15,夜会終了後
夜会が終わり、王宮が静けさを取り戻し始めた頃。
アーレンス王国側に用意された客室では、まだ灯りが消えていなかった。
「……珍しいですね。」
側近のアルトが、紅茶を置きながらそう言った。
ソファへだらしなく腰掛けていたルヴェルトは、「何が?」と気の抜けた声を返す。
「あそこまで興味を持つなんて。」
「誰に?」
「とぼけないでください。」
アルトは呆れた顔をした。
「セアリス嬢ですよ。」
「あー。」
ルヴェルトは軽く笑った。
「面白いじゃん、あの子。」
「“面白い”で済ませる顔ではありませんでしたが。」
「何それ。」
「長い付き合いですので。」
アルトは淡々と言う。
「殿下、興味のない相手はそもそも視界に入れてません。」
「ひどい言われようだなあ。」
そう言いながらも否定はしなかった。実際、その通りだったからだ。ルヴェルトは基本的に人間へ強い関心を持たない。貴族令嬢たちに囲まれようが、褒められようが、媚びられようが、正直大して印象に残らない。
だが…
「……あの子、変なんだよね。」
ぽつりと呟く。
アルトが眉を上げた。
「変、ですか。」
「うん。」
ルヴェルトは夜会でのセアリスを思い出した。
普通の令嬢なら、隣国の王子へ話しかけられれば緊張する。多少なりとも浮つく。だがセアリスは違った。
最初から最後まで、
『面倒な人に絡まれた』
みたいな顔をしていた。
しかも妙に警戒されている。
「俺、そんな怪しかった?」
「かなり。」
「えぇ。」
ルヴェルトは少し傷ついた顔をした。アルトは真顔だった。
「ですがセアリス嬢の場合、殿下個人というより貴族全員を避けているような雰囲気でしたね。」
「使用人たちは仲良くしていたように見受けられた。」
「そうでしたね。」
「全く、変な人だ。僕を避けることだけでもおかしいのにさらに公爵令嬢が使用人側に混ざりたがる?」
「思いませんね。」
「しかも語学できるし。」
最初に会ったときはこちらが言葉を合わせたが、歓迎会のときは流暢なアーレンス語を話していた。
あれは短期間で身につくレベルではない。そして文化への理解も深い。単なる“勉強好き”では説明できないほどに。
「まるで国外へ出る準備でもしてたみたいだった。」
ルヴェルトがぼそりと呟く。
アルトが少し目を細めた。
「そこまでわかるんですか。」
「何となく。」
あの目だ。セアリスは、王宮へ強い執着を持っていない。
むしろ…
いつでも出て行けるように準備している人間の目だった。
「……なのに婚約者。」
妙な組み合わせだ、とルヴェルトは思う。
そして何より気になったのは、
「エドワードの反応も変だったし。」
「そうですね。」
アルトは即答した。
「かなりわかりやすかったです。」
「やっぱり?」
ルヴェルトは吹き出す。
夜会でダンスへ誘った時。
昼間、自分と話していた時。
エドワードはずっと微妙に不機嫌だった。
あれは完全に牽制だ。
「へえ……。」
ルヴェルトは面白そうに笑う。
「エドワードって、あんな顔するんだ。」
昔から知っている。
あの男は滅多に感情を表へ出さない。冷静で、真面目で、近寄りがたい。
だからこそ…
セアリスへ向ける視線はかなり異質だった。
「本人は気づいてなさそうだけど。」
「セアリス嬢もですね。」
「うん。」
あれは面白いくらい噛み合っていない。エドワードは完全に好意を向けている。
だがセアリス側は。
(……たぶん、全然違うこと考えてる。)
あの反応。
何かを盛大に勘違いしている顔だった。
ルヴェルトはくつくつと肩を揺らす。
「本当に変な子。」
するとアルトが静かに尋ねた。
「殿下は、どうするおつもりで?」
「どうするって?」
「関わるんですか。」
ルヴェルトは少しだけ考える。
そして…
「んー……。」
楽しそうに目を細めた。
「もう少し観察してみたい。」
「また怒られますよ。」
「エドワードに?」
「ええ。」
「それもいいじゃん、面白そう。」
全然懲りていなかった。アルトは小さくため息をつく。一方ルヴェルトは、窓の外へ視線を向ける。
王宮の灯りが夜の中で静かに揺れていた。
その光景を眺めながら、彼はふと思い出す。
壁際で疲れた顔をしていたセアリス。なのに使用人へ話しかける時だけ柔らかくなる声。
そして…
自分を見た時の、あの露骨な警戒顔。
普通なら不快に思うところなのに、嫌な気はしなかった。そして何故か妙に印象に残っていた。
「……セアリス、か。」
小さく呟く。
その声音は、自分でも気づかないほど楽しそうだった。




