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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第3章 緋憎響歌
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第17話 憎悪と復讐

 現在、ウェネスでは軍の上層部による緊急対策会議が行われていた。

 理由は、獣人達の奇襲のためだ。


 主導は都市長マリニアで、次に都市防衛隊司令ボルガンとその部下たち、そして魔力強化体第二大隊からはディーファだけだった。


 会議は驚く程早く終わった。

 無駄を嫌うマリニアの即断でほぼ全て決定したからだ。

 会議が終わると同時に、ディーファ達は駆け足で隊舎へと向かった。


 ・


「規律!」

 ディーファが入室すると同時にクリスの号令が掛った。

 その場の全員が一糸乱れず立ち上がり敬礼した。

 ディーファも同様に敬礼を返すと、視線でクリスに指示を送った。

「休め!」

 クリスの号令で全員が一斉に着席した。

 それに合わせてディーファも腰を下ろした。


「時間が惜しい、各隊の状況報告は省略する」

 引き締まる空気の中、ディーファの厳かな声が響いた。

 通例では各隊の状況報告を受けるが、今は時間が惜しいため省略させた。


 ディーファは隊員達の様子を見回した。

 集まられたのは小隊長以上の幹部達

 中隊長が3名、小隊長が11名(本来は12名だが、第2中隊第2小隊長が警戒中のため不在)、そして各隊の伝令14名で欠員はいない。


「既に聞いての通りだ。本日未明、警戒中の第221分隊より、獣人のよる奇襲を受けたとの至急報があった」

 ディーファの低く厳かな声に、集まった一同の顔が引き締められた。


「この至急報の直後、都市北西に爆破音が観測され、以降の同分隊からの通信は途絶した。全滅した考えて良い。つまり獣人どもに殺されたと」

 仲間の死を悼むため、ディーファは少しの間瞳を閉じた。


 瞳を開けたディーファはもう一度、部下達を見回した。

 平然な者はいない、誰もが何かを堪えていた。ある者は怒りを、ある者は悲しみを、そして全ての者が憎しみを。

 第二中隊長フラムはその様子が顕著だった。まだ幼さが残る顔が真っ赤に染まり、憎しみに醜く歪んでいた。

 見るに絶えずディーファは目を逸らした。


 心中察するに余りある。

 部下と親しく接する幹部は多いが、彼女は特に親密に察し、家族同然に大切にしていた。

 そんな部下達が殺されたのだ。その哀しみを思えば、今は慰めようもない。


 慰めの言葉を見つけられないディーファは、説明を続けることにした。

「爆発音で敵の位置は特定されたが、これは魔力の圧縮限界爆発によるものだ。これが何を意味するか分かるな?」

 自身の声が震えていた。

 それでようやくディーファ自身も堪えきれていないと気が付いた。


 一斉頷く全員の姿を見て、ディーファの感情が弾けた。皆

「自爆だ!あいつらは命を賭して危機を知らせてくれたのだ!」

 ドンっ!と怒り任せに机を叩きつけた。

 拳から血が出ていたが、どうでも良かった。


「彼等の遺志を無駄にするな!我等も続く、命を賭して戦う!」

 怒りの声に追従するように、皆の瞳が妖しく輝き始めた。

 ある者は拳で握りしめ、ある者は涙を堪え全身を震わせた。


「今ここで我等は遺志を継いだ。先立った仲間達に敬意と感謝を!我等は彼等の無念を晴らす、獣人達への死をもってだ!」

 彼女の叫びに応え、皆が一斉に雄叫びを上げた。

 全ての瞳には怒りと、そして憎しみが満ち溢れていた。


 ・


 一同の興奮が収まり、ディーファは話を再開した。

「戦況について伝える。警戒中の第22小隊だが、小隊長以下23名が無事だ。潜伏待機を命じたので、ひとまず心配はいらない」

 未だ興奮冷めやまぬ中、部下達の安全を知ったフラムがほっと胸をなでおろしていた。


「では本題の防衛方針だ。協議の結果、我々は壁上からの遠距離攻撃での迎撃となった。都市防衛隊については、我々が撃ち漏らした敵の迎撃に当たる」

「大隊長、少しよろしいでしょうか?」

 手を挙げて質問してきたのはシェイドだった。

「構わん、何だ?」

 彼の質問なら意味があるとわかっていたので、ディーファは許可した。


「いつもなら私達は壁外に降り戦闘をしてきました。しかし今回は壁上から迎撃となったので、その理由をお聞かせ願いたいです」

 誰もがそう思っていたのだろう、大半の者が頷いていた。


 シェイドの言う通りだ。

 普段の都市防衛戦では、魔力強化体第二大隊は都市外での戦闘を行い、都市防衛隊は安全な壁上から援護射撃をする。

 要は魔力強化体だけを最前線に送り、人間達は安全な所から形だけの援護、つまり高みの見物だった。


 本来、都市防衛戦では、壁の下に降りて、わざわざ敵と対等な条件で戦う必要はない。

 魔力強化体第二大隊が有利な壁上から迎撃すれば事足りる。

 しかしそれをすれば都市防衛隊の立場と居場所がなくなってしまう。

 だから魔力強化体を降ろし、自分達は上に立つ。

 ただそれだけでディーファ達は今のない死地へと立たされていた。

 それが今回覆されたのだから、疑問を感じるのも当然だろう。



 シェイドの質問にディーファが答える。

「当初はボルガン司令官の提案で、我々は壁外での戦闘予定だった。しかしマリニア様がこれを却下され、先の案を提案されたのだ」

「マリニア様が?これまではマリニア様でもそこまでの権限はなかったはずですが、どうして急に?」

 疑問を述べたのはやはりシェイドだった。


「ボルガン司令官は色々あり、最近マリニア様に頭が上がらなくなった。何故かは察しろ」

 説明はそれだけだった。

 理解した者も多いが、半信半疑な者もいた。


 最近、ボルガンは失態を犯したせいで、発言力が大幅に低下した。その原因はアレフが起こした騒動だ。

 そのおかげで恩恵を受けたのだが、どこか釈然としないため、ディーファは説明を省いた。


 ディーファは理由の分からない苛立ちを覚えながら、各隊の配置など詳細について説明を続けた。

「私からは以上だ。何か質問はあるか?」

 説明を終えたディーファは、髪を乱雑にかき分けた。苛立ちを少しでも紛らわせるためだ。

 後でクリスから小言を言われると気が付き、少しだけ後悔した。


「よろしいでしょうか?」

 次に手を挙げたのは逞しい体格の第1中隊長バレットだった。

 眉をひそめたディーファが無言で頷いた。


「今回は治癒魔法による後方支援は受けられのでしょうか?」

「それか・・・」

 額に手を置いたディーファがため息を吐いた。

 見渡せば、皆が真剣な面持ちで見つめていた。


 ・


 部下達の気持ちは痛い程分かる。

 治癒魔法術式の恩恵の大きさは皆が痛感しているはずだ。

 多くの部下達の命が救われたし、自身の命を取り留めた者もいる。

 その支援を今回も期待するのは当然だ。

 しかし今回はその期待に応えられない。


「残念だが、本戦闘での治癒魔法支援はない。理由は使い手が勾留中のためだ」

 非情な返答だと分かっていたが、今のディーファにはどうしようもない。


 アレフが独房入りになった事は既に知れ渡っている。経緯を知り不満を述べた者も少なくない。

 だからだろう、いつもは大人しいバレットが、今回だけは露骨に不満な表情を見せていた。


「戦時下の特別処置ということで、一時的に釈放を出来ませんか?隊員達の命が掛かってるんです。お願いします!」

 バレットの強い訴えに、ディーファは不快そうに眉を寄せた。

「無理だ。理由は本日付けで治癒魔法術式か最重要機密事項に指定されたからだ。機密保持優先のため許可できない」

 ディーファは淡々と説明した。


 辺りには失望の空気が流れるが、どうしようもない、これが軍隊の規律なのだから。


 そんな重苦しい空気の中、シェイドが静かに手を挙げた。

「大隊長、一つ提案があります」

 シェイドの言葉にディーファは嫌な予感を覚えた。

 そして悟ってもいた、この予感は間違いなく当たるだろうと。


「・・・言っておくが、釈放は絶対に無理だからな」

「はい、それは求めません。代わりに、他の治癒魔法習得者による治癒部隊の臨時編成を提案します」

「は?」

 ディーファは思わず間の抜けた声を上げた。

 少し間を置いてから、意味を察した者達からの歓声が上がった。


 すぐに気を取り直してディーファがシェイドを睨みつけた。

「習得だと?そんな者はいないはずだ」

「いえ、既に実用段階の者が一名、第2中隊第3小隊第1分隊のイリス隊員です。彼女はこの3日間、アレフさんの面会に赴き、その場にて治癒魔法の教示を受け習得したとの事です」

「またアレフか!あの馬鹿が!機密指定事項を勝手に教えやがったのか!」

 思わず粗野な言葉が飛び出たが、今のディーファには気にする余裕などなかった。


 シェイドの報告に、多くの喜びの声が上がっていた、

 特にイリスの上司、第三中隊長のマグの喜ぶ様子は激しかった。

 彼女は近くの手を取ると、会議中にも関わらず奇妙な踊りで全力で喜びを見せていた。


「こいつらは・・・」

 ディーファはあまりの苛立ちに両手で髪を掻き乱した。

 横でクリスが露骨なため息を見せるがどうでも良い。


「マグ!会議中だ、控えろ!他の奴らもだ静かにしろ!時間がないんだぞ!」

 ディーファの叱責に、これまでの喧騒が嘘のように静まり返った。


 大人しくフラムが着席した事を見届けると、ディーファは咳払いと共に着席した。

「話を進めるぞ。シェイド、先程の治癒魔法術式だが、イリス本人に確認はしたのか?」

 ディーファの問いにシェイドが頷いた。

「はい、確認しました。念のため、実際使えるかも俺自身で試しましたが、問題なかったです」

「お前、まさか自分で傷付けて治してもらったのかよ。馬鹿な真似をする前に先に相談しろ、基本だぞ」

「失礼しました。以後気を付けます」

「まったくどいつもこいつも・・・」

 辺りが再び喜びの喧騒に包まれる中、ディーファは頭を抱え沈黙した。


 アレフはともかく、シェイドは信用している。彼の言葉に嘘はない。出来るというのならそうなのだろう。


 しかし結果が良い方向に傾いたとは言え、イリスの勝手な行動は許されるものではない。当然アレフもだ。

 後で間違いだと叱責しよう。

 しかし間違いとは言え、今は有効活用させてもらう。


 それが正解なのだろうが、同時にそれがディーファを苛立たせた。


「信じたいが疑問もある。たった三日間だぞ、一体どこまで出来るのだ?あの馬・・・アレフは何と言っていた?」

「基本は押さえた、後は実践で数をこなすだけだ、と。今回はその良い機会かと思います」

「つまりぶっつけ本番になるな。命に関わる事だけに危険が過ぎる」

「それでも、ないよりは遥かにマシです。士気にも関わる事です。治癒魔法術式がないとなれば、士気が大きく下がるのは明白です」

「分からなくはないが、過度に勝手な期待をしたところで、実状が追い付いていない。どうしようもないぞ」

「確かにそうかもしれませんが、しかし今後を考えれば、早いうちに経験を積ませるべきです。俺達は治癒魔法術式の恩恵を知ってしました、もうそれなしは考えられません」

 シェイドの説明を聞いた一同が、声を出さずに頷いて同意を示す。

 彼の意見は、隊員達皆の総意でもあった。


「分かった。ここは多数決にする」

 周囲から感じる並々ならぬ期待に、ディーファは小さく息を漏らした。

「皆に是非を問う。シェイドの提案に反対な者は手を挙げろ」

 辺りは静まり返っていた。誰もが動かず、反対の挙手もない。

 満場一致での賛成だった。


「シェイドの提案を採用する。シェイド、お前の事だから既に腹案も考えているはずだ。詳細を説明してくれ」

「ありがとうございます」

 彼女の許可が下りると同時に、喜びに周囲が沸き立った。

 しかしそんな中で、彼女だけは苦虫を噛んだような顔をしていた。


 そこからシェイドの説明が始まった。

「この案の不安要素は、イリス隊員が未熟さとその警護です。未熟さへの対策として、独房のアレフさんに補助を求めます。補助は通信機を介して行ってもらいますので、彼を外に出さずに済みますし、未熟さも多少は改善せれるはずです。護衛は欠員が多い第三中隊第三小隊をあてたいと思います」

 シェイドの説明が終わった頃合いで、ディーファが手を挙げた。

「許可する。時間がないので、問題があれば臨機応変に対応しろ。責任は私が持つ」

「了解しました」

 頭を下げるシェイドに、ディーファは苦々しげに頷いた。


「第33小隊長!」

「はっ!」

 ディーファの号令により、小柄な男が立ち上がった。

「お前の隊は先述の配置を外す。代わりに大隊側に野戦病院の設置、運用及びイリスの護衛を命じる。治癒魔法術式は極秘事項だ、流出防止のためイリス隊員を死守しろ。手段は問わない、これは厳命だ」

「了解しました」

 ディーファの命令を第3中隊第3小隊長はどこか嬉しそうに受け入れていた。


 ・


 議題も終わり,間も無く会議が終わろうとしていた。

 残された時間も少なく、ディーファは早々に締めることにした。

「獣人達の主導者はレグルス、かの自称『獣王』様、先代の大隊長の仇かもしれん男だ、心して掛かれ」


 『レグルス』、その単語が出た途端、一同の表情が厳しくへ引き締められた。


「状況次第では私自身がレグルス討伐に向かう。その際、副官の任をクリスは一任する。野戦病院に行き、そこで部隊の指揮を取るように。皆も了解しておいてくれ」

「え?」

 ディーファの提案にクリスは驚きの声を上げた。

「大隊長!私は伝令です。その様な役割は副隊長が担うべきです。ご再考を!」 

 クリスの抗議は悲鳴に近かった。


 彼女の役職は大隊長伝令

 大隊長の指示を各中隊、小隊伝令に伝達し、円滑な部隊運営を図る重要な役割だ。

 大隊長との兼任には、負担があまりに大きい。


「シェイドは私に同行させる。私に万一の事があった際、直説指揮を引き継がないからだ。その時は指揮官はシェイド、クリスは副官のままで継続だ」

「しかし!」

「大丈夫だと判断している。謙遜はよせ」

 食い下がらないクリスに対し、ディーファは微笑みかけた。

「分かってくれ、そうせざるを得ないのだ。相手は獣王、私の姉を殺したかもしれない奴だ。私がやらなくてはな」

 そう言うと、ディーファは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 ・


 それはまだディーファが第二大隊に着任する前、今からおよそ一年前の事だった。


 当時の大隊長はディーファの姉

 魔力強化体第1世代のPT・アルマ・アルファ・ライファだった。


 彼女は近隣に発生した大量の異形体の討伐した。

 しかし、その帰路で獣人の大軍と遭遇し行方不明になった。


 それは奇襲で、部隊は大混乱に陥った。

 第一中隊バレットは獣王レグルスとの交戦で瀕死の重傷を負った。

 その後、 当時の大隊長副官、伝令も戦死し、最後に大隊長ライファも行方不明になった。


 戦死ではなく行方不明なのは、未だ死体は見つかってないからだ。生きている望みはあるが、可能性は低いだろう。


 この戦いが残した爪痕は大きかった。

 この時の被害があまりに大きく、これ以降から魔力強化体第二大隊は獣人達を激しく憎悪していた。


 ・


 この時の戦いをクリスはよく覚えている。

 混戦の中、多くの仲間達が殺され、自分もまた殺されかけたが、同僚に庇われ一命を取り留めた。

 だから獣人達の恐ろしさを骨身に染みている。

 それだけにディーファの命令は受け入れがたい。しかし彼女の心情と立場を考えれば、自分がやるしかないのだろう。



「わかりました。引き受けさせて頂きます。どうかご無事で下さい。あなたあっての部隊です」

 しかし不承不承ながらもクリスは受け入れた。

 そうせざるを得なかった。


 ・


 大方の意見はまとまった。しかしこれに意を唱える者がいた。

「待ってください。レグルスは俺、いや自分の敵です。あいつは自分が相手をします!」

 そんな見当違いの抗議をしたのはバレットだった。


 これを予想していたディーファは苦笑しつつ髪をかき上げた。

「ほう?バレット、お前なら勝てるのか?」

 そう言ってバレットを笑いながら睨みつけた。


 これに怯むバレットではない。

 と言うよりは、まるで上司の前で空気が読めず平然としていた。

「わかりません。しかし、最低でも負けた借りは返します」

「却下だ。バレット、お前は話を聞く事を覚えろ」

 バレットの迷いのない答えに、しかしディーファは冷笑で応えた。


「借りは返したいのは良い心がけだ。だがお前の論法に従うのなら、私も奴に借りを返さなくてはならない。何せ姉の仇だからな。なあバレット、そうは思わないか?」

「あ・・・いや、あの・・・その通りです」

 ようやく上司の圧力に気が付いたバレットは、気恥ずかしそうに頭を下げた。


「もしお前が先にレグルスと遭遇したのなら、先に戦闘する事を許可する。倒せるのなら倒してしまっても構わん」

「はい!了解しました!」

「絶対に死ぬなよ。これは命令だからな」

 満面の笑みを浮かべるバレットに、ディファは苦笑しつつ頷いた。


 それから僅かな修正の検討がに行われ、会議は速やかに終了した。


 ・


 冷たい陽光の下、隊庭にサイカ軍魔力強化体第二大隊が整列していた。

 そこに立つ者達の表情は例外なく厳しく引き締めらるていた。


 この時、獣人約600名は5キロ離れた地点まで迫っていた。

 間も無く戦闘が始まるだろう。


 皆の前に立つディーファが壇上へと登った。

「聞け!私達の仲間が殺された!故にこれから始まるのは復讐だ!」

 ディーファは透き通る様な高い声で叫んだ。


 今は早朝、しかし眠気を見せる者などいなかった。

 ただ一名の例外もなく怒りと憎悪な目を光らせていた。


「第二中隊第二小隊第一分隊分隊長他7名が全滅した。アメリアの獣人どもの卑劣な闇討ちによってだ。もう一度言う、全滅した!全員が殺された!」

 彼女の説明を聞いた途端、隊員達の表情が激しく乱れる。


 ある者は怒りに歯ぎしりをした。

 ある者は涙を目に貯め必死に堪えていた。

 ある者は拳を力一杯握っていた。


「彼等は絶望的戦力差の中、最後の力を振り絞り、そして果てたのだ!彼らの勇気に敬意と感謝を!彼らは我らに希望を残し、遥か黄泉へと旅立った!」

 彼女の呼びかけに、彼等は遥か大空を仰ぎ見る。


「勇者達に敬礼!」

 ディーファの号令に続き、集う約360名が一斉は敬礼する。

 その瞬間だけ憎しみが消えた。

 心の中にはあるのは、死者の安寧を願う祈りだけだった。


 しかし祈りは終わり、再び憎悪が訪れた。

「さあ怒りを解放しろ、我慢は必要ない!」

 ディーファもまた憎しみに身を委ねていた。

「我らは仲間を、家族を殺された!

 拳を握れ!刃を抜け!魔力を解き放て!

 悲しみを憎しみに換えろ!

 憎しみを力に変えろ!

 持てる全ての力を、忌まわしき獣人どもに叩きつけろ!

 情けは要らない、一片も不要だ!

 奴等を叩き潰せ!怒り任せに蹂躙しろ!残らず殺し尽くせ!

 奴らの骸を仲間の墓標に捧げろ!

 それが我等の最大の供養だ!

 いざや征かん、サイカのために!」

『サイカのために!!』

 憎悪に満ち溢れた声が雪原へと響く。

 それが復讐の始まりだった。


 ・


 冷たい独房の中、アレフは白く染まる息で手を暖めていた。

 ディーファ達の憎悪の声は聞こえていた。

「生きる事とは他から何かを得ることだ。無限などない以上、奪うことは必要だ。その形の一つが戦争、戦いだ」

 それは独り言なのだろう、アレフは小さく呟いた。


『否定はしません。その戦いが間も無く戦いが始まりますが、どうされますか?』

「本来なら干渉しない。だが任された以上やれる事はやる。それ以上はあっても、それ以下はない」

 アレフはそう言うと、窓の外の雪空を眺めた。


 先程イリスから通信機を渡された。

 その際、治癒魔法術式の補助を頼まれると同時に、戦いの経緯は聞いていた。

 独房から出る許可は出なかった。しかし従う気などない。立ち止まって得られるものなど何もないのだから。


「フィロ、(さざなみ)をここに転送しろ」

『了解、転送します』 

 フィロが言い終えると同時に、アレフの前の空間が青く光りだした。


 それは青い光の球だった。

 光の球は細長く伸びて棒状となる。

 それから光は少しづつ弱くなり、黒い棒状の物体だけが残された。


 アレフは空中に浮かぶその物体を掴んだ。

『転送完了しました』

「ご苦労だった」

 それは鞘だった。

 アレフはもう片方の手で柄を握ると、勢いよく刃を抜き放った。


 白刃が光の弧を描いて空気を切り裂く。

「では役割を始めよう」

『これからどうなさるつもりですか?戦いを止めるとでも?』

「さてな。戦況は?」

『サイカ軍は、魔力強化体約360、普通兵約3000。対するアメリアは獣人約600。サイカ軍は壁上での遠距離砲撃、対してアメリア軍は正面突破、サイカ軍が圧倒的な勝利に終わるでしょう』

「それは無謀が過ぎる。だが・・・もしかしたら酷い話なのかもしれないな」

 アレフは露骨に顔をしかめた。

「昔、傭兵団にいた頃かな?良く経験しさせられたものだ。もしそうだとしたら、敵さんも随分と酷なことをさせられている」

『どう言う事でしょうか?』

「逆に問う。わざわざ不利な戦いに臨む相手の目的は何だ?」

『陽動ですかね』

 フィロの回答は早かった。

『相手の油断を誘い、その隙に乗じて何かしらの別の手を行う。この不利な戦い方は、それを隠すためですか』

「それなら救いもあるし、そうあって欲しい。だが敵のお偉いさんが優しくない場合、別の目的が考えられる。胸糞悪い目的がな」

『何でしょうか・・・』

 今度の場合、フィロは少し考え込んだが、それでもある答えに辿り着いた。


『思い付いたことがありますが、それは策ではありません。それにあまりに非人道的過ぎます。不要な兵の処分、それが目的だなんて』

「同感だが、私はそれを何度も見てきた」

 そう言うと、アレフは力なく嘆息した。


「傭兵時代、力をつけたせいで余計な発言力を持ったことがあった。それはお偉いさんには不都合な存在だったのだろう。真正面から戦うように罠を掛けられ全滅しかけたことがある」

『は、はあ・・・』

「珍しい事ではない。何度か経験したし、見てきたこともある。それによく似ている。断言はできないが、お偉いさんに脅されているかもしれない。真正面から戦えとな。結果、砲火をまともに食らい全滅する。これで不用品在庫の一斉処分は終わりだ」

『あくまで予想の一つですよね?』

「そう願いたいが、残念ながら決めるのは私ではない」

 アレフは忌々しげにそう言うと、漣を握る右手に力を込めた。


『では、あなたは何をされると?』

「決まっている」

 言い終えると同時に、アレフは構えた漣の白刃を振り下ろた。


 風切り音が響き、少しして(かんぬき)が切断された扉がゆっくりと開き始めた。


「生命を守る。それが殺戮者だった私の道だ」

 言い終えるとアレフは独房の外へと歩み出した。



 緋色に染まる雪原に

 憎悪が空へと満ちる。

 響き渡るそれはさながら

 哀しい歌のように・・・


 そして殺し合いが始まった。

次は12月11日に更新します。

幕間となり、やや短めになります。

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