第21話 空に落ちて
そこは雲さえ見下ろす遥かな青空だった。
そんな中、翼を持つ獣人達が弧を描くように回っていた。
数は8名
彼等の任務は上空からの急降下爆撃だった。
与えられた武器は、『業火』魔法術式を圧縮して作った爆弾、それだけだった。
しかし爆弾なら直径30ミーンを燃やし尽くす威力がある。
直撃すれば相当な損害を与えられるだろう。直撃すればだ。
しかし魔力強化体が展開する防御魔法の術式は硬い。一度展開されれば、この爆弾でも防がれるだろう。
直撃させるには、敵の感知前に友好距離まで近づき爆発させるしかない。
遠距離からの投下では外れる可能性が高い。
だから彼等は急降下爆撃を選んだ。爆弾を抱き抱えて急降下し、自身もろとも爆発させることを。
誰に命令されるわけでもなく、彼等は自身でそれを選択した。
皆が同時に頷くと、一斉に急降下を開始する。
その先には、フラム率いる第二中隊がいた。
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航空戦力など過去の遺物だった。
航空全力の運用には、大量の魔力が必要だ。しかし今のこの星ではそんな魔力の余裕はない。
結果、現在のこの星の軍隊でまともな航空戦力といえば、偵察機部隊ぐらいしかない。
同然、獣人達の飛行部隊同様で、偵察任務程度にしか記録されていない。
それが魔力強化体第二大隊の油断だった。
このような事情もあり、対空警戒が疎かなのはある意味で仕方がない。余計な事に労力を割く必要も余裕もないのだ。
獣人達の急降下爆撃は、その隙を見事についていた。
それでも第二中隊の一隊員が、降下する獣人達を発見した。発見できたのは、彼が疲れて眠りかけていたからで
、つまりまったくの偶然だった。
彼は早朝に叩き起こされた挙句、警戒だけで暇を持て余していた。
眠気を覚ますためは空を眺めたら、空から近づく黒い点を見つけた。
興味半分に視力強化の魔法術式を無断使用したところ、急降下する獣人達と気付いたのだった。
彼の軍人としての不真面目さが、部隊の窮地を救ったのは、ある意味皮肉だった。
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「上空より敵襲!二時方向、角度170、数8が急降下!爆弾様の物体あり!爆撃を警戒されたし!」
襲撃を見つけた不真面目隊員が叫ぶと、それに続き第二中隊の視線が上空へと注がれた。
事態を察した第二中隊伝令ルマイの判断は早かった。上司の中隊長フラムの指示を待つ余裕はない。
「各分隊!1から3番員で対空迎撃!他は防御!各自判断で魔法術式の使用を許可する!最優先、急げよ!」
訓練された隊員達の行動もまた早く、皆が一斉に術式詠唱を開始した。
ルマイは上官のフラムの方を見た。同断で指示した事を詫びるためだ。
いつもなら笑って謝罪を受け入れ褒めただろう。
しかし彼の目に映ったのは最悪の光景だった。
そこには通常詠唱を行う第二中隊長フラムの姿があり、彼女の周りには莫大な魔力が展開されていた。
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フラムが唱えていた魔法術式は遠距離用広域爆破術式で、おそらくこの星で最大の威力を誇る。
威力は最低でも直径100ミーンは吹き飛ばす。
そんな代物を使えば、術者自身の魔力は尽きるだろうし、何より部隊にも被害が及びかねない。
慌てたルマイがフラムを止めようとした。
しかし彼女の詠唱速度ははやく、制止よりも先に完成した。
「てめえらはまた殺すのかぁ!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
詠唱を終えたフラムがあらん限りに絶叫した。
その胸元には、莫大な魔力を凝縮した巨大な光の玉が生まれていた。
「死ねよ!てめえらが死ねぇぇぇ!!!」
そしてフラムは完成した巨大な光球を、獣人達が迫る上空へと解き放った。
光球は獣人達を飲み込むと、それから爆ぜた。
空が爆発した。
辺りには閃光と轟音とが響き渡った。
・
一瞬で仲間達が消えた。
きっと死んだのだ。
ハヤブサの羽を持つ少年の目の前で、光球の呑まれた仲間達が消えた。
爆風にまだ小さい少年の身体は弾き飛ばされた。
必死に羽ばたき体制を整えるが、もう身体はボロボロだった。
左目は見えなかった。翼は半ば焼け焦げていいた。左腕と両足は黒く感触がない。服は吹き飛び、中の皮膚が焼けていた。
まだ無事なの右腕、それと爆弾弾だけだった。
「みんな、ありがとう。今行くよ」
少年は感謝の言葉を呟いた。
きっと仲間達は自分を守る盾になり死んだのだ。
その思いを胸に少年は空に落ちた。
生き残った少年に向け、地上から対空迎撃の魔法術式が撃ち込まれていた。
しかし少年にはもう避ける力がない。
出来ることは一つしかない。
少年は爆弾を守るように丸め抱き抱えた。
「あそこにしよう」
少年は決めた。
その瞳には、唯一防御魔法が展開されない場所が写っていた。
そこでは、蒼白な顔の幼い少女が座り込んでいた。
罪悪感を覚えつつも、少年は最後の力を絞った。
ボロボロの翼を僅かに動かし軌道を変えた。
「死にたくないよ・・・」
爆弾する直前、少年は呟いていた。
・
フラムは動けなかった。
大規模魔法術式で魔力を使い果たし、魔力欠乏症に陥っていたからだ。
虚脱状態で動けない中、爆弾を抱えた最後の獣人が落下してきた。
フラムは何もできなかった。逃げたくても足が動かない。障壁を展開しようにも魔力がない。
「にーちゃん、マグ、ごめんな」
死を覚悟したフラムは静かに瞳を閉じた。
次の瞬間、辺りを閃光が包み込み、ほぼ同時に爆音が鳴り響いた。
フラムに誰かの叫び声が聞こた気がした。
・
「・・・ぅ・・・熱い・・・よ」
熱さの中でフラムを目を覚ました。
体は動かない。全身は熱く、酷く痛んだ。
それでもまだ生きていた。不思議なことに5体満足でだ。
意識はまだ朦朧としていた。
そこに通信機から誰かの声がしつこく鳴り響いていた。
『フラム!フラム!にーちゃんだ!生きてたら返事をしろ!頼む!』
『フラム、あんた、あたしのねーちゃんなんだろ!勝手に死ぬな!さっさと起きろ!フラム!』
声が誰だと分かった瞬間、フラムの意識がはっきりと覚醒した。
通信はバレットとマグのもの。彼女の最愛の家族からだった。
「でもあたし生きてる?なんで」
フラムは不思議に思った。
爆発は直撃だった。生きているはずがない。それなのに手足すら失わずに生きていた。
完全な無事ではない。軍服は焼け焦げ、身体にも多数の火傷があるが、しかし軽傷でしかない。
「どうして・・・!あっ・・」
フラムは爆発直前に声が聞こえ、そしてその声が誰だったか思い出した。
「ルマイ!」
フラムは叫んだ。完全に思い出したからだ。
爆弾が爆発する直前、ルマイが飛び掛かり、フラムを庇う様に上から覆い被さった事を。
「ルマイ!どこ?お願い返事をして!」
フラムは大粒の涙を流しながら、いつも側にいる部下の名前を叫んだ。
返事はない。
半狂乱になった彼女は何度も叫びなから、部下の姿を探し続けた。
そしてようやく見つけた彼女はその場に崩れ落ちた。
そこには焼け焦げたルマイが倒れていた。
駆けつけた他の部下が、ルマイの介抱を始めていた。
まだ生きているようだった。
しかし息づかいは弱々しい。もう生き絶えるのは時間の問題だろう。
「ああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~!」
まだ炎が燻る中、フラムは絶叫した。
・
「落ち着きなさい!気持ちは察しますが、立場をわきまえなさい!」
通信を行うとクリスの怒声に、ディーファは思わず振り返った。
個性豊富な部下達相手にクリスが怒鳴りつける事は珍しくもない。
しかしここまで本気なのは久しぶりだった。
「先程の爆発の報告の件か?」
ディーファは通信をクリスに一任したいは。
その邪魔。したくなかったが、困り果てた彼女の表情を見たからには、手助けをせずいられない。
「はい、通信はフラムからです」
通信を待機状態にしたクリスが、少し安堵し顔で答えた。
「分かった。報告内容を言え」
「はい、報告は先程の二度の爆発についてです。1度目の爆発はフラム自身の対空迎撃術式によるもの。2度目は、急降下爆撃してきた敵の自爆攻撃の結果とのことです」
「損害は?」
ディーファが少し青ざめた顔で聞いた。それが一番の気掛かりだった。
「負傷者は2名、フラムとルマイです。フラムは軽度の火傷で肉体面では指揮継続に問題なし、ルマイは重度の火傷で意識不明の重体です。それとですが」
「時間が惜しい、早く言え!」
言い淀むクリスに対して、ディーファが叱咤した。
「フラムが錯乱しています。『敵を殺しに行く』とわめき散らし、部下達も手に負えない状態です」
「それでお前が怒鳴ったわけか。分かった、通信を代われ」
思わず舌打ちしたディーファは、クリスから通信機を受け取った。
「901から911、901から911、フラム!応答しろ!」
『こちら91・・ああ大隊長!良かった!』
返答したフラムの様子は、意外にも落ち付いている様に思えた。
「状況は聞いた。大至き」
『お願いです!あの腐れ獣人どもをあたしにぶっ殺させて下さい!』
ディーファの話は途中で遮られた。落ち着いていたと思えたのは、完全に勘違いだった。
「待て!話を聞け!」
『ルマイがやられました!ルマイだけじゃない、偵察隊の部下も殺されたんだ!あいつらをやらせて下さい!お願いします!』
「馬鹿が!先にルマイを助けろ!お前は彼を殺したいのか!」
ディーファは怒声をもって一喝した。
一瞬だけ沈黙が支配した。
『・・・そんな、あたしは』
「大至急、治癒班に搬送しろ。大丈夫だ、この為の治癒魔法術式だ」
泣き出しそうなフラムに対し、ディーファは落ち着いた声で応えた。
『あ・・動けないあたしをルマイが・・・ルマイが庇ってくれて・・・だからあたしが死ななくて・・・』
通信機から聞こえるフラムの声は完全に泣きじゃくっていた。
「命の借りは命で返そう。それが私達の掟だ」
ディーファが優しく囁いた。
「ルマイに助けられたなら、その恩に報いろ。今はあいつを助けよう」
通信機からフラムの息を呑む音と、それから何度かの深呼吸が聞こえた。
『申し訳ありませんでした。早急にルマイを搬送します。どうかあいつを助けて下さい』
落ち着きは取り戻したようだが、それでもフラムの声はまだ震えていた、
「フラム、お前自身は大丈夫なのだな。無理をするなよ」
『はい、ルマイのお陰です』
「分かった。ルマイの方を大至急を送れ、イリスは動かせないのでな。安心しろ、彼女の腕は保証付きだ。絶対に助かる」
『お願いします。あいつは大事なからかい相手です。いなくなると困ります』
「軽口が叩けるなら上等だ。では、すべき事をしろ。早急にすべきは、ルマイの搬送手配と部隊の立て直しだ。ルマイの思いを無駄にするな」
『はい、中隊長としての務めを果たします』
いつの間にかフラムの声は落ち着き、珍しく厳かな声へと変わっていた。
・
「申し訳ありません。私の力量不足でフラムを抑えられず」
通信を打ち切ったディーファに、神妙な面持ちのクリスが頭を下げた。
ディーファは頭を上げる様に手を挙げ指示した。
「私の立場だから上手くいった、それだけの事だ。気にするな、失敗ではない」
「はい」
「通信の間に何か変化は?」
「第一中隊の遠中距離での交戦が、中近距離戦に移行しました。現在、銃撃での迎撃を敢行中です」
「もうそこまでか。突破されそうか?」
「はい。対する獣人ですが、レグルスを中心に円陣を組み中央突破を敢行中です。勢いは止まりません。ほぼ間違いなく突破されるでしょう」
「頃合いだな」
ディーファは疲れ気味に笑った。
戦場の常だが、問題は後から後から湧いて出る。解決しても尽きる事などなく、いつも悩まさせる。
「では、予定通りにいく。私はシェイドを連れ獣王レグルスの迎撃に向かう。クリスは私に代わり指揮をするように」
「はい、承りました」
「それとバレットに伝えておけ、『楽しめ、到着まで死ぬな』とな」
「どうかご無事で」
大隊指揮の重責を受けたクリスは、死闘に赴くディーファに深々と頭を下げた。
ディーファは側に立つ副官シェイドに視線を向けた。
彼は何故か楽しそうな表情だった。
「シェイド、何が良い事でもあったか?」
「いえいえ、大隊長の頼もしいお姿を見られて悦に入っていただけですよ」
「まったく冗談が尽きない奴だ。まあそれがお前だからな」
いつもと通りの表向きは軽薄なシェイドに、ディーファは苦笑した。
頼もしい事この上ない。
彼のいつも通りの姿に何度勇気づけられた事か。
「大隊長殿も笑ってますけど、何か良いことありましたか?」」
「なに、お前の頼もしさに感心してただけだ」
「あれ?そうですか?」
ディーファの本音だったのだが、シェイドは理解してくれなかったようだ。
「では行くか」
「はい」
ディーファの呼び掛けにシェイドが答え、それから彼女達は飛行魔法の術式で飛び立っていった。
戦場に安らぎはない。
今は怒号と絶叫が響くだけだ。
雪原は鮮血に染まり、真白かった世界は今や赤く染まっていく。
静けさは空にしかない。
そこには銀の星が静かに瞬いていた。
次は12月31日の更新となります。
文章表現模索中のため、皆さんの忌憚のないご意見をお願いします。




