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29,学園ぼっち回避計画②

 友達作りは、思っていたより難しかった。 

お茶会を終えた日の夕方、セアリスは自室の机へ突っ伏していた。 

「……貴族令嬢、難しいわ。」 

「まだ言ってるんですか。」 

向かいで紅茶を淹れていたミリアが苦笑する。 

「だって空気が固いのよ。」 

「セアラが真面目すぎるんですよ。」 

「普通に話しているつもりなのだけど。」 

「普通が普通じゃないんです。」 

 ひどい言われようだった。しかし否定できない。 

セアリスは小さくため息を吐く。 

「このままでは本当に学園で孤立するかもしれない……。」 

「そこまでいきませんって。」 

ミリアは呆れながら紅茶を差し出した。 

「そもそもセアラ、慣れたら普通に話せるじゃないですか。」 

「“慣れるまで”が問題なのよ。」 

セアリスはとても真剣だった。 


 数日後、公爵家本邸では、小規模な親族の集まりが開かれていた。とはいえ堅苦しい夜会ではない。親しい親族だけの食事会のようなものだ。 

セアリスは母に連れられ、応接間へ入る。 

すると… 

「あっ。」 

部屋の奥にいた少女がぱっと顔を上げた。明るい栗色の髪。人懐っこそうな瞳。 

セアリスを見るなり、その少女はぱっと表情を明るくした。 

「セアリス姉様ですよね!?」 

勢いよく近づいてくる。 

「……リシェル?」 

「覚えててくださったんですか!?」 

「もちろんよ。」 

セアリスは少し目を丸くした。母方の従姉妹。最後に会ったのは数年前だったはずだ。幼い頃に何度か顔を合わせている。だが頻繁に交流していたわけではない。 

「お久しぶりです!」 

リシェルはにこにこと笑った。 

「学園、一緒ですよね!?」 

「ええ、そうね。」 

「良かったー!」 

心底安心したような声だった。 

「私、知り合いほとんどいなくて不安だったんです!」 

「……。」 

セアリスが静止する。 

「……実は私もよ。」 

「えっ。」 

リシェルがきょとんとした。 

「姉様が?」 

「ええ。」 

「いやいやいや!」 

リシェルは思わず笑った。 

「だってセアリス姉様ですよ!?王太子殿下の婚約者様じゃないですか!」 

「それと友達ができるかは別問題でしょう。」 

真顔で返される。 

リシェルは少し困惑した。 

(……思ったより真剣だ。) 

「姉様、もしかして本気で心配してます?」 

 庭園へ移動したあと、リシェルが恐る恐る聞いた。 

「本気よ。」 

セアリスは即答した。 

「最近、お茶会で交流の練習もしたのだけど。」 

「練習。」 

「空気が微妙になったわ。」 

「えぇ……。」 

リシェルはなんとも言えない顔になる。しかし少し考えてから、ちらりとセアリスを見た。背筋が綺麗に伸びている。そして顔立ちは整いすぎるほど整っていた。しかも真顔。 

確かにこれは初対面だと緊張するかもしれない。 

「あの……姉様。」 

「何?」 

「もっと笑った方がいいかもしれません。」 

「またそれを言われたわ……。」 

セアリスが静かに遠い目をした。 

「えっ、他の人にも言われたんですか?」 

「最近よく。」 

地味に傷ついている声だった。  

リシェルはちょっと面白くなってしまう。 

王宮では完璧超人みたいに噂されているセアリスが、真面目に“ぼっち回避”を悩んでいるのだ。 

なんだか妙に親近感が湧く。 

「でも安心してください!」 

リシェルはぱっと笑った。 

「学園、私もいますから!」 

「……。」 

セアリスが少し目を瞬く。 

「1人にはしませんよ!」 

明るく言い切られる。 

その勢いに、セアリスは少しだけ目を丸くしたあと――ふっと小さく笑った。 

「ありがとう。」 

その自然な笑みに、リシェルは一瞬固まる。 

(……あれ?) 

思っていたより、ずっと話しやすい。 

というより… 

(普通に優しい人では?) 

王都で聞いていた“完璧で冷たい公爵令嬢”の印象が、少し崩れた気がした。 

するとセアリスが真面目な顔へ戻る。 

「でも本当に大丈夫かしら。」 

「まだ心配してるんですか!?」 

「だって学園って友達同士で昼食を食べるのでしょう?」 

「食べますね。」 

「もし誰も隣に座ってくれなかったら……?」 

「大丈夫ですって!」 

リシェルは思わず笑った。 

「というか姉様、絶対目立つので放っておかれませんよ。」 

「それはそれで嫌なのだけど。」 

「贅沢な悩みです!」 

庭園へ明るい笑い声が響く。 

その様子を少し離れた場所から見ていたセアリスの母は、静かに微笑んでいた。 

「よかったわね、セアリス。」 

どうやら娘にも、“気軽に話せる同年代”ができそうだった。 


 リシェルが本格的にセアリスの部屋へ出入りするようになってから、3日目のことだった。 

「姉様、結論から言います。」 

開口一番、リシェルは真剣な顔で言った。 

「学園は戦場です。」 

「物騒な言い方をしないでちょうだい。」 

セアリスは紅茶を置いた。 

「でも事実です!」 

リシェルはテーブルに地図のようなものを広げる。 

「これは学園の勢力図です。」 

「勢力図?」 

「はい。昼食派閥図です。」 

「昼食派閥?」 

セアリスの眉が動く。嫌な予感がした。 

「まず、ここが王都貴族の安定グループ。」 

「そこが絶対一緒に食べる派。」 

「こっちは誘われ待ち派。」 

「そして最も危険なのが……ぼっち領域です。」 

「やめなさいその言い方。なんだか哀愁がただよっています。」 

セアリスは即座に止めた。 

「姉様、ここ重要です!」 

リシェルは真剣だった。 

「入学初日でどこに座るか、人生が決まります。」 

「大げさではない?」 

「大げさじゃありません!」 

力強い否定だった。 

 「では問題です。」 

リシェルが指を立てる。 

「姉様は初日、どこに座りますか?」 

「……空いているところに。」 

「ダメです。」 

即答だった。 

「なぜ?」 

「空いているところ=最後に残った席つまりぼっち確定です。」 

「理不尽では?」 

「現実です。」 

セアリスは静かに紅茶を飲んだ。 

(学園、怖いわね……) 

「次の問題です。」 

リシェルは続ける。 

「姉様は初対面の令嬢にどう話しかけますか?」 

「ご機嫌よう。」 

「はい不正解。」 

「えっ。」 

「それは全員やってます。」 

「じゃあ何を言えばいいの?」 

リシェルは少し考えてから言った。 

「“今日の昼食、何を召し上がる予定ですか?”」 

「何その尋問みたいな質問。」 

「会話です。」 

「会話ってもっと自然なものでは?」 

「姉様がやると全部面接になります。」 

ひどい評価だった。 


 一方、その頃、セアリスの母のエレナこっそり2人の様子を見ていた。 

(セアリス、だいぶ難航しているようね…それにしてもなんて面白いのかしら…) 



 「では実践です。」 

リシェルが立ち上がる。 

「私が初対面の令嬢役をやります。」 

「そんな訓練必要?」 

「必要です!」 

リシェルは即答した。 

「さあ姉様、話しかけてください!」 

「え、急に?」 

「実戦です!」 

セアリスは少し間を置き、姿勢を正す。 

「ご機嫌よう。」 

「はい固い!」 

即ツッコミ。 

「もう少し柔らかく!」 

「ご機嫌よう……?」 

「語尾上げないで怖い!」 

リシェルが頭を抱える。 

「ではこうしましょう。」 

リシェルは深呼吸した。 

「“このお菓子、美味しいですね”です。」 

「それなら簡単ね。」 

セアリスは小さく頷く。 

そして―― 

「このお菓子、美味しいですね。」 

「……」 

リシェルが固まった。 

「姉様。」 

「何?」 

「圧がすごいです。」 

「どうして!?」 

 その様子を見ていたエレナはついに吹き出す。 

「もう無理ですってそれ!」 

「何が!」 

「姉様、褒め言葉でも怖いんです!」 

「そんなはずはないでしょう……!」 

セアリスは本気で納得していないようだった。

 その後も訓練は続いた。 

「もっと笑って!」 

「笑っているわよ?」 

「それ“王族の威圧スマイル”です!」 

「そんな名前ついてるの?」 

「今つけました!」 

「というか私、王族ではないわよ。」 

 数時間後。 

セアリスは机に突っ伏していた。 

「学園って……戦場ね。」 

「だから最初に言いました!」 

リシェルは誇らしげだった。ミリアは笑い疲れていた。 

 だが最後に、リシェルは少しだけ優しく言った。 

「でも姉様なら大丈夫ですよ。」 

「根拠は?」 

「顔は怖いですけど、話せば普通なので。」 

「褒めてる?」 

「ギリギリ褒めてます。」 

セアリスは深くため息をついた。 

「不安になってきたわね……学園。」 

その横でリシェルはにこっと笑った。 

「安心してください。私がいますから!」 

「その言い方が1番不安なのだけど。」


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