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22,メイド長とリディアのお悩み相談

 「最近、胃が痛いんです。」

メイド長は真顔でそう言った。午後の休憩時間。王宮の一角にある小さな談話室では、静かに紅茶の香りが漂っている。 

その向かい側で…

「奇遇ですね。」

王妃教育担当の教師――リディアは、疲れた顔で頷いた。

「私もです。」

2人はしばらく無言になった。理由が同じだと、わかっているからだ。

「……セアリス様のことでしょう。」

「はい。」

即答だった。

リディアは静かにティーカップを置く。

「最近、あの方を見ていると頭が痛くなってきまして。」

「わかります。」

メイド長も深く頷いた。本当にわかる。

「交流事業が始まってから、完全に仕事量がおかしいんです。」

「でしょうね。」

「最近では会議補佐まで始めました。」

「聞きました。」

「しかも本人、“少し翻訳を手伝っただけです”みたいな顔をするんですよ。」

リディアが遠い目をした。

「ええ。そういうところ、昔から変わりません。」

「昔からなんですか……。」

「はい。」

王妃教育担当として、リディアは長くセアリスを見てきた。だからこそわかる。あの令嬢は、とにかく自己評価が妙に低い。周囲から見れば明らかに優秀なのに、本人だけがそれを理解していないのだ。

「礼儀作法も舞踏も、全部すぐ覚えられました。ただ働く人の思考になってしまうことが少々大変でしたが。」

「優秀なのですね。」

「ええ。ただし。」 

リディアは真顔になった。

「本人に全くやる気がありませんでしたね。」

メイド長は思わず吹き出しかけた。

「そんなにですか。」

「毎回、“本当に必要でしょうか……”みたいな顔をしていました。」

想像できる。ものすごく想像できた。

「ですが覚えは異常に早いんです。」

リディアは続ける。

「舞踏も、1回教えれば形になる。礼儀作法も完璧。語学に至っては教師側が驚くほどでした。」

「……あの年齢であれだけ話せるのは本当に異常ですよね。」

「ええ。」

リディアは静かに頷く。

「しかもただ言葉を覚えているだけではありません。」

「文化理解までしていますからね……。」

「そこなんです。」

リディアは軽く額を押さえた。

「普通、貴族令嬢は“自国基準”で物事を見るんです。」

「まあ、そうでしょうね。」

「ですがセアリス様は違う。」

彼女は少し考えるように目を細める。

「“相手国ではどうなのか”を自然に考えるんです。」

料理騒動の件もそうだった。どちらが正しいかではなく、“どうすれば両立できるか”を考えていた。あれはかなり珍しい。

「……正直。」

リディアはぽつりと呟く。

「あの方、王妃というより外交官などの方がよっぽど向いています。」

メイド長はものすごく納得した。

「ああ……。」

わかる。とてもわかる。人と人の間へ入るのが上手いのだ。しかも押し付けがましくない。自然に空気を繋げてしまう。

「使用人たちにも人気ですしね。」

「そうなのですか?」

「ええ。」

メイド長は苦笑した。

「最初は怖がられていましたけど。」

「ああ……顔立ちの問題で。」

「はい。」

セアリスは黙っているとかなり冷たく見える。そのせいで最初は距離を置かれていた。

しかし…

「話してみると優しいんですよね。」

「ええ。」

「しかも困っている人を放っておけない。」

「わかります。」

2人はまた深く頷き合った。 

本当に。何故あの令嬢は、

“目立ちたくない”

と言いながら自ら問題へ突っ込んでいくのか。意味がわからない。

「しかも最近、国外就職を真剣に考え始めています。」

メイド長が真顔で言った。

リディアの動きが止まる。

「……は?あの方、一応殿下の婚約者なのですけど?王妃教育は?」

「アーレンスの住居事情を調べ始めました。」

「何故ですか。」

「本人いわく、下調べは大切とのことです。」

リディアは数秒黙った。

そして…

「……あの方、本当に王妃になる気あります?」

「最近、私も自信がなくなってきました。」

2人は遠い目をした。

あれだけ王妃教育へ適応しながら、本人は国外で静かに働く未来を考えている。

意味がわからない。

「ですが、」

リディアがふと真面目な顔になる。

「セアリス様が国外へ行けば、向こうでも確実に重宝されるでしょうね。」

「やっぱりそう思います?」

「ええ。」

リディアは即答した。

「語学だけではありません。人の感情や空気の動きを読むのが上手い。」

「……確かに。」

「しかも、貴族にも使用人にも同じ態度を取れる。あと使用人としても優秀らしいですね。」

それがどれほど珍しいか。王宮で働く者ほどよくわかっている。 

メイド長は苦笑いした。 

「そうなんですよ。採用試験のときはとても上品さがあって良いなと思って採用したのですが…いざ掃除をやらせてみるとものすごい速さで雑巾がけをし始めまして。なかなか見ないほどの速さでしたよ。」

「最近では、隣国側の使用人たちまでセアリス様を頼っていますよね。」

「聞きました。」

リディアは少し笑った。

「“黒髪の通訳娘”でしたか。」

「完全に定着しています。」

「本人は嫌がっていそうですね。」

「ええ。ものすごく。」

セアリスは基本的に目立ちたくない。しかし行動が目立ちすぎる。

完全に矛盾していた。

その時だった。

「メイド長ー!!」

廊下の向こうからミリアの叫び声が響く。二人が同時に振り返る。

「今度は何ですか!?」

メイド長が叫び返す。

「セアラがまた巻き込まれてます!!」

「何故!?」

「アーレンス側の人たちに市場案内頼まれてます!」

「なんでそうなるのよ!?」

メイド長は思わず頭を抱えた。するとミリアがさらに続ける。

「しかもおすすめ屋台一覧作ってました!」

談話室が静まり返る。

「…………。」

「…………。」

 数秒後。

「……本当に公爵令嬢なんですよね、あの方。」

リディアが疲れた声で呟く。メイド長は心の底から頷いた。

「そこから疑いたくなる時があります。」

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