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25,セアリス不在の王宮

 セアリスが休暇へ入って2日目。

王宮は妙に静かだった。

いや、正確には静かではない。使用人たちは普段通り動いているし、文官たちも相変わらず慌ただしい。

だが。

「……静かですね。」

側近のクラウスがぽつりと呟いた。

エドワードは書類から顔を上げない。

「何がです。」

「色々です。」

随分ふわっとした返答だった。

エドワードは小さく息を吐く。

するとクラウスが続けた。

「最近は毎日のように騒ぎが起きていましたから。」

「交流事業が終わったので当然でしょう。」

「いえ。」

クラウスは真顔だった。

「原因はそこではありません。」

「……。」

嫌な予感しかしない。

「セアリス様がいないからですよ。」

ぴたり、とペンが止まった。

エドワードはゆっくり顔を上げる。

「何故そうなるんです。」

「だって最近、問題の中心に大体あの人いましたよ。」

否定できなかった。料理人対決。通訳騒動。

気付けばセアリスはいつも騒ぎの真ん中にいた。本人は全力で巻き込まれている顔をしていたが。

「しかも。」

クラウスは少し笑う。

「殿下も最近、以前より表情が増えました。」

「気のせいです。」

「いえ。」

即答だった。

「特にセアリス様関連。」

エドワードは無言になる。

その沈黙だけで、クラウスは何かを察したようだった。

「……まあ、休暇くらい必要でしょうね。」

「ええ。」

エドワードは静かに答える。

「あれだけ働いていたのですから。」

それは本音だった。

最近のセアリスは忙しすぎた。

本来ただの王宮メイドでしかないのに、通訳、文化調整、会議補助。気付けば多くの人間が彼女を頼っていた。本人は気付いていないが。かなり無茶をしている。

だから休暇を許可した時も、

『本当に休んでいいのですか!?』

と驚かれた。

休ませない方がおかしい。

エドワードは小さく息を吐き、再び書類へ視線を落とす。

だが、数分後。

「……。」

ふと気付く。妙に静かだ。

最近は執務中でも、

『殿下、これどうしたらいいでしょう!?』

とか、

『また問題が起きたのですが!?』

とか、

突然セアリスが来ることが多かった。それが今日はない。

エドワードはゆっくりペンを置く。

「……落ち着きませんね。こんなに静かなのに。」

ぽつり、と漏れた声。

クラウスが聞き逃さなかった。

「寂しいんですか?」

「違います。」

その日の夕方。エドワードは珍しく早めに執務を終えていた。

交流事業が終わった今、以前より仕事量は減っている。

……はずなのだが。

「殿下。」

書類整理をしていた侍従が不思議そうに言った。

「先ほどから同じページをご覧になっていますが。」

「……。」

エドワードは静かに視線を落とす。

確かに、ほとんど進んでいなかった。集中できていない。珍しいことだった。

その理由を考えて、やめる。

考えるだけ無駄だ。

エドワードは立ち上がった。

「少し外へ出ます。」

「え?」

侍従たちが目を丸くする。

エドワードが執務途中で外へ出ることはかなり珍しい。

だが本人は気にせず廊下を歩き始めた。

王宮の中庭。夕方の風が静かに吹いている。

エドワードはそこで足を止めた。

最近、この辺りでセアリスを見かけることが多かったからだ。

……完全に無意識だった。

(何をしているんでしょうね、私は。)

小さく眉を寄せる。

すると後ろから声がした。

「殿下?」

振り返る。

だがそこにいたのはセアリスではなく、ミリアだった。

「……何です。」

「いえ、ぼーっとしてらっしゃったので。」

「別に。」

エドワードは静かに否定する。

だがミリアは少し不思議そうだった。

「セアラを探してるのかと思いました。」

「…………。」

数秒、沈黙。

エドワードはゆっくり視線を逸らした。

「何故そうなるんです。」

「えっ、違うんですか?」

ミリアはきょとんとしている。悪気ゼロだった。

エドワードは小さく息を吐く。

「休暇中です。探す必要はありません。」

「まあ、そうですよね。」

ミリアは笑う。

「でもセアラ、絶対じっと休んでないと思います。」

「……。」

それは。、かなりあり得る。

エドワードは少しだけ想像する。

休暇初日こそ真面目に休もうとして、2日目には耐え切れず外へ出ているセアリス。ものすごくありそうだった。

思わず,ふ、と小さく口元が緩む。

その瞬間。

ミリアがぎょっとした。

「……殿下。」

「何です。」

「今ちょっと怖かったです。」

「表へ出ますか?」

「申し訳ありませんでした。」

そして数日後…

セアリスが休暇から戻ってきた。

「セアラ!!」

朝からミリアの声が響く。

「やっと帰ってきた!!」

「そんな大げさな……。」

困ったように笑う声。

その瞬間、執務室で書類を読んでいたエドワードの手が、わずかに止まった。

「……。」

戻ってきたらしい。

何故か少しだけ安心する。その自分に気付き、エドワードは静かに目を閉じた。

(本当に、調子が狂いますね。)

小さく息を吐く。

だが、その口元は、ほんの少しだけ柔らかかった。



 休暇明け初日。久しぶりの王宮は、やはり忙しかった。

「セアラ! この書類お願い!」

「はい!」

「あと北棟の確認も!」

「わかりました!」

休暇で多少元気になったとはいえ、仕事量は容赦ない。セアリスは資料を抱えながら廊下を歩いていた。だが今日は、少しだけそわそわしている。理由はポケットの中。そこには小さな箱が入っていた。

(……渡すだけ。)

(普通に渡せばいいのよ。)

何度も心の中で繰り返す。 

休暇中、市場で偶然見つけた万年筆。黒地に銀細工の入った落ち着いたデザインで、見た瞬間にエドワードが浮かんだ。

最初は買うつもりなどなかった。

だが…

『殿下って、いつも同じ感じのペン使ってるのよね……』

とか、

『仕事多いし、使いやすい方がいいかも……』

とか考えているうちに、気付けば買っていた。完全に勢いだった。

(いやでも、お世話にはなっているし……!)

自分へ言い訳しながら、セアリスは小さく息を吐く。

その時だった。

「セアリス。」

落ち着いた声が聞こえた。

「ひゃっ!?」

勢いよく振り返る。

そこにはエドワードが立っていた。

今日も黒を基調とした礼装姿。相変わらず隙がない。

「……そんなに驚かなくても。」

「す、すみません……。」

完全に不審者みたいな反応をしてしまった。

エドワードは少しだけ首を傾げる。

「何かありましたか?」

「い、いえ!? 何も!?」

「……。」

怪しすぎる。

セアリス自身でもそう思う。だが今さら引き返せない。

「……あの。」

セアリスは意を決して口を開いた。

「殿下。」

「はい。」

「これ。」

勢いで箱を差し出す。エドワードが一瞬だけ目を瞬いた。

「……何でしょう。」

「その、休暇中に見つけまして。」

セアリスは早口になる。

「別に深い意味はないのですが! お世話にはなっていますし! 仕事で使えそうかなと!」

言いながら、自分で何を言っているのかわからなくなってきた。完全に挙動不審である。

だがエドワードは静かに箱を受け取った。ゆっくり蓋を開ける。

黒地に銀細工の入った万年筆。

その瞬間、エドワードの動きが少し止まった。

「……。」

無言。

セアリスは急に不安になる。

(あれ、もしかして趣味じゃなかった!?)

やはり勝手に選ぶべきではなかったかもしれない。

すると。

「……これは。」

エドワードが静かに呟く。

「かなり良い品ですね。」

セアリスがぱちぱち瞬いた。

「え。」

「重さも丁度いい。」

エドワードは万年筆を軽く持ち上げる。

視線が少し柔らかかった。

「よく分かりましたね。」

その言葉に、セアリスの心臓が跳ねる。

「い、いや、その……。」

完全に見てましたとは言えない。

エドワードの持ち物はどれも落ち着いた色合いで、無駄がなく、実用性重視だった。

だから何となく、こういうものが好きそうだと思っただけだ。

「……ありがとうございます。」

静かな声だった。

けれどその声音は、普段よりずっと柔らかい。

セアリスは少しだけ目を見開く。なんだか、思っていたより嬉しそうだった。

するとエドワードがふと尋ねる。

「休暇中、これを?」

「えっ?」

「選んでくださったんですよね。」

「…………。」

逃げられない。

セアリスは観念して小さく頷いた。

「……はい。」

「そうですか。」

エドワードはゆっくり万年筆を見つめる。

その表情は穏やかだった。

そして、

「大切に使います。」

その一言で、セアリスの顔が一気に熱くなった。

「そ、そこまで大げさなものでは!?」

「贈り物でしょう。」

「それはそうですけど……!」

エドワードは小さく目を細めた。 

少しだけ、楽しそうに。

「では、遠慮なく使わせていただきます。」

完全にペースを乱されている。

セアリスが真っ赤になっていると、

後ろから声がした。

「……あ。」

振り返る。

そこにはミリアとクラウスが立っていた。

しかも、ものすごくにやにやしている。

「えっ。」

「邪魔しました?」

「してます!!」 

ミリアがそう言う。そして楽しそうに笑った。

「セアラ、顔真っ赤!」

「うるさい!!」

「殿下もなんか空気柔らかいですね。」

クラウスがさらっと言う。

エドワードは平然としていた。

「そうですか?」

「ええ。」

「気のせいでしょう。」

絶対気のせいではなかった。

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