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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第4章 魔を統べるモノと落日の獣王
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第27話 木漏れ日の下で

 あの日は暖かい木漏れ日の下で、

 みんなが楽しそうに笑っていた。

 それがあたしの一番幸せな思い出だ。

 あとは嫌な事しかなかった・・・


 あれからみんなは笑わなくなった。

 だけど私は笑って欲しかった。

 だけど何も出来なくて、それがとても悔しかった。


 別れの日、人質のみんなが言った。

 『生きてくれ』

 『私達の分まで幸せになって』

 『あなた達が最後の希望だ』

 あたしはそれが嫌だった。


 みんなを犠牲にしてまで

 生き残りたくなんてなかった。

 だけどそれがみんなの願いだから、

 あたしは希望になる事を選んだ・・・


 みんなありがとう 、本当にありがとう。

 だけどね、

 みんなと同じで、あたしも赤ちゃんを守りたい。


 だからごめんなさい

 あたしは希望を止めます。

 みんなの期待を裏切ります。

 赤ちゃんに生きて欲しいから。

 ごめんなさい、本当にごめんなさい。

 みんな、さようなら


 ・


 少女は死に掛けていた。

 死の呪いが発動し、心臓を切り刻み続けているからだ。


 もう少女には意識がない。

「赤ちゃん・・・マリニア様に・・・お願い」

 それでもか細い声で訴え続けてた。


 アレフは少女に応えられなかった。彼は少女を助けるため、治癒魔法術式の詠唱を続けていた。


 いつもなら短く感じる詠唱が、今は永劫とも感じられる。

 この間に少女の顔が白くなり、手の温もりが消えてゆく。


 ようやく詠唱が終わり、両手に白い光が灯った。

「生きろ!生きてくれ!」

 アレフは両手の光を少女の胸に注ぎ込んだ。


 少女の体には、生と死が拮抗した。治癒が刻まれた場所を癒し、しかし呪いがすぐに刻みつける。

 果てしない繰り返しだった。


 それでも死は確実に遠ざかる。

 治癒の光が呪いの影に抗い、幼い命を紡ぎ続けた。


 ・


 なんだろう?温かい光だ。

 あの時の木漏れ日の光のようだ。

 暖かいな、あの幸せのよう

 もう死ぬのかな?

 

「諦めるな!生きろ!」


 ?誰の声だろう?

 とても優しい人の声だ。

 きっとこの人が温もりをくれた。

 ・・・ありがとう


「駄目だ!帰って来い!君は幸せになるべきなんだ!」


 どうか赤ちゃんは幸せに・・・


 ・


「・・・赤ちゃんを・・・助けて・・・」

「助ける、君もだ!これから君は幸せになるんだ。絶対にそうしてやる!だから帰って来い!」

 涙を流し訴える少女に、アレフは治癒を続けながら叫んだ。

「・・・おねが・・い」

 その声は消え入りそうな程に小さかった。


 アレフの治癒速度は早かった。

 傷付いた少女の心臓を修復したが、直ぐに呪いがまた切り刻む。

 心臓は再び直せるが、流れた血は戻らない。

 心臓を刻まれる度に少女は出血し、ゆっくりと衰弱し、確実に死へと近づいていた。

 残された時間は少なかった。


『解析終わりました!』

 フィロの母が通信機から響いた。

 ようやく訪れた救いの手だった。

『いつでも解呪可能です。あなたの魔力を媒体にしますが、解呪を実行しますか?』

「頼む」

『了解』

 この上もなく頼もしい返事と共に解呪が開始された。


 そして、フウの胸に蒼い光の魔法陣が浮かび上がり、やかてその胸の中へと吸い込まれた。


 ・


 ・・・不思議な・・とても神々しい光

 ああ・・・そうか・・・

 あたしはまだ死にたくないのか・・

 みんなと一緒に生きたいよ・・・・


「生きろ。頼む、生きてくれ」


 ・・・私は・・・生きたい・・


 ・


 黒い影が少女の胸から浮かび上がった。

 その黒い影こそが呪いで、その形は幾百もの刃を重ねた様な形をしていた。

 そこに手のひらの形をした青い光が包み込んだ。

 手のひらの中で呪いは回転して抵抗するが、指先から握り込われてゆく。呪いは手の中に完全に握りつぶされて四散し、跡形もなく消滅した。


『呪いの消滅を確認しました」

「感謝する・・・助けられた」

 アレフが肩から力を抜き、天を仰いだ。

 少女の心臓から呪いは消滅し、切り刻まれていた傷も完全に治っていた。

 少女は死から解放されたのだった。


 ・


 少女が目を覚ましたのは、それから直ぐだった。

「・・・あれ?あたし生きてるの?」

 上半身を起こした少女が不思議そうに首を捻る中、猫型の獣人が抱きしめてきた。

「フウの馬鹿!何やってんのよ!あんた、死ぬとこだったんだよ!死ぬとこ・・・良かった・・生きてて良かった」

「く、苦しい・・・」

「無茶すんじゃないよ!あんたが死んだらあたし達はもう・・・」

「ミャオさん・・・」

 ミャオと呼ばれた獣人は、フウと呼ばれた少女を、泣きながら抱きしめ続けた。

 その力があまりに強くてフウは苦しむが、ミャオは解放しようとはしなかった


「でも、どうしてあたし助かったの?呪いは?」

 疑問を抱くフウだが、ミャオからの解放を諦め脱力していた。


「あっ!ごめん、痛かった?」

 ようやく気が付いたらミャオが、疲れ切ったフウを解放した。

 それからミャオはフウを髪を優しく撫でた。

「ここにいる皆も呪いが解けたんだ。あたし達は助かったんだよ!」

「え?」

 フウは驚きに目を見開いた。

 いきなりの事でとても信じられる状況ではなかった。


 疑問を抱いたフウは胸の上に手を置いた。

 いつもなら心臓の付近に嫌な感じがした。しかし今は何も感じられない。


「ない・・・え・・助かったの?みんなも?」

 フウは辺りを見回した。


 全員束縛は解かれていて、自由になっていた。

 そして泣いていた。

 悲しみではなく、喜びで泣いていた。


「そっか、みんな助かったんだね。赤ちゃんも」

 フウがミャオと視線を合わせた。

 するとミャオはお腹を抑えて頷いた。

「良かった・・・」

「どつやら後遺症もなさそうだ」

 声を掛けたのはアレフだった。


「お前は!・・・その声は・・・そっか・・・あなたが」

 一瞬身構えたフウだったが、直ぐに力を抜いた。

 それが死に掛けていた時に聞こえた声と同じだと気が付いたからだ。

 この人が助けてくれたのだと。


「呪いは解いた。これでもう戦う理由はなくなった」

 呼び掛けるアレフに対し、獣人達の視線が注がれた。

 そこには敵対の意思はないが、素直に恭順する様子もない。


「すまないが、マリニア様には会わせられない。だからその償いをしたい」

 全員が意味が理解できず呆然とする中、アレフは構わず言葉を続けた。

「問おう、君達は何をしたい?何を望む?それを叶えよう、可能な限りだ。それが償いだ」

 それは威厳がありながらも優しい声だった。


 誰もが威厳に押され何も出来ない。

 そんな中、フウだけがアレフに歩み寄った。


「お願いです、みんなを助けて下さい」

 フウは大粒の涙と共に訴えた。


 今この瞬間、獣人の仲間達がフウのために時間稼ぎをしようと懸命に戦い続け、死んでいる。

 彼等に助けられたのだから、今度は自分が助けたい。

 そうしなければならない。


 フウは溢れる涙を拭った。

「お願いします。まだ戦ってる他の仲間の呪いも解いて下さい!」

「分かった」

「!・・・お願いします」

 途中で涙で顔をくしゃくしゃにしながら懇願するフウの頭を、アレフが優しく撫で笑いかけた。

「ああ・・・良かった・・・」

 張り詰めた緊張の糸が切れたのであろう、フウは積み重なった疲労で気を失い崩れ落ちた。


 フウを誰かに優しく抱きしめられるのを感じでした。


 木漏れ日の下で、

 幸せだったあの日のよう・・・


 薄れゆく意識の中で、暖かさに身を委ねた。



 ・


 目の前は地獄絵図だった。


 壁の前に押し寄せる獣人達

 無傷なものなどいない、皆傷だらけの血塗れだ。


 攻撃は中止し、彼等に降伏を呼びかけた、

 しかし彼等止まらず、壁を登ろうする。

 やむを得ず壁を登る者にだけ発砲を許可した。

 獣人達には余力などないのだろう。撃たれた者達は皆呆気なく壁から落ちた。

 しかし彼等は諦めなかった。

 再び壁を登り、撃たれて落ち、そしてまた登る。

 それを何度も繰り返した。


 獣人達の遠吠えが聴こえた。

 今となっては、それが哀しみだと理解できる。


 部下達の声が聴こえる。

 もっと殺されろ、との怨嗟の声

 もう撃ちたくない、との嘆きの声


 仲間を殺されたのだ、恨みたいのは分かる。

 壁を登る獣人の中には幼いものもいる、撃ちたくない気持ちも分かる。


「私はどうすれば良いんだ・・・」

 ディーファはその光景を呆然と見つめていた。


『仲間を助けてくれ』


 レグルスの最後の願いをディーファは叶えると約束した。

 しかし降伏を呼び掛けるも獣人達は止まない。

 考えてみれば当然だ。

 彼等は死の呪いに犯されている。

 降伏しても逃亡しても、呪いで死ぬ。生き残るには攻撃して敵を倒すしかない。


 結局、レグルスの願いを叶えられそうにはない。

 そのためには呪いをどうにかするしかないのだから。


 悩むディーファに、ライファの襲撃の報告が追い討ちを掛けた。


 行方不明だった姉が寝返って、味方を殺して逃げたという・・・


 ディーファは自身の無力さに打ちのめされていた。


 ・


「私は・・・無力だ・・・」

 ディーファは悔しさに涙を滲ませていた。


 間も無く決断しなくてはならない。

 降伏も撤退もしない敵は、殺すしかないのだ。

 総司令部からさ何度も攻撃再開が要請されている。

 もう時間がなかった。


 ディーファは歯軋りをしながら右手を挙げた。

 これを下ろした時、総攻撃が再開される。

 獣人達は皆死ぬだろう。

 レグルスとの約束は果たせない。


「総員、迎撃用意・・・目標獣人・・・」

 震える声のディーファが最後までためらっていた時、目の前が青く輝き出した。

 それは蒼い光の魔法陣だった。


「迎撃目標変更!都市側の魔法陣!襲撃に備えろ!」

 ディーファの指示で、獣人達に向けられた銃口が、一斉に蒼魔法陣へ構えられた。


「撃つな!味方だ!」

 魔法陣の中から声が響いた。

 ディーファ達が身構える中、魔法陣の中央から、転送されたアレフとミャオの姿が現れた。


「転送術式なのか・・・だがアレフと獣人?なぜ・・・」

「都市内に潜入した獣人達は全員降伏した。亡命を希望している」

「は?・・・あ・・・待て!呪いはどうした」

「無効化した。今から外の獣人達の呪いも解く。止めるなよ」

 驚くディーファにアレフが詰め寄った。

「詳細は後だ。攻撃を中止をしてくれ。彼等は全員亡命希望者だ」

「攻撃は中止は命令した。だが、止まらないんだ。あいつら止まらないんだ」

「そうか。少しで良い、完全に攻撃中止させてくれ」

「分かった」

 ディーファは頷いた。

 助かった、と心の底から安堵していた。



「全隊、完全に攻撃中止だ。動くなよ、絶対にだ!」

 ディーファの命令で、散発的にあった銃声が完全に止まった。

 喧騒に包まれていた戦場に、一時的な静寂がもたらされた。


「ミャオ、出来るか?」

「はい」

 アレフの言葉にミャオがうなずいた。


 ミャオは天を仰ぐと、大きく息を吸い込んだ。


 シャオーーーーーーーーー


 悲しく、そして哀しい声が戦場に木霊した。



 それは最後の策だった。

 考えに考えて、ようやく辿り着いた

 呪いを発動させずに降伏する手段だった。


 もしも運良くマリニアに会えて、

 もしも運良く呪いが解けて、

 そして、もし運良く誰かが生きていれば、

 その時に使える手段であった。


 それは幾つもの小さな可能性を乗り越えた時、

 ようやく叶えられる儚い希望でしかなかった。

 しかし、その儚い希望が叶えられた・・・・



 ミャオの咆哮が雪原に響き渡る中、

 血みどろになりがならも進む獣人が、

 両足を失ってもなお這い進む獣人が、

 もう動けなくなくただ絶叫するだけの獣人が、

 彼女の哀しい咆哮を耳にして、ようやく前進を止めた。


「フィロ!」

『了解、生存獣人67体を確認、座標を固定、解呪を実行します」

 フィロが応え、そして解呪の呪文が一斉に発動される。

 そして戦場に生き残った獣人たちの胸元に蒼い光が輝き出す。

 そして希望の光は忌まわしい呪いを跡形もなく消滅させた。


 咆哮が上がった。

 雪原中を咆哮が幾重にも響き渡る。


 それは生き残った喜びであり、

 仲間を失った哀しみであり、

 故郷を失った慟哭だった。


 間も無くして獣人の降伏により戦いは終結した。


 ・


 戦いは終わった。

 ミャオの前では、拘束された仲間達は次々と運ばれていく。

 多少乱暴な扱いはあるが、誰も抵抗しない。

 少なくとも死ぬよりマシだろう、それが彼達の思いだった。


 そんな連行の列の中、ミャオは横たわる夫レグルスの亡骸を見つけた。


「あなた!」

 ミャオは列を抜け走り出した。

 慌てた兵が止めようとしたが、別の兵がそれを静止した。


 ミャオは冷たくなったレグルスに抱き着いた。

 レグルスは笑っていた。

 全身傷だらけだっだが、血は綺麗に拭き取られている。丁重に扱って貰えたのだろう。


「あなた、終わったよ。あなたの願いは叶ったのよ」

 ミャオは涙を流し抱き続けた。

 彼女は、レグルスと苦難を共にした。だから誰よりも彼の事を知っていた。


 彼は誰よりも苦しみ、悩んできた。

 説得を続け、応じない者は仕方なく生命を奪ったこともある。

 その度に彼は苦悩し、傷ついてきた。

 彼に生き残るつもりはなかった。

 仲間を殺した償いに死ぬつもりだった。

 最後まで苦しみ抜き、そして仲間の為に死んだ。

 それなのに彼は笑って死んでいた。

 きっと願いが叶ったと分かっていたのだろう。

 そう思いたい。


「お疲れ様、ゆっくりと休んでね」

 ミャオは夫の頬を優しく撫でた。

 これで夫は長い苦しみから解放された。

 ようやく休めるのだ。


「ありがとう・・・本当にありがとう」

 夫の魂の安寧と冥福を心の底から祈り続けた。


 僅かに晴れた雲間からは、銀の星が優しく瞬いていた。

これでこの章は終わりとなります。

次は2月6日の行進予定です。

幕間の話を2つ入れた後、新章に入ります。

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