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8,シーツとの格闘

王宮メイド研修が始まって数日。私は今、大量のシーツとタオルの山に囲まれていた。標高は1メートルくらい。

「……多くない?」 

思わず本音が漏れる。 

こんなにあるもんなの?山の成分はベッド用シーツ、枕カバー、テーブルクロス、タオル、ナプキンなど。数えきれないほどの洗濯物があった。まあ王宮は広いので当然量も多い。 

「今日は洗濯担当だから頑張りましょうね、セアラ!」 

同じ班のメイド見習い、ミナが笑顔で言った。 

ちなみに“セアラ”という偽名は、もう完全に意味を失っている。風呂事件のせいでここにいる全員が私の正体を知ってしまったからだ。ミナとはあれから仲良くしていた。

私がここにいることはエドワード殿下にも当然ばれている。いや、あの人は最初から気づいていたらしいけど。…思い出しただけで恥ずかしい。 

私はシーツの山へ顔を埋めたくなった。 

するとミナが苦笑する。 

「まだ気にしてるの?」 

「気にしますよ…。」  

公爵令嬢が身分を隠してメイド研修に参加していたのだ。普通に大問題である。 

だが意外なことに、一緒にいたメイドたちはそこまで態度を変えなかった。最初こそ慌てていたが、『セアリス様、思ったより変な人だった』という認識が広まった結果、逆に距離が近くなったのである。なんか変人と言われているのも気になるが…。私はそこまで狂っていないのに。 

「でも本当に驚いたわ。だってあんなふうに雑巾がけをする公爵令嬢なんて初めて見たもの。いや、そもそも雑巾掛けしている貴族なんて見たことがない。」 

「そのことは忘れてください。」 

私は遠い目をした。 

しかし周囲は楽しそうだった。みんな雑談をしている。でも、頼むから私のことで盛り上がるのやめてくれない?しかも恥ずかしい内容ばっかだし… 

「殿下も笑ってたし。」 

「そうそう。“なるほど”って言いながら。」 

「うっ……。」 

やめて。あの時のことを思い出させないでほしい。 

私は羞恥を振り払うように立ち上がった。 

「と、とにかく!今日は洗濯ですよね!き、切り替えは大切です。さあ、仕事仕事。」 

私は頭を仕事モードに切り替える。そう、洗濯。これはかなり重要な技能である。国外追放後、1人で生きるには必要不可欠。というか家事能力はいくらあっても困らない。 

私は気合いを入れてシーツを持ち上げた。重い。だが持てないほどではない。 

「まずは種類ごとに分けませんか?」 

「種類ごと?」 

「布の厚さとか汚れ方が違うので。あと干す時も楽になります。」 

前世の知識だ。 

すると周囲のメイドたちが感心したような顔をする。 

「なるほど……。」 

「たしかにその方が効率良さそう。」 

私は少し嬉しくなった。働く知識が役立っている。これはつまり、将来の就職成功へ近づいているということでは? 

素晴らしい。 

私はどんどん作業を進めていく。 

「大きいシーツから干した方が場所を取りませんよ。」 

「それ、こっちへください。」 

「洗濯ばさみって便利ですね……!」 

王宮にも似た道具はあるが、使い方が少し独特だった。私はつい夢中になる。洗濯は奥が深い。特に大量にあると楽しい。 

すると……

「セアリス様、これ届きません……!」 

小柄なメイド見習いが困っていた。どうやら高い位置の物干し竿にシーツを掛けられないらしい。 

私は少し考える。脚立がない。なら。 

「こうすればどうでしょう。」 

私はシーツの端をくるくる巻き、ポーンと投げて竿へ引っ掛けてから広げた。 

「えっ。」 

「すごい……!」 

「簡単に届いた!」 

なぜか拍手が起こる。いや、そんな大したことではないと思うのだけど。前世では普通にやっていたし。 

するとミナが感動したように言った。 

「セアリス様って、本当に家事が好きなんですね…。」 

「好きというか、生きるために必要なので。」 

「殿下のためにそこまで…!」 

「違います。」 

なぜそうなるの。 

私は真顔で否定した。普通に勘違いだ。あの人のためにやっているのではない。自分のためだ。ただ…周りからはなんというか、女子のあたたかい目で見られていた。違う。本当に違うのに。私は国外追放後の生活設計をしているだけなのだ。 

そんなことを考えていると、突然強い風が吹いた。 

「あっ!」 

大量のシーツがばさばさとはためく。さらに。 

「きゃっ!」 

1人のメイド見習いがシーツに巻き込まれた。 

まずい。 

私はとっさに走る。しかし。 

「わっ。」 

床が濡れていた。私は盛大に滑った。そのまま勢いよく洗濯物の山へ突っ込む。  

どさっ。 

「いったぁ…。」 

周囲が静まり返る。 

私はゆっくり顔を上げた。シーツが頭にかかって前が見えない。しかも足が絡まって動けない。なんだこれ。完全に洗濯物に捕獲されている。 

すると近くから吹き出す声が聞こえた。 

「…っ、ふ。」 

聞き覚えのある声だった。私は嫌な予感がしてなんとか抜け出す。そしてそこには。 

「なにをしているんですか、あなたは。」 

エドワード殿下がいた。 

「……」 

私は無言になった。なぜこの人は毎回タイミングよく現れるのだろう。しかも、毎回私を見て面白がっている。

「これは、その…。」 

「洗濯物に突撃する訓練ですか?」 

「はい?そんなこと何の役に立つんですか?」 

すると周囲のメイドたちは彼の登場によって慌てて頭を下げる。 

「も、申し訳ありません殿下!セアリス様が助けようとして……!」 

「別に責めていませんよ。ただ私の婚約者があまりおかしくなると困りますね…」 

「セアリス様が変人にならないよう、がんばります!」 

おい、しれっと変な約束してんじゃないわよ。私がおかしくなる、というのもなかなか気になる。


「それにしても随分綺麗に並んでいますね。」 

殿下は綺麗に干されたシーツを見てつぶやいた。 

「セアリス様が全部考えてくださったんです!」 

「効率もすごく良くなって…!」 

やめて。褒めないで。私は今後国外で普通に働ける程度の能力が欲しいだけなのに。評価が上がると困る。 

しかし殿下はなぜか楽しそうだった。 

「なるほど。あなたはやはり王宮メイドに向いているのかもしれませんね。」 

「本当ですか!?」 

私は思わず身を乗り出した。すると殿下が少し驚いた顔をする。 

「……そこまで食いつきますか。」 

「だって仕事は大事ですから!」 

国外追放後にしっかり仕事に就くためだ。王宮勤務経験ありなんて絶対強い。私は真剣だった。 

しかし周囲のメイドたちはなぜか微笑ましそうな顔をしている。 

「セアリス様、本当に殿下の近くで働きたいんですね……。」 

「いやいや、そういうわけでは…。」 

んなわけあるか!と即答しそうになった。というかなぜそんな理由になる。 

「私の近くで働きたいのではないのですね…。悲しいです。」 

殿下が悲しげに言ってしょんぼりした顔をする。が、私は絶対に騙されない。だって絶対に演技だもん!私に対してそんなことを思うはずがない。  


「というか、本気でメイドを目指すつもりなんですか?王宮メイドは大変ですよ。」 

「はい!心配は不要です。」 

「朝は早いですが?」 

「問題ありません!」 

だって中学の頃は毎朝6時起きだったし。余裕ですよ。それくらい。

「体力仕事は?」 

「大丈夫です!むしろ運動不足解消になります。」 

「給料のために働くことになりますが?」 

「最高ですね!目的があることは大切です。あと金はなんぼあっても困りません。」 

「…。」 

周囲が静かになった。 

あれ?何か変なこと言った?私は首を傾げる。すると殿下がついに吹き出した。 

「あははは…。あなた、本当に働く気なんですね。」 

「もちろんです!」 

私は力強く答える。 

「人は働かないと生きていけませんから!体が腐ってしまいます。」 

「あなたは公爵令嬢でしょう。」 

「今はです!」 

「今は?」 

しまった。つい本音が出た。  

私は慌てて口を押さえた。しかし殿下は完全に笑っていた。絶対面白がっている。  


セアリスは婚約解消できると思っているようだが…エドワードは彼女を手放す気はもうなかった。こんな面白くて有能な人はなかなかいない。だからあなたの計画はそううまくはいかないと思いますよ。覚悟しておいてください。 


一方その頃セアリスは、国外追放後の就職について真剣に考えていた。 

完全に方向性を間違えながら。


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