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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第2章 魔道研究都市ウェネス
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第8話 シェイドとクリス

 サイカ魔道国第二都市ウェネス

 この都市は、八割を占める『一般地区』と、二割の『限定区』に分けられている。

 この『一般地区』では、主に一般人が使う集合住宅や商店等があり、『限定区』では、政府や軍関係者が使う軍事施設や政策施設や軍施設がある。


 ディーファ達魔力強化体第二大隊の宿舎は、この『限定区』の中に建てられいる。

 彼女達は身分上は軍属の兵器とされ、一般地区への出入りを制限されている。

 それは魔力強化体が生体兵器であり、肉体そのものが軍事機密だからだ。

 彼らの脱走、敵国への拉致等による機密漏洩を防ぐためだった。


 そんな限られた狭い空間のみ、彼等は自由を許されていた。


 ・


 魔力強化体第二大隊の一階に、大隊用の執務室がある。

 そこでは原罪、大隊長副官シェイドと大隊長伝令クリスが黙々と書類作業をしていた。


 机の上は書類で山積みだった。

 量だけでなく、その種類も様々だ。戦闘損害額、負傷隊員の復帰計画、消費弾薬の追加請求、部隊員の休暇申請等々・・


 シェイド達はそんな書類の山を片付けている。

 普通ならもっと多くの要員で処理するのだろうが、この場にはたった2名しかいない、

 それには色々と理由があった。


 これは上層部同士の軋轢が原因なのだが、そこに至るまで様々な過程があった。

 昔は軍中央から派遣された専門の人間が、これらの事務仕事を取り仕切っていた。

 しかし彼等が物資横領で捕まってしまう、それもかなりの額だった。


 そこまでなら軍内部で処理して終わりなのだが、問題はこれに都市長マリニアが介入した事だった。

 基本的に軍隊は外部からの干渉を嫌う傾向が強い。この国もその例に漏れず、軍上層部は身内に対して極端に甘く、過去様々な汚職があった際も、内々で減俸か停職程度で処理されてきた。そのため、この件についても同様になるだろうと思われていた、

 これに不信感を抱いたマリニアは、自ら処断を下す事とし、強権を発動して犯人の身柄を強引に奪った。

 そして軍事法廷で裁くのではなく、刑事事件として扱い、厳正な裁判により実刑に処された。


 軍上層部はこれをマリニアの横暴とし激怒した。

 そして報復として、都市ウェネス駐留軍への予算を大幅に削減し、更に要員派遣を辞めてしまった。


 これにより少ない予算と要員不足で部隊を運用する事になっだ、そのしわ寄せを食らったのがシェイドとクリスだった。

 事務能力の優秀さに目をつけられた彼等で、多人数で行う事務仕事全般を押し付けられたのだった。


 それから彼等の書類地獄が始まった。 

 幾ら優秀だろうと限界はあるが、それでも創意と工夫で何とか乗り切ってきた。


 しかし今回の事務処理は色々あって(大体アレフのせいで)書類が倍以上となり、許容量を完全に超えていた。

 量もだが、内容が煩雑(全部アレフのせい)で、報告に困る書類ばかり。


 帰った直後から不休不眠で書類と戦い続けていたが、未だ終わる目処は見えなかった。


 ・


「はは、字が踊ってやがらぁ〜、ヒャッホーい・・・げぶ」

 積み重なる紙の山の上、脱力したシェイドが突っ伏している。疲れ切ったその目は、完全に白目をむいていた。


「クリス、もう嫌だ。俺は寝る」

「駄目よ。時は無常なの、今こんな無駄話している時にも過ぎていくのよ」

 クリスは冷たい視線でシェイドを睨め付けた。


 シェイドは苦笑するとわざとらしく肩をすくめた。

「悪い、帰って良いか?」

「へえ・・・なんなら今すぐ還してあげるわよ、土に」

 クリスは満面の笑顔を浮かべると、炎の術式を纏う拳を振り上げた。

「いや冗談だから!拳下げてくれ!詠唱も止めよう、書類燃えるから!」

 シェイドは思わず机から飛び退いた。


「俺が悪かった、勘弁してくれ!そんなに力を入れると肩凝るぞ、ただでさえ胸がでかいんだから」

「死ね!」

「がはっ!」

 瞬間、クリスの拳がシェイドのみぞおちに突き刺さり、彼の身体を壁まで吹っ飛ばした。


「胸のことぉ!言うなって言ったわよね!次は殴るわよ」

「もう殴って…いや何でもありません。まっこと申し訳ありませんでした」

 ため息を吐くクリスを見つめながら、シェイドは何事もなかった様子で立ち上がった。


 派手に吹っ飛んだものの、実際はかなり手加減されていたのだろう。


「・・・あなたねえ」

 クリスが疲れた様子で肩を下ろした。

「気遣いは分かるけど、言葉を選びなさい。次は殺すわよ?それとも千切られたい?」

「何を千切るの?本気で怖いから、その笑顔はやめて。目が笑ってないから。本当、すいませんでした」

 全身から殺気をみなぎらせるクリスに、シェイドは真っ青な顔で何度も頭下げ続けた。


 ・


「ねえ、帰って良いかしら?」

 次に弱音を吐いたのはクリスだった。

 シェイドは横目でクラスを見やるが、直ぐに視線を書類に戻した。 

「俺だって帰りたいけど無理だろ。何なら中隊長達にでも手伝ってもらうか。どうせあいつら暇だろ?特にバレットとフラム」

 シェイドは書類を書く手を止めずに、クリスの弱音に淡々と応えた。


「あのねえ」

 クリスもまた書類を続けながら、苦虫を噛んだような表情を浮かべた。

「仕事増やしたいの?まあマグは良いわよ。あの子、本当なら私達より遥かに優秀だからね」

「だがあいつ、やる気出さないと何にもやらないからな」

「筋肉馬鹿のバレットとお気楽馬鹿のフラムは論外ね。いるだけ邪魔」

「結局この結論か」

「そうね・・・」

 それきりシェイド達は沈黙し、淡々と書類を続けた。

 これまで同じ内容を何度も続けた会話で、行き詰まった時の不満解消の習慣のようなものだった。


 少しして、ひと段落したのか、シェイドが背筋を伸ばして大欠伸をした。

「うーいっと、ふう。しかしまあそろそろ後任を育てないとな。俺達だっていつまで生きてられるか分からないしな。イリスとイデアなんか適任なんだがなあ」

「今度マリニア様に進言しておいて。私もディーファ大隊長に言っておくから。期待はしない方が良いでしょうけどね」

 クリスは書類を鬼の形相で睨みながら応えた。しかし睨んでいるだけで、書類の上に置かれた手は止まっていた。


「このままだと戦場より先に、執務室で書類の山に殺されるな。だからよ、交代で休まないか?俺はまだ余裕があるから、先に休めよ」

「・・・」

 クリスは無言でシェイドに視線を向けた。

 彼女のまぶたは半分閉じかけで、どうやら睡魔との戦いの最中の様だった。

「・・・文字が踊るって本当だったのね。流石に限界、お言葉に甘えて少し眠らせてもらうわ。何かあっても起こさないでね」

「冗談言うくらいならさっさと寝ろ」

「はーい」

 クリスはそのまま机の上に突っ伏すと、僅かな時を経たずして、静かな寝息を立て始めた。


「やっと休んでくれたか・・」

 シェイドは小さな声で呟くと、先程作り終えた書類を読み始めた。


 ・                    


 ウェネス近郊における異形体戦闘結果報告書

 第24頁第3項 アレフ・バンデット(以下甲と略)の戦闘について

 

 甲の戦力能力は非常に高く、魔力強化体第二世代方以上、同第一世代型未満と認められる。


 その根拠については以下の通り

 1.大形異形体の単独撃破及び共同撃破

  先述の一個分隊を壊滅させた、鱗型大形異形体を、急所へ の刺突及び雷撃の魔法術式使用による単独撃破

  バレット第一中隊長との共闘による、牙型大形異形体の共 同撃破


 2.複数の魔力強化体第二大隊員との戦闘での実質的勝利

 同大隊員3名との同時戦闘において勝利(その後、降伏)


 3.その他、中型及び小型異形体の多数撃破

 治療用に設置された夜戦病院を襲撃した中型及び小型異形 体の撃破(9割が単独、残りは共同撃破)


 以上の戦果から、甲の戦闘能力については、魔力強化体第二世代型を大きく上回るも、同第一世代型には一歩及ばない程度であると思料される。


 甲の特殊価値について


 甲は治癒魔法術式という、肉体を治癒させる特殊な魔法を習得しており、この価値は極めて高い、

 よって、当国でもこれを修得し、また他国への流出を予防する必要が思料される。

 特に、甲自身の他国への流出は、戦闘能力の高さも含めて極めて危険である。

 以上の事から、甲についてはいかなる手段を用いてもこれを防止する必要があると断言し得るものである。


 ・


 報告書に目を通したシェイドは、異形体との戦闘を思い浮かべた。

 降伏したアレフがイデアを治療した後の事だった。


 アレフの治療で、瀕死だったイデアは救われた。まだ傷は完全に治ってないが、命に別状がないのは明らかだった。

 これに喜んだシェイド達だったが、直後に第一中隊長バレットからの支援要請が入る。

 大形異形体との戦闘で苦戦しており、早急に助けを求める、との事だった、


 バレットは大隊でもディーファに次ぐ強さを持ち、単独でも大形異形体した実績がある。

 長期遠征で疲弊していたのか、この日の戦闘は不調で、大型異形体の攻撃に片腕を負傷してしまい、止むを得ず助けを求めたのだった。


 大隊長ディーファは直ぐにこの要請を受諾した。

 そして支援に向かうにあたり、捕虜のアレフも連れて行くことにした。

 まさか置き去りにも出来ないし、それにバレットの治療も出来る期待もあったからだ。


 結果として、それは正解だった。


 アレフはディーファの要請に従いバレットを瞬く間に治した。

 そして喜び飛び出したバレットと共に、大型異形体への戦いを(勝手に)始めた。

 アレフとバレット、この初めて会ったばかりの組み合わせは、何故か異様に呼吸が合い、呆れるほど完璧な連携を見せた。

 アレフの牽制を仕掛けて足止めし、その隙をついてバレットの攻撃を仕掛ける。

 その連携を前に大型異形体は翻弄され続け、程なくして断末魔と共に倒れた。

 撃破確認後、バレットの大きすぎる雄叫びに全員の鼓膜が多大な被害を受けたが、それはまあどうでも良い話だろう。


 それからは三手に分かれての別行動となった。

 まずバレットは引き続き第一中隊の指揮に、

 次にディーファとシェイドは遊撃として各隊への支援に、

 そしてクリスとアレフは負傷者の治療に当たることになった。


 ディーファと行動したシェイドは、かなり楽をさせてもらった。大形異形体は殲滅されため、残る殆どが撃破容易な小型異形体だったためだ。

 殆どディーファが大火力の魔法術式で殲滅し、シェイドは撃ち漏らしを狩るだけで、実に楽な仕事だった。


 対して、クリスは本人の談だが、かなり大変だったとぼやいていた。

 彼女の役割は負傷者の救護だった。

 まず避難所を設けて一時的な野戦病院を設営し、そこに運ばれた負傷者達を、アレフに治癒魔法術式で治療させた。


 腕が千切れたり、内臓が飛び出た重傷者達が続々と搬送されたが、アレフはこれを見事に治療して通りに治し続け、搬送されたが51名中45名を戦闘に復帰させた。


 クリスが大変だったのは、この間の負傷者達の護衛だった。

 なにしろ負傷者の血の匂いを嗅ぎつけた中小の異形体が、わらわらと襲ってくる。

 それに対し、護衛するのはクリスしかいない。

 襲ってきたのは強くても中型異形体程度なので、本気を出せばそこまで苦戦はしないが、いかんせん数が多く、しかも負傷者を守らなければならない。

 どうにか損害なしで10体まで撃破して精魂尽き果てたところで、治療を終えたアレフが加わり窮地を切り抜けた。

 アレフは残り8体の中小異形体達を簡単に切り倒してしまい、それを見たクリスは『なんでそんな簡単に倒すんだ、ふざけるな』と内心で叫んでいたそうな。


 その他諸々あり、異形体は殲滅されて戦闘が終了した。

 終わってみれば、損害は思いの外軽微だった。


 死者5名

 戦闘継続不能負傷者5名、4名は3日以内に復帰予定

 重傷者0名(48名が治療済み)

 軽傷者0名(118名が治療済み)


 これは異形体を戦闘ではあり得ない軽微な損害だった。


 ・                 


 深呼吸で肺に新鮮な空気を入れたシェイドは、静かに目を閉じた。

「あの人間の利用価値は高い、悪い奴でもない。感謝もして良いだろう。この結果も拍手喝采万々歳なんだろうな・・・」

 クリスを起こさない様にと、シェイドは静かに呟いた。

 しかしその声は震え、背中は小刻みに揺れていた。

「だからこそ言いたい、なんでもっと早く助けてくれなかったと。いや、筋違いなのは分かってる。俺たちがするべき事だった。くそっ・・・結局、俺のせいだ」

 後悔と哀しみが入り混じるシェイドとの瞳からは、涙がとめどなく溢れていた。


 そんな中、トントンと執務室の扉を叩く音を響いた。

「お忙しいところ申し訳ありません。お時間をよろしいでしょうか?」

 外から聞こえる声に、シェイドは心当たりがあった、

「バレットか、少し待ってろ」

 シェイドは急ぎ涙を拭うと、表情をいつもの軽薄なものへと戻した。

 こんな情けない姿を部下に晒すわけにはいかない。


 クリスを起こさぬよう静かに扉を開けると、そこには筋骨隆々の大男が立っていた。


 彼の名はSR・アルス・トライ・バレット、

 魔力強化体第二大隊第一中隊長だ。

 彼は優秀な指揮能力と類稀なる近接格闘能力を持つ素養を持つ。

 彼は優れた中隊長だが、困った事に脳筋格闘馬鹿だった。


 時に立場を忘れ、最前線に出て戦う、という困った一面がある。

 シェイドとしては嫌いではないが、大隊長副官としては頭が痛い存在だった。

 だからバレット見た瞬間、厄介事を予見したシェイドは面倒そうに吐息を漏らしていた。



 シェイドは頬をひきつらせながら、頭一つ分高いバレットの顔を見上げた。

「今クリスが休んでいる。起こしたくないから、話は外でする」

「・・あっ、はい」

 萎縮したバレットが大きな身体を縮こまらせると、その背後に二名の小柄な少女達が抱き付いているのが見えた。

 シェイドは思わず眉間を押さえた。


 その少女達も中隊長だ。

 彼女達はバレットの双子の妹達。

 双子の姉にして当隊第二中隊長、SR・アルス・トライ・フラム

 双子の妹にして同第三中隊長、SR・アルス・トライ・マグ


 両名とも兄に劣らぬ優れた指揮能力を持つが、同じぐらい欠点を持ち、いつもシェイド達を困らせている。


 そんな困った存在の中隊長達がこぞって執務室にやってきたのだ。


 厄介事が群れてがやってきた、とシェイドは内心毒づくながら、現在不在の上司を恨んだ。

 ただでさえ忙しい時になのだ、素直に歓迎などできるはずもない。


 そんな微妙な心中を押し殺し、シェイドは引きつった笑みを浮かべた。

「ちょうど良かった、こっちも伝達事項がある」

 シェイドはバレット等を連れ、執務室から少し離れた場所へと移動した。


 ・


 移動先は部屋から少し離れた廊下の先だった。

「先に要件は聞こうか」

 そう言いながら、シェイドは辺りを見回した。周囲には誰もおらず、クラスからも離れている。

 ここならバレットが多少大きな声を出しても、クリスを起こすことはないだろう。


「実は私を治療して下さった方の事を伺いたいと思いまして」

 いつもシェイドには気さくな態度なバレットだが、今日は珍しく礼儀正しい。

 こいつ絶対何か企んでいる、とシェイドは察した。


「悪いが、まだ機密事項で話せない。明日の会議で詳しい説明をするから、それまで待て」

「分かりました。その方はアレフ様ですよね?一言お礼をしたいのですが構わないでしょうか?」

 シェイドは少し考える素振りを見せた。

 お礼を言うぐらいなら構わないが、この筋肉馬鹿がそれだけで済ませるはずがない。

「それは構わない。しかし、だ」

 シェイドは先手を撃つことにした。

「手合わせの類は絶対禁止だ、分かったな?」

「えっ!・・・戦ったら駄目ですか?」

「やっばりか企んでたか」

 シェイドは額を抑えて首を振った。

 流石は筋肉馬鹿のバレット、戦いとなると目の前が見えなくなる。


「それと『アレフ様』って様呼びも禁止だ。かなり嫌がってたからな」

「は、はあ・・・では呼び捨てなのですか?」

「いや、流石に人間様相手にそれは不味い。さん付けで呼ぶのが妥当だろ。あとはまあ無礼にならない程度で接してくれ」

「了解しました。それでその、アレフ・・さんは今どちらですか?」

「ん?ああ、そうだな」

 シェイドは少し考え込んだ。

 当のアレフは施設の見学中、しかしそろそろ昼時に差し掛かろうとしている。

「そろそろ飯時だ。食堂あたりで待ってれば会えるだろ」

「ありがとうございます。では早速!」

「言っておくが、腕相撲とか射撃とかの勝負ごとも駄目だからな」

「えっと、それも駄目ですか?」

「当たり前だ、自重しろ」

 バツが悪そうにおどけるバレットに対し、シェイドは半目で睨みつけた。


「了解しました。しかし今日は諦めましたが、いつかディーファ大隊長を倒した腕前をじっくり味わいたいです。ではマグ、フラム、行くか」

「あいよ(にい)ちゃん」

「分かったよ(あん)ちゃん、行くか~~」

 バレットの呼び掛けに、背中に妹たちをへばり付いた妹達が眠そうに返事をした。


「ちょっと待て!」

 立ち去ろうとするバレットを、シェイドが慌てて引き留めた。

「まだこっちの話が終わってないぞ」

「はあ、そうでしたっけ?申し訳ありません。つい会える事に頭が一杯になってしまいまして」

「まったく(にい)ちゃんはそそっかしいなあ」

「ホントだよ、(あん)ちゃんあわてんぼー」

「いや~、兄ちゃん少しぼけちまったよ!」

 きゃっきゃわいわい、と笑いあう兄妹達の光景に、シェイドは思わず頭をを抱えた。

「こいつら戦闘時は優秀なんだけどなあ・・・」

 頭痛の種は当分無くなりそうになかった。


 ・


「各小隊へと早急の伝達だ。例の治癒魔法術式について、各小隊から習得要員の選抜する」

「おお!では話はまとまったのですか!」

 説明を聞いた途端、バレットの顔に満面の笑みが浮んだ。

 彼もまた治癒魔法術式の恩恵を受けた身、その重要性は痛感しているだろう。


「一応だが、まず確定で間違いないだろう。選抜基準は、各小隊から1名ずつ、中隊長、小隊長と各伝令は除外、戦闘能力は平均より高い者だ。話は明日の検討会でまとめる。それまでに各中隊で取り仕切ってくれ」

「戦闘能力が平均より高い者ですか?治癒魔法なので戦闘能力は関係ないのでは?」

「機密保持のためだ。弱い奴が覚えて捕虜にされたら敵に魔法術式が流出する。そいつは洒落にならん。考えてもみろ、今回の戦闘では死者は5名だけだ。それがどれ程の意味を持つ?」

「はは、俺達としては大助かりでしたね」

「敵さんとしてはたまったものじゃない。倒しても倒しても、無限に復活してくるからな。それが逆だったら、洒落にもならん。何度倒しても復活する獣人なんてゴメンだ」

「俺としては獣人を何度も殴り倒せるので歓迎・・・失礼しました」

 ジト目で睨みつけるシェイドに気付いたのか、バレットは気不味そうに頭を下げた。


「治癒魔法は絶対に秘匿する。敵に渡してはならない。だから習得者にはそれなりの強さが必須になる。分かったか?」

「分かりましたが、そうなりますと、選抜対象は主に分隊長になりそうですね」

「それなんだよなあ、問題は」

 バレットの指摘に、今度はシェイドがバツが悪そうな表情を浮かべた。

「一時的にしろ、分隊長がぞろぞろ引き抜かれるのも困る。だから分隊長は各中隊内で1名に限定する」

「分かりました。何とか今日中に選抜しておきますね。でも、うーん困った。今日伝令が休みだから、呼び出すと後で殴られそうだよなあ」

「まあそこは・・・上手くやってくれ。クリスよりマシだろ」

「いえいえ、ウチの伝令も怖いですよ、この間なんか・・・」

 いつの間にか他愛のない話が続いていた中、突然慌てた様子の男性隊員が息を切らせて駆け寄ってきた。


「お話し中に申し訳ありません!至急の事態です!」

 シェイド達の側に来るなり、男性隊員は叫ぶように申告した。


 その隊員の顔色が蒼白だったことから、相当の緊急事態なのが分かる。

 その雰囲気を察し、バレットにへばりついて双子達も背中から降りていた。


「部隊申告は省略だ、言え!」

「はっ!本日査察に訪れておりました基地防衛軍指令ボルガン様が、先日投降したアレフ様により殴打されました。現在、ボルガン様の護衛兵とアレフ様とが睨み合いとなり、一触即発の状態です。申し訳ありません、事態収拾のためご助力をお願いします」

「はぁ?」

 シェイドが驚きに目を丸くした。

「最悪が、最悪と混ざって最悪になりやがった!一体何が起きやがった、畜生が!」

 彼は立場を忘れ、口汚く罵っていた。


「申し訳ありません、私も途中から見ていたため、詳しい経緯まで分かりかねます」

 恐縮した隊員はますます頭を下げていた。

「私が見たのは、アレフ様がボルガン様に何かを話し掛けた後に殴りつけたところまでです」

「ちっ!このクソ忙しい時に!」

 シェイドは舌打ちをした。

「申し訳ありません」

「謝るな、お前は何も悪くない、寧ろ良く報告に来てくれた、礼を言う」

「これからどうされますか?」

「直ぐに行く、案内してくれ」

 走り出したシェイドだが、突然呆然とするバレット達へと振り返った。

「頭数が欲しい。バレットとフラムも来い、頭数はあった方がいい。それとマグは執務室のクリスを起こして連れて来てくれ」

 言い終えるなり、シェイドは食堂へ駆けていった。


「・・・今日も徹夜だな」

 困惑顔でついてくるバレット達を見ながら、シェイドは疲れた声で呟いていた。

背景説明を入れないといけない都合上、あまり面白味のない日常パートが続き申し訳ありません。

次から物語に動きがでます。


補足

1  本来、監査役が予算管理をすることなどありえないため、マリニアが魔力強化体第二大隊を管理するようになって以降、予算運営についてはディーファ達に一任し実質クリスが管理、監査についてはマリニアが信頼する秘書が行っていることになっています。

 説明に入れるとだらだらと長たらしくなる上に、本編とはあまり関係ないため説明を割愛させて貰いました。

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