第7話 魔力抽出杭
この衰退した星に現存する国家は、わずか三か国しかない、
その中の一つが『サイカ魔導国』
現在アレフが捕虜となっている国だった。
かつて、この国は星で一番栄えていた。
全盛期の領土は星の半分程まで広がり、生活の豊かさから『最高の楽園』と評される程の栄華を誇っていた。
しかしその栄華も、星の魔力減衰に伴い、徐々に衰退していった。
衰退は他の国も同様だった。
魔法文明では魔力は必要不可欠
不足すれば何も立ち行かなくなる。
少ない魔力をめぐる国家間の奪い合い、つまり戦争が頻発した。
大国が小国を滅ぼし、残った大国同士が争い滅ぼした。
そんな醜い共食いに結果、結果、かつては100を超えた国々は、今や3カ国だけだった。
そんな戦いの中、サイカ魔導国は辛くも生き残った。しかしその代償は大きかった。
人と物資と魔力を失い、この国は最弱の地位に落ちた。
サイカに残された都市はたった三つ
第1都市、通称中枢都市イネス
第2都市、通称魔導研究都市ウェネス
第3都市、通称商業都市ノーギル
これら全ての都市には、二つの共通点がある。
一つめは、全ての都市の周囲が、高さ7ミーン(約10メートル)以上の壁で覆われていること
これは他国と異形体から都市を守るためである。
二つめは、都市中心に『魔力抽出杭』と呼ばれる巨大な装置が設置されていること
この装置は、巨大な杭形の魔力抽出装置をし地中深く打ち込み、星内部から魔力を吸い上げ供給する。
この『魔力抽出杭』こそ、都市の生命線だった。
・
「デカいな」
魔力抽出杭の見学に来たアレフは、目の前の実物を前に思わず息を漏らした。
その瞳には、底の見えない地中へと続く巨大な魔力抽出杭が映っていた。
それはあまりに巨大だった。
大きさは、見える範囲だけでも高さ100階の建物を裕に越えている。実際の大きさなど想像もつかない。
話によれば、この杭の先端は地殻すら貫通しているという。
「人間とは、かくも偉大に、されど愚かになりにけり、か」
アレフはため息を吐いた。あからさまな皮肉だった。
隣では案内役兼監視役のイリスが、懇切丁寧に魔力抽出杭の説明をしている。
「凄いな、とても面白い」
アレフは興味深そうに頷く、ふりをした、
本心ではない。その胸中は、呆れと諦めで冷めきっていた。
・
時を少し前に巻き戻す。
魔力強化体第二大隊の捕虜となったアレフは、都市ウェネスへと連行された。
待遇は悪くなかった、名目上は捕虜だったが、実際は客人としての優遇を受けている。
手足の束縛等はなく、監視役がついてはいたが、ある程度の自由行動も許されていた。
生活についても、魔力強化体第二大隊待機宿舎の一室が与えられ、捕虜とは思えない厚遇だった。
しかし制限区から外に出る事は許さなかった。そうなると商店等の一般地区や都市外へは行けず、また魔力強化体達以外に者との接触も出来なかった。
結局のところ、認められたのは形だけで、実質は籠の鳥も同然の状態だった。
そんな中できる事と言えば、せいぜい施設内の見学程度しかない。
暇を持て余したアレフは、興味がある魔力抽出杭を見学を希望したのだった。
・
時は現在に戻る。
アレフを案内したのは、彼が大型異形体を倒した時にいた女性隊員イリスだった。
彼女の案内により、アレフは魔力抽出杭と対面した。
感想は淡白だった。
巨大さにこそ感心したが、この杭が星を殺す事実を思い出すと、途端に冷めていた。
とは言え、目の前に笑顔で説明するイリスがいる。
フィロには空気が読めないと言われるアレフだが、この場で『この杭のせいで星が云々』と非難できる程無神経でもない。
だからアレフは作り笑顔を浮かべ、表向きは感心する振りをしていた。
「凄いですよね。実はこの魔力抽出杭、世界一の大きさなんですよ」
変なアレフの苦労も知る由もなく、イリスは嬉々として説明を続けていた、
「最大直径は約34ミーン、全長は約1万2000ミーンです。この装置で地中から魔力を抽出し、主要施設や各家庭へ分配します。この杭のおかげでこの都市の全人口約50万人が生活できるのです」
ここでアレフが首を傾げた。
「質問を構わないか?」
「はい、もちろんです」
「この魔力抽出杭とは、全ての都市に設置されているのか?」
「え?あっはい、そうです」
イリスは面くらった表情を浮かべたが、直ぐに元の笑顔に戻った。
「この装置から供給される魔力は生活に必要不可欠です。なので、全ての都市にこれと同じ様な 装置があります」
「そうか・・・」
アレフは納得する素振りを見せた。
「もう一ついいか?」
「もちろんです。いくらでもご質問下さい」
「抽出された魔力はどんな用途に使われるのだろうか?」
「用途ですか?えっと・・・」
イリスは少し迷う素振りを見せた。
「基本的に生活全般のあらゆる所にです。魔力は変換器でや熱など様々な力に変換されます。例えば照明や暖炉などです」
「変換器か。つまり魔力を使った発電機みたいなものか」
「発電機?えっと、魔力を電気に変換する変電器なら確かにあります。変換した電気で動く機械も少しですが存在します。電気の他にも、魔力は機械や車の動力、後は弾丸の擬似火薬なんかにも使います」
「ありがとう、とても分かりやすい説明だった」
「どういたしまして」
イリスは嬉しそうに微笑んだ。
まだ幼さがわずかに残る顔立ちには、僅かな紅潮が浮かんでいた。
「最後に一つ、もし魔力の供給が途絶えたらどうなる?」
アレフは小さな声で質問した。
「ええっと・・・そんな事はないと思うのですが」
イリスは少し困った様子を見せた。
「魔力は生命線ですので、もし供給が止まれば都市自体が完全に止まってしまいます。ですが万一装置が止まっても予備装置がありますし、かつて供給が途絶えたことは一度もありません。ご心配には及ばないと思います」
「もし・・・いや何でもない。ありがとう」
「また何か分からないことがありましたら、ご遠慮なくご質問してくださいね」
そう言うとイリスは常に明るく微笑んでだ。
それは可愛らしく、見るものを華やかな気分にさせるだろう。
アレフは杭を見つめるようにイリスに背中を向けた、薄暗い表情は暗い。そしてその瞳の奥底は薄暗い色に染まっていた。
・
フィロの言う通りだった。
やがてこの星の魔力は枯渇し、この文明は滅びる。
フィロを言葉を疑うつもりはないが、イリスへの質問で言葉は確定となった。
この星には、魔力が枯渇した先を考えていない。
考えてはいるのかも知れないが、何も対策していない。
いや対策しようにも、有効なものが何もないのか。
『この星は完全に手遅れ』
フィロの言葉を思い出し、アレフは全身から血の気が引いていくのを感じた。
・
「あ、あの大丈夫ですか?」
青ざめたアレフを、不安そうなイリスが覗き込んだ。
「お顔の色が優れないようです。どこか具合が悪いのですか?」
「あっ、いや何でもない」
眼前にイリスの赤い瞳が迫り、アレフはようやく気が付いた。
「長旅で少し疲れていたのだろうな。気にしないでくれ」
本当に何でもないと示すため、アレフは素っ気ない声で応えた。
「お疲れでしたら部屋に戻られますか?」
「いや、少し目眩をしただけだ。もう大分具合も良くなった」
アレフはぎこちない微笑むと、そのままイリスの頭を撫で始めた。
「あっ・・・」
先に声を上げたのはアレフだった。
下心など皆無な、完全に無意識の行いだった。
「えっ?あの・・・」
「すっ、すまない!」
アレフが急ぎイリスの頭から手を離した。
見ればイリスの顔は頬が赤く染まっていた。
「あっ・・あのっ、すいません。悪気はなかったと思うのですが、子供扱いみたいで恥ずかしいです・・・」
「すまない!本当にすまなかった!」
困った表情でうつむき話さなくなったイリスに対し、アレフは何度も頭を下げて謝り続けた。
「あっ!いえ、ちょっと恥ずかしかっただけで、むしろ嬉しっ!いや!なんでもないです!あ・・あの!とっ、とにかく頭を上げて下さい」にしないで下さい!」
「いや、女性に対して、いや男でも駄目だが、すまない歳を取ると孫の様に、いやっ言い訳だ、とにかくすまなかった」
「あ、あの、もう謝らないで下さい」
そう言うとイリスは端正な美貌を、アレフの顔の側まで寄せた。
「アレフさんには、妹の命を助けてもらいました!本当に感謝しているんです。だから嫌うことなんて絶対にないです!むしろ好意を、あっ!」
イリスは両手をバタつかせて慌て出した。
「ああああ、あの!好意といってもですね、私じゃなくて、大隊の皆さんが、あっ!もちろん私も含めてなのですが、その皆が好意的な意見を持っているということでして・・・」
「えっと、あ・・・なんというか、ありがとう」
アレフはまだ青白さが残る顔で穏やかに微笑んだ。
『この星はいずれ滅びる』
再びフィロの言葉が頭をよぎる。
今のアレフにはイリスの笑顔が苦痛に感じられた。
・
いつまでも引きずるわけにいかなかった。
内心はどうあれ、案内役のイリスを不安にさせる訳にはいかない。
「そう言えば」
アレフが何かを思いついた様にわざとらしく手を叩いた。
その演技はお世辞にも上手いとは言い難かったのだが・・・
「妹さんの容態はどうだろうか?私の力及ばず、左足に障害が残ってしまった。完治できるか分からないが、可能なら治療を再開したい」
「はい、イデアは元気です。アレフさんに凄く会いたがってました!」
イリスもまたアレフの不器用な気遣いを察し、花のような笑顔で微笑んだ。
アレフはイリスの妹イデアの命を救った。
しかし完全に傷を治す事ができず、左脚に軽い麻痺を残す結果となってしまった。
治癒魔法術式は、何でも治せる万能な魔法ではない。
基本は、負傷者自身の治癒力を高め、損傷した部位を繋ぎ合わせる術式であり、効力は術師の力量により大きく変わる。
皮膚や筋肉程度なら簡単に治せる。しかし複雑な神経や内臓の治療となると、難易度が格段に跳ね上がる。
イデアの場合がこれだった。
腹部を貫かれた彼女は、脊髄と内臓に損傷を受けていて、命を助けるだけでも困難な状態だった。
アレフは、それを命を助けた上で、殆どの傷を完治させた。しかしそれでも神経の治癒に不備があり、左足麻痺の後遺症を残してしまった。
「彼女の体力が回復したら続きをしたいが、大丈夫だろうか?」
「え?あ、はい大丈夫です!おねがいします!」
「こちらこそお願いする。ところで、喉が渇いたので何か飲み物を頼めないだろうか?」
「あ!気が利かなくて申し訳ありません!直ぐに何かお持ちしますので、少しだけ待ち下さいね」
「ありがとう、頼む」
突然のアレフの頼みに、イリスは嬉しそうな笑顔を浮かべながらその場を走り去って行った。
「思い出すな。昔、王宮で飼っていたワンコもあんな感じだった」
パタパタと走るイリスの後姿を見送りながら、アレフはかなり失礼な感想を呟いた。
・
「・・・フィロ、監視は外した」
『了解しました。やっと話せます。いやー、黙ってるのも疲れますねえ』
「私はたった今疲れたがな」
イリスが離れた事を確認したアレフは、小声でフィロへの通信をした。
『はいはい、電波状態は良好ですね。周囲に張られた盗聴用の魔法術式はよろしいのですか?』
「無効化した。気が付かれてない・・はずだ」
『バレたら何とかして下さいね。まあ、あなたなら大丈夫でしょう』
「・・・そうしよう」
久々に聴こえたやかましい声に、アレフはゲンナリとした顔で肩を落とした、
アレフの周囲には、盗聴系統の魔法術式が張られていた。
見学の前、クリスという女性隊員が説明しながら密かに張ったもので、敢えて気が付かない振りをした。
下手に騒いでも、変に疑惑を生むだけでしかない。
盗聴術式の完成前にフィロに連絡し、指示があるまで通信と監視を停止させた。
現在アレフは完全に単独行動だが、報告のため短時間だけ術式を無効化した。
「本題だ、時間逆行の原因は判明したか?」
『まだ、というよりは情報不足で無理です。もっと情報が欲しいです』
「駄目で元々だが、引き続き解析をしてくれ。そちらの情報収集の進捗進状況はどうだ?」
『約半分です。この都市の情報収集はほぼ終わりました。第1都市イナス、第3都市ノーギルの情報収集が約三割です。生の情報が欲しいので、可能なら他の国にも行って下さいな』
「それこそ無理だ。色々あって重鎮、いや珍獣扱いだ。他国に行くのは絶望的だ」
『むー、仕方ないですね。取り敢えずは時間制限をお忘れなく。残り79日ですからね」
「承知している。それでだが、この星の環境を改善する手段はないのか?それ次第で待遇も変わると思うのだが」
『はあ・・・無理だと言いましたよ』
アレフの疑問に、フィロは呆れまじりの声で答えた。
「仮にお前の機能制限を解除した場合の話だ」
『無理です。そもそも私の機能制限の解除には、賢者様方の許可が必要です。前提からして無理な話です」
「そうか、残念だ」
『おや、まさか情が湧きましたか?』
「かもしれない。駄目だと分かってはいるのだがな」
アレフはうつむき苦笑した。
「多少でも縁ができれば情が生まれる。どうしようもない人の性だ」
『サガ?いいえ馬鹿です。ええ大馬鹿ですとも。仕事は仕事、無理は無理と割り切って下さいな』
フィロが強い口調で断言した。
『何かをしたい?仮に何か出来たとして、最後まで面倒を見られますか?無理ですよね、だって私達には時間がないのですから。あなたは地球に帰るという約束があるのですよ』
「最後まで責任を持てないのなら、始めから何もすべきではないか」
『それが自身を傷つけない最良の策という事です。中途半端は時に自身を破滅に追いやります。私の以前の主は、それで殺されました』
「忠告に感謝する。だが嘆きたくもなる、何故この手が2本しかないのか、この身が一つしかないのかと」
アレフは目を伏せた。
「何かを掴むのなら、今掴むものを放すしかない。命を救おうとすれば、別の命を見捨てるしかない。分かっている、分かっているが割り切れない」
『勘違いしないで下さい。私はあなたを責めてはいません。人の道理からすれば、きっと正しいのでしょう。だから思い詰めないで下さい』
「諦めきれない、私は大馬鹿だ」
『馬鹿だから開ける道もありますよ、きっと。イリスさんが戻ってきますので、通信を切ります。盗聴術式を戻すのをお忘れなく』
「・・・後で連絡する」
『くれぐれもご自重を』
フィロとの通信を切ったアレフは、無効化していた盗聴魔法を元の状態に戻した。
それから帰ってきたイリスに手を振ると、偽りの笑みを浮かべる。
わずかに痛む胸を何も感じないと自身を騙して・・・




