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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第4章 魔を統べるモノと落日の獣王
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第20話 たったひとつの願い

 そこは真白き雪原だった。

 獣王レグルスの雄叫びが響き渡る中、総勢600もの獣人達が全力で駆け始めた。


 彼等はあらん限りの雄叫びを上げる。

 その瞳には狂気しかない。ただひたすら前に猛進した。

 それはまるで全てを粉砕する濁流だった。


 しかし濁流はいとも容易く打ち砕かれた。


 ウェネスの壁面まで300ミーンまで迫った時、光の奔流が彼等を包み込み、そして消滅させた。


 ・


 その光は、魔力強化体達が操る魔力破砕砲から発射されたものだった。

 その威力は凄まじく、たった一発でアメリアの決戦兵器すら破壊した程だ。


 そんな光の放たれた数はおよそ20

 それらが一斉に獣人達へと撃ち込まれた。


 大気がなぎ払われ、大地が吹き飛び、その中にいた獣人達の多くが骨も残さず消滅した。


 光が消えた時、そこにはあるべきはずの・・・多くの命が消えていた。


 ・


 先陣のレグルスは、咄嗟の跳躍で死を免れた。光を見た瞬間、野生の本能死を予感したからだ。

 光を避けると同時にその場に伏せた。直後、着弾後の衝撃と爆音とが全身に押し寄せた。


 衝撃を耐えたレグルスは直ぐに立ち上がると、仲間を求めて辺りを見回した。


 そこに雪原はなかった。

 大地は大きくえぐれ、地表は熱で融解し、赤鈍色に染まっていた。

 仲間達の姿はない。彼等がどうなったかなど考えるまでもない。

 もしこの世に地獄があるとしたら、まさにこの事だろう。


 立ち尽くすレグルスの瞳から涙がこぼれ落ちていた。


 それでも無事な者達もいた。

 彼等は立ち上がると、無事を知らせる雄叫びを上げていた。 

 その数は決して少なくない。多くの仲間達がまだ生きている。


 レグルスは泣きながら笑った。


 彼は左腕に付けた生体観測装置を調べた。残った仲間達の数を調べるためだ。

 光が消えた者は戦死者で、消えた光は200以上、つまりそれだけの仲間が殺された。


「畜生がぁ!たった一度で200の仲間を殺すかよ!化け物がぁ!」

 獣の咆哮がこだまする。それはあまりに哀しい慟哭だった。


 しかし200とは死者に過ぎない。負傷者はその数倍だろう。

 直撃で消滅した者は、むしろ幸福だったのかも知れない。

 悲惨なのは、重傷をあってもなお死ななかった者達だ。

 僅かでも攻撃を受けた者こそ、悲惨の極致であった。


 手足を奪われた者はまだ幸いだ。中には、胴体を抉られ内臓を飛び出す者、下半身を失ってもなお生きている者達もいる。彼等は激痛の中もがきながら死を待つしかない。


 それがたった一度の砲撃で起きた悲劇だった。


 本当ならこれ程の損害なら即時に撤退する。

 しかしそれは許されない。

 撤退したとこで帰る場所などない、処分されるだけだ。

 生き残るためには進むしかない。


「竦むな!立ち上がれ、駆け抜けろ!」

 レグルスは怯える仲間達に命令した。

 それしかなかった。


「第二射まではまだ時間がある!今しかないんだ! 死ぬ気で走れ!」

 叫びながら、自身が先陣を切って駆けた。


 まだ動ける仲間達が、レグルスを追い走った。

 足を失った者は、手で地面を這い進んだ。

 死にかけた者が、懸命にもがき前に進もうとしていた。

 死に瀕した者は、仲間達のため最後の命で咆哮した。


 獣人達が雄叫びと共に突き進む。

 しかしその速度は明らかに遅く、そして時は無残だった。


 突き進む彼等の頭上から、第二射こ光が降り注いだ。


 ・


 更なる光の奔流の中、再び多くの獣人達が消滅した。


 レグルスは前回同様跳躍し、この砲火からも逃れた。

 仲間達の数を確認すると、今度は150もの仲間達が消えていた。


 逆に負傷者は少なくなった。避けきれず消滅したからだ。

 戦場には悲鳴とうめき声が溢れ、大地は仲間達の鮮血で染まっていた。

 これで半分以上が死んだ。

 まともに動ける者など数えるほどしかいない。

 それに対し敵の損害は皆無

 もう絶望しかない。


 しかしそれは予想してた事だった。

 間も無く全滅するだろう。それも分かっていた。

 分かっていて、自分は仲間達を死地へと向かわせた。

 全てはたった一つの願いのために。


 レグルスは振り返らなかった。

 もう一度咆哮し、ただひたすらに走り続けた。


 ・


 第一中隊長バレットは愚直に走るレグルスを、複雑な心境で見下ろしていた。


 意外だった。

 バレットが知る限り、レグルスは狡猾で用心深く性格だった。

 決してこんな正面から突撃するような行動をする男ではなかったはずだ。


 勝機がないの明らかで、撤退すべきだ。それでもレグルスは止まらない、まるで自殺願望者にしか思えない程に。


 バレットは不安を押し隠しつつ、隊員達を見回した。

 やはり部下達も同様で、少なくない者が動揺し、中には泣き出しそうに者さえいた。

 分からなくもない。憎い相手とはいえ、あまりに一方的な虐殺などしたくはない。


 士気を明らかに下がっていた。

「てめえら腑抜けてんじゃねえぞ!一年前の襲撃を忘れたか!集中しねえと食われるぞ!」

 バレットの怒声を受け、隊員達の目が明らかに変わった。顔は引き締められ、忘れていた憎悪が滲み出ていた。


 その光景にバレットは複雑な思いだった。

 彼は他の隊員達程は獣人達を憎んでいない。むしろ似たような境遇の彼等に、ある種の共感さえ覚えていた。

 ましてや死闘を繰り広げたレグルスに対しては、ある種の友好さえ感じている。

 ば


 バレットは何度も首を振り、自身の思いを否定した。所詮は敵でしかないと。

「中距離戦に移行するぞ!中距離用広域魔法準備!偶数員は雷系、奇数員は炎系を指定、各員詠唱開始!」

 それでもバレットの指示を下した。公私混同はない。殺しにくる者は殺し返すしかない。


 辺りに響く広域魔法術式の圧縮詠唱が終わった。

「目標12時下方獣人!術式展開!」

 バレットの号令で、展開された雷と炎との術式が、壁下の獣人達へと殺到した。


 ・


 都市の壁上から放たれた数多の魔法術式が、死の奔流となりレグルス達へと押し寄せた。


 当たれば確実な死

 それを前にしたレグルスは、全力の右拳を雪原へと叩きつけた。


 瞬間、雪原が爆ぜた。

 雪と土砂とが爆発し、辺りを覆い尽くして盾となった。

 これに炎と雷との術式は阻まれ、敵を狩ることなく拡散した。


 しかし長く保つものではない。

 その間、レグルスは拳で開けた大穴に身を隠した。それに続き、他の仲間達も穴の中へと殺到した。


 爆煙が晴れても、術式の砲撃は継続して降り注ぐが、穴の中のバレット達は何とか命を取り留めた。


 穴を開けたのはバレットだけではなかった。数は少ないが何名かが穴を開け、そこに隠れて死を逃れていた。


 しかし犠牲者の方が多い。彼等は雷に身を縛られ、その後に炎で焼かれていた。

 死んだ者がいて、やがて死ぬ者もいた。


 死にゆく者達の断末魔があり、生き残った者達の怨嗟の声があった。

 ないのは死者の声、彼等は何も発することが出来ない。


 砲火が鳴り止むと同時に、レグルスは穴から飛び出した。

 そしてひたすらに駆け続けた。


「走れ!そして死ね!俺達の願いのために!」

 叫ぶレグルスに続き、数少ない獣人達もまた駆け抜けた。


 この先に生はないだろう。

 しかしそれでも進み、やがて襲いかかる銃口へとその身を晒した。


 ・


 ウェネスの地下には、河川から水を引き入れるための長い地下水道がある。

 そこには人が倒れる点検用の通路があり、そこに獣人達がいた。


 その数は10名、主導者は猫の獣人ミャオだ。

 彼等は都市にいる目標に向け、全力で駆けていた


 この通路は取水路の点検用に作られたが、同時に要人の脱出用通路としても作られていた。

 同然これは重要機密であり、政府要人以外に知られてないはずだ。

 しかしこの機密はある裏切者により漏洩していた。


 彼女達の目的は都市長マリニアだ。

 マリニアに会うため、レグルス達は陽動となり犠牲になることを選んだ。

 今、頭上では彼女達のために仲間達が戦い、そして死に続けていた。


 彼女達こそがレグルス達のたった一つの願い

 だからミャオ達は立ち止まらない。ただひたすらに薄明るい通路を駆け進んだ。


 狭い通路が終わり、少し開けた場所に差し掛かろうとしていた。

 そして通路から直前、彼女達は広場に誰がいる事に気が付いた。


「止まって、見張りよ」

 まだ狭い通路の中、ミャオの指示で獣人達が音もなく立ち止まった。


 広場は明るく、見張りの姿はよく見えた。

 見張りは軽装の男だった。

 尖った耳や白い肌などの魔力強化体の特徴はない。

 間違いなくただの人間だ。

 それなら容易だ。味方を呼ばれる前に無力化できる。


 ミャオは指先で狼の獣人に指示を送った。気絶させろ、とだ。この先を考えれば、なるべく殺したくはない。


 頷いた狼の獣人の動きは速かった。

 音もなく駆け上がると、男の頭上へ飛び掛かった。


 ・・・その先を理解できた者はいない。


 狼の獣人は、人間の頭上、しかも背後から飛び掛かり、腕を首に巻きつけようとしていた。

 そこまでは理解できたが、そこから先が分からなかった。


 狼の獣人の腕が男の体をすり抜けた、様に見えた。そうとしか見えなかった。

 それから着地した狼の獣人が崩れ落ちていた。

 それだけだった。それ以外まるで分からなかった。


 理解不能な現象を前に、獣人達はただ呆然とするしかなかった。


 ・


 アレフは獣人達の気配を察していた。当然、襲撃も分かっていた。

 襲い掛かる獣人の腕を紙一重で躱すと、手刀で獣人の喉元を突き立て気絶させた。


 それから『アリアドネの糸』と呼ばれる束縛用の魔法術式を展開した。

 右手から白く光る糸が放たれと、気絶した獣人を地面へと縫い付けた。


「凄いな。かなり強く打ったはずなのにな」

 アレフが呟いた。

 見れば既に獣人は意識を取り戻し、糸から逃れようともがいている。

 これが常人なら半日は昏倒していただろう。

 しかし魔力で編まれた糸は強力で、獣人の脱出を許さなかった。


「あと9人、一人は小さい。子供か」

 アレフはそう呟くと、獣人達が隠れる通路へと視線を向けた。


 ・


 ミャオ達はその光景をなす術なく見ているしかなかった。


 訳が分からなかった。

 ミャオをはじめ多くの獣人には、相手の力量を測れる能力がある。野生の本能が為せる技だろう。

 始めに男を見た時、力量は大した事ないと思えた。

 しかし襲撃は簡単に退けられた。決して偶然ではない。力量を見誤ったのだ。

 改めて男の力量は測るが、結果は先程と変わらない。


 ミャオは全身が凍り付くような悪寒を感じていた。

 仲間達も同じで震えていた。

 何も分からない、それが何より怖い。

 しかも男はこちらを見ている。完全に捕捉されていた。


「ビビってんじゃないよ!やる事があるんだろ!いくよ!」

 精一杯の勇気を振り絞りミャオは叫んだ。

 まだ震える仲間達を残し、ミャオは単身で広場に飛び出した。

 仲間達も全員それに続いた。彼等は誰も逃げなかった。


 全員が男の、アレフの前に立ちつと、決死の覚悟で構え始めた。


 ・


 アレフは無言で獣人達に右手の掌を向けた。

「ここから先は行かせない。動くな」

 それは静かな声だった。

 同時に獣人達を圧力が襲った。


 圧力の正体はアレフの放った殺気だった。

 それは重く、冷たく、そしておぞましい。

 精神を蝕む強烈な圧力は、獣人達の肉体すら縛り付けた。


 かつて変異体でさえも圧倒した力に、獣人達は耐え切れずに膝を屈した。


 ようやく獣人達は強さの断片を認識した。

 例えば、象の背中のアリはそれが生物と分からない様に。かつて星を巨大な球体と分からなかった様に。

 彼等も高すぎる力量が見えていなかった。


 ミャオ達は絶望していた。


 ・


「だから何だよ!クソッタレが!」

 それでもミャオは叫んだ。

 諦めるわけにはいかない。立ち止まれない理由があった。


 ここにたった一つの願いがある。

 諦めれば、獣人はこの世から消えてしまう。


「立てよ馬鹿野郎どもが!やるんだろ!」

 ミャオは残る全ての力を振り絞った。

 全ての力で魂の雄叫びを上げた。


「こんな所で止まれるァァァァァァ!」

 誰が泣きながら叫んだ。

「そこを退けぇ!」

 隣の者は震えながら叫んでいた。

「私達の願いを邪魔をするなあァァァァァァァァァァァァ!!!」

 まだ幼い者が叫んでいた。


 獣人達の絶叫が通路中に木霊した。


「ウォーーーーーーーーー!」

「オーーーーーーーーーン!」

「ガァーーーーーーーーー!」

 獣人達は魂の雄叫びが上げる。


 そして獣人達全員がゆっくりと立ち上がった。


 ・


「また間違えたか」

 立ち上がる獣人達を前に、アレフがポツリ呟いた。


 経験上彼は知っている。

 彼等は仲間達の思いを背負っていると。


 獣人達に放ったのは魂縛(たましば)という技だ。


 強烈な殺気で浴びせて相手を恐怖させ、体を動けなくさせる。

 これを跳ね返すには、余程の力量が必要だ。

 しかし彼等にその力量をない。それなのに精神力だけで跳ね除けた。一人や二人ではない、幼い獣人を含めた全員がだ。


 恐怖を打ち破れるものは、狂気に近い憎しみか、或いは何かを思う心しかない。

 こに狂気はなく、それ以外しかない。


「傷つけたくない。降伏しろ」

 拒絶されると分かっていても、アレフはそれしか言えなかった。


「うるさい!」

 これを先頭の獣人ミャオが拒絶した。

 後ろの獣人達がアレフを睨み、唸り声を上げた。


「全員同時だ!いけ!」

 ミャオの号令と共に、獣人達がアレフ目掛けて襲い出した。


 アレフは腰の刀に手を触れかけるが、思い直してすぐに離した。

 右手と右足を前に出し、半身の構えと呼ばれる徒手で、迫り来る獣人達に応じた。


 ・


 大隊本部とそこに隣接する野戦病院の者達は、逐次送られる無線報告に耳を傾けていた。


「第一中隊は敵戦力を約三分の二を無力化、しかし進行は止まらず。先頭の距離は約100ミーン、第1中隊はこれより中近距離戦へ移行。なお味方の損害は無し」

 これがこれまでの無線内容をまとめたクリスの報告だった。


 敵の被害は大きく、味方の被害はない。これ以上にない戦果だ。

 これを聞いていた野戦病院の隊員達から、歓声が湧き上がった。


 ディーファは無言だった。それでも喜びに口元が緩みかけたが、慌てて引き締めた。

「まだ始まったばかりだ、油断をするな!」

 彼女は一喝し、緩みかけていた場を引き締めた。


 次いでディーファは、シェイドとクリスを手招きで呼び寄せた。

 それから内密な話のため、彼等に耳を寄せるよう小声で指示した。


「アレフから連絡だ。敵と10名と交戦、一名を拘束、現在交戦中との事だ。クリス、増援はあとどれ位だ?」

 ディーファの問いに、クリスが僅かに視線を晒した。

「申し訳ありません。所要10セッタです。機密扱いの地下経路の入手に手間取ったものですので」

「急がせろ。シェイド、レグルスはどこにいる?」

「12時方向、敵集団の先頭ですです。中近距離戦で迎撃中でが、突破は時間の問題かと思います」

 シェイドの答えを聞いたディーファは考えるように両腕を組んだ。

「概ね予想通りだな」

 ディーファは薄暗い空を仰いで呟いた。


 ここまでは想定の範囲内

 懸念された暗殺も大丈夫だろう。

 あの化け物、もといアレフをどうにかできる者などそうそういない。

 このまま全てが上手くいきそうだ。


 しかし同時に、ある疑問を覚えていた。

 誰が極秘だったはずの地下通路の情報を漏らしたかだ。

 通路の事は、都市長マリニアと軍の上層部しか知らないはずだ。

 心当たりはない。生きている者にはだ。

 だが死者はどうだろうか。

 その死者に、ディーファには1名だけ心当たりがあった。

 一年前に死んだはずの、最も親しい存在だ。


「ライファお姉様は死んだ。死んだはずだ。あり得ない」

 ディーファは何度も首を振り続け、終わらない疑念を否定し続けた。


 そんな最中、第ニ中隊が配備された方向から、閃光と爆音が響き渡った。

休みが貰えました。

大掃除がてら執筆します。

次は12月26日更新予定です。

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