表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/31

16,厨房戦争

 隣国との交流事業が始まってしばらく経った頃。アーレンス王国の王子・ルヴェルトが王宮へ滞在してからというもの、セアリスはさらに忙しくなった。どうやらルヴェルトはあちこちで問題を起こしているらしい。

廊下には見慣れない制服の使用人たちが行き交い、あちこちからアーレンス語が聞こえてくる。普段なら静かな王宮も、今ではどこか市場のような賑わいを見せていた。

「セアラ! 悪い、こっち頼める!?」

「はい、今行きます!」

セアリスは抱えていた布を置き、急いで振り返った。

最近、“セアラ”は半分ほど通訳係として扱われ始めている。

(いや、私は普通のメイドなのだけど……?)

内心ではそう思うが、困っている人を見ると放っておけない。しかもアーレンス側の人々は思っていた以上に話しやすかった。距離感は近いが明るく、人懐っこい。少し賑やかすぎるところはあるけれど。

「この荷物、どこへ運べばいいんだ?」

アーレンス語で尋ねられ、セアリスはすぐ答える。

「北棟の保管室です。ただ、今かなり混んでいるので、先に厨房側へ置いた方が動きやすいと思います。」

「助かる!」

男性は嬉しそうに笑った。

その様子を見ていたミリアが感心したように呟く。

「セアラ、本当にすごいわね……。」

「最近そればっかり言われている気がするのだけど。」

「だって本当にそうなんだもの!」

ミリアは真剣だった。

「向こうの人たち、何かあるたびにセアラ探してるのよ!? さっきなんて“黒髪の通訳娘はどこだ”って聞かれたし!」

「娘って……。」

セアリスは苦笑した。

できれば目立ちたくない。

本当に。特に今は非常にやっかいなルヴェルトがいるし。

しかし現実は逆方向へ進んでいる気がする。そんなことを考えていた、その時だった。

「セアラ様!」

見れば、先日助けたメイドのリナが慌てた様子でこちらへ駆けてくる。

「どうしたの?」

「厨房で問題が……!」

セアリスは嫌な予感しかしなかった。

 厨房は戦場へと化していた。

「だからこの香草では違うと言っている!」

「何を言ってるのかわからねぇんだよ!」

怒声が飛び交い、料理人たちが険悪な空気になっている。

(うわぁ……)

セアリスは入口で一瞬固まった。

しかも…

「お、セアラ。やっほー。」

楽しそうな声が聞こえる。そして呑気に料理人たちによって繰り広げられる戦争を見ていた。予想通り紺色の髪の青年が厨房の隅へ寄りかかっていた。

アーレンス第一王子、ルヴェルト。相変わらず完全に面白がっている顔だった。

(絶対この人が原因だわ)

セアリスは確信した。

「何があったんですか。」

セアリスが尋ねると、アーレンス側の料理人が勢いよく話し始めた。

「この国の料理は味が弱い!」

「香辛料を怖がりすぎだ!」

「肉料理に迫力がない!」

一方、こっちの王宮料理人たちも負けていない。

「王宮料理は繊細さが大事なんだ!」

「香辛料で全部同じ味にする料理とは違う!」

完全に文化戦争だった。

セアリスは頭痛を覚える。

「……ルヴェルト殿下。」

「何?」

「煽りましたね?」

「少しだけ。」

絶対に違う。どこからどう見ても少しではないという顔をしていた。しかしルヴェルトは悪びれもせず笑う。

「だって面白そうだったし。」

「子供ですか。」

「よく言われる。」

全然反省していない。

その時、アーレンス側の料理人が腕を組んだ。

「なら勝負するか?」

空気が変わる。

「どちらの料理が優れているか決めればいい!」

「望むところだ!」

王宮料理人も乗ってしまった。

(なんで!?)

セアリスは心の中で叫ぶ。だがもう止まらない。

気づけば厨房は即席料理対決の空気になっていた。

「セアラ! これ何て言ってる!?」

「その鍋どこ!?」

「塩が足りない!」

完全に巻き込まれている。セアリスは必死に通訳しながら走り回った。

その途中。

「その料理なら、こっちの香草の方が合うと思います。」

つい口を出してしまう。

料理人たちが止まった。

「……何で知ってる?」

「あ。」

しまった。

ルヴェルトがまるで獲物を見つけた、と言うような顔でこちらを見る。

「君、本当に詳しいね。」

「本で読んだだけです。」

「それだけでそこまで理解する?

「…………。」

完全に疑われている。

「まあいいや。」 

ルヴェルトは面白そうに笑った。 

「やっぱ君、普通の令嬢じゃないね。」  


適当に話しているうちに次々と料理ができていた。

そしてふと並べられた料理を見比べる。

アーレンス側は香辛料の効いた肉料理。

王宮側は素材を活かした繊細な味付け。

方向性が違いすぎるのだ。そんなん喧嘩するに決まっている。

「……でしたら。」

ぽつりと呟く。

全員の視線が集まった。

「両方合わせてみるのはどうでしょう?これらの料理をです。」

「合わせる?」

料理人たちが怪訝そうな顔をする。

セアリスは少し考えながら続けた。

「アーレンス料理の香辛料や香草を使いつつ、こちらの王宮料理みたいに素材を活かす形にするとか。」

「そんなことできるのか?」

「例えば、香辛料を減らして香草を中心にするとか……。」

セアリスは近くの食材を見ながら話した。

「あと、火を通しすぎない方が、この肉は柔らかさが残ると思います。」

厨房が静まり返る。料理人たちは互いに顔を見合わせた。

最初に動いたのは、アーレンス側の料理人だった。

「……試してみるか。」

「こっちも付き合おう。」

王宮料理人も腕を組む。

そこから空気が少し変わった。

怒鳴り合いではなく、“どう合わせるか”の相談になったのだ。

「その香草貸せ!」

「そっちのソース少し混ぜてみろ!」

先ほどまで喧嘩していたとは思えない。セアリスはほっと息を吐いた。

「へえ。」

ルヴェルトが隣で笑う。

「君、こういうの得意なんだ。」

「ただ喧嘩を止めたかっただけです。」

「でも、普通は“合わせる”って発想にならないよ。」

確かにそうかもしれない。

けれどセアリスにとっては自然な感覚だった。

国が違えば文化も違う。なら、無理に片方へ合わせる必要はない。いいところを組み合わせればいいだけだ。

しばらくしたら…

完成した料理を見た料理人たちは、驚いた顔をしていた。

「……意外と悪くないな。」

「香辛料が強すぎない。」

「でもちゃんとアーレンスっぽさもある。」

先ほどまで険悪だった空気は、かなり和らいでいた。

 セアリスが安心した、その時…

「いったい何の騒ぎですか?」

エドワードだった。和んでいた空気が一気にはりつめる。

「お、エドワード。」

ルヴェルトが軽く手を振る。

「文化交流してた。」

「料理対決をしていたと聞きましたが…」

「途中から変わった。」

エドワードは深いため息をついたあと、完成した料理を見る。

「……なるほど。」

そして視線が自然にセアリスへ向いた。

「まとめました?」

「い、いえ、皆さんが頑張ったので……。」

するとルヴェルトが面白そうに笑う。

「いや、完全にセアリスのおかげだったよ。」

「ルヴェルト殿下。」

「隠さなくてもいいじゃん。」

セアリスは思わず顔をしかめた。目立ちたくないのに。本当に。

だがエドワードは小さく息を吐いただけだった。

「……そうですか。」

その声音は、どこか少しだけ優しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ