6,メイド研修
試験では少しハプニングがあったが、やはり成績は良かったようで私は普通に試験に受かった。
そしていよいよ今日は王宮メイド研修初日。
私は今、広すぎる廊下の前でほうきを握りしめていた。
「本日担当する区域はこちらです。午前中までに終わらせてください。」
そう言って去っていった先輩メイドを見送り、私は静かに廊下を見つめる。
長い。だから当然のように広い。
王宮って毎日こんなの掃除してるの?メイドさんたちすごくない?
……いや、感心している場合ではない。これは私の未来のためなのだ。国外追放された後、自力で働いて生きていくための大切な研修。ここで技術を身につけなければならない。
私は気合いを入れてほうきを構えた。
「よしっ!」
すると近くにいたメイド見習いたちがびくっと肩を揺らした。
「え、なに……?」
「急に気合い入れた……」
しまった。つい日本の掃除前テンションが出てしまった。
私は慌てて咳払いする。
「こ、こういう時は元気が大切かなと……」
「あ、はい……?」
なんとも言えない空気になった。
だが私は気にしない。掃除とは集中力。周りの空気なんて気にする必要はない。
私はさっそく床を掃き始めた。
すると数分後。
「えっ」
近くのメイドが変な声を出した。
私は首を傾げる。
「どうしました?」
「い、いえ……掃くの速くないですか?」
「そうですか?」
私は普通にやっているだけなのだが。
前世の学校では毎日のように掃除をしていた。しかも人数が少なかったので、ほうきは1人でやるのが当たり前。はやくやらないと雑巾に追い付かれるためこれくらいは普通だった。
むしろ問題はその後だった。
雑巾がけ。
私はバケツに雑巾を突っ込むと、ギュッと絞った。ここで大切なのは絞り具合。雑巾は水で結構濡れているくらいが滑りやすくていいのだ。
前世は力を加減していたが…、今世はお金持ちの貴族令嬢。運動をしていなかったせいか握力はとても弱く、調節しなくてもいい塩梅の雑巾が完成した。
そして。
「ふっ!」
床へ滑り込む。
「!?」
周囲のメイドたちが一斉にこちらを向いた。
私はそのまま勢いよく廊下を滑っていく。
懐かしい。
この感じ。
木の床の匂い。水がなくなってきたときの床との摩擦。まるで小中学校の掃除時間だ。
私はどんどんテンションが上がっていった。それに加やって足のスピードも速くなる。
「右よし、左よし!」
「ま、待ってください!」
「はい?」
「なぜそんなに速いんですか!?」
「え?」
速い……?
普通では?学校ではこれくらいが当たり前ですけど?
私は不思議に思いながらも手を止めない。
むしろ広い場所ほど燃える。
気づけば私は廊下の端から端まで雑巾がけを終わらせていた。
「終わりました」
「はやっ!?」
メイド見習いたちがざわつく。
なぜだろう。ちょっと嬉しい。
これが労働の喜び……?
いや違う。私は浮かれてはいけない。これはあくまで国外追放後の生活訓練だ。
そう自分に言い聞かせた時だった。
「……あなた」
後ろから低い声が聞こえた。
振り返ると、厳しそうな女性が立っている。
黒いドレスに白いエプロン。周囲のメイドたちが慌てて頭を下げた。私もそれに倣う。
え、偉い人?
「メイド長……!」
やっぱり偉い人だった。
私は慌てて頭を下げる。
「お、お疲れ様です!」
するとメイド長は私が磨いた床をじっと見た。
そのまま指で床をなぞる。
……まずい。
何か失敗した?もしかして水拭きはダメだったとか…
私はどきどきしながら結果を待つ。
すると。
「……綺麗ね」
「へ?」
「掃除の基礎はできているようね」
褒められた。
私は思わず目を見開く。
これは…及第点は与えられたということでいいのだろう。まさか王宮のメイド長に掃除を認められる日が来るなんて。
少し感動していると、メイド長はさらに言った。
「ですが」
はい来た。
「掃除は速さだけではありません。王宮では品位も必要です」
「品位……?」
「あなたの雑巾がけ、勢いがありすぎます。まるで子供のかけっこのようではないですか。」
「えっ」
ダメだった。
私は少し落ち込む。そっか、ここは王宮だから。優雅にやる必要もあるんだ…
そんな私を見て、近くのメイド見習いが小声で言った。
「でも、ちょっと格好良かったです……」
「え?」
「床を滑るところとか……」
「私もちょっと真似したいと思いました」
えっ。
もしかして、私褒められている?
これらの言葉を聞いて私は調子にのった。そして今度は優雅に速く雑巾がけをする方法を考え出す。やはり掃除に速さは必須だ。ただ、ここでは上品さも。2つくらいは同時にできるでしょう!
なんだかどんどん掃除が楽しくなって結局メイドが3日くらいかけて掃除するところを私たちの班は1日で終わらせてしまった。
「セアラ、あなたのおかげで私たちの班、とても褒められたわ!本当にありがとう。」
1人の子に褒められる。セアラというのは私が適当に考えた名前だった。
あれ、もしかして…これはすごい順調なのでは?私、褒められてるよ!このままいけば出世できるかも…?
「あなた、雑巾がけの速さ、丁寧さ、上品さを両立させるなてなかなかやるじゃない。」
えっ?
ここで突然のメイド長登場。まさかの本日2回目だ。私は頭をぐっと下げた。
「あなたのことですよ、セアラ。」
えっ、私のこと!
「あ、ありがとうございます!」
なんかとっても嬉しい。仕事ってこんなにやりがいがあるんだ…
私がまた礼をするとあたりに埃がまった。あれ、おかしいな。私ちゃんと隅々まで掃除したはずなんだけど…もしかして、やり残しが…!
「あの、メイド長、まだ掃除していない箇所があったかもしれません…」
「……」
「それは、あなた自身の汚れではなくて…?」
ん?そんなに私、汚れていた?
私は自分の服を見下ろした。
……あ。
白かったブラウスが、ほぼ灰色になっている。
スカートの裾には黒い汚れがつき、腕にはうっすら煤までついていた。
「えっ」
周囲のメイド見習いたちも微妙な顔をしている。
「セアラ、あなた途中から床にスカートつけて滑ってたもの……」
「顔にも埃ついてるわよ?」
「えっ!?」
私は慌てて頬を触った。
ざらっとした。
うわ、本当だ。
しかし私はそこで首を傾げる。
「でも掃除って汚れるものでは?」
「限度があります!」
即座にツッコまれた。
するとメイド長が深いため息をついた。
「あなた、途中から掃除に夢中になりすぎていましたね。」
「うっ……」
否定できない。
だって楽しかったのだ。
広い場所を効率よく綺麗にしていくあの感覚。
達成感。
労働って素晴らしい。
「……とりあえず」
メイド長はこめかみを押さえた。
「先にお風呂へ行ってきなさい。」
「えっ?」
「その格好で王宮を歩かれると困ります。」
ええっ。
そんなに汚れてる!?
私は少しショックを受けた。
すると周囲のメイドたちがくすくす笑う。
「大丈夫よ、セアラ」
「お風呂ならすぐ終わるわ」
「髪まで埃だらけだし」
髪?
私は自分の髪を見ようとして、そこで固まった。
……まずい。
今の私は黒染め中だった。
お風呂。
つまり。
洗う。
「あっ」
しまった。
かなりしまった。
しかし時すでに遅し。
「ほら、行きますよ。」
「ま、待ってください!その、今日は体調が。」
「元気に廊下を滑っていたでしょう。」
「うっ」
確かに…完全論破だった。
こうして私は、半ば連行されるように浴場へ向かうことになった。




