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9,メイドたちの恋愛応援作戦

 「ねえ、最近の殿下、少し変わってきてない?」

王宮の使用人休憩室で、若いメイドのミリアがそう言った。 

昼食後の静かな時間。数人のメイドたちが紅茶を片手に休憩している。

「変わったって?」

先輩メイドのカレンが首を傾げた。

「なんというか…前より機嫌が悪くないのよ。」

「ああ、それはわかるかも。」

別のメイドも頷く。

「前だったら絶対怒られてたような失敗でも、最近は軽く注意されるだけだし。」

「この前なんて、“次から気をつけろ”だけだったわよ!? あのエドワード殿下が!」

その場がざわつく。

エドワード王子は厳しい人で有名だ。仕事には完璧を求めるし、無駄話も嫌う。

人を厳しく叱りつけたりはしないが、やはり内心では怒っていたのだろう。人あたりはいいが、あまり踏み込まない人だった。 

そして彼が優しくなった理由を、メイドたちはなんとなく察していた。

「…セアラ、いやセアリス様のおかげじゃない?」

カレンがそう言うと、全員が「あー。」という顔をした。

最近王宮に来たセアリスは、まだ正式な仕事こそ多く任されていないものの、メイド研修の中でも評判だった。

真面目で、努力家で、誰に対しても丁寧。

しかも変に媚びない。

「殿下、セアリス様と話してる時だけ人間味があるっていうか、普段より柔らかいのよね。」

「わかる!」

「この前だって、中庭で偶然会った時、殿下のほうから話しかけてたし。」

「えっ、本当に?」

「本当本当。私見てたもの。というかあの2人、会ったら大体話しているよ。」

ミリアは身を乗り出した。

「もしかして、殿下ってセアリス様のこと…。」

「好きなんじゃない?」

さらっと言われ、全員が静かに頷いた。

「でもセアリス様、全然気づいてなさそう。」

「鈍そうよねえ。あのお方が恋愛をするなんて、あまり想像がつかないわ。」

「それに殿下も殿下で不器用だし。」

「このままじゃ進展しないんじゃ…」

そこで全員が真剣な顔になった。

数秒の沈黙。

そしてカレンがぽつりと呟く。

「…応援する?」

一瞬の静寂のあと。

「する!!」

「絶対する!」

「むしろ今すぐ!」

休憩室は一気に盛り上がった。

「まずは自然に会う回数を増やしましょう」

「でも露骨だとセアリス様に警戒されるわよ」

「偶然を装えばいいのよ、偶然を」

「中庭とか図書室とか?」

「いいわね!」

メイドたちは次々と作戦を立て始めた。

それはもはや、王宮でもっとも真剣な会議だった。

 


「…最近、変なのよね」

数日後。洗濯した布を畳みながら、セアリスは小さく首を傾げた。妙なことが増えている。 

たとえば今日。

「セアリス様、中庭に届け物をお願いできますか?」

「中庭ですか?」

「はい、すぐ終わるので!」

言われた通り中庭へ向かった結果。

「あ,」

「…またあなたですか。」   

なぜかエドワードと鉢合わせた。 

また…

昨日は廊下。一昨日は図書室前。その前は厨房近く。王宮は広いはずなのに、妙に遭遇する。

「最近よく会いますね。」

エドワードが言った。

「そ、そうですね…」

セアリスは曖昧に笑う。

(偶然にしては多すぎる気がするのよね…)

すると、

「セアラー!」

 遠くからメイドの声がした。

「こちらの荷物運び手伝ってください!」

「あ、はい!」

セアリスがそちらへ向かおうとした瞬間。

ごとっ。

近くの植木の陰から妙な音がした。

「……?」

 セアリスが視線を向ける。

だが次の瞬間、植木が不自然に揺れたあと静かになった。

(今、誰かいた?)

 じっと見つめる。

 するとエドワードが低い声で言った。

「気にする必要はありません。」

「え?」

「…たぶん他のメイドたちでしょう。」

「たぶん、って」

 セアリスが困惑していると、植木の向こうから小さな悲鳴が聞こえた。

「きゃっ」

「静かにって!」

「押さないでください…!」

 完全に聞こえている。

 セアリスはゆっくり瞬きをした。

「…何をしているんでしょう?」

「さあ?」

 エドワードはそう言ったが、少しだけ目を逸らしていた。

 その時だった。

 植木の陰から勢いよく一人のメイドが飛び出した。

「と、とにかく私たちはセアリス様を応援してますので!!」

 言い切って、顔を真っ赤にしたまま走り去る。

 後ろのメイドたちも「ちょっ、言っちゃった!?」と慌てながら逃げていった。

 中庭に静寂が落ちる。

「…………」

「…………」

 セアリスは固まった。

 数秒後。

「……応援?」

「気にしないでいい。」

「でも今……」

「今のことは忘れて。」

 エドワードは即答した。

 だが耳が少し赤い。

 セアリスはそれを見て、さらに混乱した。

(え、なにこれ?なんで?) 



「応援、って何だったのかしら」

 家に帰った後も、セアリスはずっと考え込んでいた。ベッドに腰掛け、小さく首を傾げる。

 今日、中庭で植木の陰に隠れていたメイドたち。そして飛び出してきた一人が叫んだ言葉。

『私たちはセアリス様を応援してますので!!』

 どう考えても普通の応援ではない。一体何を?

「…本当に最近、妙なことばかりなのよね。」

 エドワードとやたら遭遇する。二人きりになる機会が増えた。周囲のメイドたちは妙ににこにこしている。しかも最近のエドワードは以前よりずっと穏やかだ。もしかしてあのメイドたちはあれに関わっているのかも。

 セアリスは腕を組み、真剣に考え込む。

「……はっ」

 ある可能性に気づき、勢いよく顔を上げた。

「まさか」

 全部、繋がる。

「婚約破棄の準備が進んでいる……?」

 その瞬間、セアリスの瞳が輝いた。そしてばっと立ち上がる。

 そう考えれば納得できる。エドワードは最近やたら優しい。以前のように冷たく接してこない。周囲もなぜか期待した顔をしている。

 つまり。

「円満に婚約を解消する流れってこと…!?」

 セアリスは部屋をうろうろし始めた。婚約破棄…エドワード殿下はたぶん優しい人だからそんな公の場でするということはなかろう。そして今は喧嘩なく円満に婚約破棄する準備期間みたいなものってこと?

「えっ、それってかなり理想的では?」

 婚約破棄。つまり自由。つまり国外へ行ける。静かで平和な人生が待っている。

「それに嫌われて追い出されるより、ずっといいわ……!」

 セアリスは胸の前でぎゅっと手を握った。

 もちろん、エドワードが嫌いなわけではない。むしろ最近は話しやすいと思うことも増えた。けれど王宮での生活は、やはり息が詰まる。常に視線がある。期待される。失敗できない。婚約者という立場も重かった。

「国外で静かに暮らしたいのよね…」

 小さく呟く。

 どこか遠い国で、小さな家を借りて。本を読んで、好きなことをして。誰にも気を遣わず生きる。

 そんな未来を、ずっと夢見ていた。

「これはチャンスだわ!私も協力したほうがいいわよね」

 セアリスは真剣な顔で頷いた。円満婚約破棄。そのためには、最後まで良好な関係を保つべきだ。

 翌日。

「お茶です。」

 セアリスは執務机にカップを置いた。エドワードが少し驚いた顔をする。

「…頼んだ覚えはありませんが?」

「休憩は必要ですから。」

 にこりと笑う。

「…………」

 エドワードは数秒黙ったあと、小さく「そうですか。」と呟いた。

 その日の午後。

「書類、こちらにまとめておきました。」

「助かる。」

「あと、読み終わったものは分けておいたので。」

「……随分気が利きますね。」

「円満が一番ですから。」

「?」

 エドワードは首を傾げた。だがセアリスは満足そうだった。

(順調ね)

 きっと今、自分たちは理想的な関係になっている。無駄に揉めることもなく、穏やか。これなら婚約解消もスムーズなはずだ。

 一方エドワードは。

(……最近、妙に優しいな)

 書類を見ながら考えていた。避けられているわけではない。むしろ以前より距離が近い。話しかけてもくれる。笑顔も増えた。

「………」

 ふと、昨日のメイドたちの言葉を思い出す。

『頑張ってください殿下!!』

 エドワードは無言で額を押さえた。

 ――あいつら、余計なことを。

 だが、ほんの少しだけ、悪い気はしなかった。


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