第22話 それぞれの戦い
第一中隊伝令の女性隊員クスカ
彼女は今美しい顔を蒼白とさせていた。
目の前の光景があまりに狂気じみていたからだ。
目に映るのは獣人達の無謀な突撃
それは自殺としか思えない行動だった。
彼女は目眩を覚えつつも、目の前の光景から目を背けずにいた。
「敵残数およそ180、未だに進行は止まらず。なおレグルスはこの先頭を急速で進行中です」
「あいつの事だ、阻止は無理そうだな。予定通り、俺がここで向かい打つ」
戦いを決意するバレットに、クスカは堪え切れずに訴え出る。
「おかしいですよ!あいつら、どんなに傷付いても前に進むんですよ!足が吹っ飛んだ奴も、這いずって。あいつら・・・死ぬのが怖くないんですか!」
クスカがとうとう耐え切れずに訴え出た。
しかしそれに対して、バレットは力なく首を振った。
「そいつは俺たちも変わんねえな。人間は死ねば終わりだが、俺達もあいつらも死んだら自由になるって意味では同じだ。俺は嫌だが、意外と死ぬのも悪くないのかもな」
その言葉にクスカの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「ふざけないでください!そんな考え方、誰も救われないです!」
「だよな。だが勘違いするな、俺たちの仕事はあいつらを救う事じゃねえ。やる事をやれ。下手な同情は仲間を殺すぞ」
「・・・はい」
うなだれるクスカの頭を、バレットが優しく撫で続けた。
「今のは嘘だからよ、終わったら全部忘れとけ。こんなのデタラメ、信じたら駄目だぞ」
「え?」
「大体お前は優し過ぎるんだ。まあ、その優しさはお前がまともな証なんだけどた。だからそいつは大事にしまっておけ。俺はとっくにまともじゃなくなくなっちまったが、お前はそうなるな」
「中隊長・・・」
真剣に見つめるクスカに、少し照れた顔でバレットは笑った。
「はは、まあ俺は脳筋馬鹿だからな。要は戦闘以外は頼むってことだ」
「えっと?」
せっかくの良い流れを台無しにしたバレットに、クスカは途端に表情を崩した。
「これからよ、ちょっとレグルスと殺り合ってくるから、あとは頼むな」
「そんな重大な事を軽く言わないで下さい。もし殺されたら、次は私が死ぬまで殺しますからね」
「おいおい勘弁しろよ・・・もしかして泣いてんのか?」
「うるさい!」
「ぐはっ!」
心配するバレットの頬に、クスカの鉄拳が撃ち込まれた。
「・・・分かったよ。負けないようにしっかり準備しないとな」
バレットは涙声のクスカに背を向けると、わざとらしく準備運動を始めた。
結局彼は臆病者で、彼女の涙から逃げたのだった。
責める者はいない。
ただクスコだけが責めるようにバレットを見守り続けていた。
・
走り続けるレグルスの耳に、敵右翼の方向から爆音が聞こえた。
しかし彼はその方向を見ずに走り続けた。
爆発の意味を知っていた。与えられていた急降下からの自爆作戦を、仲間達が遂行した。
こんな作戦は反対だった。
しかし本国に押し付けられた。
結局止められなかったのだから同罪だ。
だから言った『仲間のために死ね』と。罪も憎しみも背負うのは自分だけで良かった。
だけどあいつらは文句を言わなかった。全部分かってたんだろう。
あいつらの死を無駄にしてはいけない。
だからレグルスは駆け続けた。
そんな最中、突然レグルスは立ち止まった。
次の瞬間、彼の前を無数の銃弾が通り過ぎた。危険を察知した野生の勘が彼を救ったのだった。
レグルスはあと僅かまで迫った壁を見上げた。
そこからは百を超える銃口が自分はと向けられていた。
間も無く集中砲火が来るだろう。
「くたばるには早えよな」
溜息まじりにレグルスが呟くと、彼の周りを追いついた獣人達が取り囲んだ。
彼等はレグルスを行かせるため、進んで盾となったのだ。
レグルスの隣の獣人が、笑いながら肩を叩いた。
「水臭いじゃねえか、馬鹿王様」
後ろの獣人が頭を軽く叩いた。
「俺にもやらせろ。独り占めは良くないぜ」
腹に穴を開けた獣人が先頭に進み出た。
「さっさと行くぞ、王様野郎」
その言葉に続き、全員がレグルスの前へと歩み出した。
それが残ったまとも戦力だった。
その数はおよそ20、無傷の者はいない。
皆が傷を受け、瀕死の者さえいる。も中には辛うじて立つ者さえもいた。
「これが最後だ。お前らの命を俺にくれ!」
レグルスが吠えた。
目を見開き、死に行く仲間達の背中を見る。
その姿を脳裏に焼き付けるために。
「命のためだ!そのために死ぬぞ!」
レグラスはあらん限りに咆哮した。
それが獣王として最後の命令だった。
「おおおおお~~~~!」
「うおおおお~~~~!」
「グルァォ~~~~~!」
獣人達の咆哮が天高く駆け抜けた。
・
銃弾が降り注ぐ。
雨あられと振り続ける。
最初に豹の獣人がレグルスの盾となり崩れ落ちた。
続いて馬の獣人が、次に犬の獣人が崩れ落ちた。
仲間達が次々と倒れる中、レグルス達は振り返ることなく走る続けた。
銃撃の隙間から、今度は炎の魔法術式が襲い掛かった。
「クソが!」
レグルスは避けられないと悟り、咄嗟に両手を受けようとした。
手が無くなっても足がある。胴体に直撃するよりも遥かにマシだ。
覚悟を決め受けようとした瞬間、誰かに背中を突き飛ばされた。
「行けよ!王様野郎!」
誰か叫び声が聞こえた。
そしてそれから、倒れたレグルスの背後から悲鳴が聞こえた。
肉の焼ける匂いとうめき声、それでもレグルスは振り返らなかった。
必死に走り、走り、走り続けた。
背中から聞こえた仲間達の声が消えた時、孤高の王は壁面に辿り着いた。
完全には高さ10セッタもの壁がそびえ立っていた。
レグルスは壁上へと跳んだ。鋭い爪を壁に突き立て、何度も跳び続けた。
頭上から迎撃の銃弾が降り注ぐが、回避は難しい。だから左手を犠牲にする事にした。
盾代わりの左腕に数多の銃弾が命中した。
弾丸は鍛え抜かれた腕でも、どうにかなる代物ではない。
肉が抉れ骨は粉砕し、動かない肉塊と成り果てた。
しかしそれで助かったのだから、レグルスにとっては安いものだった。
最後の王の勢いは衰えず、誰にも止められない。
多くの仲間達の屍を乗り換え、レグルスは壁上へと登り着いた。
・
そこでは銃を構えた魔力強化体達が待ち構えていた。
敵の本拠地だから至極当然だ。
「わざやざお出迎えご苦労様なこった」
レグルスは貴族風の大袈裟な挨拶をし、それから肉食獣の瞳で睨みつけた。
それで魔力強化体達の何名かがたじろぐが、それでも銃口は逸らさない。
「何だよ、さっさと撃たねえのか?大将首だぞ、まさか要らねえなんて言わねえよな?」
レグルスは睨みながら挑発した。
安い挑発だろうが、今は少しでも時間が欲しい。
これで誰が暴発して統率が乱れれば、乱戦に持ち込み時間を稼げる。
しかし魔力強化体達の統率は固く、挑発に乗るどころか、無駄な身動きすらしない。
「まさかビビってんのか?とんだ臆病者どもだ」
そんな訳がないと知りつつも、レグルスは敢えて聞いた。こ
「俺はともかく、俺の部下を馬鹿にすんな。こいつこら臆病じゃねえ、俺が来るまで待てと命令してたんだ」
その声の主をレグルスは覚えていた。
バレット、かつて死闘を繰り広げ重傷を負わせられた男だ。
その顔も声も、そして強さも忘れるわけがない。
そんなバレットがゆっくりと歩いて来る。
一目で以前より強くなっていたのが分かる。
筋肉でガタイが大きくなり、身構える姿にも隙がない。
何より場慣れしない新米兵に見えたのが、今はすっかり歴戦の戦士だ。
「こいつは参ったな」
レグルスは思わず笑った。
苦笑ではなく、本当に嬉しくて笑ってしまった。
「よおレグルス、久しぶりだな。もう一度相手をしてもらうぞ」
「お前かよ。確かバレットだったよな。お前なら大歓迎だ!」
バレットと戦える喜びに、レグルスは笑いながら吠えた。
一年前の戦いは、痛み分けに終わった。
始めは優勢で、そこから互角の持ち直された。
共に重傷を負い戦う最中、混戦に巻き込まれて勝負はつかなかった。
引き分けと言いたいところだが、総合的に負けていた。
あの時の雪辱を晴らせる喜びが、今は純粋に嬉しかった。
何もかもを忘れたかった。
「バレット、お前に負けた借りをずっと返しいと思っていたぜ」
「は?何言ってんだお前は?」
驚いた様に目を丸くしたバレットは、それから苦笑しつつ頭を掻いた。
「負けたのは俺だろが。何でお前が負けた事になってんだ」
「いやいや、お前こそ寝ぼけてんだよ」
これにはレグルスも苦笑し返した。
まさかバレット側も負けたと思ってたとは。
「おいレグルス、負けたのは俺の方だろうが。つまんねえ見栄張ってんならぶっ飛ばすぞ」
笑うレグルスに不満なのか、バレットは露骨に不機嫌そうだった。
逆にレグルスは不思議と満足していた。
「うるせえぞバレット、戦士ってのは見栄張ってのナンボだろうが!お前の考えを認めさせてなら、こいつで押し倒しやがれ!」
吠えるレグルスが右の拳をバレットへと向けた。
「おうよ、やってやるよ!」
バレットも笑った。そして彼もまた右の拳を突き出した。
互いに向けた拳同士が軽くぶつかり、それが開始の合図だった。
「行くぞ!」
「おうよ!」
強者達の二つの拳が交差した。
・
そこは大隊本部の側に臨時に設置された野戦病院だった。
野戦病院と大袈裟に呼ばれるが、実際は簡易的な設備に過ぎない。本格的な機械設備は特になく、簡易な天幕と寝台程度ぐらいしかない。
そんな野戦病院の天幕の下で、イリスは静かに目を閉じていた。
与えられた役目は、治癒魔法術式による仲間達の治療
それは何もかもが未知の領域だった。
普通なら不安に抱くだろう。しかし今のイリスは落ち着いていた。
イリスは脳裏にこれまで受け取った様々な記憶を思い浮かべていた。
妹を助けてくれたあの人の事
ボルガンから庇ってくれた事
治癒魔法の教示をお願いしたらあの人が困っていた事
それでも優しく教えてくれた事
初めは恩を返しのつもりだった。
しかし優しさに触れるにつれ、あの人のようになりたいと思っていた。
あの人が大好きになっていた。
イリスは静かに瞳を開けた。
心臓の鼓動が高まっていたが、緊張のせいではない。
ほのかに湧き上がる暖かさが嬉しい。
今は迷いも心配もない。
ただ役立てる時を待つだけだった。
・
最初に野戦病院に運ばれたのは、第二中隊伝令のルマイだった。
連れてきた隊員達は皆泣きそうな顔だった。
「爆発による全身火傷です。三度熱傷が八割、残りも二度以上、意識状態は三百、危険な状態です。お願いします!」
その隊員は負傷者と親しいのだろう。報告が終わると同時に泣き始めていた。
見れば負傷者全身は暗く焼け焦げている。普通の治療ならまず助からない。
治癒魔法術式という希望にすがりたくなるのもなるだろう。
つい最近同じ経験したばかりだ。その気持ちは痛いほど分かる。
ルマイ中隊長伝令との関係は、何度か話をした事がある程度でしかない。中隊が違えば、交流は極端に少なくなるからだ。
不謹慎だが幸いだと思った。
もし親しい人なら動揺してしまい、治療が上手く出来ないかも知れない。
幸いにも動揺はしないが、それでも深呼吸をした。
自然とアレフの言葉を思い出していた。
『治癒魔法術式を使う者は様々な事を背負う。希望と生命と未来だ。
命を背負う者は、自らも命を掛ける覚悟を持たなければならない。
それが治癒魔法術式者の戦いだ』
その言葉を何となく理解したつもりだった。
しかし実際に生命を預かる状況になり、ようやく背負う重さを実感した。
それでも心は乱れていない。
「アレフさん、私の戦いを始めますね」
イリスは静かに治癒魔法術式の詠唱を始めた。
・
詠唱の最中、様々な教えが脳裏をよぎっていた。
『部分ではなく全体を見ること。
どうやって治すかの道筋を決めておくこと。
そのためには身体の構造をあらかじめ熟知しておけ必要がある。
日々学び、日々鍛え、日々前に進む。
終わりはない。進み続けろ』
イリスは教えに忠実に従った。
覚えているルマイの姿を思い浮かべ、今の負傷した彼と照らし合わせる。
そうすると、何処から治癒すべき不思議と分かってくる。
優先は頭部と心臓、しかし今回負傷は少ないので後回しでも良いだろう。
次に呼吸器、これが深刻なのて最優先、次に内臓系統、それから四肢で、最後は皮膚だ。
手順が決まると同時に詠唱が終わった。
イリスの掌に治癒の白い光が灯った。
治癒の光をルマイの焼け焦げた胸部へと添える。
光とは生命の力そのもの
力を相応しい方向へと導き、負傷した部位の修復を始めた。
アレフから人体を熟知しろと言われた。
だから擦り切れるまで医学書を読み込み、人体の構造を正確に叩き込んだつまりだ。
簡単な実践は自身の体で何度も試した。それ以外は時間が許す限り、自身で脳裏で練習してきた。
それをそのまま実践する。分からない事も迷う事も、何一つない。
焼けた気管支と肺の表面を整えた。千切れた筋肉繊維を修復して繋いだ。
切れた神経同士を記憶通りに接続した。
破損した血管を繋ぎ合わせ血液を流した。
一番急務な呼吸器が終わったが、まだ内臓系統が残っていた。
内臓の構造はより複雑になるが、やる手順はそう変わらない。
知っている通りに、やってきた通りになるだけだった、
主要な内臓系統の修復が終わった。最低限の応急処置だが、これで命の危機は免れた。
ルマイのドス黒かった顔色は、今や赤みが増し、苦悶の表情も安らかだっ。
「もう・・大丈夫・・・・」
イリスは安堵の息を漏らした。
次は必要分の皮膚を治療だが、そこまで急ぐ必要も難しくもない。
そう思ったイリスからは、自然と緊張が緩んでいた。
それから彼女は疲労の重さに気が付いた。
治癒魔法術式とはつまり、魔力を通じて自身の命を与えることに他ならない。
生命を救えばそれだけの力を必要で、疲労するのは当然だ。
全身を覆う倦怠感に耐えきれず、イリスは両膝を落としていた。
「大丈夫か?しっかりしろ」
声を掛けたのは、事の顛末を側で見ていたクリスだった。
彼女は崩れ落ちそうになるイリスに肩を貸し、後ろから支えていた。
「もう大丈夫です、危機は脱しました。次は皮膚の治療をしたから」
「心配したのはあなたの方よ。顔が真っ青よ,少し休みなさい」
心配するクリスに、しかしイリスは無理矢理な笑顔で首を降った。
「やります。ここでやめたら、障害が残ります。だから止めないで下さい」
イリスは断固たる瞳でクリスを見つめた。
「・・・分かったわ。でも他にも怪我人が出るかもしれないから少し抑えなさい。それと駄目だと判断したら止めるからね」
「はい」
イリスは少し弱った、しかしはっきりと返事をした。
困り顔のクリスだったが、近くの女性隊員とイリスの支え役を交代すると、その場から離れて行った。
「無理はしないでね」
それが去り際の言葉だった。
今のクリスは大隊長代理、本当ならこんな事をしてる余裕などない。
余程心配だったのだろう。
「ありがとうございます」
多分聞こえないだろうが、感謝の言葉を述べた。
他にも沢山の仲間達が心配し、支えてくれている。それがとても嬉しい。
「再開します」
支えを借りて立ち上がったイリスは、再び治癒魔法の詠唱を始めた。
でも、あの人にはまだ遠い。
焦がれる人との距離に寂しさを感じながら、イリスは治癒魔法術式を展開させた。
次は1月7日更新予定です。
読みやすくするため、少しずつ改稿作業を行っています。
ご意見、ご感想をお願いします。




