第23話 勝者の思い
レグルスとバレット、両者の初撃は互いの顔面へと決まった。
レグルスの拳は獣人特有の怪力で打ち込まれたもの
対するバレットは拳は肉体強化の魔法術式が施されている。
威力はほぼ互角、しかし結果は違っていた。
バレットは吹き飛ばされ、レグルスはその場に踏み止まっていた。
最初の軍配はレグルスに上がった。
「まじ・・かよ・・・」
仰向けに倒れたバレットは、飛び起きながら呻いた。
強くなったつもりだった。
レグルスに負けてから、常に身体と技を鍛え続け、実践を積み重ねてきた。
全力全霊の最高の一撃だった。
それなのに打ち負けた。
この男にはまだ及ばないのか。
「何でお前は立ってられる!俺は弱いのか!」
バレットの本音の叫びが吐露していた。
「お前は強い。間違いなくな」
レグルスは嬉しそうに笑っていた。
「強くなった。嘘じゃねえぜ。俺じゃなきゃぶっ飛ばされてた」
「平気そうな顔してよく言うぜ。皮肉かよ」
賞賛を素直に受け取れないバレットは苦笑するだけだった。
「俺は真の戦士を馬鹿にしねえ。これはマジの褒め言葉だ。お前は強くなってくれた。もう俺とそんなに差はねえ」
「差がないだと?だったらお前は何で立ってられた!俺は駄目で、どうしてお前だけが平気だったんだよ!」
「ん?・・・ああそうだな」
吠えるバレットを前に、レグルスは哀しそうな空を見上げた。
「そいつは背負ってる重さの差ってやつだな。なんの因果か、重すぎるもん背負っててよ、倒れていられねえんだ」
そう言って寂しそうに笑うレグルスの姿に、バレットは少なからず感銘を覚えた。
「俺だって」
バレットは思わずぼやいていた。
自分とて魔力強化体第二大隊第二中隊長
部下120名の命を背負っている。
背負う重さはレグルスより軽いとは思えない。
それで奴が倒れないのなら、自分だって倒れられない。
奴との差は覚悟の差だ。
背負ったものにどこまで覚悟を持てるかの差だ。
だからもう倒れない。
バレットの目つきが変わった。
両拳を握りしめ、レグルスに向けて構えた。
「面が変わったな。この土壇場で一皮剥けるとは大したもんだ」
感嘆の声を上げたレグルスが、再び拳を構え直していた。
「感謝する。お前と同じだ、俺も引けない。もう少し付き合ってもらうぞ!」
「構わんぜ、好きなだけな」
言い終えると同時に再び互いの拳が交差した。
互いの拳が互いの額に打ち込まれた。
しかし今度は完全に互角で、どちらもその場に踏み止まっていた、
再び二つの拳が交差し、今度は互いの腹部を打ち合った。
どちらも苦悶の表情を浮かべるが、後ろには引かなかった。
どちらも立ち止まり、何度も何度も拳を交え続けた。
折れた歯が飛び、弾ける鮮血が雪原を染める。
それは凄惨な殺し合いなのだろう。
それなの当の本人達は何処か楽しそうに殴り合い続けた。
それを邪魔する者は無粋なのだろう。
バレットの部下達はただ固唾を飲んで見守っていた。
・
始まりがあれ終わりある様に、戦いにもまた終わりが訪れる。
始めは互角だった戦いも、少しずつ力の差が現れ、終わりが来ようとしていた。
上回ったのはレグルスだった。
それは地力の差か、はたまた勝利への執念の差なのか分からない。
分かるのは、両者にはほんの少しの差しかなった事だ。
その差が少しづつ積み重なり、やがて大きな差となり現れていた。
少し上回ったレグルスの拳の数は、やがて明らかに上回り、それから一方的なものへと変わっていた。
既にバレットの流血で両目が塞がり、もうまともに拳を打てない。
そしてそんなバレットにレグルスの拳が打ち込まれた。
あばらが折れ、鼻がつぶれ、こめかみが砕かれていた。
もはや防戦一方だったが、それでもバレットは引かずに倒れなかった。
レグルスの拳がバレットのみぞおちへと深々と打ち込まれ、それが最後の決定打となった。
とうとう意識を失ったバレットが、その場で前のめりに崩れ落ちた。
どちらも最後まで引かず。
しかし戦いはレグルスの勝利で終わった。
・
倒れたバレットは、その時に頭を打った衝撃で、直ぐに意識を取り戻していた。
起き上がろうとするが、身体が動かない。
辛うじて頭だけを上げると、呆れ顔のレグルスが見下ろしていた。
「普通なら、俺の勝ちだと言いたいんだけどな。おいバレットお前、何で魔法術式を使わなかった?遠くから魔法を打ちまくってれば勝てた勝負だろうが」
顔は呆れるレグルスだが、その声は優しかった。
「俺は・・・お前の様に強くなりたかった。だから同じ戦い方をしたかった。正面からぶつかりたかった。そうじゃないと意味がなかった」
「お前、あれを舐めてんのか?」
「舐めんな馬鹿野郎が」
「・・・馬鹿はお前だろうが」
「お前だって爪なり牙なり使えば簡単に殺せただろうが。わざわざとつき合いに付き合いやがってよ」
「かかが、そういやそうだったな。俺もお前も馬鹿だ。どうしもない大馬鹿者だ」
「はは、違いない」
いつしか彼等は心から笑い合っていた。
「勝負がついちまったんだな」
レグルスは名残惜しそう呟いた。
それからバレットから視線を外すと、見守る彼の部下達を見回した。
普通ならこの場で上司を助けに襲い掛かる。
しかし彼等は上司の命令に忠実だった。涙目に口惜しそうながら、この先の待ち受ける結末を邪魔しようとしない。
「良い部下達だな」
レグルスから本音が漏れ出ていた。
彼にも多くと部下達がいた。
今は過去形でもう誰も背中にいない。
「羨ましいだろ、俺の自慢の部下だ」
「だからお前が先頭で出たんだろ。気持ちは分かるぜ、こんな良い奴らを死なせたくはないからな」
そう呟くとレグルスは遥か大空を見上げた。
バレットは静かに目を閉じていた。
敗者への処刑を覚悟して受け入れたからだ。
戦士としての戦いだ、引導を渡すのが礼儀なのだろう。
もう一度バレットと彼の部下達と見た。
彼等には帰る場所がある。
自分にはもう何もない。
もう何も奪いたくなかった。
レグルスは静かに銀の星を見つめて動かなかった。
「レグルス・・」
「・・・悪いな、勝ち逃げさせてもらうわ」
「はあ?」
目を開けたバレットに対し、レグルスは優しく微笑んだ。
「バレット、お前は二度と俺に勝てない負けた屈辱を味わい続けろ。負けた奴への罰ってやつだ」
「おいレグルス!」
「あばよ、俺のように部下を死なせるんじゃねえぞ」
そう言うとレグルスはバレットに背を向けて歩き出した。
「待てよ!待ってくれレグルス!」
驚いたバレットが追いかけようとするが、足が動かずに立ち上がることすらできなかった。
・
バレットから離れたレグルスだったが、その先には彼を待つ者がいた。
バレットの時とは違う。
その相手に対してレグルスは笑えなかった。
「よう、次の相手はお前さんか?」
レグルスが睨み付ける先には、殺意の瞳で睨み返すディーファがいた。
「そうなるな。初めましてだ、獣人を統べる王レグルスよ。私はPT.アルマ.アルファ.ディーファ、魔力強化体第二大隊第二大隊の大隊長、バレットの上司だ」
「大型異形体殺しのディーファか。知ってるよ、あんた有名人だからな。ったく、とんでもねえ化け物だな」
そう言うと、レグルスはどうにか口の端を吊り上げ笑った。
しかしその笑いは足の震えを誤魔化す虚勢だった。
一目見た瞬間、本能で理解していた。勝てない、殺される、と。
この一見少女にしか見えないが、あのファティア、そしてライファと同類と分かった、人間以外の何かだと。
唸り声を上げるレグルスに対して、ディーファは優雅に一礼した。
「では獣王レグルス、一曲お相手願おうか」
「いいぜ、付き合ってやる。お代はお前の命で勘弁してやる」
「それは高い買い物だ。なに、釣りは要らんぞ、地獄への通行料にでも使え」
「ほざけよ!」
叫んだレグルスがディーファ目掛けて突っ込んだ。
・
これまでの戦線とバレットとの死闘で満身創痍だった。
左腕は完全に使えず、身体も傷だらけ、本当は立っているがやっとだった。
勝てる戦いではなかった。
そもそも万全でも勝てない相手だ。
この戦いで死ぬだろう。
これでやっと楽になれる。
それでもまだ終わらない。
まだ生まれない小さな生命を繋げるために。
「まだ終わらない!」
レグルスは走り続けた。
区切りを良くするため、下書きを二つに分けました。
短めとなのはそのためです。
次は1月10日更新予定です。
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