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7,風呂にて…

 私は半ば引きずられるようにして王宮の浴場へ連れて行かれていた。

「だ、大丈夫です!自分で拭けば……!」

「そのレベルではありません。」

メイド長は即答だった。

そんなに?

私はちらりと窓ガラスに映る自分を見る。

……うわ。

顔にうっすら煤がついている。髪も埃っぽい。服なんてもはや雑巾と大差ない色になっていた。

「これは……確かにちょっと汚れてるかも……」

「ちょっとではありません。」

メイド長が冷たい声で言った。

「王宮でその姿は完全に不審者です」 

不審者。

がびーん、私はけっこう傷ついた。


そうやってセアリスが意気消沈する中…周囲のメイド見習いたちは楽しそうだった。

「セアラって掃除になるとすごいわよね」

「途中から雑巾と一体化してたもの」

「床の方が本人より綺麗だったわ。」

「確かに!セアラが汚れを吸い込んでいるみたい…」

えっ、そんなに?

私は少し反省した。

でも仕方ないではないか。掃除というのはやり始めると止まらないものなのだ。汚れるのはしょうがない。



「ほら、着きましたよ」

案内されたのは使用人用の浴場だった。

脱衣所は思ったより広い。

というか普通に豪華だ。

「王宮のメイドってこんなお風呂入れるの……?」

「当然でしょう。衛生管理も仕事のうちです」

なるほど。

やっぱり王宮はすごい。


国外追放されたあとも、こんな職場に就職できたら安泰なのでは?


そんなことを考えながら中へ入った私は、水を見て固まった。

お風呂。つまり髪を洗うということは髪の色、落ちてしまうんだった! 

まだ1人だったら良かったのだが、仲間たち全員が一緒にいる。しかも1人の子にしっかり腕を引っ張られていた。もしかして、私逃げると思われている?

これは本当にやばい。

しかし周囲はそんな慌てている私に気づくはずもなく…

いったん逃げてみるか?

「あ、あの……その、今日は髪は洗わなくても…」

「洗います。」  

やっぱりそうですか…まあこんなに汚ければね。今の私は本当に孤児のようだった。



そのままメイドたちは慣れた様子で私の髪をほどいていく。というかなんでそんな世話してくるの?と思ったが…私は今は平民の設定。毎日髪を洗うわけではなかったし、こんな大きい浴場に来るのも初めてだと思われているのだろう。どうやら風呂の入り方がわからないと思われているらしい。 

もう、銭湯文化がある日本人だったから分かるに決まっているのに…

やめてほしい。

本当にやめて。

私は心の中で泣いた。この鳴き声はしくしくというほどではない。もう、わんわんというくらいだった。


ただ何も言うことができず…

そうして数分後。いや、私にとっては髪の色が落ちるのは今か今かとヒヤヒヤしていたから30分後くらいな気がするけど。

「……え?」

背後で声がした。

私はそっと目を閉じる。

終わった。

「髪……」

「これ、黒じゃ……もしかして、あなた、染めてたの?」

静まり返る浴場。

私は恐る恐る目を開けた。

周囲のメイドたちが、信じられないものを見る目でこちらを見ている。 

そんな、化け物を見るような目で見ないで…私一応少し前までは氷の令嬢とか言われていたけど今ではキャラ変したよ。

 

司会の端では銀色の髪が、湯に濡れて光っていた。

しーん。

本当に気まずい。そしてものすごく怖い。

私はとりあえず笑ってみた。とりあえず笑ったけばなんとかなるさ。

「あはは……?」

誰も笑わなかった。めっちゃスベっている。

むしろ数人青ざめている。

「ま、まさか…」

「その髪色は…」

「ミレー公爵家の…?」 

なんでそんなみんなで分担して聞くのか…なんかとても滑稽だったが。 

本当の正体の件では私はもう完全に諦めていた。セアリスの髪は困ったことにすごい目立つ銀色をしている。氷の令嬢の見た目の最大の特徴だった。さすがに誤魔化せない。

「セ、セアラって……」

「セアリス様……?」

うわあ。呼ばれてしまった。私は静かに顔を覆う。

終わった。ばいばい、王宮メイド生活。1日だけだったけどとても楽しかったよ。本当にありがとうね。   


ただ、こんなにはやく終わるなんて。いつかは身分がバレると思っていたけど…それでそん時に国外追放される予定だったのに。

「ど、どうしましょう……!」

「すぐメイド長に報告を!」 

「いや、セアリス様なのですから殿下の方が良いのでは?」

「えっ」

その言葉に私は顔を上げた。おいっ、いやいや。

殿下。つまりエドワード殿下。

まずい。本格的にまずい。

絶対呆れられる。

いや、下手したら本当に処罰されるかもしれない。

王宮試験への不正参加。身分詐称。

普通に大問題では?もしかしたら国外追放されるかもだけど今は嫌だし…

私は急に不安になってきた。

しかし周囲はそれどころではない。


みんな慌てて服を整えたり、どう説明するか話し合ったりしている。

私はぽつんと椅子に座った。なんだろう。急にすごく疲れた。


すると一人のメイドが、おそるおそるこちらへ来た。

「セ、セア…いえ、セアリス様」

「はい…」

「私たち、何か失礼なことを……」

「え?」

私はきょとんとした。失礼なこと?何が?

「い、一緒に雑巾がけとか……」

「普通に話しかけたり……」

「私は楽しかったですけど?」

私がそう言うと、みんな固まった。ん?何か変なこと言ったかな?

「掃除、みんなでやると効率いいですし。」

「…………」

「それに王宮の仕事、すごく勉強になりました。国外…い、いえ将来働きに出た時に役に立つと思います!」

危ない、国外追放とか言いそうになった。

するとメイドたちは顔を見合わせる。どうやら悪い印象はなくせたようだ。私たちは結局風呂を出ないとどうしようもなかったのでみんなで和気藹々と風呂に浸かった。この時間がとても楽しかった。ああ、メイドになってたら毎日こんなんだったのかな…本当に悲しい。


ただ、そんな時間もすぐに終わり殿下に報告しに行く時間になった。 


「失礼します」

扉が開いた。空気が一瞬で張り詰める。現れたのはもちろん。

エドワード殿下だった。

私は思わず背筋を伸ばす。終わった。今度こそ本当に終わった。いったいどんな罰が待っているのかな?できれば痛くないやつがいい。

殿下は静かにこちらを見る。私と目が合った。数秒の沈黙。

その後。

「…なるほど。」


殿下の視線が、私のまだ乾ききっていない髪にうつる。そして、

「ふっ…」

えっ?殿下はなぜか顔を逸らした。肩が震えている。

彼は笑い出した。 

やっぱりいい!絶対に私のことを馬鹿にしている。なんかものすごい悔しい。私が負けたみたいで。 



一瞬空気は和んだが、それはすぐに壊された。誰かといえばもちろんメイド長によって。やっぱ怖いよお! 

「殿下、この件ですが…」

メイド長が厳しい顔で口を開く。

「身分を偽り、王宮試験へ参加した以上、何らかの処分は必要かと。」

来た。私はぎゅっと目を閉じた。国外追放?減刑して地方送り?婚約破棄?ん?婚約破棄…もしかしてありえるかも。それなら大歓迎! 

どうか婚約破棄してくれますように。私は祈った。

「そうですね」

エドワードが罰を下すことにあっさり頷いた。うわぁ。

決まった。どうかお願いします。婚約破棄で。

そしてエドワードは少し考えるように顎に手を当て、

「では責任を持って、正式に王宮研修へ参加してもらいましょう。」

と言った。

「…はい?え、いいんですか?それで。私身分詐称とかしていましたよ?」

部屋が静まり返った。   

「問題ありません。私は試験で会った時点で気づいていましたよ。」 

え?マジか。そんなにすぐにバレていたなんて。 

でも、今回のエドワードの判断にはとても感謝した。これからもここで働ける! 

私のエドワードへの好感度は結構上がった。






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