17,その後
料理対決騒動――もとい、“文化交流”が終わったあと。
王宮の厨房では、妙な一体感が生まれていた。
「そっちの香草、もう少し刻め!」
「この火加減で合ってるか!?」
「いや、そのソースは最後だ!」
先ほどまで喧嘩していた料理人たちが、今では普通に協力している。驚くほどの変貌ぶりだった。
セアリスは少し離れた場所からその様子を眺め、小さく息を吐いた。
(よかった……)
正直、途中まではどうなることかと思った。国同士の交流行事で料理人同士が大喧嘩など、かなり問題である。しかし結果的にはうまくまとまったらしい。
「セアラ様!」
リナが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「すごかったです! 皆さん、セアラ様のお話聞いてから急に仲良くなって……!」
「私は少し提案しただけよ。」
「でも、あんなふうに両方の料理を合わせるなんて、誰も思いついてませんでした!」
リナは完全に尊敬の眼差しだった。セアリスは少し困る。最近、周囲からの評価が妙に高い。さすがにセアリスでも分かる。できればもっと地味に生きたい。本当に。
「お前、相変わらず変な方向に才能あるよな。」
後ろから声がした。
振り返れば、ルヴェルトが笑いながらこちらへ歩いてくる。紺色の髪が厨房の灯りを受けて揺れた。
「褒めてます?」
「かなり。」
ルヴェルトは面白そうにセアリスを見る。
「普通、“どっちが上か”で終わる流れだったよ。」
「勝ち負けを決めても疲れるだけでしょう。」
「まあ、それはそう。」
ルヴェルトは肩をすくめた。
「君って本当に変わってる。」
「最近よく言われます。」
「だって公爵令嬢なのに、“相手国に合わせれば?”って発想する人なかなかいないよ。」
「合わせるというより、お互いの良いところを残した方が楽しいと思っただけです。」
セアリスは自然に答えた。
「文化って違うから面白いのでしょう?」
一瞬。
ルヴェルトが少しだけ目を見開いた。
「……へえ。」
その反応に、セアリスは首を傾げる。
「何ですか?」
「いや。」
ルヴェルトは笑った。
「君、本当にアーレンス向きだなって思って。」
その瞬間。セアリスの動きが止まった。
(アーレンス向き)
その言葉に、心が少しだけ揺れる。
アーレンス。
自由で、賑やかで、夜まで灯りが消えない国。昔一度だけ訪れた、あの国。もし婚約破棄されたら。もし本当に国外へ行けたなら。そんな未来を、少しだけ想像してしまった。
「……セアラ?」
ルヴェルトが不思議そうに覗き込む。
「えっ!? あ、いえ!」
セアリスは慌てて首を振った。
「何でもありません!」
危ない。少し本気で想像してしまった。するとルヴェルトがくすりと笑う。
「何それ。」
「笑わないでください。」
「いや、急に顔変わるから。」
完全に面白がっている。セアリスは少しむっとした。
「ルヴェルト殿下って、人をからかうの好きですよね。」
「好き。」
即答だった。
「特に反応が面白い人。まさしく君みたいな。」
「最悪です。」
「でもやっぱ、表情ころころ変わるから見てて飽きない。」
「見世物ではないのですが?」
セアリスが冷たい目を向けると、ルヴェルトは楽しそうに笑った。本当にこの人は自由だ。王子とは思えないくらい自由。少し羨ましかった。
するとその時、料理人の一人が声を上げた。
「できたぞ!」
完成した料理がテーブルへ並べられる。香辛料の香りは残しつつ、こちらの国らしい繊細な盛り付けになっていた。
「おお……。」
「意外と綺麗だな。」
「香りも悪くない。」
料理人たちが驚いた顔をする。最初は反発していた王宮料理人も、今では真剣な顔で皿を見つめていた。そして一口。
「……うまいな。」
「思ったより食べやすい。」
「香辛料が強すぎないのがいい。」
空気が一気に和らぐ。セアリスはほっと息を吐いた。
よかった。
本当に。
「へえ。」
隣でルヴェルトが笑う。
「思ったよりすごいことしたんじゃない?」
「私は提案しただけです。」
「でも、“合わせよう”って最初に言ったの君だろ?」
「それは……。」
セアリスは少し視線を逸らした。
「どちらが正しいか決めるより、仲良くした方が楽ですし。」
「それ、公爵令嬢の発想じゃないんだよなあ。」
「そんなに変ですか?」
「かなり。」
ルヴェルトは頬杖をつきながら答えた。
「普通は自国の方が優れてるって言いたがるから。」
「でも違う国なんですから、違って当然でしょう?」
セアリスは首を傾げた。
「料理も文化も、全部同じだったら面白くないじゃないですか。」
その瞬間。ルヴェルトは少し黙った。
「……やっぱり君、変わってる。」
「またそれですか。どんだけ言うんですか、それ。」
「いや、本当に。」
ルヴェルトは小さく笑った。
「アーレンスなら、そういう考え方する人結構好きだと思う。」
「そうなんですか?」
「自由な国だからね。」
自由。
その言葉に、セアリスの心がまた少し揺れる。
国外。
自由。
静かな生活。
最近、その未来ばかり考えてしまう。
「……行ってみたい?」
ふいにルヴェルトが聞いた。
「え?」
「アーレンス。」
セアリスは少し驚いた。だが、その質問への答えはすぐ出た。
「行ってみたいです。」
自然に口から出る。
「前に一度だけ行ったことがあるんですけど、すごく楽しかったので。」
「へえ。」
「夜の街が賑やかで、香草の匂いがして、お店も遅くまで開いていて……。」
話しているうちに、段々楽しくなってくる。
「あと市場がすごかったんです! 知らない食材がいっぱいあって!」
ルヴェルトは少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。
「……本当に好きなんだな。」
「文化を見るのが好きなんです。」
セアリスは少し照れくさそうに笑った。
「だから色々勉強しましたし。」
「国外で暮らせそうなくらい?」
「はい。」
うっかり即答してしまった。
「あ。」
しまった。だがルヴェルトは吹き出した。
「何それ。」
「い、いや、違っ……。」
「いやでも、君なら普通に暮らせそう。」
ルヴェルトは楽しそうに言う。
「言葉話せるし、文化詳しいし、変に身分振りかざさないし。」
「褒められてます?」
「褒めてる。」
セアリスは少し困ったように笑った。
しかし。
(国外で暮らせそう。)
その言葉は、妙に胸へ残った。
まるで。
それが本当にできるみたいに聞こえてしまったから。




