27,笑顔の練習
最近、王宮では新入りメイドの募集が行われていた。交流事業が終わったとはいえ、王宮の仕事量そのものが減るわけではない。むしろ忙しさに耐えきれず辞めていく者も一定数いるため、定期的な補充は必要だった。
「今年の新人さんたち、緊張していて可愛かったですね。」
洗濯済みの布を畳みながら、ミリアが楽しそうに言った。
「最初は皆そうでしょう。」
セアリス――王宮では“セアラ”として働いている彼女は、手を止めず答える。
「ミリアだって最初はかなり慌てていたじゃない。」
「やめて! 思い出したくない!」
ミリアが頭を抱える。
「お盆ひっくり返すし、花瓶倒すし、階段で転ぶし……。」
「よくクビにならなかったわね。」
「ほんとそれ。」
2人がそんな話をしていると。
「し、失礼します……!」
控えめな声が聞こえた。
振り返ると、そこには新しいメイド服を着た少女が立っていた。栗色の髪を2つに結んだ、小柄な子だ。まだかなり幼い。
「あ、新人さん?」
ミリアが笑顔で近づく。
「はい……! 本日から働かせていただく、ノエルです……!」
ものすごく緊張していた。
「そんなに固くならなくて大丈夫よ。」
ミリアが優しく言う。
「わからないことあったら聞いてね。」
「は、はい……!」
ノエルは何度も頷いたあと――
ちらり、とセアリスを見た。
「…………」
そして。
びくっと肩を震わせた。
「え。」
セアリスが少し固まる。
ノエルはものすごい勢いで目を逸らした。
空気が微妙になる。
ミリアが「あっ」という顔をした。
「ええと、ノエル?」
「は、はいっ!」
「こちらセアラ。すごく頼りになる先輩だから。」
「よ、よろしくお願いします……!」
しかし声が完全に裏返っていた。
しかも敬礼みたいになっている。
セアリスは少し困惑する。
「……そんなに緊張しなくても。」
できるだけ柔らかく言ったつもりだった。
だが。
「ひぃっ」
「えっ」
なぜか怯えられた。
セアリスが静止する。
ノエルも「しまった」という顔をした。
気まずい。
とても気まずい。
「ご、ごめんなさい……!」
「いや別に怒ってはいないのだけど……。」
「すみませんすみません……!」
半泣きで謝られている。
セアリスは完全に困った。
◇
その後。
「……私、そんなに怖いかしら。」
控室の机へ突っ伏しながら、セアリスがぼそりと呟いた。
「うーん……。」
向かいに座るミリアが微妙な顔をする。
「何その反応。」
「いや、怖いっていうか……。」
ミリアは言葉を選ぶ。
「セアラって、黙ってるとすごい美人じゃない?」
「褒めてる?」
「褒めてる。」
即答だった。
「でもその、“近寄りがたい美人”なのよ。」
「…………。」
「しかも姿勢いいし、言葉遣い丁寧だし、真顔綺麗だし。」
「真顔綺麗って何。」
「なんかこう、“絶対怒らせちゃいけない人感”が……。」
セアリスは静かに机へ突っ伏した。
少しショックだった。
「そんな……。」
「いやでも中身知ってると全然怖くないのよ!?」
ミリアが慌ててフォローする。
「むしろかなり優しいし!」
「でも初対面だと怖いのね……。」
「まあちょっと……。」
否定されなかった。
セアリスはさらに沈んだ。
するとミリアが突然ぱっと顔を上げる。
「なら笑顔の練習しましょう!」
「……笑顔?」
「そう! 柔らかい雰囲気出せば怖くないって!」
なるほど。
一理ある。
「……やってみるわ。」
セアリスは真剣に頷いた。
◇
「まずは口角を上げて!」
「こう?」
「怖い!」
即答だった。
セアリスが少し傷ついた顔をする。
控室では現在、“セアラ笑顔改造計画”が始まっていた。
「もっと自然に!」
「自然……。」
セアリスは再び笑おうとする。
「…………。」
「なんで尋問前みたいになるの!?」
「そんなつもりないのだけど!?」
むしろ本人はかなり頑張っている。
しかし。
笑えば笑うほど圧が増す。
「目! 目が真剣すぎるのよ!」
「笑顔って難しいわね……。」
セアリスは本気で悩み始めていた。
そこへ。
「失礼します……。」
扉が開いた。
リナだった。
「あ、リナ。」
ミリアが振り返る。
「ちょうどよかった! 今セアラの笑顔練習してるの!」
「笑顔練習?」
リナが首を傾げる。
その瞬間。
セアリスが振り向いた。
にこっ。
「…………。」
リナが固まる。
「えっ。」
「どう!?」
ミリアが勢いよく聞く。
リナは数秒悩み――
「……圧がすごいです。」
「でしょうね!!」
ミリアが机を叩いて笑い出した。
セアリスは静かに項垂れる。
「そんなに……。」
「い、いえ! 綺麗なんですけど!」
リナが慌ててフォローする。
「ただその、“微笑む女王様”みたいな……。」
「なんで。」
「なんででしょうね……。」
リナも困惑していた。
するとミリアが笑いながら言う。
「セアラって多分、“ちゃんと笑おう”としすぎなのよ。」
「……?」
「もっと普通でいいの!」
普通。
しかしそれが難しい。
セアリスが真剣に悩んでいると。
「でも。」
リナがぽつりと言った。
「私、セアラ様は優しいって知ってますよ?」
セアリスが顔を上げる。
「最初は怖かったですけど……でも、本当に困ってる時に助けてくれましたし。」
リナは少し照れくさそうに笑った。
「だから新人の子も、そのうち絶対わかります。」
「……。」
セアリスは少しだけ目を丸くする。
そして。
「ありがとう。」
自然に笑った。
その瞬間。
「あ。」
ミリアが声を上げた。
「今の。」
「え?」
「今のすごい自然だった!」
「え、本当ですか!?」
リナも目を輝かせる。
セアリスはきょとんとした。
「普通に笑っただけだけど……。」
「それよそれ!」
ミリアが勢いよく指を差す。
「その笑顔なら全然怖くない!」
「むしろ優しそうでした!」
リナも全力で頷く。
セアリスは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「……なら、よかったわ。」
その柔らかい笑みに。
今度は誰も怯えなかった。




