第32話 日常らしい日常
長い苦難の果て、ディーファはようやくクリスから解放された。
かなり虫の息だったが、それでも彼女は要件を済ますべく第三中隊の執務室へと向かった。
今後の部隊編成のため、要となる第三中隊長マグの協議、と言うよりは説得をするためだった。
マグは切れ者で手強い。クリスもなかなかに切れ者だが、マグはその上を行く。
今回の提案だが、もし彼女が反対すれば説得は困難になる事は間違いない。
「よしっ、やってやるか」
ディーファは両手で頬を叩き気合いを入れた。
「ディーファだ。入るぞ」
一大決心して中に入った彼女だが、中の光景を見て呆然とした。
そこはある意味「惨状」だった。
・
「・・・なあ・・・何してるんだお前達は?」
「はひ?」
呆れ顔のディーファに答えたのは、口一杯に何かを頬張る第一中隊長バレットだった。
何故かその背中にへばり付く第二中隊長フラムがいた。
当の第三中隊長マグに至っては長椅子で爆睡していて、その横では第三中隊伝令レクトと第三中隊員イリスが申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
「はっ、はいはいひょー(だいたいちょう)!」
「へぐっ!」
驚いたバレットが勢いよく立ち上がるが、そのせいで背中のフラムが床に無残に落下した。
「急に立つなよ〜、兄ちゃん痛いよ〜」
落ちる時にぶつけたのか、痛そうに頭を抑えたフラムが立ち上がった。
「んぐっ!馬鹿!大隊長が来てるんだ!」
慌てるバレットが、頬張っている物を強引に飲み込み答えた。
ようやくディーファに気付いたフラムも、慌てて敬礼をするが、挙げる手が逆の有様だった、
背後ではレクトとイリスが懸命にマグを起こそうとしていたが、当の本人は未だ夢の住人のままだった。
「・・・どうしたものか」
ディーファは深々とため息を吐いた。
『戦闘以外はまるで駄目馬鹿』と評される通称三馬鹿中隊長は健在だった。
・
「レクト、説明しろ」
ディーファはようやく起きたマグを含めた三馬鹿を座らせると、話が通じそうなレクトに惨状の理由を聞いた。
「はい・・・いえ特に何も・・・」
しかしレクトは答えは歯切れが悪かった。理由は明確で、横からマグが睨み付けているからだ。その目からは「何も答えるな」と無言の圧力が発せられている。
「・・・まあいい」
ディーファは彼に問い詰めることを諦めた。もう一名まともな者がいる。彼女なら攻略手段がある。
「イリス、お前が話してくれ」
「え?あっ、はい」
自分が聞かれると思ってなかったのか、返事は驚きに上擦っていた。
「正直に言え。中隊長達は気にするな。何かあればクリスに言いつける」
「狡い!」
「それ死刑じゃん!」
「そ、それだけは!」
何やら雑音が聞こえたが、ディーファは無視した。
「どうしたイリス、なにをためらう」
「あ、でも、そのですね・・・」
伝家の宝刀を出しても、やはり直属の上司の圧力には抗えないのか、イリスの返答は鈍かった。
しかしそこまではディーファも想定済みだった。
切り札はもう一つある。それなら彼女には絶対に効く。
「なあイリス、実は先の戦いの功績で、マリニア様から幾つかの褒美を賜っている。まあ大半は食べ物、菓子等の嗜好品、後は自由引換券だ」
「は、はあ、左様ですか」
イリスはいきなり話の変更に戸惑っていたが、これにディーファはニヤリとほくそ笑んだ。
「菓子類は平等に配るが、問題は自由引換券の方でな。いかんせん数がない。なので今回の戦いの功績者に配ろうと思うのだが、どう思う?」
「えっと、よろしいかと思います」
イリスは曖昧に答えた。どうやらまだディーファの意図は読めていない様だ。
自由引換券とは、一般地区用で裏面に記載された金額分の買い物が出来る代用紙幣の事だ。
しかし不足物資のため購入制限がある紙幣と違い、この券には制限がない。
完全に紙幣の上位互換で、夢の様な代物だった。
「それでな、面倒なのでいっそ一名に全部まとめて配ろうと思ってる。その候補がイリス、お前だ」
「そんな!私などとても恐れ多いです。特に欲しいものなど有りませんので、どうか別の方に」
「遠慮するな。お前は死に掛けのルマイを救った英雄だ。受け取る資格は充分にある」
一見遠慮する様に見えるイリスだが、ディーファは手応えを感じていた。あと一押しだろう。
「来週末からだが、隊員達に順次特別休暇を取ってもらう。これも今回の戦いの功績だ。喜べ、一般地区へと通行許可も出る。券の額面は結構あるぞ。好きなだけ自由に買い物や食事を出来るはずだ、お前と、あと一名ぐらいならな」
「ちょっ!イリスちゃんそれ、うぐっ!」
マグだけがディーファの意図にいち早く気付いた様だっだが、神速で動いたディーファが彼女の口を塞いだ。
「もぐっ!ゃめ」
「よーしよーし,落ち着けマグ。それでな、お前はいらないと言うが、勿体無いと思わないか?意中の相手と1日好きな事をして過ごす良い機会だぞ?」
「あっ・・・それはつまり」
「ふがー!ふがー!」
暴れるマグをディーファが力づくで押さえつけていた。
その横では迷う素振りのイリスが頬を赤く染めている。
「あ、あのやっぱり私、自由引換券を頂きたいと思います」
「よしよし、それなら先に私の質問に答えてくれ。いやなら券は諦めてくれ言う事をきかない隊員に恩賞を渡すわけにいかんからな」
「はい!えっとですね」
「イリスちゃん!ちょっと待って!ねえ待って!」
「イリス止めるんだ!」
「させるかぁ!」
ようやく話の流れに気が付いたフラムとバレットが、イリスを飛び出した。
しかしこれを見逃すディーファではなかった。
左手でマグの口を塞いだまま飛び出すと、残る右手でフラムの口を塞いだ。そして勢いそのまま跳躍し、バレットの顔面に両足を叩きつけた。
ドンガラガッシャーン!とバレットが吹き飛ぶと、その先の机にぶつかった。
その衝撃で机や本棚が倒れ、本や書類や諸々が飛び散る。
もうメチャクチャだった。
「どうだぁ!舐めんなこんにゃろうが!」
書きかけの書類がヒラヒラと舞う中、何故かディーファが満足そうに仁王立ちしていた。両手には暴れるマグとフラムを掴んだままで。
「さあイリス、何があったか言え!遠慮するな!」
「同感です。すごい有様ですね?こうなった理由を是非とも知りたいです、ねえ大隊長殿」
「・・・え?」
背後から聞こえてはいけない声がした。ゾッとするような冷たい声だった。
ギギギ、と油の切れた機械の様な動きで振り返ると、そこには満面の笑顔のクリスが立っていた。笑顔だが、やはり目は笑っていない。心なしか彼女の背景が歪んでた。
血の気の引いたディーファは硬直した。
フラムとマグは、手を離したその場に座り込んで泣き始めている。バレットに至ってはすでに土下座していた。
完全に責任逃れに徹している。さすが普段から怒られていて経験が違う。
これで怒られるのは・・・自分だけ?
「そ、そ、そのなんだ、これには訳があってだな」
「それが遺言でよろしいですね?」
「ヒィ!」
クリスの笑顔が一瞬で地獄の形相に変わり・・・そこから先の記憶はない。
・
幸い?にもクリスの説教は予想よりも短かく終わった。
完全に記憶が飛んだせいか、本当は長かったのかも知らない。しかし生き延びたことだけは確かだった。
クリスが去った部屋では、椅子に腰をかけたディーファ達が憔悴しきった顔で話し合っていた。
ようやく真面目な話が始まっていた。
「で?バレットが居座っていたのは、アレフの格闘訓練を一緒に受けたいから、直属上司のマグに直談判をしに来てたと」
部屋に入った時に見たバレット達の醜態の理由は、すでにイリスからは聞き終えていた。
それから問い詰めたディーファだが、声に力がない。完全に疲れ切っていた。
「ええ、そうなんです。ただマグが許可してくれないので、説得を続けていました」
「もー、兄ちゃんしつこいんだよ」
いつもは無駄に声の大きいバレットだが、さすがに力が抜けていた。
「ディーファ大隊長、お願いします。格闘訓練の参加を許可して下さい」
「阿呆か、中隊長は後回しだろうが。却下だ、却下。次、フラムだ」
ディーファはつまらなさそうに吐き捨てた。取り合う価値すらない。
「あの?だいたいちょ~・・・」
「仕事しろ、話はそれからだ」
諦めからずに直訴するバレットを、ディーファはただ冷たく一瞥した。
「フラム、お前はバレットと一緒にいたかっただけと。仲が良いのは結構だが、仕事はどうした?」
「やってたよ。ただと途中でルマイ達に追い出されたの、邪魔だって。酷いよね?」
何故か嬉しそうに頭を掻くフラムを、ディーファは苦虫を噛み潰す渋顔で見つめた。
自分も事務仕事ではシェイド達に追い出される事が良くある。それだけに何も言えない。
「・・・部下を大事にしろよ」
それが精一杯だった。
思わぬ被害を受けたディーファだが、何とか気を持ち直して話を進めた。
「最後にマグ、お前はレクトが苦労して用意した菓子を勝手に食べた挙げ句、満腹になって寝ていたと?」
「美味しかったよ?」
「感想など聞いとらん。お前がバクバク買いまくった菓子だが、本来は治癒魔法訓練員の労い用だ。少しは残したのか?」
「てへへ〜、面目無いです」
「・・・・・・・そっか」
ディーファは嘆息した。何を言っても無駄だろう。もう心底どうでも良かった。
本当は一喝するべきだが、いかんせん気力が尽き掛けていた。クリスの説教は本当に消耗する。
「各々反省しろ。言う事はそれだけだ、言う事はな」
そう言ってディーファはこの件については話を締め括ろうとした。しかし当の中隊長達が疑わしげにディーファを凝視していた、
「大隊長、本当にお話はそれだけでしょうか?」
「何だ、もっと説教が欲しいのか?」
恐る恐る問い掛けるバレットに、ディーファがめんどくさそうに応えた。
「いえいえいえいえ!」
「なら話はこれで終わりだ」
「そうだぞ、この馬鹿!」
「余計なことは言うなぁ!」
慌てて遠慮するバレットの後ろでは、双子の妹達が兄の背中をポコポコと叩いていた。
仲睦まじい光景だが、軍隊であるべきではない。敢えてディーファは見ないふりをした。
「さっさと本題に入るぞ、お前達のせいで思いの外時間を浪費したからな」
ディーファは粛々とした声で告げた。自分の完全に棚の上だった。
説教の終わりを告げるディーファの言葉に、怒りを免れた中隊長達の安堵の笑顔が浮かぶ。
そのためであろう、彼等はディーファの唇が吊り上がっていることに気が付かなかった。
・
「本当は各々の中隊に中隊長全員がいるのは好都合だ。個別にするつもりだったが、この際だ、まとめて伝えておくぞ。ついでに話をまとめるぞ」
「えー!」
「ぶーぶー」
「おっと運動の時間だ」
「・・・クリスに言うぞ」
途端に沈黙が訪れた。
伝家の宝刀の威力はてきめんで、文句を言う三馬鹿は何も言えなかった。
「すいません、私は失礼させていただきますね」
「待てイリス」
退室しようとするイリスをディーファが静止した。
中隊長以上の話なので、本来なら平隊員のイリスが席を外すのは正しい。しかし今回は話が違った。
「お前も関係する話だ、少しだけ残っていろ」
「え?あっはい」
「イリス、お前は治癒魔法術式の訓練を修了したそうだが、間違いないか?」
「はい、昨日修了しました。正確には治癒魔法術式と応用訓練が修了で、特殊攻撃魔法訓練は計画日を調整してから改めて受ける予定です」
「つまり怪我を治すことなら出来るわけだ。それなら護衛さえ付ければ実戦配備も問題あるまい」
イリスの報告を聞いたディーファは、満足そうにうなずいた。
「イリス、明日より大隊付けとし、治癒員兼大隊伝令補佐を命じる」
「え?りょ、了解しました」
突然の異動辞令に驚くイリスだが、側では上司のマグが恨めしそうにディーファを見ていた。
イリスは第三中隊ではかなり好かれている。愛嬌ある性格で皆を惹きつけるからだ。
そんな彼女がいきなり引き抜かれるのるだから、マグが不満なのも至極当然だ。
そんなマグに対し、ディーファは敢えて気付かぬ振りを決め込んだ。
「残酷だが優先順位の問題でな、治癒要員は大隊が最優先になる。戦闘時は必要に応じて護衛付き各所に派遣する形なる。平時は主に事務で、クリスとシェイドの補佐をしてもらう。あいつらも色々と限界でな、お前が来てくれると助かる」
「はい、お力になれるか分かりませんが、頑張ります」
ディーファの命令を受け入れたイリスだが、その様子は明らかに落ち込んでいた。
いきなり慣れ親しんだ部隊を離れるのだから仕方ないだろう。
「当面は新設する獣人部隊の連絡役をしてもらう。知ってるだろうが獣人部隊の隊長はアイツだ」
「え?もしかしてアレフさんですよね?」
「そうだ、アイツだ」
ディーファが頑固としてアレフの名を言わなかった。
理由は自分でも良く分からないが、何となく嫌だった。
「やった!」
落ち込んでいたイリスの顔が途端に明るくなった。
「アイツは色々と不慣れだ。出来るだけ補佐してやってくれ。まあしばらくはつきっきりだろうな」
「つきっきり!」
イリスが甲高い声を挙げて飛び跳ねた。当然、満面の笑みが浮かんでいた。
「はい!はい!是非にでもやらせて頂きます!もう絶対やります!何が何でもやります!」
「・・・そっ、そうか、ああ・・まあよろしく頼む。なんだ、程々にな・・・」
イリスの予想以上の食い付きに、ディーファはドン引きしていた。
・
その後、ディーファは今後の大隊編成を簡潔に説明した。
先ずは、新設の獣人部隊の編入だった。
サイカに亡命した獣人達は62名、この全員が軍属を希望した。
この中から子供、妊婦、重傷者を除いた結果、45名が獣人部隊の配属となり、その部隊長になったのがアレフだった。また魔力強化隊第二大隊からも副官、伝令は派遣する予定だ。
そこまでなら単に部隊新設の話なので、特に問題はない。
問題なのは、この部隊の正式名称が魔力強化隊第三中隊獣人部隊と言うこと。
つまり第三中隊長マグの指揮下に入ることだった。
・
「嫌です」
それがマグの第一声だった。
「・・・まあそう来るよな」
ディーファもうなずくしかなかった。
当然だ、獣人達はつい先日まで殺し合っていた相手だ。百歩譲って亡命は認めるとしても、共闘など出来るものではない。ましてや同じ部隊など背中を預けるなど許せるものではない。
拒否するマグの気持ちは分かる。それでも今のこの隊には彼等を受け入れる切実な理由があった。
「先の異形体と獣人との交戦で、二個分隊を失った。この不足分をどうする?言っておくが、当分補充はないぞ」
「知りません」
「私もだ、実際どうしようもない。だから受け入れろ」
自暴気味に応えるマグだが、咎める気にはなれないディーファは努めて冷静な声で返した。
魔力強化体の補充には時間がかかる。即成といえ、生体を実戦に耐えうるまで育てる期間が必要だ。補充予定はまだ当分先の話だ。
今回、全二十七個分隊中二個分隊を失った。
部隊編成はどうにかなるが、どうしても戦力低下は否めない。
「うー、どうしてもですか?」
「受け入れろ、これは命令だ」
「・・・わかりました」
マグは不承不承ながらも受け入れた。
頭の良い彼女だから、抵抗しても無駄とは分かっているはずだ。戦力補充のためにはやむを得ない苦渋の選択だ。
ディーファも同じ思いだった。
・
次に、治癒魔法訓練員の訓練修了後の話をした。
9名の治癒魔法訓練員は、新設の治癒部隊に編入する。編成は2個分隊で大隊付きの遊撃部隊とし、各隊の要請に対し柔軟に対応させる。
ただしイリスはこの編成には入れず、クリス直属の大隊専用の治癒隊員にするとした。
これには誰も不満を上げなかった。ただイリスが僅かに頬をひきつらせていた。おそらく、大隊付きのせいで戦闘行動中はアレフと会えなくなるからだろう。
そして部隊の再編成の話だった。
失った2個分隊の隊員を、各隊から少しずつ出して補充する。隊員の選定はシェイドとクリスで済んでいて、それを伝えるだけだった。
これにはバレットが難色を示した。
引き抜かれる隊員がお気に入りだからだろう。よく訓練をしていたと記憶している。
これは無言で睨みつけて黙らせた。
ここでディーファは一息をついた。
話はほぼ終わったので、早く戻って休みたい、と思いながら中隊長達を見回した。
普段こそ「三馬鹿中隊長」と揶揄されるが、いざ戦闘となるとこれほど頼もしい者達はいない。
だからこそ彼等を信頼し、部隊の中枢たる中隊を預けてきた。彼らもまたその期待を裏切ったことはない。
満足できる仲間達を前に、ディーファは満足げに頷いた。
・
「まだ仮の話だが、三日後に正式な通達がある。それまでには各自準備を済ませるように」
ディーファの締めの言葉に、各中隊長たちが一斉に頷いた。
「さてこれで失礼するが、何か質問はあるか?」
「ちょっといいですか?」
挙手したのは少し不満げなマグだった。
「・・・獣人部隊の件の変更は認めんぞ」
「いくら何でもそれぐらいは分かってます」
不満げなマグの切り返しに、ディーファは戦いの始まりを悟った、これからが本番だと。
「獣人達は正直邪魔です。この前の戦闘を見る限り、使い物にならないです」
「だから要らないと?」
「確かに要りませんが、命令なので受け入れはします。ただこのままだと足を引っ張られて損害が出ます。その辺を何とかしてくれないとお話になりません」
「分かっている。だから対策も考えてある」
マグの切り返しを、ディーファもまた切り返した。
「マグが懸念した通り、獣人達との連携は無理だ、今のままではな。だから、その手の訓練が上手そうな奴に鍛えてもらう事にする。いるだろ?獣人でも余裕で鍛えられそうな奴が」
「あーアレフさんか、その手がありましたか」
パチン、とマグが妙に納得した顔で相槌を打った。どこか嬉しそうに見えてのは気のせいだろう。
「そうなると化けるかもしれないですねえ。あの人のやる事だから、かなりヤバいっすよ。何を強化するとから言ってましたか?」
「主に防御力の底上げだそうだ」
答えられたのはアレフから聞いていたからだ。たまには役に立つと、ディーファは奇妙な感心をした。
「あれ?意外なとこが来ましたね。何するんですか?」
マグが明らかに嬉しそうに首を傾げた。
「何でも獣人達の部隊全員に大盾を配備するそうな。特殊能力付きの大盾をな」
「特殊能力付きの大楯で防御力の底上げ?となると・・・あー、そう来たかー。こりゃヤバい」
マグは独り言を呟きながら顔をしかめるが、ディーファにはその理由が分からない。
マグの隣ではバレットとフラムが無表情で座っている。彼等もディーファと同様分かってないだろう。
「重装歩兵戦術かなあ?いやいや、確かあんなカビの生えた戦術だと、爆破系の魔法術式で全員まとめて吹っ飛ばされて終わり。だから特殊能力だとして、与えるのは対魔法に特化の魔力付与した盾かな?」
「正解だ」
正解を引き当ててマグに、ディーファは感心を通り越して呆れていた。この優秀さをもっと有効に使ってもらいたい。
「配布するのは全属性への抗魔処置された大盾だ。それを獣人が使う。我々すら凌駕する筋力の彼等が、完全防備された盾を構えて突撃するそうな」
「んー?全属性への抗魔処置された大盾?いや無理ですよ。属性の相性問題もあるから理論上不可能だし、もし出来てもお値段ヤバいし、量産なんて無理だし」
「それなんだが、あいつ自身で作るそうだ。何でも魔力付与は得意との事でな」
「え?」
「まあ期待せずに待ってみよう」
ディーファは惚けるマグを見つめながら、先程のディークリスとアレフのやり取りを思い出していた。
やり取りというよりは、一方的な脅迫だった気もするが・・・
「はあ・・・器用というか何というか。まさ不思議と納得できますねえ」
「同感だ・・・あいつはなあ・・・」
呆れるマグを前に、ディーファは深いため息を吐いた。
「色々と話はしてみたが、未だに理解できん。不思議と言うか、良く分からんというか」
「まあ嘘を言う人ではないでしょうから、この件は了解しました。当然、獣人達に近接戦闘も施すのですよねえ?」
「そうだ。なんだか知らんが、大分喜んでいたな。獣人はまだ素人だが、少し鍛えるだけ大化けすると。控えめに言って大絶賛だ」
「羨ましい!是非とも自分も!」
「大絶賛ですか。ただでさえ強い獣人が、更に強くなっちまいますか。ちょっと洒落にならないですよ」
「では、その分我々も強くなるしかないな」
「だったら自分が真っ先に訓練を受けたいです!」
「・・・」
「・・・」
横から何か聞こえたが、マグもディーファも聞こえないふりをした。
「獣人達が強くなったとして、ヤバいと思うか?」
「まあ、やり方次第かと。条件次第で相当ヤバくなりますね。裏切ればの話ですけど」
「あの?・・・大隊長?マグ?格闘訓練を是非ともですね・・・」
「裏切りか。想定に入れてあるが、はてさてどうしたものか」
獣人達の扱いに僅かな懸念が生まれたが、マグの返答で消滅した。彼等が裏切る事などあり得ないからだ。
何やらバレットらしき声も聞こえたが、きっと気のせいだろう。
「盾と訓練ありで裏切ったら、正直言って怖いですねー。遠距離魔法は盾で弾かれ通じない。もたもたらしてたらあっという間に近距離戦に持ってかれる。鍛えたのはあのアレフさんで、鍛えられた方も大絶賛のお墨付き。もうお手上げ、ほぼ勝てないです」
「そこまでとは思わんが、怖いのは違いないな。それだけに味方になれば心強い。問題はいかにうまく手綱を握るかだ」
「うまく握れれば良いですが、そうでなければ私達が殺されかねない・・・ん?」
相づちを打つディーファを、しかしマグは疑惑に満ちた鋭い瞳で見つめ返した。
「もしかして、彼等は対魔力強化体用の部隊なのですか?」
「・・・本当に怖いのはお前だな、その通りだ」
ディーファはマグの鋭さに舌を巻いた。
感心を通り越した呆れてたが、今度はそれを通り越して畏怖すら覚えていた。
「後日言うつもりだったが、この際だから伝えておく。アメリア製の魔力強化体が、先日諜報部隊の情報で実在が確認された」
「噂だけは聞いてましたが、やはりですか。だから魔力強化体用を殺せる部隊を作るのですね」
「まあ半分正解だ。確かに魔力強化体も殺せるだけではなく、他にも応用の効く部隊にする予定だ。魔力強化体を殺せる部隊なのは間違いない」
「予想より少し早かったですね」
納得するマグだったが、それ以外は全員唖然としていた。
「こうなったのもライファの裏切りが原因だ」
ディーファはため息と共に説明を始めた。
・
魔力強化体の製造方法の流出
それは間違いなく元大隊長ライファの裏切りのせいだろう。
彼女は裏切る際に情報を持ち出し、裏切り先のアメリアに引き渡したのだろう。
そして魔力強化体の製造が始まったのなら、獣人達の集団処分と合点がいく。
戦績が上の魔力強化体がいれば、獣人など無用に思われ捨てられたのだろう。
それが都市長マリニアの下した結論だった。
彼女は直ぐにディーファとアレフ呼び出し、対抗策を求めた。
そして協議した結果生まれたのが、対魔力強化体用の獣人部隊が編成だった。
・
「マグ、不満は分かるが受け入れろ。その代わり、多少のわがままは許してやる。拒否は許さん」
「・・・受けるしかないんですよねえ」
「そう言う事だ」
ディーファは拒絶を命令に対し、しかしマグはためらいを見せていた、
「了解ですが、お言葉に甘えて、一つお願いがあります」
「何だ?できる限りのことはしてやるぞ」
「アレフさんの滞在期間ってあと70日切ってますよね?なんとか伸ばして下さい。分かってると思いますが、獣人達が従うのはあの人がいるからです。あたし達だと命令を聞いてくれなくなる可能性が高いです。ぶっちゃけ無理っす」
「ぬっ・・・そうだな・・・」
ディーファは困惑の表情を浮かべた。
マグの懸念はディーファも考えていた。
アレフには滞在期間の延長を何度も頼んだが、断固拒否されている。説得は無理だろう。
「やってはみるが、あまり期待しないでくれ」
「頼んますよ~」
マグもこれは望みが薄いと分かっているようで、それ以上は何も言わなかった。
「おお、そうだ!」
これまで沈黙していたフラムがポンッと手を叩いた。
「あ~大隊長が色仕掛け使えば一発じゃね~ですか~?」
「はあ?」
「それ!いい!」
思わぬ発言に不快感を見せるディーファだが、マグが追い討ちをかけた。
「隊長、色仕掛けです!それで落として下さい」
そこに更なる追い打ちを変えたのはマグであった。
「フラム、マグ!素晴らしい提案だ!よし私達も隊長を全力で応援するぞ!」
更に、これまで無視され続けたバレットまでもが反撃とばかりに話に加わった。
「結婚しちまえば永住ですよ!責任取らせましょう!」
「マグ、名案だ。兄ちゃんも頑張って応援するぞ」
「良いぞ~結婚だ~~~」
「・・・何言ってるんだこいつらは?」
唖然とするディーファを他所に、三馬鹿達は各々の好き勝手に話を進めていた。
「おいレクト!マグを黙らせろ」
ディーファはマグの部下レクトに命令した。
しかし当のレクトは、完全に諦めきった顔で首を振っていた。
「イリス!お前もこいつらを黙らせ・・・イリス?」 今度はイリスを頼ろうとしたディーファだったが、何故か彼女は涙目でディーファを見つめていた。
「本当なんですか?大隊長とアレフさんがご結婚・・・結婚!」
「・・・イリスまでかよ」
奇妙な声で叫び出したイリスを前に、ディーファはその場で頭を抱えた。
「結婚だー!」
「責任取らせろー!」
「色仕掛けだ大隊長!」
「ケッコンなんで?ケッコン!」
三馬鹿が騒ぎ立て、イリスが泣きじゃくる。
そんな感じで、ディーファが来た時以上の騒音に包まれていた。
「・・・あー、面倒くさい。どうしたものか」
再びの惨状を前に、ディーファは本日一番のため息を吐いた。
その時、バタンと背後から扉が開く音が聞こえた。
同時に背筋を貫く視線を感じ、ディーファは完全に硬直した。
「大たいちょー?遅いので見に来てみれば、これは一体どう言う事ですかー?」
室内は絶対零度のように冷え込んだ。
誰も何も言えず動けない、恐怖で。
全てを諦めたディーファが振り向いた。
クリスだった。
目を見開き笑うクリスがいた。
笑っていた、目は笑っていない。
それでも笑っていた。
「今生のお別れとは残念です」
「あ・・・」
・・・そこでディーファの記憶は途切れた。
次は4月5日更新予定です。
なお中隊長達の補足ですが、
第一中隊長バレット、近接戦闘脳筋馬鹿、訓練大好き男です。
伝令は女性隊員のレクト、彼女はレグルスとの戦闘で怪我を負ったバレットを、戦闘が終わった後にぼっこぼっこにしてます。
第二中隊長フラム、バレットの妹、フラムの双子の姉で、遠距離戦を得意とし、部隊の運用に優れた手腕をもっています。
伝令は男性隊員のルマイ、彼とフラムは同い年なのですが、フラムの幼い言動から妹というよりも、もはや娘という感じが強く、父親代わりとしてかなり苦労しています。本当に苦労して・・・
最後に第三中隊長マグ、今後主人公の直属の上司となります。
バレットの妹でフラムの双子の妹です。
彼女だけは事務処理が非常に優秀ですが、これには理由がありそれは今後明かされることになります。
伝令は男性隊員のレクト、マグが優秀なので中隊伝令の中では一番苦労が少ないですが、それでも色々と無茶する彼女の補佐にかなり苦労してます。
クリスと言いこの隊の伝令はかなり苦労する役職のようです。




