19,セアリスの画力問題
「セアラ、悪いんだけどこれ手伝ってくれない?」
昼過ぎ。倉庫で備品整理をしていたセアリスへ、ミリアが紙束を抱えて駆け寄ってきた。
「今度の交流会で使う案内用ポスターなんだけど、人手足りなくて……。」
「ポスター?」
「そう。アーレンス側の人にも分かりやすいように、絵も入れたいの。」
なるほど、とセアリスは頷いた。
確かに文字だけより絵の方が伝わりやすい。
「じゃあ私は説明文を書けばいい?」
「それもお願いしたいんだけど……。」
ミリアは少し気まずそうな顔をした。
「絵を描ける人がいなくて。」
「……絵。」
嫌な予感がした。
◇
数十分後。
セアリスは机へ向かい、とても真剣な顔でペンを握っていた。
(落ち着いて描けば大丈夫よ。)
たぶん。……
「セアラ、まずは食堂の案内お願い!」
「わかったわ。」
セアリスはこくりと頷き、紙へさらさら線を描いていく。テーブル。椅子。料理。そして人。
まあ人は棒人間でいいか。簡単に書くことは大切!
「できたわ。」
「どれどれ――」
ミリアが紙を覗き込み、
固まった。
「…………。」
「どうしたの?」
「えっと……。」
ミリアの顔が引きつっている。
「これ、人……?」
「そうだけど。」
「……なんか人外の魔物じゃなくて?」
「人よ。」
もしかしてこの世界には棒人間というものがなかった?
セアリスは真顔だった。
紙の上には、妙に手足の長い謎の謎の生物が描かれていた。しかも笑顔のつもりなのか、口が異様に大きい。
「えっ……。」
近くにいたリナも覗き込み、硬直する。
「こ、怖いです……。」
「どうして!?」
セアリスは衝撃を受けた。
「ちゃんと食事している人に見えるでしょう!?」
「夜道で会いたくないタイプです!」
「そこまで!?」
かなりショックだった。
その時だった。
「何してるの?」
聞き慣れた軽い声が背後から降ってくる。
振り返れば、案の定ルヴェルトが立っていた。
(最悪。)
セアリスは心の中で顔を覆う。
ルヴェルトは興味津々といった様子で机へ近づいた。
「へえ、絵描いてるんだ。」
「見ないでください。」
「なんで?」
「なんとなく嫌な予感がするので。」
しかし時すでに遅かった。
ルヴェルトは紙を覗き込み――
数秒沈黙したあと。
「っ、ふ……。」
肩が震えた。
「……。」
「は、ははっ……!」
笑い始めた。
しかもかなり本気で。
「ちょっ、待って、何これ!」
「笑いすぎでは!?」
「いやだって、これ本当に人!?」
「人です!」
ルヴェルトは完全にツボへ入っていた。
机へ突っ伏しそうになりながら笑っている。
「セアリス、君、絵壊滅的だね……!」
「そんな言い方あります!?」
「いや、ごめん、でも無理、ふふっ……。」
セアリスはものすごく不服だった。
「ちゃんと食堂って分かるでしょう!」
「分かる前に恐怖が来る。」
「恐怖!?」
ひどい。
するとルヴェルトは涙を拭きながら紙を持ち上げた。
「しかも何で全員同じ顔なの。」
「描きやすいので……。これは効率を重視したのです。今、私たちはとても忙しいのですから。」
「理由が分からなくはないけど、やっぱちゃんと描こうよ!これ、王宮に貼り出されるんだよ。」
再び笑われる。
セアリスはだんだん恥ずかしくなってきた。確かに、こんな綺麗な王宮に貼り出されると場違いかんがすごいかも。
「……やっぱこの絵はやめましょう。もともと絵なんて必要なかったんですよ。」
少しふてくされながら言うと、ルヴェルトは意外そうに目を瞬いた。
「え、拗ねた?」
「拗ねてません。」
「いや絶対拗ねてる。」
楽しそうだった。
本当にこの人は人の反応を見るのが好きである。
その時。
「何か楽しそうなことをやっているね。」
ここでエドワード登場。なんか最近、この場面をよく見る気がする。
ミリアとリナが一瞬で背筋を伸ばす。
「殿下!」
「随分騒がしいな。」
エドワードはそう言いながら机の紙へ視線を落とした。
そして、止まる。
「…………。」
空気が静まった。
セアリスはまたもや不安になった。この絵を笑われることはわかっている。
「……殿下?」
エドワードは数秒黙り込み、
「……これは。」
「食堂の案内です。私が描きました。」
「…………。」
また沈黙。
やめてほしい。
反応に困られるのが一番つらい。こんなことになるくらいなら大笑いしてよ。
すると隣でルヴェルトが耐えきれなくなったように吹き出した。
「エドワード、感想は?」
「……味はある…と思います。」
「無理やり絞り出したね?」
「……違いますよ。」
エドワードは少し眉をひそめた。
だがその目は、ほんのわずかに笑っているようにも見えた。
セアリスはさらにショックを受ける。
「そんなに変ですか……?」
「いや。」
エドワードは紙を見ながら言った。
「少なくとも、一度見たら忘れない絵だとは…」
「絶対に悪い方の意味じゃないですか!それはぜんぜんフォローになってません!」
ルヴェルトがまた笑い出した。
最悪だった。
しかし。
「でも、」
不意にエドワードが続ける。
「説明文はとても分かりやすいですね。」
「……え?」
「絵がなくても、十分わかりますよ。」
セアリスは少し目を瞬いた。
するとルヴェルトも頷く。
「確かに。セアリス、説明はめちゃくちゃ上手いしね。説明は、だけど。」
いちいち鼻につく言い方をしてくる。
「絵だけ壊滅的だけど。」
「そこ補足しなくていいでしょう!?」
再び笑われる。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
ミリアたちまで笑っているせいだろうか。
なんだか空気が妙に平和だった。
するとルヴェルトが、ふとペンを取った。
「じゃあ代わりに描いてあげようか?」
「え。」
さらさらと線が走る。
数秒後。
紙の上には、簡単なのに妙に分かりやすい食堂の案内絵が完成していた。
「……上手。」
セアリスは思わず呟く。
「まあね。」
ルヴェルトは得意げに笑った。
「昔から落書き好きだったし。」
「なんかやばそうな趣味。だけど絵が上手いのはずるい……。」
「何その負けたみたいな顔。」
「負けました。」
即答だった。
するとルヴェルトはまた楽しそうに笑う。
「万能じゃないんだね、君。」
その言葉に、セアリスは少しむっとした。
「別に万能になりたいわけではありません。」
「でも周りから見るとかなり何でもできる人だったよ?」
「……絵以外は?」
「絵は壊滅。」
「ひどい!」
厨房騒動以来の大笑いが部屋へ響く。
セアリスは不満そうな顔をしながらも、小さくため息を吐いた。
……たまには、こういう騒がしい時間も悪くないのかもしれない。




