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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第5章 共に在りて
33/76

第29話 裁く者、裁かれる者

 死の呪いから解放されたアメリア軍獣人部隊の生き残りは全面降伏をした。

 これにより、戦いはディーファ達サイカ軍の勝利で終わった。


 この戦いの損害は、サイカ軍魔力強化体第二大隊が、

 死者10名

 重傷者2名(治療済み)

 軽傷者1名

 (第一中隊長伝令クスカの鉄拳制裁により負傷したもの)

 と比較的軽微だった。



 対して、アメリア軍獣人部隊の被害は深刻だった。

 死者528名

 重傷者75名

 軽傷者4名

 行方不明者13名

 損耗率8割を超えた壊滅に等しい被害だった。


 それでも80名近くの獣人達が生き残りれた。本来生き残れないはずの生還者達だった。

 彼等は全員がアメリアへの帰還を拒否し、亡命を希望した。

 帰れば殺されるのだから当然だろう。


 しかしこの亡命には当初反対があった。

 反対したのは、ウェネスの都市議会と一部の軍幹部だった。

 これまで辛酸を舐めさらられた相手なのだから、受け入れに抵抗を覚えるのはある意味仕方ないだろう。

 それでも亡命は受け入れられた。

 それは都市長マリニア・ナーガが半ば強引に押し通したためだった。

 彼女は全ての責任を自身で負う事を条件に、獣人達を受け入れ、自らの庇護の下に置いたのだった。


 ・


 あれから二日が過ぎた。

 この日の朝方、獣人代表のミャオはマリニアの執務室へと呼び出されていた。

  要件は今回の戦いの処罰について

 これにより獣人達の生死が決定される。


 ミャオが執務室に入った時、中は重苦しい空気に包まれていた。

 ミャオは緊張と重圧や耐えながらも、ウェネス最高責任者マリニア・ナーガへと向かい合った。


 女性のミャオから見ても、マリニアは美しく、それでいて恐ろしかった。

 手入れの行き届きたい黒髪に、整った美貌、そして押しつぶされるような威厳を放っている。その力量も噂では聞いている。サイカ随一の天才魔導師で、一人で数多の異形体を倒したという。


 マリニアの隣には、紺色の正装をした初老の男性が立っている。

 おそらく秘書か護衛、或いはその両方だろう。隙がまるでない。もし亡き夫レグルスが戦ったとしても勝てるか分からない。それほどの力量が伺える。


 その反対には、軍服姿のディーファとアレフが立っている。力量は測るまでもない。敵に回せば瞬時に殺されるだろう。絶対に敵わない存在だ。


 この場で一番弱いのは間違いなく自分だろう。

 ミャオは恐怖で全身を小刻みに震わせていた。情けないがどうしようもない。

 もし極刑になれば、全員が抵抗すら許されず殺されるだろう。


 ミャオはどうにか震えを堪えて頭を下げた。

 少しの間だけ沈黙が支配したが、ミャオにはそれが無限の時間に感じられた。


「もう良い、頭を上げよ」

 マリニアの美しくも厳かな声が冷たく響いた。

 頭を上げ怯えた瞳でマリニアを見たミャオは、そこでマリニアの冷め切った瞳と対峙した。

 その瞬間、ミャオは絶望した。

 少なくとも自分は助からないだろう、と。


「あの・・・お初にお目に掛かります、都市長マリニア様。私は獣人の代表、ミャオと申します・・・お会いできた事をこの上なく光栄に思います」

「・・・ふむ」

 怯えたミャオの挨拶に、マリニアはつまらなさそうに頷いた。

「ウェネス都市長マリニア・ナーガだ。ご足労ご苦労だった。呼び出した要件は他でもない。そなたたちの今後についてだ」

「はい、伺っております。不躾で申し訳ありません。最後にお伝えしたいことがあります。どうか聞いていただけないでしょうか」

 ミャオを話を聞いたマリニアの表情がさらに不機嫌なものになった。

 その様子にミャオは息を呑んだ。

「あの・・・」

「申してみよ」

 ためらうミャオをマリニアが優しく促した。

 いまだ緊張するミャオはゆっくりと深呼吸をした。


 これが最後の機会だった。失敗すれば仲間は皆殺されるだろう。

 自然と両拳を握り締めていた。


「この戦いの責任者はレグルスと私です。レグルスは死に、今や全ては私の責任となりました。他の者達は私の命令に従っただけで何の責任もありません。罰はどうか私だけに与え下さい。どうか・・・どうか・・・何卒お願いします」

 ミャオは毅然として訴えるつもりだったが、いつの間にか嗚咽が混じっていた。

 こみ上げる感情に耐え切れなかった。


「どうか・・・他の者にはご恩情をお願い致します。全ては・・・全ては私だけの責任なのです」

「止めろ!そなたの申す事は不快極まる!もう聞かせるな!」

 マリニアの一喝がミャオの決死の懇願をあっさりと打ち消した。

 その時のマリニアの表情は不機嫌を通り越し、怒りに満ちていた。


 最後の希望は失ったミャオは茫然自失で立ち尽くしていた。


「その責を自らのものとし仲間を庇う。その勇気、その信念、それは賞賛に値しよう。しかしな、それでは道理が通らぬ」

 マリニアの怒りの声が響いた。


「何故そなただけが全てを負う?その責は真にそなただけのものか?違う!断じて違う!まるで道理が通っておらん!」

「お、お待ちください、マリニア様・・・全ては、全ては私の責任なのです、どうか、どうか!」

「止めろと言った!時間の無駄だ」

「・・・あ・・・申し・・・申し訳ありません・・・でした」

 ミャオは必死で懇願した。

 全身から血の気が引いて、力が入らなかった。

 立つ事すら困難で倒れそうだった。

 その時、誰かが背中から支えてくれた。

 冷え切った身体に暖かさが染みた。


 ・



「マリニア様、道理が通ってないのは一体どちらでしょうか?」

 アレフの静かな声が響いた。ミャオを支えたのも彼だった。


「あの・・・ありがとうございます」

「もう少しだけ耐えてくれ。大丈夫、必ず上手くいく」

 アレフの耳打ちに、顔面蒼白のミャオが弱々しく頷いた。


 アレフはミャオを支えながら、マリニアを睨みつけた。

「貴方のお怒りはごもっともです。しかしその矛先を間違えてはおられませんか?」

「待て・・・誤解だ」

 アレフの静かな剣幕に、マリニアは目を伏せ怯むんだ。

「責めたつもりはない。ただ誰に罪があるのかを問いたかっただけだ」

「今の彼女では、自身に罪があるとしか答えられません。今少しお立場と状況とをお考え下さい」

「・・・そうだな」

 目を逸らすマリニアに、アレフがため息と共に頭を掻いた。

「あれでは酷い八つ当たりとしか見えませんでした。どうかご自重下さい」

「だからそのつもりはなかったと」

「ご自重下さい、宜しいですね?」

「そうだな・・・その通りだ」

 問い詰めるアレフを前に、折れたマリニアが頭を下げた。




 なおこのやり取りの際、ディーファがアレフを激しく睨んでいた。

あの馬鹿(アレフ)・・・後で絶対ぶっ殺す」

 そんな物騒な言葉がしたような気がしたが、今は些細な事だったので誰も聞こえないふりをしていた。


 ・


「ミャオよ、すまなかったな」

 マリニアはミャオに対し頭を下げた。

 その表情には怒りはなく、柔和な笑みが浮かんでいた。


「不躾な言葉でそなたを傷つけてしまった。許して欲しい」

「あ・・・あの?」

 茫然自失のミャオは、マリニアの突然の変化が理解できなかった。


「いやこれは後にしよう。今は結論を先に伝える。そなたも、そなたの仲間達にも責はない。よって罪はなく、罰も与えない。今一度言う、そなた達を無罪とする」

「え?あの・・・でも・・・」

 予想外の無罪判決に、ミャオは喜ぶどころか、戸惑うしかなかった。


 マリニアは温かみのある声で説明を続けた。

「これは此度の戦いで亡くなったレグルス殿達も同様とする。併せて、私から死者には敬意を送りたい」

「よ、よろしいのでしょうか?私達はこの都市を危害を加えましたし、兵を殺しましました。無実とはとても思えません」

「組織において責任とは、命じたものに帰する。それが道理だ。そなたに責任はないのに、そなたは自身を犠牲に全ての責任を負うと言った。それがあまりに理不尽で、だから憤っていた」

「理不尽ではありません。部下達に命令したのは私とレグルスですので」

「違う、それは断じて違う。そなた達に命じた者がいる。アメリアの外道共だ。奴らがそなた達に死の呪いを掛けて脅し、戦いへと強制したのだ。それこそが真の咎、咎人だ。そなた達には罪はない」

「それでも罰をお与え下さい。そうでなければ、私達が殺した者達に申し訳がありません。何より私が私自身を許せません。どうか私だけでも罰をお与え下さい」

「駄目だ。そなたを罰すれば、私はアメリアの外道と同じに堕ちる。故に、いや違うな、私はそなたを許したいから許したのだ。この気持ちを否定してくれるな」

「それでも・・・私は殺したのです。その事実はなくなりません。何事もなかったようには出来ません」

「では償うことだ。他者からの罰によってではなく、そなた自身の良心によってだ。形はなんでも良い、だが不幸にはなるな。それは罪だからな。そしていつか自身を許してやれ。今でなくとも良い、いつか必ずな」

「・・・そのお気持ち、有り難く受け取らせていただきます。感謝を、感謝をいたします。」

 笑い掛けるマリニアにミャオは深々と頭を下げた。



「これより先、そなた達はどのようにしたい?よもやアメリアに帰るわけではあるまいな?」

 頭をあげたミャオに、マリニアが優しい声で問い掛けた。

 ミャオは哀しそうに首を振った。

「帰りません。あの国は私達を捨てました。もし帰っても殺されるだけです。どこか誰もいない土地でひっそりと暮らしたい思います」

「では、この地を故郷とするのはどうだ?悪いようにはしないぞ。無論そなた達次第だがな」

「えっ?」

 マリニアの思いがけない提案に、ミャオは一瞬呆気に取られた。

「え?・・・よろしいのでしょうか?」

「構わぬよ。始めからそのつもりだったのでな」

「ありがたくお言葉に甘えさせていただき、皆でこの地に住まわせていただきます」

「うむ心より歓迎しよう、ようこそ新たな故郷へ」

「・・・はい」

 笑い掛けるマリニアを前に、ミャオは頭を下げた。

 その瞳からは涙がポロポロと流れていた。


 ミャオに気を使ったのか、マリニアは話しかけるまで少しだけ間を置いた。

「先程、私はアメリアの外道共への怒りを、そなたにぶつけてしまった。そなたに受ける道理などない、つまり私の八つ当たりでそなたを傷つけたしまった。今一度頼もう。我が不徳を許し欲しい」

「マリニア様、あなたは大いなる恩情をまって我らを許し、受け入れて下さりました。なのに私が許さなければ、未来永劫に狭量と笑われましょう。マリニア様、貴方に責めるべきことなど何一つありません。どうか御心のままに」

「有難う、そなたに感謝を」

 マリニアは頭を上げると満面の笑み浮かべた。


 ・


 それから先は今後の獣人達の待遇についての話だった。

 重苦しい空気はいつの間にかなくなっていた。

「時間もない故、大事だけ伝えおく。詳細は後ほど別の者に伝えさせよう」

「あっ、はい、お願いします」

「取り敢えず宣誓をしておくか。面倒だが建前とやらで必要らしいのでな、まあ我慢せよ、私もそうする」

「え?あっ、はい」

 マリニアの意外な冗談に面を食らったのか、ミャオは目を見開いていた。


「立ち会いはハンス、ディーファ、アレフの3名だ。皆準備は良いか?」

 マリニアの問い掛けに、アレフ達は無言で頷いた。


「私マリニア・ナーガは今この時をもって、此度サイカ魔導国に亡命した獣人83名を受け入れ、我が庇護下に置くことをこに誓う。今よりこの先、そなた達は誰にも渡さぬ、責めさせぬ、罰せさせぬ。我が家名と誇りに掛けてそなた達を護り抜く」

 それは透き通る声での宣誓だった。

 宣誓が終わり静寂が訪れる中、マリニア以外の者達はゆっくりと頭を下げた。


 ・


「さて面倒ごとは片付けた。毎度こんな事をやらされては肩が凝って仕方がない」

 マリニアは冗談めかした声で言うと、大袈裟に両肩を動かした。


「次は、そなた達の今後の処遇だ。護るとは言ったが、私の権限では大した事は出来ない。食事と寝屋、そして市民に準ずる権利くらいしか与えられぬ。すまないが、今はこれが限界だ。許せ」

「え?・・・いえ、それは・・・」

 ミャオは返答に窮した。


 想像以上の厚遇だったからだ。

 当初は、全員の極刑さえ免れれば奴隷でも良く、とにかく命さえ助かれば良いと考えていた。

 それがこの厚遇なので、嬉しすぎて夢ではないかと疑ってしまった。


「不服か?」

「え?いえいえいえ!」

 マリニアの問い掛けに、ミャオは慌てて首を振った。

「不服などとんでもありません。嬉しさのあまり呆けておりました。私達になどもったいない温情です、本当に・・・本当に・・・」

 何度も感謝の言葉を伝えるミャオの瞳からは、大粒の涙を溢れていた。


「左様か・・・この程度でそこまで・・・いや失言だった、忘れよ」

 マリニアは哀しげな表情で首を振った。

「繰り返すが、不服ではないのだな?」

「はい。もうこれ以上望むことなどありません。ありがとうございます!ありがとうございます!」

「そうか・・」

 喜ぶミャオを前に、マニリアは瞳を閉じゆっくりと吐息を漏らした。


「次の話だ。一つ頼み事がある」

「はっ、はい、何なりと」

「この度の戦いで散った獣人達を丁重に葬らせて貰いたい。お互い敵だった故、思うところもあろうが、どうかお願いしたい」

「え?あの・・・質問をお許し下さい。敵だった私達なのに、どうしてそのような事を?」

「敬意を払いたいからだ。彼等は生命を掛けて同胞を守り抜いた。敵味方など関係ない、私は彼等を報いたい」

「・・・ありがとうございます。申し出をありがたくお受けさせていただきます。その折には、どうか私達にもお手伝いさせていただきたく思います」

「無論だ。そなたに感謝を」

 それから誰もが無言だった。


 ただミャアの静かな嗚咽だけが響いていた。


 ・


 涙とは悲しい時に流すものだった。

 しかし間違いだった。

 涙は嬉しい時にも流れるのだと。


 レグルスの願いが適った。

 誰か一人でも生き残ること、それが彼のたったの願いだった。

 彼の願いは叶い、長い苦悩が報われた。


 しかし彼はもういない。

 それだけが残念だった。


 願いが叶ったのがとても嬉しくて、

 だけど夫がいないのが少し悲しくて

 泣いていた。


 ・


 ミャオは涙を拭うと、マリニアに頭を下げた。

「私事で貴重なお時間を無駄に使わせてしまい申し訳ありませんでした」

「よい、気にするな」

 マリニアは微笑を浮かべ首を振った。

「喜びの涙を拭わせるなど無粋の極み、私の時間など些事にもならぬ。それにな、今やそなたは私の同胞、その喜びは私のものでもある。ならば止める由もあるまい」

「同胞とまで・・・ありがとうございます」

「さて、間も無く話も終わる。そなたはその喜びを早々に仲間達にも伝えてやれ。それがこの国での初の仕事だ」

「は、はい!」

「少し厳しい話をしよう。そなた達の義務についてだ。市民に準ずる者となった以上、このサイカために働く義務がある。すまぬが、不労者を養う余裕はこの都市にもない。無論、子供は除いてだがな」

「もちろんでございます。我ら獣人一同、持てる全てをサイカに捧げたく思います」

「・・・左様か」

 嬉々として頭を下げるミャオに、しかし目を伏せたマリニアは悲し気に首を振った。


「気持ちは有り難く受け取ろう。しかしな、生命と誇りまでは捧げるな。それが私の願いと承知しておけ。兵となる道もあろうが、他の道も多くあるのだ。助力も融通もするし、時間もある。今後の事は各々で考えて決めよ」

「そのご配慮とご親切、誠に痛み入ります。しかし、私達は戦う以外の生き方を知りません。おそらくは皆がマリニア様の為に戦うことを希望するかと思います。もしそうなりましても、どうかご容赦をお願いします」 

「断る道理はなかろうな」

 マリニアは表情を曇らせた。

「法と道理を順守するのであれば、いかなあり方も認めよう。だがな・・できればでよい、お前たちが戦い以外の道を選ぶことを切に・・・切に願う。人はな、殺し合いの道具ではないのだ、人として生きよ」

「・・・承りました」

 恩情溢れるマリニアの言葉に、ミャオはただひれ伏すしかなかった。


「あれをな、そうあれだ」

 マリニアはジト目になると、かなり適当にアレフを指差した。

「これから先はそいつを世話役とする。そいつならこき使って構わんぞ。いや遠慮するなよ、是非とも使い潰せ。良いな?」

「え?使いつぶ・・・はっ、はい!」

 一瞬でも戸惑いアレフを見たミャオだったが、彼が微笑んだので慌てて頷いた。


「ミャオよ、獣人達よ、そして今は亡き獣王レグルスと死せる英雄達よ。よくぞ、辿り着いてくれた。心より尊敬し、そして歓迎しよう。そなた達はこの国の民となった。喜びも、苦しみも、怒りも、悲しみも共にあろう。共に生き、そして共に死のう。そなた達に限りない敬意と無限の感謝を」


 ミャオの返事はなかった。

 ただ感動にその身を打ち振るわせ、食い入るようにマリニアの瞳を見つめ続けていた。


 ・


 要件が済んだミャオが退出し、部屋にはマリニアとその執事、そしてアレフとディーファがいた。

 皆が表情を固くする中、マリニアだけがニヤニヤと笑っていた。


「おいアレフ、これで満足か?お前の注文通りにはしてやったぞ。まっ、多少の手違いはあったが気にするな」

「お心遣いに感謝します」

「なんだそのくそ真面目は?らしくないぞ」

 静々と頭を下げるにアレフに、マリニアはつまらなさそうにため息を吐いた。


「まあいい、お前の案は中々に悪くなかった。おかげで楽を出来たから、まあ感謝しておくぞ」

「お褒めのお言葉、この非才の身にはもったいなく存じます」

「・・・ディーファよ、アレフに圧をかけるのは止めよ、命令だ」

「・・・はい」

 アレフをすぐ真横で睨みつけていたディーファは、不服そうにうなずいた。


「意外だったのは、獣人の代表があの程度を厚遇と喜んだ事だ。酸いを泣くほど甘いと思える生き様か」

 マリニアは悲しそうに天井を仰いだ。


 マリニアとしてはもっとマシな待遇を与えたかったが、彼女の権限ではこれが限界だった。

 普通の亡命者なら不服として受け入れない可能性も高い。

 それをミャオは涙を流して喜び受け入れたのだ。

 それ以前に一体どれ程過酷な状況に晒されていたのか、想像すらしたくもない。


「アレフよ、彼等を良くしてやってくれ。頼む」

「了解しましたマリニア様」

「・・・だからディーファ、圧は止めよ。そこから3歩下がれ。嫌なら退室させるぞ?」

「はっはい!申し訳ありませんでした」

 マリニアの二度目の注意に、やはりアレフを睨みつけていたディーファが深々と頭を下げた。


 それからマリニアの命令通りディーファが3歩ほど下がったところで、アレフとの会話が再開された。


「さてアレフ、遠慮はいらん。普通に話せ」

「かしこまり・・・いや、了解した」

「ふっ、それが妥協点か?まあ良い」

 ニヤつくマリニアを前に、アレフもまたニヤついていた。


「望み通り議会は抑えた。あとはお前に任せる。彼等が兵になるのなら、使えるようにしろ。犬死にはさせるなよ」

「無論だ。彼等をもう不幸にはしない」

 アレフはうなずいた。


 獣人の受け入れには、都市議会が猛反対していた。

 至極当然だろう。人間ではない他国の生体兵器で、しかもこれまで多大な被害を受けてきたのだ。

 そんな代物を簡単に受け入れられるはずもない。

 即時処刑が意見の大半だった。


 しかし反対する議会を、マリニアが説得した。

 説得の際、彼女は二つの条件を提示した。

 一つは、マリニアの責任で彼らを監視しする事。

 もう一つは、彼等が兵士となることを望んだ場合、強力な戦力として育てる事。

 この条件を下に、どうにか亡命受け入れさせたのだった。


「ヘマしてくれるなよ?何せ私の地位が掛かっているからな」

「そこまでしなくても良かったと思うが?」

「抜かせ、お前達が命を賭けてのだ。ならば私も賭けるのが道理だろうが」

「自分の立場を考えてくれ。後ろ盾を失うと困る者も多い」

「一応参考とはしよう。だが臆病者になるつもりはない。なあに、死なば諸共だ、覚悟しておけ」

「困った奴だ」

 あくまで考えを改めないマリニアに、アレフが鎮痛な面持ちでうなずいた。


 その横では、マリニアの執事までも何故かうんうんと頷いていた。


「お前は言ったな。『彼等に必要なのは愛情と食事と居場所だ』とな。望み通りにはしてやったが、私が出来るのはここまでだ。ここから先はお前の仕事だ」

「時間の許す限り全力を尽くす。だがいずれはこの星を去る身だ。あまり頼りすぎないでくれ」

「では従者を何名かつけよう。後継者として育てよ」

「分かった。そちらも葬儀の件はくれぐれも丁重に頼む。万一のことがあれば、禍根は未来永劫残ると思ってくれ」

「分かっている。いや、分からされたと言うかべきだな」

 瞳を閉じたマリニアは両腕を組むと、しばし考えにふけった。


 獣人の受け入れの時、アレフは言った。

『獣人達の亡骸を丁重に弔い、形でも敬意を払って欲しい。もし乱暴に扱えば、彼等の誇りに絶対に消えない傷を残す。傷は治らない、痛みは残り、いつか牙を剥くことになる。だが、敬意を払えば、彼等は強い味方となる。絶対の裏切らない、絶対に折れない味方にだ』

 と。

 大袈裟だと思っていたが、すぐに考えを改めた。

 涙を流して喜んだミャオの反応を見たこらだ。

 彼の言葉は正しい。対応を間違えれ獣人達は敵に戻り、自分達に牙を振るうだろう。


「心とは分からぬものだ」

 瞳を上げたマリニアは、深い溜め息を吐いた。

「待遇も弔いも大したものではない。それなのに彼女は涙した。ミァオ達の受けた辛苦はどれ程のものであったろうな・・・」

「終わったことだ」

 嘆くマリニアに、アレフは静かな声で答えた。

「彼等は救われた。今はそれだけで良しとしよう。踏み込めば、彼等の心の傷に触れる。心の傷とは時間でしか癒せない時もある」

「結局、私は何も出来ぬか。無力よな」

 マリニアは天井を仰ぐと静かに嘆息した。


「庇護し見守る事、それだけで十分だ。あとは彼ら自身で立ち上がり進んで行く。道を誤りそうなら導いてやれば良いさ」

「心に留め置こう。繰り返すが、彼等が再び歩み出すまでの間の世話役は頼むぞ」

「もちろんだ。獣人達の受け入れを頼んだのは私だ。受け入れてくれた恩には報いる」

「私も協力したいがそうもいかん。何せお前だけだからな。お前こそが彼等の呪いを見抜き、解呪し、傷を癒し、数多の命を救った。そんなお前だから獣人達は従う。お前しか彼等を御せぬのだ」

「御す?違う、彼等は自らの善意と意思で協力してくれている。取り違えるな」

「それを御すと言うと思うのだがな」

「そう思っている限り、彼等が心を開くことはないぞ。その考えはいずれ身を滅ぼすぞ」

「まるで見たように言う。いや、実際に見てきたのだな。分かった、肝に銘じておこう」

「色々と失敗した。多くの命を犠牲にした。思えば馬鹿な王だった」

 アレフはその瞳を悲しみに染めると、深い、本当に深い溜息を吐いた。

「私自身、骨身に染みる寒さも、苦しいほどの飢えも、囚われたものの惨めさも痛いほど知っていた。なのに、王となり全てを忘れた。痛みを強いて多くの民を不幸にした。もう誰も不幸にはしたくない」

「成る程。始めてお前という人間を知れた気がするな」

 苦笑するアレフを見つめるマリニアは、眩しそうに目を細めた。



 ・


「よしっ、辛気臭い話は終いだ!おいディーファ!」

「はっ、はい!」

 急に呼ばれたディーファが慌ててマリニアの前に歩み出た。


「お前、この男を婿にしろ」

「はい、了解しま・・・はいっ?」

 唐突の命令に、ディーファは呆然と口を開けた。

「ふふ、悪くない反応だ」

「・・・ったく」

 これを見たマニリアはニヤリと笑い、それらを見ていたアレフは頭を抱えた。


「中々に良い案だとは思わない?誰も損をしないではないか!」

 沈黙するアレフとディーファを他所に、マリニアは意地の悪い笑顔で一方的にまくし立て始めた。

「ディーファが伴侶を得れば、隊員達も遠慮をなく婚姻して子を成せる。うむ!子は国の宝だ。そうだ、子が生まれたら名は私が付けよう。どうだディーファよ!」

「え?え?え?あの、マリニア様?言ってる意味が良く分からないのですが?」

 もはやマリニアは完全に暴走していた。

 これにディーファは圧倒され、何も反応できなかった。


「お前もそれほど嫌ってはおるまい?本当は好意も抱いているのではないか?」

「な、な、な、な、何を?」

「マリニア・・・その辺で止めてないか?怒るぞ?」

 流石にアレフが止めに入ったが、完全に無視された。

 その脇では、赤面したプルプルと身体を震わせたディーファが、俯きながら押し黙っていた。


「ディーファ、同じ女同士だ、見れば分かる。遠慮は良くない。遠慮すれば別の女に寝取られるぞ。大丈夫だ、お前なら心配など不要だ。その美貌を使ってさっさと規制事実を作って追い込めば良い」

「ななななな!」

「マリニア・・・止めろ・・本当に止めろ」

 こめかみに血管を浮き上がらせたアレフが睨み付けるが、やはりマリニアは無視を決め込んでいた。


 暴走が止まらないマリニアの前で、アレフが大きく深呼吸をしていた。


「そんなに難しいことではない。女の魅力につかえば一発だ!なに、少し薄手の服を着てだな、見えるか見えないかな瀬戸際でな、少しちょっとな」

「マリニアァ!!!てめえいい加減にしやがれ!!!!」

  とうとうアレフがキレた。


 ・


「えっと・・・どうしてこんな事にに・・・・・」

 呆然とするディーファの目には、信じられない光景が映っていた。


「何だ、もしかして不能か?」

「阿保か!当人同士の気持ちを考えろ!無視して勝手に進めるな!」

 初めての粗野な言動を見せるマリニアに対して、最高権力者でも動じず怒鳴るアレフ

 どう考えてもあり得ない光景だった。


「じゃあかしいわ!おどれがビビリやから、後押ししたまでじゃ!感謝せいや!」

 と、これがマリニアで、いつもの威厳は粉微塵に吹き飛んでいる。

「誰がビビリだ!大体こちらは元妻子持ちだ!今更所帯など持つか!」

 対してこれがアレフで、まさかマリニア相手にここまで食い下がるとは思ってもいなかった。


「知るかボケ!股間にもついてるものは飾りか?漢だったらそいつを使って女を幸せにしてみせろ、このヘタレが!」

 とマリニアが唾を飛ばし罵れば、

「ヘタレ言うな!大体頼んでもいないものを押し付けるな!このボケ!」

 とアレフが返す。

「誰がボケじゃ!それはおどれのことじゃ、このバカが!」

「バカと言った方がバカなんだ!わかったか、このバカが!」

「お前もバカ言うとるやん。お前がバカじゃ!ゴラア!」


 最早子供程度の口ケンカになり、進む程にその程度は落ち続けていた。


「もしかして仲良いのかなあ?」

 ディーファはポツリ呟いた。


 『喧嘩するほど仲が良い』という。

 もしかしてそうなのだろうか?

 少なくとも険悪なには見えない。

 むしろ親しげにさえ思えた。

 ・・・とは言え、このまま放置するわけにもいかない。


「あの・・・ハンスさん・・・どうしましょう・・・これ」

 途方に暮れたディーファは、マリニアの秘書ハンスに助けを求めた。

「どうかこのままで。しばらくはマリニア様の好きにさせましょう」

「え?」

 絶句するディーファを他所に、何故かハンスは嬉しそうに涙を拭いていた。


 ハンスの返事にディーファは唖然とする。

「止めなくてよろしいのですか?」

 目の前では、胸倉を掴み合うマリニアとアレフが口悪く罵り合っていた。


「よろしいのですよ」

 ハンスが嬉しそうな小声でディーファの耳元で囁いた。

「このような楽しそうなマリニア様は本当に久し振りです」

「え?」

「マリニア様はその高貴な血筋のため、これまて対等な立場で話せる者、つまり友がおられませんでした。ここまで嬉しそうにお戯れをされる事など初めてです。マリニア様はアレフ様が対等な友と認められ、接しておられるのです。本当に良い友人を持たれました」

「・・・え?あれが良い友ですか」

「左様です。本当に素晴らしい」

「・・・はあ」

 ディーファはうっとりするハンスと、なおも罵り合うマリニア達とを見回すと、困った様に首を傾げた。



「いつそんなこと言った!言ってみいや!何時何分何秒じゃ!この陰険男!」

「言ったものは言っただろが!吐いた唾飲み込むな!この性悪女!」


「えっと・・・友?」

 ・・・何やらかなり程度の低い争いの声が聞こえたが、ディーファは敢えて聞こえないふりをした。


「わたくしではマリニア様の友にはなれません。ここだけの話ですが、とても羨ましいですよ。ふふ、この事はここだけの秘密ですよ」

「え?あ、はい」

 やはり唖然とするディーファに、ハンスは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


 ディーファ達の前では、依然としてマリニア達が醜い言い争いを続けていた。

「ヘタレ男!」

「わがまま女!」

 どうしようもない罵り合いだが、その光景に何故か胸に痛みを感じていた。

 最近時々感じる痛みだが、その理由は未だに分からない。


「・・・羨ましいな」

 そんなはずはないのに、いつの間にか呟いていた。

次は15日更新予定です。

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