18,翻訳係
その日、セアリスは会議室に呼び出されていた。なぜかというと…
また喧嘩が勃発しているから。最近は本当にこんなことが多すぎる。
「だから、この数量では足りないと言っているんだ!」
「いや、こちらの記録では問題ないはずで……!」
会議室へ入った瞬間、険悪な空気が流れていた。テーブルを挟み、王宮側とアーレンス側が向かい合っている。どうやら備品管理の話らしい。
しかし問題は。
「言葉の意味が微妙にズレている……。」
セアリスは小さく呟いた。
アーレンス語の“予備”という表現が、こちらでは“余分”に近い意味で伝わっている。
つまり。
アーレンス側は「不足時のための追加備品」を要求しているのに、王宮側は「無駄な量を欲しがっている」と受け取っていたのだ。
「……あの。」
セアリスは恐る恐る手を挙げた。
全員の視線が集まる。
「言葉の解釈が少し違うかもしれません。」
「何?」
王宮側の担当者が眉をひそめる。
セアリスは説明した。
「アーレンス側は“緊急用の備蓄”の意味で言っているみたいです。無駄に増やしたいわけではなくて。」
一瞬、空気が止まった。
アーレンス側の男性が勢いよく頷く。
「そう! それだ!」
「なるほど……。」
王宮側も少し納得した顔になる。
「でしたら、保管場所を別に分ければ問題ないのでは?」
セアリスがそう言うと、会議室は急に静かになった。
「……確かに。」
「それなら管理もしやすいな。」
「輸送時も分けられる。」
さっきまで揉めていた空気が、一気に落ち着く。
(よ、よかった……。)
セアリスは内心ほっとした。
すると。
「へえ。」
楽しそうな声が響く。部屋の奥。椅子へ座っていたルヴェルトが、面白そうにこちらを見ていた。
「また君?」
セアリスは少し嫌そうな顔をした。
「“また君”とは何ですか。」
「だって最近どこでもいるじゃん。」
「私もそう思います。会うにしては回数が多すぎる。」
本当に。
最近やたら巻き込まれる。
ルヴェルトはくすくす笑った。
「でも助かったよ。完全に噛み合ってなかったし。」
「言葉って難しいですからね。」
セアリスは資料を整えながら答えた。
「同じ意味でも国によって感覚が違いますし。」
「それを自然に理解できるのすごくない?」
「本を読んでいただけです。」
「またそれ言う。そんな天才、いてたまるか。」
ルヴェルトは笑う。完全に信じていない顔だった。
「というか翻訳ならあなたでもできるのではないですか?この前、とても流暢にこっちの言葉を話していたではありませんか。」
「いや、僕は文化なんて理解していないから。まあ頑張れば翻訳ぐらいできるけどね。」
「ならその力を使ってくださいよ。」
「やだよ。君の活躍しているところが見られなくなってしまう。」
「私のことはどうでもいいですから。」
私はそう説得しようとしたが、彼はやはり折れず…結局セアリスが翻訳者の係を務めた。
会議はその後、驚くほどスムーズに進んだ。
必要な備品数。
保管方法。
輸送時期。
セアリスが間に入って説明するたび、両国の会話が綺麗に繋がっていく。
そして会議終了後。
「助かった。」
「ありがとう、セアラ殿。」
「また来てくれ。」
アーレンス側から次々礼を言われ、セアリスは少し困った。
「い、いえ、私はただ……。」
「君、本当に便利だね。」
ルヴェルトがさらっと言った。
「便利って言い方やめてください。」
「でも事実。」
ルヴェルトは頬杖をつく。
「言葉わかるし、文化も理解してるし、変に揉めない方向へ持っていくし。」
「揉め事は疲れるので……。」
「それ。」
ルヴェルトは笑った。
「向こうならかなり重宝されると思うけどな。」
その言葉を聞いてセアリスは少しだけ視線を落とした。
「……そうですか…」
「うん。」
ルヴェルトは軽い調子で続ける。
「実際、通訳とか交流補佐とか足りてないし。」
その瞬間。
セアリスの目が少し見開かれた。
(通訳。)
(交流補佐。)
(つまり仕事……?)
ルヴェルトはまだ軽い雑談のつもりだった。しかしセアリスの頭の中では。
(国外で働ける可能性がある……!?)
かなり大きな話になっていた。
「特に今みたいに、両方の文化理解してる人少ないんだよね。」
「…………。」
「君、普通に向こうで働けそう。」
セアリスは真顔になった。ルヴェルトが少し首を傾げる。
「……セアラ?」
「ちなみに。」
セアリスは真剣な顔で聞いた。
「アーレンスで働く場合、住居ってどんな感じなんですか?」
「え。」
「あと物価とか。」
「ちょっと待って。」
「普通に生活するならどの辺りがおすすめですか?」
急に質問が具体的になった。ルヴェルトは数秒黙る。
そして…
「……もしかして、本当に国外就職考えてる?」
セアリスははっとした。
「あ。」
しまった。
つい本音が出た。しかしルヴェルトは吹き出した。
「ははっ! 何それ!」
「わ、笑わないでください!」
「いやだって普通、“向いてる”って言われて最初に住居事情聞く!?」
「重要でしょう!?」
セアリスは真剣だった。
「生活基盤は大事です!」
「そこなの!?」
ルヴェルトは完全に笑っていた。
そしてその青っぽい瞳は、どこか楽しそうだった。
「……やっぱり君、面白いな。」




