第26話 獣王
獣王は歩き続けた。
全身は傷だらけ、意識は既になく、明らかに瀕死の状態だった。
それでも王は歩き続けた。
・
勝負はついていた。ディーファの圧勝、だったはずだ。レグルスは間も無く死ぬ。
それなのに彼はまだ動いている。
「何故まだ動く・・・」
歩き続けるレグルスを、ディーファは息を呑んで見つめていた。
「分かんねえのかよ?」
ディーファの言葉に反応したのだろう、レグルスの瞳には光が戻っていた。
「決まってる・・・コフッ・・・仲間のためだろが」
レグルスは血まみれの笑みを浮かべた。
「王ってのは・・・仲間のために戦うもんだ」
「分からんよ、私は王ではないからな・・・」
ディーファは力なく首を振った。
「降伏しろ、命は取らないと約束する。早く治療すれば、助かるかもしれないぞ」
「阿呆が、舐めんなよ馬鹿野郎が・・・情けなんざいらねえよ」
ディーファの勧告をレグルスは笑い飛ばした。
「命なんて・・・最初っからどうでもいいんだよ」
「おっ、おい!」
「情けは敗者への侮辱だ・・・さっさと俺の心臓・・・ぶち抜きやがれ・・・それで終わりだ」
レグルスは失った両手の代わりに、その視線で自らの心臓を指し示した。
『ここを撃て』と
「心臓?そこに何かあるのか?」
死に掛けたレグルスの瞳には、まだ強い意志があった。
何かを察したディーファは、『特視』の魔法術式で心臓を見た。
「アメリアの死の呪い・・・それは禁呪なはずだ」
その時のディーファの顔面は、蒼白に染まっていた。
この時に至り、ディーファは全てを察した。
獣人達が何故無謀な攻撃を仕掛けたのか。
何故途中で撤退しなかったのか。
そして何故レグルスが倒れないのか。
何故なら、彼等は死ぬまで戦いを止められないのだから・・・
「皆そうなのか・・・」
ディーファは震え声の尋ねた。
「さっさとやれ・・・時間がねえんだよ」
レグルスは口から鮮血をほとばしらせ笑った。
「てめえ大将だろ・・・なに震えてんだ。さっさと撃てよ・・・早く撃って・・・くれよ」
「何とかして呪いを・・・」
「俺たちにはもう時間がねえんだよ!」
ためらうディーファにレグルスが怒声を浴びせた。
「てめえも戦士だろが!俺は戦士として死にてえんだ!呪い殺されるなんざのごめんなんだよ!」
それが最後の力なのだろう、鮮血を吐きながらレグルスが叫んだ。
「もうやめろ!このままだと死ぬぞ!」
「生きくなんてねえ!俺は仲間を殺したんだ、沢山、沢山だ!そんな資格なんてねえ!殺せよ、殺してくれよ!せめて戦士して死なせてくれよ・・・頼むから」
「レグルス・・・」
「俺が生きてれば仲間が死ぬ・・・もう誰も死なせたくねえ」
レグルスは再び多量に吐血した。
そしてとうとう歩けなくなり、その場に片膝を着いてしまった。
「頼む・・・死なせて・・・くれ」
レグルスは泣いていた。
目に涙を浮かべ、弱々しい声で懇願していた。
それが魂の叫びだと、ディーファは理解した。
「獣王レグルスよ、私は勝者としてお前を殺す」
ディーファは震えを抑え、厳かな声で述べた。
この場に多くの者達がいるが、誰も何も言わず、物音一つもない。
今ここは静かさに包まれていた。
ディーファが右手を挙げる。
すると光の球が巨大な槍へと姿を変えた。
「獣王レグルス、あなたと戦えたことを誇りに思います。あなたこそ真の王でした」
ディーファが僅かに震える右手を振り下ろす。
その瞬間、光の槍が降り注ぎレグルスの心臓を貫いた。
心臓を貫かれた時、レグルスは穏やかに笑っていた。
「・・・ありがとよ」
静かにそう告げると、獣王はゆっくりと崩れ落ちた。
・
これで良いんだろうな。
俺のせいで仲間を死んだ。
生きる残る資格なんてない。
だけど、ミャオ達は生き残って欲しい・・・
・・・まだ終われない
獣王は抗う事を選んだ。
心臓を貫かれても、彼にはやるべき事があった。
「・・・頼む。もう・・・仲間を殺さないでくれ・・・お願いだ・・・」
虚ろな瞳に涙を湛え獣王は懇願した。
・
「悪いのは・・・全部俺だ・・・だから・・・殺さないでくれ・・・」
「そこまでしてお前は仲間達を・・・」
死の間際のレグルスの寄り添い、ディーファは最期の言葉を聞いた。
この時、ディーファは何故かアレフを言葉を思い出していた。
『部下を守ることが、大隊長の君の役目だ』
確かそんな事を言っていた。
当たり前のことだが、あの時は反発して受け入れなかった。
しかし今思い出した。
理由は分かる。
レグルスはアレフの言っていた、当たり前の事をやっているのだ。
懸命に、命を賭けてだ。
「頼む・・・頼む・・・・」
彼は間も無く息絶える。それでもなお懇願を止まない。
獣王レグルスとアレフ、彼等は姿形も性格もまるで違う。
しかし似た存在だと知った。
彼等は王だったのだと。
「私は未熟だ・・・あなたの様にようになりたい・・・」
ディーファはそう呟く中で、心はもう決まっていた。
「レグルス、あなたの仲間を助けると願いを約束します」
そう答えた時、ディーファの瞳から涙が溢れ出ていた。
「ありが・・・とう・・・・」
その言葉を最後にレグルスは意識を失った。
まだ死んではいないが、間も無くだろう。それは間違いなかった。
「全隊に通達だ!直ちに攻撃を中止せよ!」
ディーファは出来るだ大声で叫んだ。何とかしてレグルスに聞かせたかったからだ。
「一同気を付け!勇気ある戦士に注目!」
立ち上がったディーファの号令に合わせ、戦士達全員が、直立不動でレグルスに注目した。
「獣王レグルス、貴官の勇気に最大の敬意を!一同、敬礼!」
ディーファに続き、全員が右手を掲げ敬礼を送った。
それは戦士達が贈る最大の賛辞だった。
・
悔いがないといえば嘘になる。
だけど馬鹿なりにやれる事はやった・・・
頼む、誰か生き残ってくれ・・・
それがたった一つの願い・・・
消えゆく意識の中、儚い願いを空へと送る。
朝日が雪原を染める中、獣王は静かに息を引き取った。
次は1月31日更新予定です。
次でこの章は一段落となります。




