11,お茶会にて
ある日の午後、王宮の庭園では小さなお茶会が開かれていた。色とりどりの花が咲く庭園には、若い令嬢たちの楽しげな声が響いている。
セアリスも参加していたが、正直かなり疲れていた。
(やっぱり苦手なのよね……)
なんというか…私の思考は完全に働く人のものだから、令嬢の話についていけない。
無理やり笑顔を浮かべながら紅茶を口にする。
そして貴族令嬢たちとの会話は気を遣う。言葉選び1つで空気が変わるため、ずっと緊張しっぱなしだった。
「セアリス様は最近、殿下と仲がよろしいですわよね。」
向かいに座っていた令嬢が、微笑みながら言った。
「え?」
「この前も一緒にいらっしゃるところを見ましたわ。」
「まあ、素敵ですこと。」
周囲も楽しそうに笑う。セアリスは一瞬固まった。
(仲が良い……?)
いや、違う。これは円満婚約破棄へ向けた関係改善である。できるだけ穏便に婚約を解消するため、お互い良好な関係を築いているだけだ。
(順調ということね)
うんうん。セアリスは内心で頷いた。
「い、いえ、そんな大したことでは……」
まさか最後だからおとなしくしているなどとは言えず…曖昧に笑って誤魔化す。
すると別の令嬢が少し身を乗り出した。
「殿下って、以前よりずっと柔らかい雰囲気になられましたわよね。」
「ええ、わたくしもそう思います。」
「きっとセアリス様のおかげですわ。」
「そんな……!」
セアリスは困惑した。そんなつもりは全くない。というかあの人って前はそんなに怖かったの?何だか想像がつかなかった。
そうやって少しおどおどしていると…
「セアリス」
聞き慣れた声がした。令嬢たちが一斉に振り向く。
庭園の入り口に立っていたのはエドワードだった。
「殿下……!」
空気が少しざわめく。
エドワードはそのまま真っ直ぐセアリスのところまで歩いてきた。
「探しましたよ。」
「え?」
セアリスは目を瞬いた。エドワードは彼女の前で立ち止まる。
「そろそろ戻りましょう。」
「あ、はい。」
反射的に立ち上がる。その瞬間、自然にエドワードが手を差し出した。セアリスは少し迷ったあと、その手を取る。
周囲から小さな歓声が上がった。
「まあ……」
「本当に仲がよろしいのですね……!」
ひそひそ声が聞こえる。
セアリスは少し照れくさくなりながらも、内心では満足していた。
(よし)
周囲から見ても良好な婚約関係。つまり円満婚約破棄しやすい。かなり理想的な流れではないだろうか。私、結構うまくいってるよ!
一方、エドワードはそんな彼女を横目で見ていた。お茶会の席で、セアリスはどこか無理をしているように見えた。
笑ってはいたが、疲れているのがわかる。きっと平日は王宮でメイドとして働き、休日にも王妃教育がつまっているからだろう。彼女はエドワードよりもはるかに大変な生活をしていた。今日はセアリスにとっては大切な休み。今日くらい休ませてあげたい。
だから気づけば庭園まで来ていた。呼び戻す理由など、本当は特になかったのに。
庭園を離れてしばらく歩いたあと、セアリスが不思議そうに首を傾げた。
「あの、次の予定って何でしたっけ?」
「……。」
エドワードは黙った。
「殿下?」
「……特に…」
「え?」
「あなたが疲れているような素振りを見せていたから…」
セアリスは目を瞬いた。エドワードは少し気まずそうに視線を逸らす。
「悪かったですか?」
「い、いえ!」
セアリスは慌てて首を振った。
「むしろ助かりました。」
本音だった。
あのまま令嬢たちに囲まれていたら、かなり疲れていただろう。
「本当にありがとうございます。」
素直に礼を言うと、エドワードは少しだけ表情を緩めた。
「なら良かった。」
短い返事。
けれどどこか優しい声音だった。
セアリスはそんなエドワードを見ながら、改めて思う。
(ここまで気遣ってくださるなんて。私のことなんて好きでないだろうに。)
やはり最近の流れはかなり良い。きっと円満婚約破棄へ向けて順調なのだろう。
一方エドワードは、彼女の手を引いたままだったことに今さら気づき、静かに視線を逸らした。
2人は並んでとぼとぼと歩き出した。
「ああいう場所は苦手なのですか?同期のメイドとは仲良くしているように見受けられたけど。」
「いや、貴族のご令嬢とは話が全く合わないのですよ。」
「はっ…。確かに、王妃教育で働く人の気持ちばっか考えている人が貴族令嬢と仲良くできるわけがない。公爵令嬢なのに…」
「もう、馬鹿にしていますか?」
「していないよ。」
「絶対してます。」
「被害妄想です。」
即答だった。
セアリスはじとっとした目を向ける。だがエドワードはどこか機嫌が良さそうだった。
そんなふうに他愛ない会話をしているうちに、いつの間にか王宮の廊下まで戻ってきていた。
すると。
「あっ……!」
向こうから歩いてきた若いメイドたちが、二人を見るなり固まった。
そして次の瞬間。
「し、失礼いたしました!」
顔を真っ赤にしたまま、すごい勢いで逃げていく。
「…………」
「…………」
セアリスは困惑した。
「最近、本当に変ですよね?」
「うん。」
エドワードは真顔で頷く。だがその耳は、少しだけ赤かった。




