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10,王妃教育

 王宮メイド研修が始まってしばらくたったある日。今日はメイドの仕事は休みなのにも関わらず王宮に呼び出されていた。 

「え?もしかして王宮が突然汚くなって人手が足りていないとかですか?」 

案内役の侍女さんに聞くと、彼女は困ったように笑った。 

「本日は王妃教育です。」 

「王妃教育。」 

私はその言葉を聞いて一瞬固まった。 

…いや、なんで? 


確かに私はエドワード殿下の婚約者である。表向きは未来の王妃候補だ。だから王妃教育を受けるのは普通のことなのだろう。 

だがしかし…私は国外追放される予定なのだ。 

つまり将来的には必要ない。確かに今の時点ではみんなはそんなことは知らないため王妃教育も必要だと思うのは分かるが。ただ、そんな教育を受けるくらいなら仲間と一緒掃除していたかった。

むしろ今の私に必要なのは生活力である。掃除、洗濯、料理、接客。そっちの方がよほど大事だ。 

「…メイド研修は?」 

「今日はお休みです。」 

なんてこと。私は軽くショックを受けた。いや、メイドのはもともとなかったのだが…休みがつぶれてしまった。


そんなことを考えながら部屋へ入ると、そこには数人の教師らしき人たちがいた。みんなお上品でとても厳かな雰囲気。机の上には高そうなティーカップ、銀食器、大量の本。 

うわぁ。 

なんか急に貴族っぽい。いや、私は貴族なんだけど。中身は庶民だから。


「ではまず、王妃として必要な教養について確認しましょう。」 

年配の女性教師が静かに言った。 

「王妃に最も必要なものは何だと思いますか?」 

私は少し考える。真っ先に生活力とか思いついたけどさすがに私も学習した。これが答えでないことだけは分かる。

王妃に必要なもの。…財力?いや違う。王妃自身は別に働かないし。 

「気品、でしょうか。」 

とりあえずそれっぽいことを言ってみる。 

教師は満足そうに頷いた。 

「その通りです。よく分かりましたね。」  

おいおい、そんなに私のことをなめていたのか。なんだかとても不思議な気持ちだった。


「王妃とは国の象徴。常に優雅で、美しく、完璧でなければなりません。」 

「はあ。」 

「所作1つで国の印象が決まります。」 

「なるほど。それは大変ですね…」 

「あなたも他人事ではないですよ。」

確かにそれはそうかもしれない。 


しかし私はふと思った。 

完璧ってことは個性がないということじゃない?それは逆につまらないよ! 

これも王妃教育から逃げたくて現実逃避しただけだったのだが。



「ではまず、紅茶の淹れ方から始めます。」 

教師は美しい動きでティーポットを持ち上げた。 

「ポットはこう持ち、肘を開きすぎず――」 

私はじっと観察する。 


…重そう。これ、次の日絶対筋肉痛のやつじゃん。

というか、このポット少し持ち手が細い。長時間使ったら手が疲れそうだな。指への負担がえげつない。

あとこの棚の高さ、メイドさん毎回大変では? 

そんなことを考えていると。 

「セアリス様、聞いていますか?」 

「はっ。」 

しまった。つい関係ないことを…

「も、もちろんです。」 

「ではあなたも実際にやってみてください。」 

私は言われた通りにポットを持った。 

重い。いや、持てないほどではないが、絶妙に重い。やはり指が痛かった。しかもこの姿勢、腕が疲れる。 

私はつい、前世の癖で持ちやすい角度に変えてしまった。 

すると教師がぴくっと反応する。 

「セアリス様。」 

「はい。」 

「少々……実用性に寄りすぎています。」 

「え?」 

「王妃に必要なのは美しさです。」 

「でもこちらの方が安定して注げますよ?これでもし美しさ重視してポット落としたりしたらどうするのですか?それこそ台無しになるのでは?」 

私は真面目に言った。あとこぼしたら危ないし。 

しかし教師は微妙な顔をする。 

周囲の侍女たちもなんとも言えない顔だ。 

あれ?そんなに変なこと言った? 

「…続けましょう。」 

その後も王妃教育は続いた。 

歩き方。座り方。カトラリーの使い方。どれも大切らしい。 

ただ私はどうしても別方向から見てしまう。 


「このドレス、動きにくくないですか?」 

「……。」 

「あと階段で転びそうです。」 

「……。」 

「侍女さんたち、着替え手伝うの大変そうですよね。」 

私があまりに質問をするもんだから教師がついにこめかみを押さえた。 

「セアリス様。」 

「はい。」 

「あなたはもう少し、“される側”として物事を考えてください。」 

「え?」 

される側。 

…いやでも、働く側の気持ちを理解するのは大事では? 

私は首を傾げた。 

すると後ろで控えていた侍女たちが小さく笑っている。 


「なんだかとてもセアリス様らしいですね。」 

「完全に労働者目線だわ……。」 

いやいや。これは普通に楽さを追い求めただけで… 

「では次はテーブルマナーです。」 

机の上に豪華な料理が並べられた。とてもおいしそう。

教師が説明を始める。

「ナイフは外側から順番に――」 

私は真面目に聞いていた。 

だが途中で気になってしまう。 

この皿、重いな。洗う人めちゃくちゃ大変そう。落とさないか心配。 

というか銀食器って磨くの地獄では? 

すると……、

「セアリス様。」 

「はい。」 

「今度は何を考えていましたか。」 

「えっと……食器磨きって大変そうだなと。」 

しばらく沈黙が続く。そして教師たちが頭を抱え始めた。もう、私は至って真面目なのに。

とうとう後ろの侍女が吹き出した。 

「ふふっ……。」 

「本当にメイド研修の影響受けてる……。」 

「もう発想が完全に働く側なんですよね。」 

そんなことを言われても困る。だって実際大変そうなのだから。この世界は労働者がいるからこそ成り立っているわけで…

するとその時、部屋の扉が開いた。 

「失礼します。」 

入ってきたのはエドワード殿下だった。私は思わず固まる。また来たか、この人。なんだか最近よく会う気がする。

「進み具合を見に来ました。」 

殿下はそう言ってこちらを見る。 

そして教師陣と部屋を見まわすと…

「ああ、なるほど。」 

何その“全部察しました”みたいな顔。というか絶対に面白がっているよね。

教師が疲れたように口を開く。 

「殿下……セアリス様は少々、視点が特殊でして。」 

「特殊?」 

「王妃教育を受けながら、侍女の労働環境ばかり気にされています。」 

やめて。そんな変な紹介しないでほしい。 

しかし殿下は吹き出した。 

「……っ、はは。」 

「笑わないでください。これはこの国の平和のためなのです。それこそ労働階級の人たちが抗議運動でも起こしたら私たち貴族はあっという間に倒れますよ。」 

「あなたの動きがあまりに私の予想通りなもんで。」 

そう言いながら殿下は私の前に座った。 

「ですが、そんなふうに考えることはとてもいいことだと思います。」 

「え?」 

「上に立つ者ほど、働く側を理解しているべきです。」 

教師たちが少し驚いた顔をする。 

「確かに王妃としては型破りかもしれません。ですが、あなたのその視点はきっと役に立つでしょう。」 

私は少し目を丸くした。 

なんだろう。なんていうか、慰められているのか?これは。

普通なら怒られそうなことだったのに。 

「…そういうものですか?」 

「ええ。」 

殿下は優雅に紅茶を飲みながら微笑む。その姿はとても上品だった。 

「まあ、未来の王妃が“洗濯しやすいドレス”を真剣に考えているのはどうかと思いますけどね。」 

「うっ。」 

やっぱりからかわれている。なんか少しいい人だと思ったのに。やっぱこの人は嫌な人だ。 

私はじとっと殿下を睨んだ。なんか悔しくなって言い返す。

「洗濯しやすいドレスがダメならそもそも汚れにくいドレスを作ることにします。」


その部屋でどっと笑いが起きた。


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