第14話 生命の鍵
かの刻・・・私は狂った。
壊し尽くそう、私は全てを許さない。
姉達にあらぬ罪を押し付け、冷たい牢獄に捕らえた者達を許さない。
彼等を、彼等に関わる全てを許さない。
星も、時も許さない。
壊してやる。
全て壊し滅っしてやろう。
それが私
私は・・・だから
・
ディーファは目を覚ました。
無意識に身を震わせる。きっとこびりついた寝汗のせいだろう。
いつもよく見る夢を見ていたようだが、今回も何も覚えていない。
ただ酷く不快で、だけど大切だとは覚えていた。
時間を確認すると、わずかに寝坊していた。何ヶ月ぶりかの自室での睡眠のせいだろう。
起き上がると、身体の芯に重みを感じる。疲れがまだ残っているようだ。
それでも気怠い身体を気合いを入れ、起き上がる。
もう仕事の時間だ。
ふと一人の男の顔がよぎった。
アレフ・バンデット
一応部隊の恩人、でも馬鹿だ。
感謝は・・・している。
本当はしたくない、ムカついたからだ。
あいつは最高司令官のボルガンを殴った。
その際で部隊は消滅する危機だった。
幸いにも、マリニア様のおかげでそれ免れた。
その後、あいつは私も悪いと怒鳴りつけた。
部下を守れだと?ふざけるな!
そんなこと、当たり前だ!
・・・当たり前・・・なんだ。
ムカついた。彼が正しいからムカついた。
彼なら出来るのだろう、でも私には無理だ。
だからムカついた。
なのにあいつは沢山の部下を救った。
異形体との戦闘で傷ついた部下達を治癒魔法で救った。
ボルガンからイリスを助けた。
ムカついた。
これが嫉妬だとは分かっている。
だから余計にムカついた。
自分自身にムカついた。
『憎いのなら破壊しなさい。それがあなた』
「黙れ!」
思わず大声を出してしまった。
またあの声が聞こえた。
嫌な気分になると響く忌まわしい声だ。
きっと幻聴、私の心の声だろう。
私は、魔力強化体第一世代第4号だ。
PT・アルマ・アルファ・ディーファ
人間のため作られた兵器だ。
兵器に憎しみは許されない。
だから私は私の声を否定する。
憎くなど・・・ない
・
夜が明ける少し前だった。
眠り疲れたアレフは、獄中で退屈な時間過ごしていた。
彼はウェネス軍の最高責任者を殴り、独房に投獄された。
科された刑期は1週間で、既に4日が過ぎていた。
暇も過ぎれば拷問になる。それが独房の意義だ。
生来呑気なアレフだが、流石に4日間も何もしないのは苦行だった。
その間、暇つぶしに何度もフィロと交信を試みたが、返信はない。
この星の科学技術では超技術通信を妨害できるわけもない。
つまりフィロに完全に無視された事になる。相当にブチギレているのは間違いない。
アレフの役割は他宇宙の情報収集、原作としてその過程での文明への干渉は禁じられている。
しかもここは過去の時間軸、些細な行動でも未来に大きな影響を及ぼすかねない。
しかしそんなこと知るか、と派手に行動をしたのだから、フィロだって怒るの当たり前だろう。
まあ仕方ないな、とアレフは他人事のように納得はしていた。
「フィロ、私が悪かった。だから機嫌を直してくれ、お願いだ」
アレフは降参した。
本当はあまり反省してない。そろそろフィロの怒りも冷めているだろうと計算した行動だった。
「フィロー、おいフィロさん、フィロ様ー」
冷たい独房にアレフの懇願が虚しく響いた。
『・・・随分と誠意のない謝罪ですこと』
何度目かの呼び掛けを経て、ようやく通信機から返信があった。
当然フィロの返信だっだが、まだかなり不機嫌な様子だった。
『本当はもっと無視のつもりでしたが、まあ少しは鬱憤も晴れ、ゴホン、反省してもらえたようなので、今回はこの辺にしておきましょう』
「本音が漏れてなかったか?」
『気のせいです。このままでは賢者様からの大事な任務に支障を来しますので、話を進める事にしましょう。鬱憤払しは後回しです』
もはや隠す気もないフィロに、アレフは失笑するしかなかった。
「まさか独房にぶちこまれるとは思わなかった。少しやり過ぎた」
『嘘ですね。全部分かってやってたでしょうに』
「・・・全部ではないが、ある程度はまあ」
冷ややかな声での皮肉に、アレフは頭を掻きながら苦笑した。
『まあ別に良いですけどね』
そう応えるフィロの声はどこまでも冷めていた。
『大したものですよ。助ける名目での制裁、これにより同胞意識の植え付け、味方との立場を獲得、これで行動が格段に楽になりましたね。大したものです』
「酷い腹黒みたいな言われようだな。ただの偶然だ。打算も一応はあったが、やりたいからやったというのが大体だ」
『考えなしだったのですか?随分と脊髄反射な生き方がお得意なようで』
「それも酷い言い草だな」
『褒めたつもりですよ、多分。しかし困りましたね。都市長のマリニアさんとは随分親密になった様ですが、後が色々面倒ではありませんか?』
「距離は保つ。後腐れなくこの星を去れる程度にはな」
『本当ですか?他にも色々と関係を持ちすぎているのですよ。これ以上の深入りはやめて下さい』
そう言うとフィロは力の抜けたため息を吐いた。
『言うまでもありませんが、これらの諸々は全て規定違反です。よって賢者様方の意向次第で罰則対象となり得ます』
「そうなった場合,強制帰還と記憶消去だったな」
『はい。しかしそのような事態は私も望んでおりません。ですので賢者様方へは、時間跳躍という不測の事態での緊急避難的処置だった、と報告するつもりです。これでお咎めがないと良いですね」
「すまない、苦労をかけるな。持つべきものは理解ある相棒だ」
『まだ早いですよ。それよりも先程、す・こ・し・だ・け、やり過ぎたと寝言をほざきましたよね?他にもやらかしてませんか?」
「・・・ない、多分」
詰め寄るフィロに、アレフはわざとらしく肩をすくめた。
『信じませんよ。隠してもバレるのでふから、とっとと白状しやがって下さい』
「強いてあるとすれば、治癒魔法の術式を使った事か?この術式はこの星には存在しないから問題と言えば問題だが、人助けのためだった。仕方がなかっただろう」
『それは知ってます。知りたいのは私が見ていない間の事です』
「ではこれは問題なしと」
『大アリです。治癒魔法術式を人命救助での使用は許容範囲とします。ですがこの術式を他人に教示した場合、この星に多大な影響をもたらします』
「それは悪い事なのか?人の益になる事だぞ」
『確かに治癒魔法術式により、死者はは減るでしょう。一人二人なら問題ないですが、食糧事情に影響する程になればどうでしょうか?』
「食糧不足になり、つづき内乱か侵略、買い物を巡る争いが始まる。だがそれも為政者の采配次第のはずだ」
『絶対数が足りなければどうしようもありませんよ。自然淘汰が起きた場合、その後の生態系がどうなるかはご存知ですか?」
「過度な個体数の増加は、環境限界に達した時に大幅に数を減らす。場合によっては全滅に近くまで減る。そうやって滅びかけた島を知っている、モア・・なんだっけな?でかい顔面の石像で有名な場所だ」
『どこでも似たような話はあるのですね。そう言うわけですので治癒魔法術式の教示は適当な理由を作ってでも断って下さい』
「困ったな・・・それなんだがな」
アレフは苦笑しながら片手で頭を掻き始めた。
「すまん、手遅れだ」
『・・・・・・・・は?』
少し間を置いてから、フィロの間抜けた声が響いた。
・
『私が目を離していた三日間でやりやがったと?」
「まあ・・・なんだ。イリスを覚えてるだろ?彼女に懇願されて、あまりの熱意だったので、つい教えてしまった」
『つい!』
フィロは思わず合いの手を入れていた。
「大したものだったよ、彼女は」
腕を組んだアレフは嬉しそうにうんうんと頷いた。
「たった二日で基礎をほぼ習得した。才能もさることながら、あそこまでの努力家はそうはいない。本当に大したものだ」
『ふっ、ふざけんなよ!』
フィロは悲鳴に近い叫び声を上げた。
『監視するなって言われたから、一生簡易他の場所の情報収集してたらこの有様かい!気が付けば投獄されてやがるし、油断も隙もありゃしない!はっ!・・・まさか、まさか他にもやらかしたか!』
「・・・ない」
『嘘つけぃコラ!とっとと吐きやがれ!』
「あれだ、大隊長のディーファと派手なケンカをした」
『何やってんですか!この国の最高戦力に相手ですよ、殺されたいのですか!あなたはいつも駄目な方向に吹っ切れてくれやがるのですか!」
「いや、少し説教するつもりが喧嘩になってだな。でもまあ彼女は筋金入りの大真面目な軍人だ。私情で危害を加えてくることはないだろうさ」
『あなたは変に抜けてるんですよ。余所者に痛いところを突かれれば誰でも怒りますよ。それにディーファさんはまだ17歳の少女ですよ?期待するから説教でもしたのでしょうが、歳の事を考慮に入れましたか?』
「あ・・・完全に抜け落ちていた」
『馬鹿ですよね?いえ、大馬鹿ですよね?』
「まあ・・・自覚はある」
『ですよねえ。もうヤダ、コイツ』
既にフィロは自暴自棄気味となり、アレフに相棒に対し諦めかけていた。
しかし、アレフはそんなフィロを気にも留めない。
「すまん、もう一つやらかしがあった。都市長のマリニアに問い詰められて、お前の事を話してしまった。他にも、分裂した宇宙や異なる魔法体系について話した」
『・・・私の事は仕方ないとして、宇宙や魔法体系の事を話したと?あれは賢者様方が苦心して解明した事ですよ。それを何で安易に話すのですか!』
「隠すことでもないと思ってな。信頼を得るための情報として手頃だった。おかげで十分な興味と好意を持ってもらえた」
『隠せよコンニャロウ、ふざけんなよ!賢者様方の苦労を一体何だと!それにもーーーー!私はいつもいつもいつもいつも過度な干渉は控えて下さいって言いましたよね?それなのに何でこうも!!!』
「まあ待て、落ち着け。問題はない、なんとかなる。だから私の事は心配するな」
『ちゃうわ!誰が一人で巨大龍をぶちのめす輩なんぞ心配するか!』
「その、なんだもう一つ思い出したのだが・・・」
『まだあるんかい!』
「いや、マリニアがお前と話したがっていてな、今度頼めない・・・か・・・と。フィロさんや、聞いてますかい?」
『・・・聞いてますよ?』
「あ~、駄目ならまあ・・・うん、駄目だな、断っておこう」
『・・・・・・・・・・・あはは』
「フィロ?」
『あはははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!なんてこったい!!!!あはははははははははははは!!!!!』
もはや完全にやけくそだった。
アレフは少し困り顔で首を振った。
「とうとう壊れたか。以前から怪しいとは思っていたが」
『壊れるか!てか、以前から怪しいと思ってたのか!』
「時々へんな言葉が漏れてたからな」
『誰のせいだ、誰の!ああもう!どうしたものか!笑うしかないでございますよ!あははははは!』
「やっぱり壊れて」
『うるさい!』
フィロの怒り声は、いつしか涙声へと変わっていた。
『大体、どうしてあなたはこう毎回毎回禁止事項を破ってくれやがるのですか!そもそも賢者様方が欲しいのは情報だけなのに、あなた様ときやがったらどうしてこうなるのか!いつも私との約束を破った挙句、余計な事をバカスカとやってくれまくりやがって!』
「いや、そのな」
『賢者様方にご報告する私の身にもなって下さりやがれ!単なる施設見学がどう転んだら独房入りになりやがるのですか!ああ全くもう!いい加減にしろや、ごらぁ!!』
完全に制御不能だった。
「まあ、あれだ」
しかしアレフは肩をすくませた。彼にはフィロの怒りなど何処吹く風だった。
「悪いとは思っている、多分。だがそれも全部必要だった、多分。それにな、私の性分を考えたらこうなって然るべきだろう、多分。だからもう、諦めるというか、割り切った方が良いぞ?多分」
『こいつっ、開き直りやがった!』
「まあ冷静になれ。そんな頭に血が上った状態では、話し合いにならない。深呼吸がおすすめだ」
『誰のせいと!』
「だから落ち着け。私が言うのも何だが、無茶苦茶になるのは良くないぞ」
『・・・ううう、あなたに言われなんて・・・』
完全に開き直るアレフに、フィロの怒りは限界突破し、逆に涙声になっていた。
フィロは盛大なため息を吐いた。
『諦めが肝心ですかねえ・・・何とかは死なねば治らないと言いますし』
「それは無理だ。私は死ねない。よって馬鹿は治らない」
『だから開き直るな!いい加減に・・・すーはー、すーはー、すーはー・・・落ち着け、落ち着け私ぃー・・・とにかく、今は情報収集が最優先・・・それを忘れては駄目だ。くそっ、こんにゃろう、どうやったらこらしめられるのか・・・覚えてやがれ』
「あ~、なんだ、肝に銘じておく」
諦めに意気消沈とするフィロに対し、アレフはどこか余裕そうで頷いていた。
・
それから少しだけ沈黙が支配した。
「時間逆行の原因は判明したか?」
先に沈黙を破ったのはアレフだった。
『・・・不明です。記録を再確認しましたが、次元間跳躍終了直後に、0.002秒間の空間歪曲が観測されてました。現在その原因を軸に解析中です』
フィロは怒りをすっかり発散したのか、大分落ち着いた声で応えた。
「空間歪曲?これまでの次元跳躍の揺り返しの反応とは違うのか?」
『波形が完全に違います。それで今回観測した波形には、過去に酷似した記録があります』
「・・・ラーナか」
『はい』
アレフの予想は的中した。
それはかつて味わった哀しい思い出だった。
胸に走る痛みにアレフは顔をしかめた。
『彼女との戦闘時に観測された波形が酷似しています』
予想通り通りの答えに、アレフは眉間に深いシワを寄せた。
「まさか、原因はラーナが?』
『いえ、波形はあくまで酷似、別物です。そもそもラーナはもう・・・』
「確かにな。だが同じ存在が関与している可能性は高い』
『分神・・・ですか』
答えたフィロの声は酷く怯えていた。
「身勝手な連中だ。もう終わった存在のくせして人間を何だと思ってる。基本どうでも良いが、邪魔をすれば排除してやる」
フィロを気遣うためだろう、アレフの声は陽気だった。
『もし分神のせいだとしたら、既に妨害を受けています。私たちは過去の世界に飛ばされたのですから』
「妨害か。では何故私達を飛ばした?」
「考慮すべきは相手が何を求めているかです。過去に戻る目的なら、定番なところで過去の改変でしょうか?』
「過去の改変、歴史を変えて欲しいか。では神は私に何をしろと?」
『考えられるのはこの星の救済です。この星はもう長くありません。私達がいた400年後にはもう滅んでいたはずです』
「だとすれば勝手な話だ。神が人に頼るとはな。手前のことは手前でやれ、人に押し付けるな」
『同感です。それではどうされますか?』
「無視だ。縁もゆかりもない神の頼みなどに、応える義理も道理もない」
『可能ですか?縁もゆかりもない星を、命を削ってまで救ったあなたに?』
「さて、な」
言葉と行動の矛盾は当の本人が一番役わかっている。
だからアレフは首をすくめるしかなかった。
・
『歴史改変は記録が少なく、対処方法が未知です。軽率な行動は控えるべきでしたが、もう遅いですね。もう歴史は改変されました、あなたのせいで』
「耳の痛い話だ」
これから先、何が起きるかは高度な演算能力のフィロでさえ分からない。
そんな状況で、アレフは普通に笑っていた。
『最悪の場合、世界の修正力で私達は消滅するかもしれません。正直に言いますが、怖くて仕方がないです』
「気にするな、あいつは意外と話のわかる奴だ」
『あいつとは誰の事ですか?』
「さて誰だろうな。怖がることもないさ、消滅する一瞬だ、怖がるヒマさえない」
『随分と嬉しくないお誘いですね。それでは不本意ではありますが、その時は一緒にくたばりましょう』
「ははは、喜んで」
アレフは微笑んだ。そこには不安の様子など微塵もなかった。
・
それから暫くして、フィロが再び話し掛けてきた。
『一つ腑に落ちないことがあります。聞いていただけますか?」
アレフは無言でうなずいた。
この時、アレフは筆記作業をしていた。
机の上の筆記用具一式は面会に来たイリスに差し入れてもらったものだった。
今は生真面目に数字と文字が羅列する複雑な図形を書いていた。
『申し訳ありません、作業中なのに』
「別に構わんよ。気休めにもなる」
答えながらもアレスは黙々と作業を続けていた。
『この星には神がいるはずなのに、治癒魔法が存在しない。その理由が分からないのです』
アレフの手が一瞬だけ止まるが、直ぐに動き出した。
「その言い方だと、治癒魔法術式と神には因果関係がある事になるな」
『はい、紛れもない事実です。『生命の鍵』がご存知ですか?』
「以前、賢者から聞かされた。治癒魔法術式を含めた、生体系統の魔法術式に必ず使われる構成式だったな」
『その通りです。この『生命の鍵』なしで前述の術式を構成した場合は、何故か人間の肉体には効力を発揮しません。そのため、この構成式は生命そのものに関わる存在と考えられ、『生命の鍵』と呼ばれました』
「私の星では『魂の式』と呼ばれている。似たような事は誰でも考えるものだな」
アレフは苦笑した。奇しくも紙に書いていたのは、治癒魔法術式の『生命の鍵』の部分だった。
『今書いているの、この宇宙に最適化した治癒魔法術式ですか?』
「まあな」
アレフは頷きながら作業を続けた。
アレフが使う魔法術式は自身の宇宙で最適化されたのもの。
それをこの宇宙で使えば、最適化されていない以上、どうしても効力が減退する。
実際、様々な魔法術式を使ったが、実感では七割程度の効力しかない。
「命を助けられても、障害を残すよう程度では使い物にならんよ」
『それで最適化作業ですか』
「そう言う事だ」
アレフは自嘲の笑みを浮かべた。
瀕死のイデアに治癒魔法術式を使い、命だけは救えた。しかし完全には治せず、左脚が動かない後遺症を残してしまった。
アレフはこれを後悔していた。二度とこんなヘマをしたくないし、何とか完治させたいとも望んでいた。
「やってるのは翻訳に近いな。しかし不思議だ、この『生命の鍵』だが、これなしでも術式構成に理論上問題ないはずなのだが」
アレフは筆を止めると、指先で紙上の『生命の鍵』をなぞり始めた。
『それ、終わったら教示する奴ですよね。私としてはやめて欲しいのですが、まあ言っても無駄ですよね』
「約束したからな。美味い飯のために仕方ない」
『まあ今更ですね・・・はあ・・・』
フィロは本日何度目かの諦めのため息を吐いた。
『実はですね、『生命の鍵』なしでも治癒魔法術式は人間以外の生命には使用可能です。逆に言えば、『生命の鍵』が必要なのは人間だけなのです』
「・・・知らなかった」
アレフは驚きの表情を浮かべた。
『驚きついでにもう一つ。この『生命の鍵』は賢者様方でも解析不可能です。仕組みも作用も作成者でさえも誰が全く不明なのです。私も何億回も解析を試みましたが未だ出来ません』
フィロと賢者達とは超科学文明の遺産で圧倒的な情報解析能力を持つ。
そんな化け物どもでも解析不明では、もはや人智が及ぶ代物存在ではない。
「話が見えてきた。『生命の鍵』とは神が構築し、これを用いて事で治癒魔法術式は完成したと」
『この『生命の鍵』単独では何も意味がありません。意味がないものを応用などできませんので、治癒魔法術式を作ったのも神としてで間違いないでしょう』
「そして作った術式を神託を通じて与えたと?」
『はい、そのような事を記した文献が多くの宇宙に残っていることからも、可能性は高いです』
「そんな場面に出会した事があったな。魔物に生贄にされかけた神官が、助けに来た勇者が負傷した時、神託で得た治癒魔法術式で命を助けていた。確か二千年ぐらい前だ」
『何ですかそのベタな話!是非とも・・・ゴホン、本題に戻ります。治癒魔法術式を期限を辿れば、神官に行き着きます。魔導士からのものはありません』
「私が治癒魔法術式を使えるのも神官から教えてもらったからだな、まあ半殺しにして脅迫してだが」
『サラリととんでもない事を言いますね』
「その後解放したし、そもそも三千年前の話だ、時効にしておいてくれ」
『ま、まあ、あなたのような例外を除き、神は神官を介して人に干渉し、神官に『生命の鍵』を用いた治癒魔法を与えた。そして神官はこれを独占するため使用法を秘密とした。そのようなところでしょうね』
「だから神と接点のない魔導士では治癒魔法術式を作れなかったか」
アレフは首を捻ると、思案するように両腕を組んだ。
「それでこの星に神がいるのに治癒魔法術式を与えないのはおかしい、となるのか」
ようやくフィロの疑問の理由に行き着いた。
治癒魔法術式は神が作り出したものであり、神がこの星にも存在する。
では、何故この星の神は人間に治癒魔法術式を与えなかったのか。
「単に神様が人間をお嫌いだったから、では駄目か?」
『その可能性も考慮しました。しかし私達は神によってこの星の過去に飛ばされました。理由はこの星を救うためです。そんな神が人間が嫌いとはおかしくありませんが?』
「神が過去に飛ばしたというのも、星を救えというのも推論だ。理由づけとしては弱い」
アレフは小さくため息を吐いた。
「推論に推論を重ねるだけでは正解には辿り着けない。もう少し資料が欲しい」
『そうですね、もう少し情報収集を進めてみます・・・あっ、その間勝手な事はしないで下さいね』
「・・・少し視点を変えようか」
『無視しやがった!』
アレフは聞こえないフリをしつつ、視点を変え考察を続けた。
「例えば『生命の鍵』だが、どうして人間にだけ必要なのかは解明されてないのか?」
「まったくもう・・・解明されてませんよ。そもぞ『生命の鍵』そのものが解明されてないのですから無理な話です』
フィロの返答は早かった。
『ただ考察はされてます。賢者様方のお考えでは、『人間は神により創られた。その際、肉体と魂が『生命の鍵』に反応するよう構成された』との事です』
「人間は猿が進化した存在と言うの進化学の常識なのだが」
『猿を基礎に、神が人間として改造したのでは?私達は幾多の宇宙を旅し、多くの人間に出会ってきました。ええ、人間にです。生命豊かな星には必ず人間がいて、しかも特徴が一致します、遺伝子構成すらもね。広大で行き来がほぼ不可能な宇宙で一致、不思議ではありませんか?』
「偶然の一致とするには少し苦しいな」
アレフは顔をしかめた。
確かにフィロの説明の通りだ。
これまで10に近いの異なる宇宙を旅したが、その全てにほぼ同じ環境の生命豊かな星があり、そこには人間がいた。
とても偶然とは思えない、しかし・・・
「その理由を私達は知っていたな」
『はい、以前ラーナさんが教えてくれましたね。ある神が自らの分身として人を創造し、理想の環境を与えた。それを最高神が喜んだので、他の神も真似をして多くの星と人間が作られた、と』
「つまり星と人間が似ているのは、上司のご機嫌取りのため他の功績を猿真似した結果ということになる」
『ま、まあそうとも言えなくもないですね』
「ろくでもないな、クソッタレのパクリ野郎どもが」
『・・・』
あまりと言えばあまりな発言に、フィロでさえも返事をためらった。
『話を進めますね。『生命の鍵』は3種類が確認されています。一つは人間の遺伝子操作に関するものです。神はこれを使い、人間の肉体を都合よく改造、制御をしたと考えられます』
「結局、人間は都合の良い道具か。全く持って神ってのは慈悲深いな。だとすれば・・ふむ」
アレフはふとした違和感に眉を歪ませた。
「なあフィロ、やはりこの星の神は人間が相当お嫌いらしい。治癒魔法術式はないのに、『生命の鍵』を使って人間を道具のように弄ってやがる。全く慈悲深い事だ」
『気付かれましたか。確かに慈悲深い話です』
フィロが悲しそうな声で同意した。
『魔力強化体と異形体、これらの存在は遺伝子が変化で生まれたもの、元人間です。補足ですが、同様の存在をもう一つ確認しています』
「聞きたくないな話だ」
そう言ったアレフの胸中には嫌な予感がよぎっていた。
『獣人と呼ばれています。人と動物の遺伝子を合成して存在で、アメリアの生物兵器として運用されています』
「この星はろくでもないな。いや、ろくでもないのは神の方か」
アレフは心底嫌そうに吐き捨てた。
神の介入による過去への跳躍
求められる星の救済
神が造っただろう魔力強化体と獣人、そして異形体
まだまだ疑問が多く。何で良いかすら分からない。
他者に強要された不自由な環境下で、これから先は面倒事ばかり起こるのだろう。
それらを確信し、しかし彼は密かに笑った。
・
そこはアレフがいるウェネスから、かなり離れた雪原の上だった。
空は雲に覆われ、雪原は吹雪が吹き荒れている。
並の人間では人間では歩くどころか、立つことすら困難だろう。
そんな中を彼らは平然と歩いている。その数は600を超えていた。
「対象はあの中か」
先頭の大男が呟いた。その瞳には、遥か先先のウェネスが写っている。
その男は巨躯だった。大きさは常人の倍は軽く超えよつ。
手も足も胸板も分厚く、外套越しからも、鍛え抜かれた肉体が容易に分かる。
しかし大男の一番の特徴はその大きさでも鍛え抜かれた体躯でもない。
首回りを覆う金色のたてがみと、口元に生えた鋭い二本の牙
彼は獅子の獣人だった。
彼だけではない、その後ろに付き従う達達もまた様々な種類の獣人達で、普通の見た目の人間はいない。
彼等はアメリア軍に造られた人と獣の合成兵器だった。
そんな獣人で唯一の例外がいた。
艶やかな黒髪と美しい白い肌の美女だった。
「あそこにマリニアがいる。あなた達が殺す女よ」
美女が艶やかな獅子の男に囁いた。
「絶対に殺しなさいな。それがあなた達が生き残れる最後の道、分かっているわよねえ?」
「分かってる!」
美女の蠱惑的な囁きに、しかし獅子の男は眉間にシワを寄せ不快そうに吐き捨てた。
「お前には感謝している。あの時、死に掛けた俺を救ってくれからな。治癒魔法術式だったか?大したものだ。サイカでは皆があれを使えるのか?」
「いいえ、これは私達姉妹だけの秘密」
美女は唇を釣り上げ、魅惑的に微笑んだ。
「私は人間が大嫌いなの。だから誰にも教えない。だから大丈夫、誰も使えないわよ」
「ならば安心して戦える。後は俺達の仕事だ。お前はもう不要だ、帰っていいぞ」
「あら残念、振られたのかしら?」
獅子の男の拒絶に、女は演技かかった口調で応えた。
「お手伝いしても良かったけどお邪魔のようね。でも、本当に良いのかしら私ならマリニアを都市ごと灰にしてあげられる。バレット程度なら一瞬よ?」
「黙れ売女が!」
これまでの不快感を耐えきれなかったのか、とうとう獅子の男が怒鳴りつけた。
「不要と言ったはずだ。とっと去ね!」
「不敬ね。本来なら消し炭にするのだけど、あなたの無知と無謀に免じて許してあげる。私は寛容なのよ。うふふ」
「やりたければやれ。そうやって俺達全てを殺すが良いさ。その方が俺達にも救いだ」
美女は侮蔑の瞳で睨み付けるが、大男はまるで動じなかった。
「惜しいわね。時代が違えば勇者として祝福できたのかもしれないわね。でも、さようなら、もう二度と会う事はないでしょうね」
美女は驚くほど冷たい声で告げると、かき消すように一瞬で姿を消した。
その光景に見慣れているのか、その場にいる誰にも動揺はなかった。
「ライファ!あの裏切り者の売女ごときの助勢などいらん!この戦いは俺達のものだ!」
獅子の男が吠えた。
「相手は魔力強化体、化け物だ!さあ死にに行くぞ!殺せ!殺されても殺せ!死ぬなら道連れで一死ね!殺せ!殺せ!死んでも殺せ!」
オオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
獅子の雄叫びに、600の咆哮が追随した。
獣たちの瞳には狂気の瞳だけが光る、ただ一つの例外もなく全てに。
「さあ、生きるために死ぬぞ!」
獅子の男と共に獣人達が再び歩き出した。
それが新たな戦いの幕開けだった。
11月26日に更新予定です。
1~5部を改訂しました。




