第十二話「マティーニ」
十二月三十一日、大晦日。
うちの店は、毎年この日から三日まで休みにしている。アルバイトの三人にはそう伝えてあるし、黒田さんには掃除すると伝えていた。嘘ではない。
誰もいない店で、私は冷蔵庫の中身を全部出していた。年に一度の恒例の作業だ。生ものは店を閉める前に使い切ってあるので、残っているのは瓶と缶ばかりになる。それを一本ずつ床に並べ、栓の周りを拭く。賞味期限を確かめて、いらないものは捨てていく。
大晦日の夜だからか、路地を通る人の足音すら聞こえなかった。営業日以外にジャズを流す気にはならないので、聞こえるのは自分の立てる音だけだ。
最後に、一番奥の段へ手を伸ばした。手の届きにくい隅のあたりで、指先が小さな瓶に当たる。
二百ミリの、店で使うには中途半端な大きさのドライ・ベルモット。ラベルは冷蔵庫の湿気で波打ち、裏に刷られた日付は、とっくの昔に過ぎている。中身は一杯ぶんしか減っていない。この店を開ける前の日に買ったものだ。私はそれを、手のひらで転がしていた。
証券会社を辞めた日は、大雨だった。
診断書は朝からずっと鞄の中にあった。何度も出しては、また戻す。半年前から通っていた心療内科で書いてもらったものだが、書いてもらったこと自体を、私は誰にも言っていなかった。
昼過ぎに上司の席へ行った。封筒を差し出すと、上司はモニターから目を離さずに受け取る。中身を見て、そこでようやく顔を上げた。
「九条さん。……そうか」
引き止められなかったことに傷つき、そんなことで傷ついた自分に呆れた。引き止められたら困るくせに、と思いながら、私は頭を下げて席に戻った。
私物は、段ボール一つにも満たない。ペンケースとマグカップと、脱いだままになっていたスニーカーが一足と、名刺の予備が一箱。
エレベーターまで見送りに来てくれた同期が何人かいて、みんな口を開きかけては閉じて、私は「またね」と言った。またはなかった。
ビルを出ると、雨が本降りになっている。鞄に入っているはずの傘を、私は出さなかった。出すという動作が、その時の私にはひどく面倒に思えたのだ。
十秒あればできることが、どうしてもできない。あの半年、ずっとそうだった。歯を磨くのも、髪を乾かすのも、同じくらい遠かった。
段ボールを抱えて駅まで歩く途中で、底が抜ける。中身が歩道にぶちまけられてマグカップが割れ、名刺が箱ごと落ちて、雨に濡れながらアスファルトに散らばっていく。自分の名前が刷られた紙が水を吸って重くなっていくのを、私は傘も差さずに突っ立って見ていた。
辞めてから一年ほど、私は通院のほかは部屋から出なかった。カーテンを閉めきったまま、昼と夜の区別がつかなくなる。そのうち曜日も分からなくなった。冷蔵庫の中身が腐っていくのが匂いで分かっても、片付けに立つ気力が、どうしても湧かない。
携帯は、最初の一ヶ月こそよく鳴っていたが、三ヶ月目には鳴らなくなった。誰も悪くない。私が一つも返さなかったのだから、当たり前だ。
翌年の秋に、薬がようやく効き始めた。朝に目が覚めて、次に腹が減る。
薬を少しずつ減らしていく途中で、医者には「揺り戻しもありますから無理はしないように」と言われた。
私は頷いて、帰りにコンビニで肉まんを買った。
最初のうちはコンビニまでの往復が精一杯だったが、それが少しずつ伸びて、駅の反対側まで歩けるようになった頃、私は一軒の店の前を通りかかった。路地の奥にある、看板の小さいバー。理由もなく店内に吸い寄せられた。
カウンターだけの、六席ほどの店だった。マスターは六十代くらいの男の人で、私が座っても、余計なことは何も言わなかった。
「何になさいます」
「……お酒、久しぶりで」
「じゃあ、ジントニックにしましょうか」
出てきた一杯を、私は時間をかけて飲んだ。冷たかった。その冷たさが、その夜の私にはちょうどよかったのだと思う。
その夜から週に二回、私はあの店に通うようになった。半年ほど経ったある日、マスターが唐突に言った。
「あんた、暇なんだろ」
「……失礼な人ですね。まあそうなんですけど」
「洗い物、やってみる気はないか」
それが私の二つ目の職場になった。氷の割り方も、客の顔を正面から見ない見方も、あの店で覚えた。
マスターは、聞けば教えてくれるが、聞かなければ何も教えない。聞くのが下手だった私が、あの店では毎晩何かを聞いていた。
週末になると、カウンターの端でウイスキーばかり飲んでいる、私と同じくらいの年の女の客がいた。客だった私が洗い場に立つようになっても、その人は何も聞かない。グラスを下げに行くと、「ありがと」とだけ言った。
客の途切れた晩に、フレアを教わった。あれは技術というより遊びで、まともなバーではやらない。どうしてこんなことができるんですかと聞いたら、マスターは面倒くさそうに実演してみせた。
「疲れてる時にな、無駄に派手なもん見せられると、どうでもよくなるだろ」
覚えるまでに二ヶ月かかり、そのあいだに二回突き指をして、ボトルも割った。
一度、マティーニの作り方を聞いたことがある。あれが作れれば一人前だと、どこかで読んだからだ。マスターは鼻で笑った。
「あんた、まだそういうこと言うのか」
「だって、そう言われてるじゃないですか」
「言われてるだけだ。ジントニックが作れりゃ全部作れる。材料が三つしかないからな。逃げ場がない」
私が引かなかったので、マスターは一応、作り方を教えてくれた。ジンとベルモットをステアして、オリーブを沈める。
「マティーニのカクテル言葉、知ってるか」
「知りません」
「『知的な愛』だとさ」
「……なんですか、それ」
「知らん。誰かが勝手に決めたんだろ」
私はそれから何十回もマティーニを作ったが、マスターは一度も褒めなかった。
その一年後に、自分の店を出すと決める。マスターには何も言わなかった。言えば止められると思ったし、止められたら諦める気がしたからだ。
物件は半年かけて探した。表通りに面した場所は、退職金と貯金では話にならない。最後に案内されたのが、この路地の突き当たりだった。昼でも薄暗く、看板を出したところで、通りからは見えない。
「正直、あまりおすすめはしませんが」
不動産屋の人はそう言ったが、私は通りのほうを振り返って、誰にも見つからない場所だ、と思っていた。
鍵を受け取ったのは、二週間後。初めて自分で回した時、古いシリンダーは途中で一度引っかかって、それから重たく回った。がちゃん、という音が、路地の突き当たりの壁に跳ね返る。
開店の前の日は朝からずっと準備をしていた。グラスとボトルを並べ、レシピを紙に書き出す。日付の変わる少し前に、やることがなくなった。
私はカウンターの中に立って、店を見た。並んだ六つの椅子に、誰も座っていない。あの店と同じ数だということに、その時になって気がついた。ジャズをかけてみたが、一人で聞くには大きすぎる。すぐに止めた。
思い立って、マティーニを作ることにした。開店の前の夜には、バーテンダーが自分のために一杯作るものだと思っていた。作るなら、一番難しいものがいい。その日のために、ベルモットの小瓶を買ってあった。
ミキシンググラスを冷やし、ジンを注ぎ、ベルモットを落とす。バースプーンを差し込んで音を立てずに回し、氷を溶かさず、しかし十分に冷やす。マスターに何十回も直された手つきで、カクテルグラスに注いだ。
私はそれをカウンターに置いて、一口も飲まないまま眺めていた。強くて辛くて、飲んだあとに何も残らない酒だ。好きだったことは、一度もない。
作れるようになりたかっただけで、作れることが何かの証明になると思っていた。会社で数字を作っていた頃と、何も変わっていない。自分の店の最初の一杯がそれか、と思った。
グラスを持って、シンクの前に立つ。そのまま流した。透明な液体が排水口に消えていく音を最後まで聞いてから、ベルモットの瓶を冷蔵庫の一番奥に押し込んだ。使う予定はない。捨てる気にもならない。照明を落として、鍵を閉めた。
翌日の夜、私はこの店を開けた。最初の客は、道に迷って入ってきた中年の男性。ビールを頼まれたので、うちは単品では出していないんです、と答えると、じゃあ何かあるものを、と言う。私はジントニックを作った。男性は一杯だけ飲んで、千円置いて帰っていく。
誰かに出すために作るなら、いくらでも作れた。自分のために作ったのは、あれが最初で最後だ。
冷蔵庫の中は空になっていた。棚板を外して洗い、水気を拭いて元に戻す。並べ直した瓶を一本ずつ入れていくと、最後にベルモットの小瓶が残った。
期限は切れているし、捨てていい。私はそれをまた一番奥に押し込んだ。
扉を閉めた直後に、スマホが震えた。黒田さんからで、写真が一枚だけ送られてきていた。
白いカップが二つ、台所の蛍光灯の下に並んでいる。片方の縁に、茶色い粉がこぼれていた。
『実家です』
『砂糖、変えました』
私は床に座り込んだまま返信を打った。
『どうだった?』
既読はすぐについて、それからしばらく間があった。
『ちゃんと同じ味でした。ありがとうございます』
スマホを伏せて天井を見上げてから、立ち上がって、冷蔵庫の扉にもう一度手をかけた。
一番奥の瓶はそこにあった。来年も、たぶんまだそこにある。




