第11話 ディーファの本音
重苦しい沈黙の中、ディーファは露骨に不機嫌な表情を浮かべていた。
彼女は相当に立腹していた。
理由は面目を潰されたからだ、しかも敬愛するマリニア様の目の前で。
潰したのはアレフ、今目の前にいる、地下の独房へ連行中の男だ。
長い廊下を進む足取りは静かだが、心中は激しい激しく揺れていた。
この男は防衛隊司令官ボルガンへの暴行事件を起こした。
自分がマニリア様に引き合わせようとしたその矢先にだ。
しかも殴った理由が、性的嫌がらせを受けた部下を助ける為だったという。
魔力強化体は兵器だ。当然、立場は弱く、嫌がらせへの抗議も出来ず泣き寝入りしかなかった。
それでもディーファなりに手を尽くし、最後の一線だけは越えさせなかった、はずだ。
今回はどうだったのだろうか?自分はイリスを助けられたのだろうか。
アレフの行動でイリスが救われた。それは間違いない事実だ。
彼に感謝すべきなのだろう、でも出来ない。
感謝よりも、面目を潰された恨みと怒りが勝り、それを許さない。
つまりは誇りが邪魔をしている。それも分かっていて、そんな狭量な自分自身にも腹を立てていた。
・
「私達、魔力強化体は結局は使い捨ての兵器だ。問題があれば欠陥品とみなされ処分、つまりは殺される」
静かな廊下の中、ぽつりとディーファは呟いた。
静かさが戻り、コツンコツンと足音だけが響く。
「もし私達が原因で人間に危害が及んだ場合、その処分は言うまでもない、処刑だ。だからこそ食堂の光景を見た時、本気で死を覚悟した」
ディーファの声は少しづつ震え声へと変わっていた。
「魔力強化体第二大隊全員が処分を下されるかもしれないと思った。だからその前に私が責任を取って死のうと考えた。そうすれば他の隊員は助かるかもしれないからだ!」
ディーファの声は怒声となったが、それでもアレフは何も答えなかった。
「・・・幸いにもマリニアの機転で最悪の事態は免れた。マリニア様のおかげだ。私は死なずに済んだ」
「そうか」
大人しくなったディーファにようやくアレフが答えた。
「お前を許さない、絶対にだ。イリスを助けてくれた事に感謝・・・いやそれすら無理だ。お前は私達を殺しかけた、絶対に感謝などしない。許さない、絶対にだ」
それからディーファは肩を振るわせ押し黙った。
気まずい沈黙の中、ディーファ達は長い廊下を歩き続けた。
・
重苦しい沈黙の中、アレフが突然立ち止まった。
「頼みたい事がある」
そう切り出したアレフを、ディーファは冷え切った視線で睨みつけた。
「自分の立場を分かっているのか?弁えろ」
「承知の上だ。何人への謝罪の言葉を頼まれて欲しい」
「謝罪・・・か。意外だな、悪いと思うだけの理性があったのだな」
「理性はない、私は壊れた人間だ」
「?それは何かの謎かけか?」
「そのままの意味だ。壊れた人間でも、反省ぐらいはする。もう少し別のやり方があったかも知れなかったと」
「確かにそうあって欲しかった」
「今更になるが、本当にそうだった」
目を伏せるアレフに溜飲が下がったのか、ディーファは険しかった表情を少しだけ和らげた。
「それで、誰に伝えれば良いんだ?さすがにあの変態・・・ボルガン様にだけは遠慮させてもらうぞ」
「成る程、ボルガンは変態か」
「・・・」
「・・・」
別の意味で気まずい沈黙が満ちた。
「・・・幻聴が聴こえたようだ」
「そ、そう幻聴だ!で!謝罪は誰にだ!さっさと言え!」
ディーファは頬を紅潮させ叫んだ。
「まず給仕係の方々に。身の危険を省みず証言をして頂きありがとうございます、と。そしてせっかく用意して頂いた貴重な食事を無駄にしてしまい申し訳ありませんでした、と。この二つを伝えて欲しい」
「分かった。一字一句違えずに伝えよう」
「お願いする。経験上、食事関係の人達は怒らせると後が怖い事が多い。今後のため切にお願いしたい」
「まあ・・・真理ではあるな。ふふふ」
必死に頼むアレフだったが、その姿に加虐心が唆られたディーファが、意地悪く笑った。
「いや待てよ、敢えて何も言わないのも一興だな。そ色々と面白い事になりそうだ」
「待て!いや、待ってください!それだけはどうか勘弁して下さい!」
「さて、どうしたものか」
「そこを何とか!」
「・・・冗談だ」
自分やマリニア相手に動じなかったアレフが、食事のことで狼狽している。
それがあまり意外で、拍子抜けを覚えたディーファは、思わずため息を吐いた。
「大形異形体すら倒した者が、給仕係を畏怖するとはな。胃袋を掴む者とはかくも恐るべし。ははは、これは良い笑い話だ」
「食は恐ろしいぞ。冗談抜きで国が滅ぶ」
「ははは、それは恐ろしい」
何故かディーファの胸中には笑いがこみ上げてきた。
先程までの怒りなどすっかり消えていた。
「本当は散々説教をくれてやるつもりだったが、その情けない顔で気が抜けた。今日のところは我慢してやる」
「そうか、助かる」
「まあ後日改めて説教をくれてやるがな」
「・・・・・・・そうか」
「そうしょげるな」
ますます落ち込むアレフに、ディーファは笑い続けた。
「話を戻そうか。それで謝る相手はもういないのか?あと何名かはいると思えが?」
「そうだった。シェイドとクリスにも、すまなかった、と伝えて欲しい」
「分かった、伝えておく」
流石に失礼と思ったのか、ディーファは笑うのを止め、神妙な表情でアレフを見つめていた。
「私が事務仕事が駄目なせいもあるが、シェイドとクリスはいつも働き詰めで、かなり苦しい思いをさせている。これからは彼らが苦しまないよう考えて行動してくれ」
「分かった」
「・・・先程の言葉だが撤回する」
うなだれるアレフを見て、ディーファは小さくため息を吐いた。
「済まなかったな、ついカッとなっての発言だ。だから、お前を許さないとの言葉、撤回する。それとイリスを助けてくれたことにも感謝を。ありがとう」
「分かった」
「その上でお願いする。もうこんな事はしないでくれ。私達魔力強化体は兵器だ、本当に微妙な立場なんだ。助けようとした気持ちは嬉しいが、おんいな行動が逆効果になることもある」
「微妙な立場か・・・約束は・・・いや分かった、約束する」
「ありがとう・・・どうした?」
ディーファが首を傾げた。
アレフが後ろに振り、何もない空間を見つめていた。
「そこに何かあるのか?」
「さて、な」
声を掛けられたアレフが、視線をディーファへと戻した。
「何か音がした気がしたが、気のせいだった。ところで、謝罪したい相手がまだいるが構わないか?」
「ん?ああそうだったな、構わないぞ」
「ではイリスに。君は悪くないから気にしないでくれ、と伝えて欲しい」
「喜んで伝えよう。一番の被害者は彼女だ、その言葉できっと救われる」
「そうあって欲しい。それと最後に一人」
「なんだ、まだ誰かいたのか?」
いい加減うんざりとした顔でとなったディーファはアレフを見つめた。
「すまなかった」
「ええ?」
深々と頭を下げるアレフの姿な、ディーファはその紅い瞳を見開かせた。
・
しばらくの間、ディーファアレフを見つめ沈黙した。
状況が理解できなかったからだ。
彼は魔力強化体が人間と同等と思っているらしい。
あり得ない、と思わず内心笑っていた。
本当は自己満足、偽善だろう。
本心では見下している、それが人間だ。
信頼できる人間はマリニア様だけ。
他には何も期待していない。
信用もしない。
ディーファは拒絶した。
・
「・・・お顔を上げて頂けますか」
ディーファの口調が変わっていた。
「・・・分かった」
頭を上げたアレフは、ディーファの表情を一目見るなり頭を張った。
「それが君の答えか」
「仰る意味が分かりませんが、貴方にお聞きしたいことがあります」
「なんなりと」
ディーファの明らかにへりくだる態度に、アレフはわずかに拳を握りしめた。
「私達魔力強化体は生体兵器、下等な存在です。貴方は、そんな下等な私達に対し、どうしてこのようなご親切をなさって下さるのでしょうか?」
「答えるつもりはない。話を聞くつもりのない者には、何を話しても無駄だ」
アレフの拒絶に対し、ディーファは感情のない虚ろな微笑を浮かべた。
「所詮下等な私では、答える価値もないという事ですね。残念です」
「ああ、残念だ。結局受け入れてもらえなかったのだな」
アレフが眉間に皺を寄せ、明らかな不快な表情を浮かべた。
「意思あるものは全て対等の関係だ。上下などいらない。ましてや、同じ戦場で命を分かち合った戦友は何よりも大切な存在だ」
「そんなのあり得ませんよ。私達は単なる兵器、あなた様とは対等になどなれません」
「・・・私はかつて奴隷であり、王にもなった。どちらも知る。希望も絶望も。君達はそこまでの絶望にいるのか」
アレフの精一杯の懇願に、しかしディーファは無表情を崩さず、逆に問いかける。
「絶望ですか?それは希望を失ったものが味わうものです。始めから希望がない私達には関係のない話です」
「知った話だ・・・」
アレフは絶句した。
いつの間にかその両拳が握り締められていた。
絶句するアレフに構うことなく、ディーファは淡々と話を続けた。
「貴方とは対等にはなれません。もしご希望であれば、どうかご命令下さい。そのように演じましょう。私達は貴方の望み通りに致します。私達は道具、人間の命令には絶対に服従致します」
「ケンカを売られたことは理解した」
アレフはドスの効いた低い声で応えた。
対してディーファは無機質な微笑みを浮かべていた。
「そんなつもりはありません。どうか貴方の思うがままにご命令下さ、あっ」
突然アレフがディーファの胸倉を掴んだ。
「買ってやろう、望み通り潰してやる」
そのままアレフは片手でディーファの体を吊り上げた。
「う・・・なにをなさるのですか」
「売られたケンカを買ってやると言っている」
ディーファは苦しみに呻くも、睨み付けるアレフを睨み返した。
「ようやく理解したよ。お前の下卑た態度がお前の部下さえも貶めた。お前はそれを理解すらしていなかった」
「・・・離して下さい・・」
「お前は大隊長、多くの部下達の規範となるべき立場だ。そんなお前が自分を下等と言ったから、部下達の屑以下に成り下がった」
「違・・・やめて下さ・・」
ディーファは懇願しようとしたが、途中で言葉を止めた。
「イリスは自分が屑以下と思い込んでいた。だから、あんな変態野郎に抵抗できなかった。自分を守るための行為すら、間違ったことだと思い込んでいたからだ。お前はそれを部下に強要していた」
「・・・当然です。私達は人間に抵抗してはいけない」
「限度がある。完全無抵抗なら問題ないと?それは逃げだ。聞こえは良いだけの最悪の選択だ。最後は餌食にされて終わる。お前の現実逃避に部下を巻き込むな」
「・・・苦しい。離せ」
ディーファの口調が元に戻っていた。
「さて、どうしようか」
「離せ!」
アレフの冷たい視線とディーファの赤熱の視線が僅かに交差した。
アレフが静かに息を吐き、それからディーファゆっくりと降ろした。
「乱暴をした事は謝ろう。だが今の発言については謝罪も訂正もしない」
「黙れ」
痛む胸をさすりながら、ディーファは憎しみの瞳でアレフを睨みつけた。
「言っておくがな・・・」
彼女の全身とその声とは、激しい怒りによって小刻みに震えていた。
「誰もいないし、告げ口もしない。私の言うことなど誰も信じないだろうした。だから腹の中をぶち撒けたらどうだ」
「黙れってんだよ!」
廊下中にディーファの怒声が響き渡った。
「よそ者が知った事を抜かすな!お前は何の責任もない、何も背負わない!そんな奴が私達の領域に踏み込むな!」
大きく深呼吸を入れ、彼女は怒声を続けた。
「私が部下たちの事を何も知らないと思ってんのか!知ってるさ!だけど何も出来ないんだよ!やってはいけないんだよ!私達は人間の気分次第でいつでも処分される!だから私達は抵抗できない!してはいけない!ただの兵器が人間に抵抗してはいけないんだ!ふざけるな!」
ディーファが怒りまかせに感情を吐露し続ける。
そんな様子をアレフはただ静かに見つめていた。
「君の考えは正しいのだろう、否定はしない」
全てを吐き出し終えたディーファに、アレフは優しい声で話し掛けた。
「だけど、その考えを部下に押し付けては駄目だ。それは彼等をただの物として扱うのと同義だ。それは犠牲の連鎖を生む」
「黙れ、黙ってくれよ・・・」
ディーファは嗚咽まじりの声で答えた。
「部下に押し付けるなと言うなら、お前だって考えを押し付けるな」
「つもりはない。ただ選択肢を示しただけだ。私の望みは、自分が助けた命を無駄にしないこと。だからイリスを君の価値観の犠牲にはさせない」
「黙れ!お前の意見など知ったことか!人間の意見など知ったことか!人間など信用できるか!人間の味方など、マリニア様がおられれば十分だ!お前など要らない!」
「ようやく本当の君を見せてくれたな」
ディーファの拒絶にも関わらず、アレフは少しだけ微笑んだ。
「確かに私はいずれここを去る身だ。最後まで責任が取れない者には立ち入る資格などないな」
「分かってるなら、これ以上立ち入るな」
「君次第だ」
「・・・ちっ!さっさと行くぞ」
舌打ちしたディーファは、ドスドスと荒々しい足取りで独房へと歩き出した。
・
「なあ?少し良いか?」
「時間が惜しい、歩きながらだ」
先導するディーファに、アレフが後ろからアレフが話し掛けた。
「君は人間様とやらに反抗するつもりなど微塵もないのだな?」
「その話をまだをするかよ。そんなの当たり前だろうが」
ディーファは後ろを振り向くことなく、歩きながら淡々と答えた。
「人間には反抗しない。だがな、それは私達に愛情を注いでくれたマリニア様のためだ。あの方のためにも、私達魔力強化体は絶対に人間に犯行などしないし、させない。絶対にだ」
「そうか。もう一つ、ボルガンの今回の行いだが、マリニア様は以前からご存知だったようだが、何もしなかったのか?」
「そんなわけなかろう!あの方が陰から手を回して、最後の一線だけは絶対に越えさせなかった」
「そうか・・・流石はマリニア様だ」
アレフは立ち止まると後ろへ振り返り、何もない空間を見つけた。
「おい!立ち止まるな!」
「分かった」
ディーファに急かされアレフは歩き出した。
「君は一人で何もかも背負い過ぎだ。組織なんてものは、互いに頼りあって機能するものだ。少し肩の力を抜いたらどうだ?」
「そんな余裕はない」
「余裕は見つけるものだ、必ずどこかにかる。例えば誰かに頼るとかだ。例えばマリニア様だ。あそこまで見事な処断を即座に下せるお方だ、必ず君の助けになってくれる」
ディーファは歩いたまま小さく溜息を吐く。
「今日マリニア様にお会いしたばかりのくせに、よくもまあそんな知った風にぬかせるものだ。普段から過分にお世話になっているのだ、これ以上頼れるかよ」
「ひと目見て分かったよ、あの方は英傑だ、しかも乱世でこそ輝く類のな。味方になれば間違いはない、そう言う人物だ。君が頼ればもっとお力になってくれる」
「マリニア様はお忙しい方だ。お手を煩わせる事などあり得ない」
「いや、意外と暇だと思うぞ?」
アレフは起用に後ろを見ながら歩き続けた。
「潮時だな。これ以上は、何も言っても平行線だろう」
「当たり前だ。私はお前の全てを認めない。それが答えだ」
「それなら最後に忠告しておこう。まあ聞くだけ聞いておけ」
そう言うと、アレフはその場で立ち止まった。
「だから立ち止まるなと・・・分かった聞いてやる」
振り返ったディーファは神妙な面持ちでアレフを見つめた。
アレフは静かに話しかける。
「かつて私が砂漠の部隊で隊長をしていた時、出来うる限り部下を守ることを最大の役割とした。それが出来なければ隊長の資格はないし、何よりも意味がないし、誰もついてこなくなる。これは私の経験談だ。参考にしてくれ」
「そんな事、嫌と言うほど知っている。だがまあ、参考にだけしておいてやる。ほら、さっさと歩け」
ディーファは哀しそうな瞳でぶっきらぼうに答えた。
「・・・行くぞ」
と小さな声でそう言い残すと、再び独房へと向かい歩き始めた。
それから、彼らは独房まで何も語らなかった。
そしてアレフを独房に入れたディーファは、中での規則を口早に説明ふると、足早にその場から立ち去った。
立ち去る際、ディーファは一瞬だけ振り返った、
その紅い瞳は悲しみにひどく潤んでいた。
・
「やり過ぎたかなあ?」
ディーファの立ち去ると、アレフが小さく呟いた。
「まあ必要だったと思いますけどね」
それからアレフは独房を眺めると、誰もいないに空間に話し掛けた。
「その辺の事、是非ともご教示願いませんか?お忙しいはずのマリニア様」
「・・・本当に食えん奴だ」
何もないはずの空間から突然現れたのは、ウェネス都市長マリニアだった。
11月5日更新予定です。




