第12話 とある若狐
突然現れたマリニアが使っていたのは、『姿隠し』と呼ばれる光の屈折を操作すことで姿を消す術式だった。
彼女はその術式で姿を後をつけていたが、アレフに完全に見抜かれていた。
それなのに彼女はにやけた笑みを浮かべていた。
「よくぞ見抜いた!試験は合格だ、はははは」
マリニアは豪快に笑った、隠れていた罪悪感などまるで見せずに平然と。
これには流石のアレフも呆れていた。
「試験?それ今考えましたね?」
「何のことかなあ?ははは」
ジト目のアレフから視線を逸らしたマリニアは響き渡る大声で笑い続けた。
「自慢じゃないが、『姿隠し』は誰にも見破られなかったのだがなあ。いつから気付いてた?」
「廊下に入った直後からです」
アレフは呆れ顔で視線を逸らした。
「むっ・・・こいつは参った、完全に最初からではないか。はははは」
大口を開けた残念な美人を横目に、アレフは心底嫌そうな面持ちで額に手を当てた。
「何が駄目だった?今後のために教えてくれ」
「魔力を消すのはほぼ完璧でしたが、気配が上手く消せていませんでした。実戦で使うには厳しいでしょう」
アレフは敬語ではあるが、思った事を遠慮なく告げた。この残念美人な支配者では、お世辞など色々と無駄と思ったからだ。
「気配?足音は消したはずだかなあ。気配とはよく分からん概念だが、そいつはどうすれば消せる?」
「まずは空気を動かさない事を意識して下さい。人の皮膚、特に髪は空気の動きに敏感です。出来る限り風下につき、呼吸、匂い、熱などを感じさせないようにして下さい」
「成る程。他には何かあるか?」
「後は殺気、視線などです。これらは物理的接触はないですが、何故か気が付けるものです。対策として、相手を見るのは最低限にし、心中を穏やかにする事です。しかし足音を消すのはかなり慣れてましたね。熟練の暗殺者並みでした」
「そうだろう。何せ幼少から家庭教師から逃げ続けてきたからな」
「・・・家庭教師にはお気の毒なことで」
嬉しそうに胸を張るマリニアを前に、アレフは額に手を当てたまま首を振った。
皮肉混じりの賞賛だったが、故意か天然かマニリアには通じない。おそらく前者だろう。
「これは勝てないな・・・」
アレフは呟くと、疲れた様子でため息を吐いた。
仮に自分が犬としたら、相手は巨大な蛞蝓だ。理論という柔らかな肌には牙など通らず、逆に全身を包まれ窒息させられるだろう。
けどこぞの邪神の方がよっぽど楽だろう。
既にアレフは敗北を悟っていた。
・
「さて、戯れはこれまでとしようか」
ひとしきり笑い終えたマリニアは、呆れ顔で押し黙るアレフを睨みつけた。
先程の笑顔はなく、怒りを浮かべていた。ただしわざとらしくだが。
「おいこらアレフよ、よくもまあ私の可愛いディーファをキズモノにしてくれたよなあ?ああ!」
大袈裟な演技の入ったマリニアの恫喝に、アレフは困った様子で天を仰いだ。
「キズモノって・・・わざと誤解を招く言い方はやめてくれ」
肉食獣のように吠えるマリニアに対し、アレフは力の抜けた声で応えた。
彼の口調も粗雑なものになっていた。今ならそれが許されると分かっていたからだ。
「はは!当たり前だろうが!」
マリニアは気にないどころか、逆に嬉しそうに胸を張った。
「私はなあ、事を大きくして周りを巻き込み、退路を塞いだ上で本人に責任を取らせる。それが流儀だ。逃さんぞ」
「それ・・・本人の前で言うか?」
アレフは呆れ気味のジト目で睨んだ。
「何を言う?その方が面白いだろうが」
「・・・・・・・・・・・参りました、好きにして下さい」
傍若無人を前に、アレフはあっさりと降参した。
経験上、この手の人間には話が通じない事は痛いほど知っていた。
ガッカリとうなだれるアレフを、マリニアは不機嫌そうに見下ろした。
「何だ、もう終わりなのか?もっと楽しみたかったのに残念だぞ。ほれ、まだ間に合う、もっと頑張って対抗しろ」
「どう足掻いても負け戦だ。余計な抵抗では時間と労力の無駄だ」
「なんだつまらん。無駄を楽しまなくては人生つまらんぞ」
マリニアが不満そうにバリボリと頭を掻いた。
綺麗に整った金髪が乱雑に掻きむしられる様子に、アレフは思わず顔をしかめた。
「ディーファを傷つけたことは認める。だが、私では他にやり方が分からなかった」
「何だそれは、言い訳か?」
「素直に謝るつもりはないという事だ」
「ひねくれた奴め」
まだ頭を掻き続けるマリニアが、首を傾げた。
「相手はか弱い少女だぞ。胸倉を掴んで説教する必要もあるまい?」
「そもそも先にケンカを売られたのはこちらだ。無視を決め込むわけにはいくまい?」
「確かに今後を考えれば宜しくはないな。あの子も意固地で不器用だ。ご立派なお前の態度に感情を処理できず、つい反発してしまったのだろう」
「子を育てた事がないから分からんが、反抗期というやつか?」
「私が知る訳なかろうが。まあ反抗期だとしても、あれはどう見てもあの子が悪い。だが、それでキズモノにするのはどうかと思うぞ」
「だからキズモノはやめろ。駄目と教える必要があった。だから敢えてケンカを買った」
「力づくが過ぎたのではないか?」
「彼女には厚い心の壁がある。だから本音も言えずに固く閉じこもっていた。だから力づくで壊して本音を吐き出させた。そうしなければ彼女とは分かり合えない」
マリニアが一種目を見開き、それから目を伏せた。
「・・・お前何だよ・・・くそっ、うらやま・・・何でもない!」
マリニアは眉間に皺を寄せて舌打ちした。
「もういい!アレフ、お前、ディーファの友になれ!これは命令だ!」
「阿保か、断る。命令されることではない」
指差すマリニアをアレフは不快そうに睨みつけた。
「ではお願いにする、どうかあの子に友になってくれ」
「そのつもりだ・・・どうして私に頼む?」
「お前なら分かっていよう?あの子には必要だからだ。喜ぴも苦しみも共に同等に分かち合える友が必要だ。なのにあの子にはそうなれる存在がいない・・いやいなかった」
「私ならなれると?」
「そうだ。嫌か?」
「嫌ではないが、難しい。私はディーファに拒絶された」
「それはあれだ、年長者のお前がうまく導いてくれ。あれはまだ少女、精神的に未熟だ。今少し加減をして柔肌に触れて欲しい」
「だから言い方。誤解されるからやめてくれ」
「良いではないか。本人が合意の上なら、既成事実を作っても構わんぞ。無論責任を取ってもらうがな」
「本当に勘弁して下さい」
アレフは再び白旗を掲げた。今度は心の底からだった。
・
僅かに間を置き、アレフがぼつり小さく語り始めた。
「ディーファを見て感じたのは危うさだ。強い力を持ち、重い立場を背負わされている。だが未熟で、何とか守ろうもがいていた。いつか擦り切れそうに思えた」
アレフはどこか疲れた表情で再び溜息を吐いた。
「誰かが支えになる必要がある。彼女が信じる誰かが。それは私には無理だ」
「つまり私が支えろと?それは私にも無理だ。そもそもその資格がないからな」
そう言うと、マリニアは寂しげな遠い瞳で溜息を吐いた。
「知っているか?支える者には相応の資格が必要なのだ。しかし私にはその資格がない、少なくともあの子についてはな。理由は・・まあ聞くな。そんなものだと思ってくれ」
「資格という事なら私も同じだ。何せ全ての責任を放棄して逃げた大馬鹿者だからな。そんな弱虫では誰も支えられない」
「それは謙虚か?それとも本気か?いずれにせよお前は逃げ出し、それでも前に進んだ者だ。そんな奴は例外なく強い。弱さを知りそして強い、それは誰かを支えるに相応しい資格だ。お前ならあの子と対等な友に・・・いや・・・いやいや違う、そんなものでは駄目だ」
マリニアは嬉しそうに首を振った。
「お前なら彼女の絶対に、友以上の、例えば伴侶となり、生涯支えてやれるのではないか?」
それはマリニアの切実な懇願であった。
しかしアレフは静かに首を横に振った。
「それこそ他人が決める事ではない。それに私は元妻帯者、亡き妻に操を立てている。もう誰も娶るつもりはないし、そもそも故郷の星に帰らなくてはならない。無責任な婚姻などできないよ」
「責任など取ればよかろう。それに何故去らねばならぬ?ここに残れ、帰る必要もなかろう」
「地球には大事なものを残してきたからな、帰らざるを得んよ」
「それは何だ、未練か?」
「友と交わした約束だ」
「それは・・・もし、もしもだ、約束を破れと言ったら、お前は私を許さないのだろうな」
「何よりも大事なもの、とだけ言っておく」
「惜しい・・・本当に惜しい。だが、あいわかった。すまなかった、今のことは忘れてくれ。手数をかけた」
肩を落としたマリニアは深々と頭を下げた。
それから思案したマリニアだったが、何かを思いついたようで再び語り始めた。
「あの子は心には巨大な壁がある。お前はその壁を簡単に飛び越えてくれた。だからそんなお前ならと自分勝手に期待してしまった」
「壁など飛び越えていない。大ゲンカをやらかしたばかりだぞ」
「それよ、それ!それが壁を越えたという事だ。あの子はいつも本心を隠していた。それをあんなにぶちまけたのは初めてだ。なあ分かるか?あんな事、用心する相手にはとてもできんぞ。あの子はお前を信頼しているだ、無意識だろうがな」
「過大評価だ。本音を出せるように誘導したに過ぎない」
「それもあの子を思っての事だろうが。お前はあの子の壁を越えたのだ。悔しいぞ・・・私には出来ない。本当に羨ましいぞ、馬鹿野郎が」
「・・・過大評価だ」
「かもしれんな。はっはっはっ、ムカつくから殴っていいか?」
「・・・あのなあ」
ため息を吐くアレフに対し、辛うじて拳を収めたマリニアが豪快に笑い続けた。
その笑い声には何か複雑な感情が含まれていたが、アレフは敢えて気づかないふりをした。
・
「今更だが、それが本性か」
ようやく笑い終えたマリニアにアレフが切り出した。
「ふむ、今更だな。表も裏も分けられぬ。どちらも私だ」
アレフに問いをマリニアは鼻で笑った。
「これでもナーガ家なんて腐った名家の出なのでな、表では堅苦しいザマをせざるを得ん。だがまああれも私に違いない。無論、今の私もな。ん?なんだその残念そうな面は?失望したか?」
そう問い掛けるマリニアの前では、アレフが酷く沈痛な面持ちで首を横に振っていた。
「いや、大口を開けてると、麗しいお顔が崩れてのかな・・少々残念だと思ってな」
「はは!安心しろ、こんな美貌ならいつでも拝ませてやる!何なら私を娶るか?これでも清い身だ」
少し赤面したマリニアは、今度は手で大きく開いた口を隠して笑った。
マリニアの求婚とも解釈できる言葉に、アレフは心底嫌そうな顔をした。
「猛獣を妻に?勘弁してくれ、そんか特殊な趣味はない」
「おうおう猛獣かよ。まあ悪くはないな、それもまた私だ。さて私は正体を見せたぞ。お前は見せないのか?」
途端、マリニアの笑いが変化した。
一見して表面的な笑っている。
しかしその瞳の奥には、鋭い光が宿っていた。
「いい加減正体を現せよ。聞きたい事が色々あるのでな。例えば、魔力抽出杭の見学で話していた外部の誰かの事とかな」
「なんだ、姿隠しを見抜かれた事への意趣返しか」
「悪いか?それにしても良い顔だ、これで少しは溜飲が下がったぞ」
「・・・」
押し黙るアレフを前に、マリニアは話を続けた。
「盗聴されるのはさぞかし煩わしかったであろう?喜べ、解除しておいたぞ。もうこそこそと内緒話をせんでも良いな」
言い終えると、マリニアは肉食獣の獰猛な笑みを浮かべ、豪快に笑い始めた。
魔力抽出杭の見学の時、アレフは特殊な術式で会話を盗聴されていた。
だからフィロと話す際、イリスに用事を頼んで遠ざけ、その隙に術式を一時的に無効化した。
無効化する際、相手に気取られる様な事はしていない。最新の注意を払ったはずだった。
それをマリニアは見抜いていた。
若狐と古狸の騙し合いは、どうやら狐に群配が上がったようだった。
アレフは苦笑と共に力の抜けた息を漏らした。
「参った・・・降参だ」
「三度目のな」
アレフは両手を挙げ降伏の意思を示した。
その姿を見たマリニアは、口の端を吊り上げ意地悪く笑っていた。
「では吐け、全てだ。どこのどいつと何を話していた?」
「話をしていた相手はフィロ、私の相棒で今は重力圏外で待機している。内容は、今後についての検討だ。術式を無効化した理由は、先に盗聴を仕掛けたそちらを信用出来なかったからだ」
「なんだつまらん、星々の旅しているとの話に矛盾がないではないか。これでは追及もできん」
「元々追及できる余地もないから当然だ」
「まあ、信じてやるとするか」
マリニアは少し不満げながらも満足げに頷いていた。
その瞳からは、いつの間にか剣呑な光が消えていた。
「そもそも他国の諜報員なんて露ほども思ってはおらんかったからな」
「・・・あのなあ・・・思ってないのなら、どうして盗聴魔法を仕掛けさせた?」
「ははは、私は何も指示しておらんぞ。あれはクリスの独断、つまり暴走だ。知っていたら止めさせていた」
アレフの疑いの眼差しをマリニアは豪快に笑い飛ばした。
「それでその後気が付いたが、そのまま放置していたと?」
「当然だろ?せっかく便利なものがあるのだ、勝手にでも利用させて貰うに決まっておろう」
「・・・呆れた奴だ」
「なんの、呆れ具合ならお前も負けてはおるまい」
呆れ顔のアレフを、マリニアがジト目で睨みつけた。
「ディーファ達を倒したのに逆に降参し、治癒魔法という隠し玉で見ず知らずの者の命を救い、それなのに軍の司令官を都市を殴りつけて懲罰を食らい、しかもこの私に対してタメ口の無礼三昧だ、心底呆れているのは私の方だぞ。そんな奴はただの酔狂な馬鹿だ」
「確かにそうだが・・・なんだかなあ」
アレフは疲れた様子で肩を落とし、諦め気味に天を仰いだ。
「なあ・・・別に恩を売るつもりはないが、色々と役には立ったはずだ。それなのに随分と酷い事を言われてないか?」
「そうか?気のせいだろ」
アレフの抗議を、しかしマリニアはとぼけた様子で軽くいなした。
「これでも褒めたつもりだ。それに感謝だってそれなりにまあ一応している。それでもお前が大馬鹿なことは違いないがな」
「あー、はいはい、ありがとうございます」
「心がこもっておらんなあ、信じてないないだろ?感謝しているのは本当だぞ」
投げやりな返事のアレフに、マリニアは妖艶な笑みで答えた。
「では、アレフ・バンデット、勇気ある者よ」
雰囲気はこれまでとは打って変わった気品に溢れ、洗練された優雅な動作でアレフへと一礼した。
「貴殿の勇気ある行いにより、多くの者達が救われた。サイカ魔導国を代表し、ウェネス都市長マリニア・ナーガより感謝の言葉を贈りたい。貴殿に幾限りない感謝を」
それは非の打ちようもない、優美な立ち居振る舞いだった。
マリニアの感謝の言葉に対し、アレフはバツが悪そうに苦笑を浮かべる。
「感謝のお言葉、有難くお受けさせて頂きます」
「・・・私が言うのも何だが、この茶番、止めないか?」
「そうしよう、疲れる」
アレフの言葉にマリニアは瞳を輝かせた。
「生まれてこのかた、狭苦しい生き方を強いられた。お前も似たような境遇であろう?」
「ご覧の通り下賤の生まれだ。だがまあ、色々あったから間違ってもいない」
「なら似たもの同士だ。お互い気を使わず気が休められる」
「否定はしないがな・・・もう一つ聞きたいことがある。構わないか?」
砕けた表情で笑うマリニアを、アレフはこれまでにない真剣な眼差しで見つめた。
「当ててやろうか?ふむもしかしなくてもボルガンの件だろ。なぜ放置していたとな」
「そうだ。分かっていて放置したのなら、その理由を聞きたい」
それに対し、マリニアもまた真剣な瞳で見つめ返した。
アレフとマリニアが見つめあう中、二人の間の流れていた空気が一変し、冷たく張りつめたものへと変わった。
「逆に問うが、この私があの屑を放置していたと思うのか。だとしたら心外も甚だしいぞ」
「思っていない。だから聞いている」
「成る程な」
マリニアが鼻で笑った。
「あの屑の行いは把握はしていた。だが、現場が抑えられなかった。まあそれが問題だった」
「現場を押さえられなくても、色々とやりようはあったと思うが?」
「無論あったとも。ディーファが一線は越えさせなかったと言ってたであろう。あれは裏で私が手を回していたのだ。まああの子は気付いていないだろうがな」
「立場を考えれば良くやっているとは思うが、少し詰めが甘い」
「手厳しいな、まあその通りなので否定はせん。だがな、ボルガン・ネオはああ見えても名家の出なのだ。我がナーガ家には劣るがな。中途半端な追求では、逆に私が突き上げを食らう恐れがある。だから万全の準備を整えていた最中だった」
「それを私がぶち壊したのか。すまなかった」
「気にするな。存分に利用させてもらえた。おかげであの屑の処断を早められた」
「そう言ってもらえると助かる」
アレフがそう言った瞬間、付近に張りつめていた空気が一瞬で霧散した。
「都市長マリニア、あなたを誤解していました。あなたは真に敬意を表すべきお方です」
「ええい!その口調はやめろ!何かモヤモヤする」
「・・・礼を尽くすべき時は尽くすのが信条でな、まあ諦めろ」
「心底めんどくさい奴め。まあ良い、そんなお前だからこそ、あそこまで騒ぎにしたのだろうからな。お陰で殊の外上手くいった、かはははは!」
マリニアは再び豪快に笑い出した。
笑い涙を吹きつつ、マリニアが砕けた口調で問い掛ける。
「私からも聞くぞ。あの時、すぐにボルガンを殺せば良かったものを、お前は敢えて殺さず時間を稼ぎ、私が来るのを待っていた。違うか?」
「そうだ」
「何故殺さなかった?殺しても問題ない奴だと分かるはずだ」
「殺すに見合う価値がなかったからだ」
アレフは瞳を細めた。その瞳の奥底には
「人を殺し事には相応の覚悟と代償がいる。だが、あれでは何もかもが到底足りない。恐怖で躾ければ事足りる」
「随分と勇ましい事だ。本当に可能なのか?」
「つまり自身で試してみたいと?」
「おおう、怖い怖い」
暗く淀んだ瞳で答えるアレフを、しかしマリニアはおどけた表情で軽く受け流す。
「お前は敵に回してはいけないな、肝を冷やしたぞ」
「敵に回るつもりはない。だからここにいる」
「それは暁光」
わざとらしくおどけた仕草のマリニアを見て、アレフは軽く嘆息した
「そちらもボルガンとの問答の時、話題をすり替えたな?詐欺師のよくやる手口だ」
「さて?覚えておらんなあ」
「わざと事を大袈裟にした。ボルガンのからの隊員の性的嫌がらせを、身分上位の者、つまり自分自身への侮辱に話をすり変えた。自然過ぎて、少し寒気を覚えたよ」
「言っただろう、それが私の主義だ。恥ずかしい話だがこの国で女への嫌がらせは軽視されている。ましてや魔力強化体では尚更だ。あのままでは処分が軽いのでな、問題が大きくなる様に誘導してやったのだよ」
「それでもあの程度の処分か。更迭ぐらいはすると思っていたぞ」
アレフは不満を述べた。
下された処分は謹慎と立ち入り禁止、これまでの功罪を考えれば軽すぎた。
「仕方あるまい」
マリニアもまた不満げに首を振った。
「身分とはそういうものだ。だがこれで楔を打ち込めた。あとは叩き続ければいずれ割れる」
豪快に笑い続けるマリニアに対し、アレフは本当に疲れた表情で溜息を吐いた。
「割れるどころか、粉々に砕けそうだ」
「無論、粉微塵にしてやる。何せ今回の件であの屑にでかい貸しを押し付けてやれたからな。これで私の操り人形に確定だ。後は、部下達をあいつの配下に上ねじ込み、支配権を奪う。これで都市の軍部は掌握完了だ。いやこれからが楽しみだ」
「・・・目がいってやがる」
完全に悪役顔で笑うマリニアを前に、アレフは本気でドン引きしていた。
・
「残念だがそろそろ時間だ。秘書のハンスに仕事を丸投げしたが、そろそろ限界だろうしな」
「ハンスさんとやらには、心の底から同情する」
静かに祈りを捧げるアレフの皮肉をまるで気にすることなく、マリニアは一方的に話を続ける。
「あれが苦労する姿がまた楽しいのだ」
「そのうち刺されるぞ?」
「安心しろ、まだ3回しか刺されてない」
「刺されたのかよ、しかも3回も」
「それはさておきだ。お前は別の宇宙から来たと言ったが、そんな荒唐無稽な話など信じられん。だからここで証明しろ」
「唐突だな」
突然の無茶ぶりに、アレフは思わず苦笑した。
幾つもの宇宙を旅していた。
その事に嘘偽りはない。
とは言え、荒唐無稽と言われでも仕方ないとは、当のアレフ自身が思っている。
一応、証明方法を考えたが、果たしてあの肉食獣が納得するか・・・
「今、魔法術式を展開する。少し下がってくれ」
アレフはマリニアの前に、指を広げた左手を差し出した。
「これからこの5本の指先に火を点ける。全て異なる体系の術式でだ」
そして、アレフは目を閉じて、静かに術式の詠唱を唱えを始めた。
「ほう、これは中々」
マニリアが面白そうに目を見開いた。
アレフの左手の5本の指先には、それぞれに宿った小さな火が揺れ動いていた。
指先に宿る5つの火は、全て大きさ、形、色が異なっていた。
親指の火は一番大きく、中指の火は今にも消えそうに小さく、小指の火は青く、と言った様子だった。
「理解できたか?」
「当然だ、私を誰だと思っている」
マリニアはその光景を凝視しながら唇を吊り上げた。
「確かに5つの火は全て違う魔法術式で、しかも私が知るものが一つもない。全く異なる系統で、非効率な構成、なのに無駄がない。ははは、意味が分からない。殴るぞこの野郎」
「魔法術式は時間をかけて洗練され、効率されたものが残る。これらは他の宇宙で効率化され生き残ったものだ。しかしこの効率化とはあくまで他の宇宙の理によるもの。当然この宇宙では理から外れて、非効率なものとなる」
興味深く炎を見つめるマリニアに、アレフは言葉を続けた。
「非効率であれば、基本的に威力が落ちる。どの程度力が削がれるかは、元の宇宙との距離に関係するようだが、法則性まではよく分からない」
アレフがフッと息を吐くと、左手の火は四散して消えた。
「これで証明としたいが、少々苦しいか?」
「悪くないが・・・待て、少し考えさせろ」
「系統の異なる術式があると言う事で納得してくれると助かる」
「まあ・・・間違ってはなさそうだな」
マリニアは一応は納得したように首を縦に振った。
「うむ、少々こじつけ感があるが認めよう。こうも未知の多術式を見せられは納得せざるを得まい」
「これが駄目ならどうしようか悩んでいた。納得してもらえて良かった」
説明を終え安心した笑顔を見せるアレフに、マリニアは意地の悪そうな満々の笑顔を浮かべる。
「本当のところは、治癒魔法の件だけで納得はしていたのだ」
「おい!」
とぼけるマリニアに、目を細めたアレフが抗議の声を上げた。
「納得していたのなら、何故わざわざ聞いた?」
「察しが悪いのう。暇つぶしに決まっておろうが。中々に良いものを見せてもらった、礼を言う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ハンスさん、助けて」
アレフはまだ見ぬハンスに思いを寄せた。
この証明方法はアレフなりにかなり悩んだものだが、それがただの暇つぶしのためにとあしらわれた。
マリニアの性格を考えれば今更気分を害することもないが、それでも相当にげんなりとしたさせられていた。
「・・・なあ、早くハンスさんの所に戻ってやってくれ。絶対に泣いてるぞ」
「まあ泣いてるだろうな、だがそれが良い!」
アレフの訴えをマリニアは豪快に笑い飛ばた。
「早く帰れよ」
「まだだ。まだハンスには余裕がある、はずだ。もう少しだけ付き合え」
「もう少しハンスさんを労われよ」
「それでな」
マリニアは完全に無視した。
「お前についてだが、その若さでそこまで魔法を使いこなすとは相当な才能だ。魔法に関しては私も相当の天才だが、お前も中々のものだぞ」
「唐突だな」
いきなりマリニアの絶賛に、アレフは苦虫を噛み潰したような微妙な拍子を浮かべた。
「言っておくが私は無能だ。術式は膨大な時間を掛けて習得した結果に過ぎない」
「おいおい、過度な謙遜は嫌味にしかならぬぞ。そんな訳がなかろう」
「私は何歳ぐらい見える?」
「なんだ唐突に?」
アレフにそう言われたマリニアは、両目を細めまじまじとアレフを見つめる。
「肌は若いな。クソッ!うらやましいぞ。ふんっ、顔は幼くはないが、まあ成人してそれほど経っていないと思うな。だが、どう見ても場慣れした猛者の顔つきだ。20歳は若すぎるな、25歳と言ったところか?」
「桁が二つほど違う」
自信ありげに答えるマリニアに、アレフは瞳を細め首を横に振った。
「およそ三千歳だ。細かいとこまでは覚えていない」
「なんと!」
マリニアは目を見開きアレフを凝視した。
「つまりお前は不老不死か?」
「不老ではある。不死については答えかねる」
マリニアの問い掛けにアレフは肩を竦ませた。
「ガキの頃、神と名乗る輩に祝福だのと歳の取らない体を押し付けられた。おかげで成人してから全く歳を取れなくなった。何が祝福だ、こんなの呪いだ」
「呪い?神から与えられたのだぞ。立派な祝福ではないか」
「ふざけるなよ」
マリニアの問いに、アレフは突然乱雑に吐き捨てた。
「歳を取らないという事は、皆が先に死んで取り残されるという事だ。これが未来永劫続く。これが呪いでなくて何になる」
「それは・・・すまぬ」
瞳に殺意の光を宿すアレフの姿に、これまで余裕だったマリニアが圧倒されていた。
「いや、すまなかったのは私の方だ。今のは八つ当たりだった」
マリニアの様子を察したアレフが瞳から殺意を消した。
「では失礼を承知で踏み込ませてもらう。気に食わぬのなら答えなくとも構わん。不老なら不死ではないのか?つまりお前は殺されても死なぬのか?」
「・・・酷い質問だな。答えないでおく、試しで殺されても敵わないからな」
苦笑したアレフはひどく疲れた声で答えた。
「あい分かった。この話題はここまでだ」
マリニアは神妙な面持ち深々と頭を下げた。
「お前の傷口に触れた無礼、どうか許して欲しい」
「構わない、先に言い出したのは私だ。とにかく私は長生きしてるだけで物を多少知っているだけだ。才能はない、それだけを言いたかった」
そう言って力なく笑うアレフに、マリニアは驚きの表情を浮かべた。
「魔力だって私とほぼ同等、つまり人間の最高峰だ。それだけでも才能がないとは言えまい」
「ああ魔力の事か。これは身体を弄って改造して、強引に増加させた」
「何だと?」
「昔手頃な魔術師を脅して、強引に魔力の貯蓄炉と伝達回路の形成手術をした。何度も何度もな。この無相応の魔力量はその結果だ」
「待て!何だそれは!」
マリニアは驚き叫んだ。
「肉体改造による魔力の増強だとあれは魂すらも狂わず激痛を伴う禁忌の業だ!受けた者は例外なく狂い死ぬ。それを何度を受けただと?それなのに何故お前は生きている!」
「痛いだけだ、別に死にはしない」
アレフは苦笑した。
「正気だったら狂死してただろうな。だが、あの時は復讐に狂っていた。死ぬほどの痛みも、復讐への狂気が緩和した。皮肉なものだ、狂っていたからこそ狂い死ねなかった」
「・・・お前は一体・・・」
絶句するマリニアを他所に、アレフは淡々とした口調で話を続ける。
「時間はそれこそ無限にあった。何よりも、強くならないといけない理由があった。剣も槍も弓も魔法も100年掛ければ人並みにはなれる。それを3000年続けた。だから、まあそこそこまで強くはなれた。普通なら同じ時間でもっと強くなれるだろう。私には才能なんて皆無なんだ。だからあまり期待してくれるな」
「何がお前をそこまで駆り立てたのだ・・・いや、すまない、余計な詮索だった」
マリニアの再度の謝罪にアレフは力のない疲れた笑みを返す。
「別に聞きたいのなら、幾らでもする構わない。ただ今日はそろそろやめよう。少し疲れた」
「・・・そうだな」
それが遠回しの拒絶と察したマリニアは、沈んだ瞳で静かに頷いた。
「話せて楽しかったよ、また近いうちに来るつもりだ。なに、ハンスに押し付ければ時間など幾らでも捏造できる。楽しみに待っていろ」
「それは構わないが、なんだ、そのハンスさんをもう少し労わってやれないのか?」
マリニアなら絶対に実行するだろう。
アレフは未だ見ぬハンスに心の底から同情し、祈りを捧げた。
「心配するな、あれなら3日は寝なくても生きていける、多分な。では明日の午後にまた」
「多分なのか?しかも明日にまた来るなのか?いやまあ・・・分かった、また明日に」
アレフが別れを告げる手を振ると、マリニアも合わせて手を振った。
それからマリニアは背を向けて去ろうとしたが、途中で立ち止まった。
「おっと一番大事な事を忘れていた」マリニアはわざとらしい口調で言うと、満面の笑みで振り返った。
笑ってはいるが、目は笑っていない。まるで獲物を狩る獣の瞳だった。
「私はな、魔力強化体の研究機関の主任もしている。つまりは魔力強化体達の生みの親も同然だ。だからな、ディーファも私にとって大切な大事な存在だ。何が言いたいかというと、つまりだな」
マリニアは少しだけ間を置いた。
「次ディーファをいじめたら、殺す。覚えておけよ?」
ドスの低い声で死刑宣告を告げるマリニアの表情は、やはり極上の笑顔のままだった。
「・・・ご忠告謹んで受け止めます、はい」
「まあ、良しなに頼むぞ」
そう告げると、マリニアは姿隠しの魔法を発動させて、その場から消え去ったのだった。
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「おーいフィロ、フィロさんやーい」
マリニアの気配が消えたことを確認したアレフは、これまで沈黙していた相棒のフィロへの通信を試みた。
しかし、いつまで経ってもフィロからの返答はなかった。
アレフは疲れた表情で溜息を吐いた。
『これは独り言です。だから話しかけられても返事などしません。ええ無視しますとも』
「それで?」
フィロからの通信にアレフは苦笑した。
『あー、あー、聞こえません。監視するなと言われので少し目を離したら、なんか牢屋にぶち壊れている輩となんて話もしたくありません。何を聞かれても無視します。少し頭を冷やして反省しろー、しろー』
「分かった。理由を説明する。仕方がなかった」
そう言うとアレフはこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
『・・・馬鹿ですか?』
「面目ない」
呆れ返るフィロにアレフは何も言い訳できなかった。
『しばらく一人で反省してないし。あー、あー、もう何も聞こえないー、聞こえないー」
そう言うとフィロは通信を一方的に打ち切った。
それきりアレフがいくら呼び掛けようとフィロからの反応がない。
「まあ、なんとかなるか」
アレフはそう呟くと、横たわった粗末なベットから窓の外を眺めた。
格子越しの空には、ただ大きな銀色の星がだけが冷たく瞬いていた。
日常パートはこれで一区切りとなります。
次は11月8日更新予定、幕間の話となります。




