28,学園ぼっち回避計画①
学園入学まで、あと数か月。
その事実に、セアリスは密かに危機感を抱いていた。
「……このままでは。」
王宮の廊下を歩きながら、彼女は深刻な顔で呟く。
「私は学園でぼっちになるかもしれない。」
「また始まった。」
隣を歩いていたミリアが即座に言った。
◇
「いや、でも本当にあり得るのよ。」
休憩室へ入るなり、セアリスは大真面目な顔で言った。
「学園って友達同士で行動するのでしょう?」
「まあそうですね。」
「お昼も一緒に食べたり。」
「しますね。」
「授業移動も。」
「します。」
「……終わったわ。」
セアリスは静かに項垂れた。
「まだ始まってもいませんよ!?」
ミリアが慌てる。
しかしセアリスは本気だった。
「考えてみて。私は今まで、まともに同世代の令嬢と交流したことがないのよ。」
「夜会とかでは話してるじゃないですか。」
「あれは社交辞令。」
即答だった。
「“ご機嫌よう”“お綺麗ですわね”“最近はいかがお過ごしですか”で終わるの。」
「まあ貴族令嬢ってそんな感じですよね。」
「でも学園は違うでしょう?」
セアリスは遠い目をした。
「もし誰とも仲良くなれなかったら、昼食を一人で食べることになるわ。」
「別に一人で食べても……。」
「絶対目立つ。」
真顔で言われた。
確かに目立つ。セアリスは無駄に目立ってしまうのだ。
「だから今のうちに友達作りに慣れておく必要があるのよ。」
「慣れるって、そんな訓練みたいに。」
「訓練よ。」
セアリスは真剣だった。
◇
そして数日後。
王妃教育の一環として開かれた、小規模なお茶会。同年代の令嬢たちが集まる場である。セアリスは席へ座りながら、静かに決意した。
(今日こそ友達を作る……!)
気合いだけは十分だった。
しかし、
「…………。」
誰も近寄ってこない。令嬢たちはちらちらこちらを見る。だが目が合うと逸らされる。なんとなく半径数メートル空いていた。
(……なぜ?)
セアリスは地味に傷ついた。すると近くで小声が聞こえる。
「やっぱり綺麗な方ね……。」
「でも厳しそう……。」
「王太子殿下の婚約者様でしょう?」
「絶対粗相できないわ……。」
セアリスは静かに目を閉じた。
(また顔ね……。)
最近、本当に多い。だが今日は諦めない。学園ぼっち回避のためである。
セアリスは意を決して立ち上がった。
近くにいた令嬢2人へ歩み寄る。
「ご機嫌よう。」
「ひゃっ!?」
片方が肩を跳ねさせた。
セアリスが少し傷つく。
「そんなに驚かなくても……。」
「も、申し訳ありません……!」
逆に謝られた。
なんだか余計つらい。
「本日は寒いですね。」
「そ、そうですわね……!」
「もうすぐ衣替えをしないと…」
「え、ええ……。」
会話が続かない。ものすごく続かない。
沈黙が重い。
セアリスは内心で焦った。
(どうすればいいの……!?)
すると、
「セアリス様は、やはり学園でも首席を狙われるのですか?」
1人が緊張した声で聞いてきた。
「え?」
「王妃教育でも非常に優秀だと……。」
「ああ。」
セアリスは少し考え、正直に答えた。
「特に首席にこだわるつもりはないわ。」
「そうなのですか?」
「ええ。必要なことを学べれば十分だもの。」
「……。」
令嬢たちが微妙な顔をした。
余裕ぶっている人みたいに聞こえた。
違う。
本当にそういうつもりではない。
セアリスは慌てた。
「ええと、でも私、裁縫はあまり得意ではないし……。」
「えっ。」
「前に刺繍をやり直し続けて徹夜したこともあるわ。」
「徹夜……。」
なんか重い。失敗した。
空気がまた固くなる。
(まずい……!)
セアリスは焦った。
するとさらに別の令嬢が恐る恐る聞く。
「しゅ、趣味などはございますか?」
(来たわ! 会話の糸口!)
セアリスは少し目を輝かせた。
「最近はメイド業務が楽しくて。」
「……メイド業務?」
「あ。」
しまった。
令嬢たちの顔に「???」が浮かぶ。普通の令嬢はそんな趣味を持たない。
「ええと……掃除とか、洗濯とか……。」
「…………。」
空気が死んだ。
セアリスは心の中で頭を抱えた。
(終わった……。)
完全に変人扱いされている気がする。
実際ちょっと変わっている自覚はある。
するとその時。
1人の令嬢が、おそるおそる口を開いた。
「……洗濯、楽しいのですか?」
「え?」
セアリスが顔を上げる。
「ええ、まあ。綺麗になると達成感があるでしょう?」
「……わかるかもしれません。」
小さな声だった。
「本当に?」
「はい……。私も、たまに刺繍を無心でやっていると落ち着くので……。」
「ああ、それは少し近いかもしれないわ。」
そこからだった。
「あと紅茶を淹れるのも好きで。」
「えっ、私もです!」
「茶葉の香りって落ち着きますよね……。」
ぽつり、ぽつりと会話が繋がっていく。
だが。
普通の友達同士のように盛り上がるには、まだ遠い。
どこか皆緊張している。
セアリスもぎこちない。
それでも、完全な沈黙ではなくなった。
帰り際、
「本日はありがとうございました。」
令嬢たちが頭を下げる。最初より表情は柔らかい。だがまだ少し距離はある。
セアリスはその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「……難しいわね、友達。」
思った以上に。かなり難しかった。
すると後ろからミリアが近づいてくる。
「お疲れ様です。」
「全然駄目だった気がする。」
「いや、最初よりは全然良かったですよ。」
「そうかしら……。」
セアリスは少し肩を落とす。
「もっと自然に仲良くなれると思っていたのだけど。」
「使用人相手の感覚で行くからですよ。」
「そんなに違う?」
「違います。」
ミリアは即答した。
セアリスは少し考え込み――やがて、小さく苦笑する。
「……学園入学までに、もう少し頑張るわ。」
どうやら“学園ぼっち回避計画”は、まだ始まったばかりらしかった。




