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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第4章 魔を統べるモノと落日の獣王
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第19話 震える者達

 サイカ第二都市、通称魔導探究都市ウェネス

 人口約20万人のこの都市は、周囲に高さ約10ミーン(1ミーン=約1.5メートル)壁が張り巡らされている。

 この魔法術式で強化された壁の設置された目的は、異形体や他国の侵略からの防護のためである。


 ディーファ達率魔導強化体第二大隊は、この壁上から獣人達を迎撃するため備えていた。


 部隊の配置は、


「正面、第一中隊以下三個小隊、指揮バレット中隊長

 右翼、第二中隊以下二個小隊、指揮フラム中隊長

 左翼、第三中隊以下二個小隊、指揮マグ中隊長

 壁内正面入口、大隊本部及び野戦病院、最高指揮官ディーファ」


 となっていた。


 また各中隊には、携行型魔力増幅破砕砲20門ずつが配置されている。

 これは以前アメリア軍の大型決戦兵器を破壊したものだ。


 作戦の概要は以下の通りだ。

「まず砲塔で先制攻撃を行い、獣人の大半を殲滅する。

 次に、中距離まで接近した獣人を、中距離用広域魔法術式で迎撃する。

 更に、これを突破した者達がいたら、壁をよじ登る際、魔力増幅式長銃で撃ち落とす。

 最後に、壁を突破した者がいたら、近接戦部隊の集団戦で討ち取る」

 というものだ。


 早い話が、遠距離からの射撃で敵を徐々に減らし、それでも生き残った者は取り囲んで殺す、という事だ。


 これに対し、獣人達は約5ラミーン(約7.5キロメートル)の地点から、横列隊形で進軍を開始していた。

 予想交戦時間まで残り15セッタ(約22分)を切っていた。


 ・


 戦いを前にイリスは緊張に震えていた。

 彼女は部隊で唯一の治癒魔法術式が使え、その存在意義は大きい。

 ある意味で部隊の要である以上、寄せられた期待も大きい。


 確かに彼女は治癒魔法術式を習得した。その技量はアレフが太鼓判を押す程だ。

 しかし技量が高くても、本番で上手く使えるとは限らない。

 完全なぶっつけ本番で、自信などあるわけもない。


 そんな状況に置かれたイリスが、不安に苛まれるのも当然だろう。


 治療に失敗すれば仲間が死ぬかもしれない。


 その考えが心の重荷となり、彼女の精神は押しつぶされそうになっていた。


 見かねたディーファ達が何度も言葉を掛けるが、それでも彼女の緊張は緩みそうもない。

 それどころかガタガタと震え始めてしまい、ディーファ達もなす術なく見守るしかなかった。


 そんな時だった。

『テス、テス、本日は晴天なり、本日は晴天なり、メリッじゃなくてっと。えっとイリス、聞こえるか?』

 通信機から響く呑気な声に、イリスは目を見開いた。

 それは聞き違えるはずもない、間違いなくアレフの声だった。


「はい!アレフさん、聞こえてます!でも今日は曇りですよ?」

 その時のイリスには先程までの怯えはない。満面の笑みだった。


『気にしないでくれ。大分緊張しているかと心配していた。大丈夫か?』

『大丈夫です!』

 イリスは笑いながら答えた。

 緊張が解けたせいか、嬉しいからか、その瞳から涙が溢れていた。


「いーえいえいえ、そんな事は・・・ありましたが、たった今、ものすごく大丈夫になりました!」

『そうか・・・大丈夫そうだな』

「はい!大丈夫です、ありがとうございます!』

 イリスは嬉々として飛び跳ねながら答えた。


 それを見守るディーファ達からも安堵の息が漏れていた。


『以前私が伝えた事を覚えているか?』

 問い掛けるアレフの声は、イリスを気遣う優しいものだった。

「はい、もちろんです!『気負うな、ただひたすら治療に専念しろ、それだけで良い』でしたよね」

『ああ、他は何も心配するな。失敗を恐れるな。もしそうなったも私が何とかする』

「はい」

 イリスは一言たりとも聞き逃すまいと、静かに瞳を閉じた。


『私は君の味方だ。何があっても絶対に守り抜く。それは君の後ろにいる戦友達もだ。不安な時は思い出してくれ、君は一人じゃないと』

「はい、ありがとうございます」

 そう答えたイリスの声は、涙まじりに震えていた。


 いつの間にか彼女の心の重荷は消えていた。


 ・


 ディーファはイリスの不安が消えてゆく様子を見て、アレフへの嫉妬を覚えていた。

 自分がいくら言葉をかけても、イリスは不安を解消させられなかった。

 それをあの男は容易くやってのけのだ。


 これが私とあいつの差か・・・


 そんな自己嫌悪に陥っていた時だった

『ディーファ、聞こえるか?』

「は?」

 それはアレフから通信で、ディーファは間の抜けた声を上げてしまった。


『あれ?聞こえていないのか?おーい!泣き虫隊長!』

「なっ!だっ、誰が泣き虫だ!」

 ディーファは思わず怒鳴り付けた。

「しまった・・・」

 我に返り辺りを見回すと、驚いたシェイド達が見つめている。

 途端、ディーファは赤面した。


「あー!あー!何でもないから気にするな!いやっなんでもないから気にするな!だーかーら!気にするな!そのまま作業を続けてくれ!」

 ディーファは俯きながら、どうにか誤魔化そうとしたが、どう見ても半ばヤケクソだった。


「お前、このクソ忙しい時に何のようだ?」

 ディーファは通信機に小声で話しかけた。

 当然怒っていたが、この状況で大声は出せない。


「そもそもお前の通信機はイリスとしか通信できないはずだ。なぜ私と通信できる」

 どうにか堪えようとしたが、やはり声が怒りで震えていた。


『イリスに設定を変えてもらった』

 対するアレフの方は、ディーファの様子を気に留めた様子はまるでない。

「あんのっ!」

 ディーファは返答を聞くなり、作業中のイリスを睨み付けた。


「あ、大隊長・・・」

 その視線にイリスは直ぐに気が付いた。彼女は瞬時に事情を察すると、直ぐに頭を下げ何度も謝り続けた。


 ディーファは右手を上げ、イリスの謝罪を止めさせた。

 説教をしたいところだが、今は時間がない。

「アレフ、緊急でないなら後にしろ」

 ディーファは焦っていた。

 戦闘まで残り10セッタ程しかない。まだやるべき事は多く、無駄な事に時間を浪費したくはない。


『緊急な話だ、侵入者がいる』

「何だと!」

 ディーファの中から、残り時間の事など軽く消し飛んでいた。


「詳細を言え!早く!」

 ディーファは咄嗟に気持ちを切り替るが、内心の焦りは抑え切れなかった。


『地下の取水通路は分かるか?そこから侵入してきた者達がいる。数は10、速度からしておそらくは獣人だ。数からして目的は要人、つまりマリニアの暗殺か誘拐の可能性が高い』

「な・・・マリニア様が」

 マリニアの暗殺と聞いた途端、ディーファの心は真っ白になった。


 もしマリニア様が殺されれば、この部隊は確実に終わる。

 責任の追求?待遇の大幅な悪化?

 そんな些細な事はどうでも良い。

 敬愛するマリニア様を喪うことが自体が耐えられない。


「やめてくれ・・・そんなのやめてくれ」

『おいディーファ、どうした?」

 アレフの声は聞こえていない。ディーファは恐怖に全身を震わせていた。


『返事をしろ!時間がないのだろうが!』

「っ!す、すまない」

 通信機から響くアレフの怒鳴り声に、ディーファはようやく正気を取り戻した。


「どういう事だ?なぜお前が地下の通路を知っている。それに侵入者の事もだ」

『諸々の説明は後だ』

 まだ怯えるディーファの声に対し、アレフは冷静な声で応えていた。

『私は侵入者の方に向かう。事後報告だが、独房からは抜けさせてもらった』

「おまっ、また勝手な事を!いやそれは後だ!」

 ディーファは一瞬激昂しかけたが咄嗟に抑えた。

「至急1個分隊を手配するから合流しろ。後は任せる」

『間に合わない。一人で何とかする』

「待て!相手は多数だ!もしお前が負けてマリニア様が殺されたら私は、私は・・・」

 ディーファの内心は混乱していた。


『落ち着け。必ず守る、だから安心しろ。何とかなる。竜や魔王よりは弱いはずだ』

「相手は獣人だぞ!竜や魔王なんか比較・・・りゅ、竜に魔王?え?え?何言ってんだお前は?」

『昔の話だ。城を吹き飛ばしたでかい竜やら、とある島を支配した魔王だのを殴り飛ばしたことがあった。いくら獣人でもそれよりは楽だろう』

「知るか、そんなもんで比較するな!そもそも本当の話かよ!」

 あまりな荒唐無稽に、ディーファは呆れ返っていた。既に混乱など完全に消えていた。


『当然だ。こんな時に嘘など吐かない』

「・・・まさか神まで倒したりしてないよな?」

『えっと・・・あの時は・・・いや、これ駄目な・・・すまない、察してくれ』

「そっか・・・」

 背筋に寒いものを感じたディーファは、これ以上の追求をやめることにした。


 普通なら竜や魔王などふざけた冗談としか思わない。

 ただそれがこの馬鹿(アレフ)だから、何故か冗談と思えない。

 おそらく事実だろう。神のことは・・・うん、何も聞いてない。


「分かった。何とかしてくれ」

 ディーファは力の抜けた声で答えた。

 いつの間にか焦りはなくなり、それどころか微笑さえしていた。


『落ち着いたか?』

「ああ。すまないな、随分と情けない姿を晒した」

『何のこと分からないな』

「余計な気遣いだが、まあそういう事にしておくか」

 ディーファは苦笑しつつ、静かに思考を巡らせた。


 口惜しいがアレフの力量は思い知らされている。冷静に考えれば、獣人に負けるとは思えない。

 彼ならマリニア様を守り切るだろう。

 問題は彼がまだ信用できないことだ。

 しかし選択肢が他にない。


「アレフ、お前にマリニア様を託す。あの方を守れ、絶対だ」

『了解だ。飯を食わせてもらったくらいの恩は返すさ』

「飯の借り・・・マリニア様のお命はそんなに軽くないぞ」

『同じだ。飯の借りは軽くない』

「どこまでも呆れたやつだ」

 ディーファは嘆息した。


「頼んだ。念のため増援は送っておく。間に合えば使え」

『了解した。色々助かる』

「おっと、大切な事を忘れていた」

『まだ何かあるのか?』

 ディーファは見えないアレフに向け満面の笑みを浮かべた。


「マリニア様は魔力強化体開発の最高責任者だ。だから私にとって、あの方は、とても、とても、とても、とても大切だ。言葉に表せないぐらい、とても大事な存在だ。つまりな」

  ディーファは目を吊り上げた。

 それはまるで肉食獣が獲物を狩る時のような、そんな顔だった。


「マリニア様に傷一つ付く事があってみろ?絶対に殺す!」

『・・・えっと?』

「絶対に殺すからな!』

「了解しました」

 怒鳴りつけたディーファの耳に、アレフの返事が聴こえた。

 その声は何処か笑っているようであった。


 ・

 憂さを晴らしたディーファは晴々としていた。

「まったくあいつは・・・」

 苦笑をしつつ辺りを見渡すと、シェイド達が心配そうに見つめている。


 ディーファは彼等を呼び寄せ、アレフとのやり取りを簡潔に説明をすると、約束した増援をクリスに手配させた。


 時間を確かめると、残り時間は3セッタしかなかった。

 間も無く戦いが始まる。


 ディーファは両手で力一杯頬を叩き、気持ちを切り替えさせた。


 そ雪空の隙間から光明が舞い降り、真っ白い雪原を照らし出した。

 これからこの純白が真っ赤に染まる、獣人達の血によって。


「各隊、破砕砲に魔力充填を開始せよ。目標が300ミーン(約450メートル)以内に入り次第、迎撃を開始する。さあ、戦いが始まるぞ!」

 まばゆい光芒の下、ディーファは厳かな声で命令を下した。


 死にかけた星の上で戦争が始まった。

風邪のため、更新が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。

次は12月23日の予定です。

遅筆で申し訳ありません。

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