第13話 アーティア
全てあなた達のためだった。
閉ざされた未来、それを変えるために。
エミテよ許し給え
これは私の過ち、私の咎・・・
亡き妹達は何も知らない
愛しき子達よ
どうか私を許さないで
この身を封じ償いましょう。
主神よ
分かたれた御魂をお返しします。
私には役割を捨てたのだから。
残された妹達よ
私はいつまでも見守りましょう
どうか新たな過去で次の未来を。
懐かしい匂いを持つ者よ
勝手な願いを託します
どうか命の営みを絶やさないで、
・
サイカ第三都市ウェネスには、誰でも出入り自由な一般区と、許可された者しか入れない制限区とに分けられている。
この制限区の中心地には、魔法研究機関の施設が数多く建てられていた。
そんな建物の一つに、魔力強化体の製造、教育を扱う巨大な研究棟がある。
ディーファはその研究棟に訪れていた。
目的地は地下深くの封印された場所
そこに辿り着くまでに、幾つもの厳重な封印術式を解除し、10を超える施錠された分厚い扉を通る必要がある。
長い時間を掛けこれらを通り抜け、ようやく最後の扉を開き、ディーファは目的地へと辿り着いた。
強固な扉を開けると、そこは狭い部屋だった。
中は簡素だった。
机と寝台だけが置かれ、窓はなく完全な密閉空間だった。
そこには優しい雰囲気を纏う銀髪の女性がいた。
「お久しぶりねディー、大きくなったわね」
銀髪の女性がディーファへ優しく微笑みかけた。
その声は透き通るような美しい音色だった。
その女性は、外見からディーファよりも上、20歳前後に見えた。
髪は透き通るような銀色、肌は髪と同様に真白くきめ細やかで美しい。
体付きは細身のディーファよりも更に細い。
彼女の青い服のせいもあるのか、ひ弱な印象を与える。
紅い瞳には優しい光が湛えられ、穏やかな温かい笑みが母性を感じさせた。
誰もが優しさを感じ、心を奪われるだろう、母性溢れる魅力的な女性だった。
「お久しぶりでございます、本当に」
ディーファが満面の笑みで応えた。
それは幼い子供のような無防備な笑顔だった。
ディーファが駆け寄り銀髪の女性に抱きついた。
「アーティアお姉様!お会いできて嬉しいです、本当に!」
「あらあら、あなたはいつまで経っても甘えん坊なのですね」
アーティアと呼ばれたその女性は、抱き付く妹を暖かい瞳で見つめながら、優しく頭を撫で続けた。
・
彼女の名はPT・アルマ・アルファ・アーティア
一番初めに開発に成功した魔力強化体として記録されている。
魔力強化体第一世代は、元素体の事情により5体のみ製造され、しかも全て女性となった。
彼女達は全て血縁関係のない卵子から製造された。
よってディーファとアーティアに肉体上では血の繋がりはない。
しかし彼女達は姉妹と呼び合う。
普通なら彼女達は同時期に同施設で共に育ったから、至極当然の流れだろうと思う。
しかし彼女達以外に本当の理由を知る者はいない、マリニア以外・・・
彼女達が共に愛しみ合う光景は、本当の姉妹にしか思えなかった。
・
「ディー、あなたに甘えられるのはとても嬉しいけど、このままではあなたとお話が出来ないわ」
「あっ!」
アーティアの優しい囁きに、驚いたディーファが飛び退いた。
「申し訳ありません、お姉様」
そう言うとディーファは名残惜しそうな顔で頭を下げた。
「あらあら」
その姿にアーティアはクスリと笑った。
「マリニア様から今回の戦いの事を伺いました。お疲れ様でした」
「あ!ありがとうございます!」
ディーファが頬を紅潮させ微笑んだ。
「そ、そんなに大変ではなかったです。だからご心配なさらないで下さい」
「・・・そうですか。ライファの事について何かわかりましたか?」
「・・・申し訳ありません」
「そうですか」
アーティアの問いにディーファは表情を曇らせた。
ライファとはアーティアの次に造られた魔力強化体、ディーファ達五姉妹の次女になる。
彼女はおよそ1年前の獣人達との戦闘で行方不明となり、現在も生死不明のままである。
ディーファは心痛めたアーティアに代わり、遠征のたびにライファを捜索したが、未だ手掛かりすら掴めない。
「今回も手を尽くしたのですが、行方不明のライファお姉様については、何一つ情報が得られませんでした」
「気にしないで良いのです」
明かに落ち込む姿の妹に、アーティアは優しく微笑みかけた。
「ディー、ありがとうございました。あなたは一生懸命やってくれました。どうか、自分を責めないで下さい」
「はい・・」」
「あの子がいなくなってもう一年ですね・・・」
そう言うと、アーティアはその視線を虚空へと漂わせた。
「アーティアお姉様・・・」
ディーファはそれ以上何も言えず、小さな胸に強く押し当てた。
「ディー、あなたはあの子に再開するでしょう、そう遠くない日に」
「はい!私もそう信じてます」
「・・・そうですね」
アーティアは視線を虚空から戻すと、再びディーファに微笑み掛けた。
「ファティアとは仲良くやっていますか?」
アーティアが沈んだ声で尋ねた。
その表情は微笑みのままだが、どこか寂しそうだった。
「はい!」
ディーファはわざと大きな声で応えた。
姉の寂し気な様子を察し、元気づけたいと思ったからだ。
「ファティアお姉様は今もイナスで第一大隊の大隊長の責務を勤めておられます。先日お会いしたのですがとてもお元気そうでした!」
「・・・そう、それは良かったわ。あの子とは大喧嘩をして別れたから・・・もう一度会って話し合いたいわ」
「・・・お姉様」
ディーファが再び表情を曇らせた、
喧嘩の事は知っている。
事後にファティア本人から詳細を知らされたからだ。
ディーファの知る限り姉達が喧嘩をした事などない。
驚きの事実に当時のディーファは絶句するしかなかった。
「喧嘩・・にすらなっていなかったわね」
アーティアは伏せる瞳で首を降った。
「あの子は不満を訴え、それに私は何も応えれなかった。だからあの子が失望して離れてしまった。それだけの話・・・」
「アーティアお姉様!」
叫んだディーファが叫び、アーティアに詰め寄った。
「私がなんとかします。ファティアお姉様にお会いして、アーティアお姉様とお話するようお願いします。大丈夫です。きっと仲直りできますから!」
「そうですね。きっともう一度話し合えぱあの子も・・・」
そう言うとアーティアは再び虚空を見つめ続けた。
・
長女アーティア、次女ライファ、三女ファティア、四女ディーファ
そしてもう一柱の妹
次女ライファは行方不明
三女ファティアは第一都市イナスで魔力強化体第一大隊の大隊長に
そして長女であるアーティアは現在幽閉されている。
都市長マリニアの命令で、5年前からこの部屋に入れられ、一切の退出を禁止された。
理由はディーファも知らない。
アーティア達もマリニアも、何も話しくれない。
恐らくは、聞いてはいけない禁忌を犯したのだろう。
それ以上は何も聞かなかった。
面会だけは一応許されてはいた。
今回の面接も実に三カ月ぶりだ。
面会できた理由は、異形体の討伐とアメリア軍の撃退の褒美としてだ。
何か特別な名目がない限り、アーティアのと面会の許可が降りることはない。
ディーファが懸命に戦果を上げようとするのは、それが理由の一つになっていた。
・
久しぶりの再会に、ディーファは心躍らせていた。
幽閉され寂しい思いをしている姉を、精一杯慰めようと思っていた。
それなのに、逆に哀しませてしまった。
「なんでこんな事に・・・」
そんな情けない自分に、ディーファは怒りすら覚えていた。
「あなたのせいではありませんよ」
「えっ?」
心を見透かしたような姉の言葉に、ディーファは目を見開いた。
「心配を掛けてましたね。もう大丈夫、だから心配しないで」
「・・・はい」
「ディー、目が少し赤いわよ。もしかして泣いていたのかしら?」
姉の鋭い指摘に、ディーファが再び目を見開いた。
先程アレフと大喧嘩をした時、思わず涙を流してしまった。
すぐに拭いたのだが、そのせいで目が充血していたのだろう。
「なななっ!泣いてなどいません!そのっ!目が痒いだけです!」
ディーファは誤魔化すため何度も目を擦ってみせた。
「そうですか?ディー、嘘は駄目ですよ」
完全に見透かしていたアーティアが、ディーファの耳元で優しく囁いた。
「何があったのか話して貰えないかしら?」
いつも妹を思う優しい姉のお願いを、ディーファは断ることなど当然できるわけもなかった。
少しだけ間を開けた後、ディーファは渋々ながら頷いた。
「あの・・ある男と喧嘩となって・・・私がもう少し部下の事を考えろと・・・私がもっとちゃんとしろと指摘されて・・・それで・・あの・・・」
「あらあら」
それきり俯いて沈黙してしまったディーファの頭を、アーティアが微笑みながら優しく撫でた。
「とてもお優しいの方なのですね。あなたの事をとても気にして下さっているのがよく分かるわ」
途端、ディーファは目を見開いた。
「冗談はやめて下さい!あんな奴が優しいわけないです!あいつは私の胸倉を掴んで怒鳴りつけたのですよ!」
「あらあら、そうなのですね」
アーティアは目を細め、愉快げに微笑んだ。
「そうです!あんな不躾で、無神経な男!隊員を助けるためとは言え、あいつがボルガンを殴ったせいで、大変な騒動になったのですよ!本当に迷惑な奴です!」
「・・・そんなことがあったのですか。それは素晴らしいことですね」
「アーティアお姉様!何が素晴らしいですか!冗談ではありません!」
怒りを露わにしたディーファが、歯軋り共に拳を握りしめた。
「ねえディー、少し宜しいですか?」
呼び掛けたアーティアの声は、いつしか真剣な声へと変わっていた。
その笑みは厳かなものへと引き締められていた。
「姉様?」
「彼の・・・魂の残滓を少し見させて貰います」
「魂のざ、何ですか?」
「お静かに」
真剣な眼差しで見つめる姉に、ディーファは戸惑い沈黙した。
「そう・・・あなたなのですね、ラーナ。だから私は・・・」
呟くファティアの瞳から涙が出て伝い落ちた。
「おっ、お姉様!どうされたのですか?」
「大丈夫です。少し・・・少し昔を思い出しただけです」
慌てふためくディーファを、涙を拭いながら微笑むアーティアが慰めた。
「不思議なものです。世界は完全に分かられたはずなのに、縁と時は途切れず、未だ糸を紡ぎ続ける」
「お、お姉様?」
姉の言葉が理解できないディーファは、不思議そうに見つめた。
「きっとエミテは私を許さないでしょう。ラーナももういない、名前は呼べるのに、もういないと決まっている。過去が今という未来に、未来が今という過去に縁と時が紡がれる。それは・・・」
淡々と話し続けるアーティア
その姿をディーファは何も言わずに見守り続けた。
「ディー」
「はっ、はい!」
突然の呼び掛けに、ディーファの答える声は裏返っていた。
「彼に着いて行きなさい。きっとそれしかない。この先の未来は暗い、でも多くの命脈を育んだ彼なら、未来が開けるのかもしれません」
「お姉様?申し訳ありません、意味が分からないのですが」
「分からなくても良いです。でも忘れないで下さい。深い数と痛みを背負う魂こそ光を導けるのです。きっと彼ならあなたを救える」
「私を救える?私は別にそんなもの求めてありませんよ」
「いいえ、あなたと・・・そしてあなたもです。未来は変わり、新しい道が開けました。先の見えない道です。彼は未来を導く灯火です。かの縁が導かれ、だから願い選びました。勝手な・・・本当に勝手な願いの押し付けなのですけどね」
「よく分かりませんが、あいつは大層な奴ではありません!買い被りすぎです」
「では、その方が味方と信じて下さい。いついかなる時であれ、あなたを裏切らない。きっと遥か遠い未来まで」
「・・・それは・・・」
何も答えずに俯くディーファを、アーティアは両腕で優しく包み込んだ。
ディーファは全身の力を抜いて瞳を閉じた。姉の優しい温もりと柔らかさを全身で感じるためだった。
「あなたはとても良い子、このままでいて欲しい。もうあの時のような事は起きて欲しくない。あなたはこのままでいて・・・」
「あの時?」
「なんでもありません。遠い昔の話です」
アーティアは優しい声で応えると、再び視線を虚空へと移した。
「全ては私の罪、エミテよ許した給え。裁きはどうか私だけに」
ディーファに聴こえないよう、アーティアはそっと呟いた。
そして姉妹達は面会終了までの短い間、互いの温もりを感じ続けていた。
次から新章となります。
これまでの見返したのですが、やはり誤字脱字と文章校正が酷いので、少し訂正をしたいと思います。
そのためお時間を頂きたいと思います。
次は11月17日の更新予定となります。




