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23/31

23,アーレンスの退散

 アーレンス王国の一行が帰国する日。 

王宮の正門前は、朝から慌ただしかった。荷物を積み込む使用人たち。馬車の確認をする騎士たち。最後の挨拶を交わす貴族たち。交流事業は無事成功だったらしく、全体の空気はどこか明るい。

「セアラ様ー!」

リナが駆け寄ってくる。

「本当にありがとうございました!」

「こちらこそ。向こうへ帰っても頑張ってね。」

「はい!」

リナは少し寂しそうに笑った。

「最初、すごく不安だったんです。でもセアラ様がいたから安心できました。」

「大袈裟よ。」

「大袈裟じゃありません!」

真剣に言われ、セアリスは少し困ったように笑う。

最近、本当に色んな人から感謝されるようになった。

目立ちたくなかったのに。

不思議なものだ、とセアリスは思う。

その時。

「こんにちは。」

聞き慣れた声がした。

振り返れば、ルヴェルトがこちらへ歩いてくるところだった。今日の彼は旅装姿だった。普段より少し軽装なのに、やはり目立つ。

灰青色の瞳が楽しそうに細められる。

「最後まで人気者だね、セアリス嬢。」

「殿下こそ。」

「僕は王子だから。」

「開き直りましたね。」

「うん。」

いつも通り軽い。

けれど今日は、それが少しだけ名残惜しく感じた。ルヴェルトはセアリスの前で足を止める。

「見送り来てくれたんだ。」

「交流事業でお世話になりましたので。」

「それだけ?」

「……それ以外に何かあります?」

「ないならいいや。」

ルヴェルトは笑う。

そして、ふと周囲を見回した。

「でも本当に助かったよ。」

「私は通訳しただけです。」

「その“だけ”ができる人少ないんだって。」

軽い口調だったが、珍しく少し真面目な声音だった。

「料理の件も、会議も、結局かなり君に助けられたし。」

セアリスは少し視線を逸らす。

真っ直ぐ感謝されるのは、あまり慣れていない。

するとルヴェルトがくすっと笑った。

「そういう顔するよね。」

「どんな顔ですか。」

「褒められ慣れてない顔。」

「……放っておいてください。」

ルヴェルトは楽しそうだった。

本当に最後まで変わらない。

すると後ろから声が飛ぶ。

「殿下ー! そろそろ出発のお時間です!」

側近のアルトだった。

「あーい。」

返事も軽い。

だがルヴェルトはすぐには動かなかった。

代わりに、じっとセアリスを見る。

「ねえ、セアリス。」

「はい?」

「前にも言ったけど。」

灰青色の瞳が細められる。

「アーレンス来たくなったら、いつでもおいで。」

セアリスが少し目を瞬く。

ルヴェルトは笑ったまま続けた。

「君なら普通に歓迎されると思う。」

「そんな簡単に国外へ行けませんよ。」

「でも行きたいんでしょ?」

「…………。」

否定できなかった。

ルヴェルトはそれを見て、少しだけ満足そうに笑う。

「まあ、もし本当に来たくなったら、」

そして以前と同じように、軽い口調で言った。

「いくらでも世話するから。」

さらりと言う。

まるで大したことではないみたいに。

「住む場所に困ったら紹介もするし。」

「そこまで具体的なんですか。」

「君、絶対最初に生活基盤気にするタイプだから。」

「……確かに、」

「でしょ?」

ルヴェルトは肩を揺らして笑った。

その笑顔を見ていると、なんだか少しだけ寂しくなる。

交流事業が始まってから、ずっと騒がしかった。 

振り回されて。

からかわれて。

警戒して。

でも――

いつの間にか、その騒がしさに慣れていたらしい。

「……殿下。」

「ん?」

セアリスは少し迷ってから、小さく頭を下げた。

「ありがとうございました。」

ルヴェルトが少しだけ目を丸くする。

「何それ。急に真面目。」

「ちゃんとお礼くらい言います。」

「そっか。」

ルヴェルトはふっと笑った。

それから。

「じゃあ、待ってる。」

まるで雑談の続きみたいに言う。けれど、その言葉だけは妙に優しかった。

再びアルトが呼ぶ。

「殿下。」

「はいはい、今行く。」

ルヴェルトは軽く手を振った。

「じゃあね、セアリス嬢。」

そして最後に。

「婚約破棄、頑張って。」

「なんで応援してるんですか。」

「だって君、ずっと目指してるじゃん。」

悪気ゼロの笑顔だった。

セアリスは思わず脱力する。

「本当に最後まで自由ですね……。」

「褒め言葉として受け取っとく。」

ルヴェルトは笑う。

そしてそのまま踵を返した。

紺色の髪が朝日に揺れる。

馬車へ乗り込む直前、彼は一度だけ振り返った。

灰青色の瞳が、まっすぐこちらを見る。

そして――

にっと、楽しそうに笑った。そしてこちらにひらひらと手を振る。そのまま馬車の扉が閉まった。

ゆっくりと動き出すアーレンス王国の一行を見送りながら、セアリスは小さく息を吐いた。

騒がしい嵐みたいな人だった。

けれど。

「……静かになるわね。」

ぽつりと呟く。

その声は、自分で思っていたより少しだけ寂しそうだった。

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