち、辺りは暗く染まっていた。
「灯りか」
アレフの視線の先には、灯りが燈り始める獣人達の仮宿舎があった。
古い木造の建物の中からは、遊んでいるだろう子供達の笑い声が聞こえてくる。その中にはアレフが助けた少女フウもいるだろう。
「あの子が元気になって本当に良かった」
「はい、あなたに・・・すいません・・・マリニア様に良くしていただいておりますので」
「流石はマリニア様だ。何も出来なかった私とは大違いだ」
「もうお止め下さい!」
ミャオが涙ぐみながら叫んでいた。
「もうご自分を責めるのはお止め下さい。あなたは全力を尽くし、私を救ってくれました。今だってそうです!あなたは全力で私達の為に尽くしてくれています。私達はあなたのそんな姿を見ていました。感謝しています。恨んでなどいません。死んだ仲間達も、主人もです」
ミャオは大粒の涙を流しながら叫んでいた。
しかアレフは何も言わずに、ただ寂しげに見つめ返すだけだった。
「だからもう・・・ご自分を責めないで下さい、お願いです」
「すまない、悲しませるつもりはなかった」
「では、どうか笑って下さい。私たちの為に苦しむあなたの姿を見ることは辛いです・・・皆が辛いです」
「それは難しい、ここは眩しすぎる」
そう言うと、アレフは獣人達の仮宿舎を眩しそうに眺めた。
「頼みがある」
「はい、あなたの頼みであれば一命を賭してでも」
アレフの寂しそうな声だった。
それが大切なことだと察したのだろう。ミャオは神妙な顔つきで深々と頭を下げた。
アレフは星空に輝く銀の星を見上げた。
「哀しみは駄目だ。子供達にはこれから先、楽しいことを、喜べることを沢山経験させて欲しい。この世界にはたくさんの良い事があり、生まれてきて良かったと思える人生を歩ませて欲しい」
「はい」
静かな願いに静かな思いが応えた。
「哀しみの連鎖を断ち切ってくれ。あんな哀しみを子供達に味合わせないためにだ。多くの喜びと楽しみを知ってもらい、哀しみの道を歩まないよう導いて欲しい。私には出来ない、その資格もない。出来るのは君達だけだ、頼む」
「はい」
言い終えたアレフに、ミャオは静かにうなずくと、その場で膝まずいた。
「アレフ・バンデット様、私、獣人の長ミャオはここに誓います」
それは誓いの言葉だった。
「あなたのお言葉を、あなたの願いを、私達獣人は未来永劫までこの胸に刻み、そして守り続けます」
それは何者にも侵されることのない神聖な誓いとして、未来永劫守り紡がれるのだが、今はまだ誰も知らない。
・
「感謝する」
ただ一言を残し、アレフは暗闇の中へと消えていった。
寂しそうな後ろ姿をミャオは寂しそうに見つめるしかできなかった。
「あの人は一体何を背負っているのだろう?」
ミャオは呟いた。
獣人の嗅覚は人よりも遥かに鋭い。
匂いから相手の体調はもちろん、感情さえ読み取ることさえもできる。ミャオもその例に漏れない。
アレフに初めて見た時、彼女は夫レグルスと同じ匂いを感じていた。
深い悲しみと激しい痛みの匂いだった。
しかし彼のそれは,獣人の運命を背負ったを夫よりも深く、そして激しかった。
その理由をミャオは知らない。
きっと誰も知らないし、立ち入れる事も出来ないだろう。
きっと彼は、この先も独りで悲しみと痛みを背負い続けるだろう。
瞳から再び涙が溢れるが、ミャオはそれを拭わなかった。
「あなたのことを語り継ぎましょう。
私達を救ったあなたのことを。
あなたは哀しく傷だらけの優しい人、
そんなあなたの思いを語り継ぎましょう。
あなたの願いを未来永劫守り続けましょう」
大切な誓いを静かに呟いた。
この誓いは紡がれる。
遥か未来、遥か遠い地にて、この誓いが深い失意と絶望に暮れるアレフを救うのだが・・・
それはまた別の物語である。
次は11日更新予定となります。
次で日常回?は終わり、次の戦いへと移ります。




