14,そしてその夜
歓迎夜会の開始を告げる鐘が鳴り響いた。
王宮の大広間は、普段よりさらに豪華に飾り付けられている。巨大なシャンデリアの光が磨き上げられた床へ反射し、色鮮やかなドレスがそこを流れるように行き交っていた。そして隅ではオーケストラが音楽を奏でている。
(帰りたい……)
壁際で、セアリスは静かに息を吐いた。慣れないドレス。慣れない空気。絶え間なく続く視線はやはり夜会は苦手だ。
「セアリス様、とてもお綺麗です!」
隣でミリアが目を輝かせる。
「ありがとう……」
セアリスは苦笑した。今日のドレスは淡い紺色だった。王妃教育担当の侍女たちが選んだものらしい。髪も普段より丁寧に結い上げられている。銀色の髪はあかりに照らされていつもよりテカテカしていた。本当に目立つからやめてほしい。ドレスは可愛いのだが…
セアリスはどうにも落ち着かなかった。
(動きづらいのよね……)
メイド服のほうが百倍楽である。といってもメイド服もものすごく動きやすいかというと…そうでもないんだよなあ…今度変えれないか打診してみるか。それにしてもこうなるならメイドとしてこの場にいればよかった。そんなことを考えていると、周囲がざわついた。
「ルヴェルト殿下だわ……!」
「素敵……!」
視線が一斉に入口へ集まる。
そこにいたのは、紺色の髪を持つ青年だった。
アーレンス王国第一王子、ルヴェルト。
今日の彼は昼間よりさらに目立っていた。黒を基調とした礼装に銀の装飾。灰青色の瞳が楽しげに細められている。そして、その視線が、まっすぐセアリスを捉えた。
(なんでそんなにはやく見つけられるんだ…)
嫌な予感しかしなかった。
そして、次の瞬間。
ルヴェルトは迷いなくこちらへ歩いてきた。
「こんばんは、セアリス嬢。」
「……こんばんは。」
周囲の令嬢たちがざわめく。完全に注目されていた。
「昼ぶり。」
「数時間しか経っていませんよ。」
「でも会いたかったから。」
「軽いですね。」
「よく言われる。」
悪びれない。セアリスは少し引いた目になった。
「夜会、苦手?」
不意に問われる。
「顔に出ていますか?」
「かなり。」
ルヴェルトはくすっと笑った。
「壁際に避難してる時点でわかる。」
「放っておいてください。私は隅でも楽しめるのですから。」
「隅で楽しめるならもっと真ん中でも楽しめるに決まってる。」
本当にこの人は人をからかうのが好きらしい。するとルヴェルトはふとセアリスのドレスを見た。
「その色、似合ってるね。」
「……どうも。」
「昼のメイド服より好きかも。」
「比較対象そこなんですか。」
「だってそっちの印象強いし。それ以外を見たことがない。あ、もしかして普段の服も見せてくれたりする?」
「無理です。」
セアリスは少し眉をひそめた。距離感が近い。しかも自然に褒めてくるから調子が狂う。
その時だった。
「ルヴェルト殿下。」
別の令嬢たちが声をかけてきた。
「ぜひ1曲お願いできませんか?」
「んー。」
ルヴェルトはちらりとセアリスを見る。
「どうする?」
「どうする、とは。」
「君が踊ってくれるなら断る。」
「断らないでください。」
即答だった。令嬢たちが固まる。ルヴェルトは吹き出した。
「ははっ、本当に容赦ないね。ダンスを断られたことなんて初めてかもしれない。」
「絶対に断りたかったけどいえなかったという人もいますよ。ていうかその令嬢方を困らせないでください。」
「はいはい。」
ルヴェルトは肩をすくめる。
「じゃあ後でまた来る。」
いや、絶対に来んなよ、と思いながら去っていく彼を見送った。セアリスは心底疲れた顔をした。
(本当に苦手……)
完全にペースを乱される。
すると…
「随分気に入られてしまいましたね。」
後ろから聞こえた。振り返ると、エドワードが立っていた。黒の礼装姿。
いつも以上に近寄りがたい雰囲気なのに、なぜか周囲の視線を集めている。
「殿下。」
「体調は大丈夫ですか?表情が暗いです。」
「……自覚はあります。」
エドワードは小さく息を吐いた。
「なら休めばいいのでは?」
「そうできれば苦労しません。」
セアリスがぼそりと返すと、エドワードの口元がわずかに緩む。
「ルヴェルトは昔からああいう性格でね。」
「かなり自由な方ですね。」
「あれはちょっと自由すぎる。」
珍しく即答だった。セアリスは少しだけ笑ってしまう。
「でも使用人の方々とは仲良くしていましたよ。」
「……昔から身分を気にしない人だ。」
「良いことでは?」
「巻き込まれる側は大変ですよ。」あなたも分かるはずです。
妙に実感のこもった声だった。その時、楽団の音楽が変わった。ゆったりとした舞踏曲。次々と男女が中央へ進み出る。
するとエドワードが静かにセアリスへ視線を向けた。
「踊れますか。」
「一応は。」
「なら。」
自然に差し出される手。セアリスは一瞬だけ迷った。だが断るほうが目立つ。
「……よろしくお願いします。」
その手を取る。周囲がまたざわついた。
中央へ出ると、音楽が身体を包み込む。
エドワードのリードは驚くほど丁寧だった。無駄がなく、踊りやすい。
「お上手ですね。」
「…ありがとうございます。」
2人の会話はしばらくなくなり心地よい音楽だけが聞こえるようになった。そしてその沈黙を破ったのはエドワードだった。
「あなたも十分うまいではないですか。」
「王妃教育で散々やらされましたから。」
「嫌そうですね。」
「好きではありません。」
即答すると、エドワードの目が少し細められた。
その時、
「おー、踊ってる。」
軽い声が聞こえた。
ルヴェルトだった。
いつの間にか近くでこちらを見ている。
「邪魔するないでください。」
エドワードが怒り気味で言う。
「してないよ。」
ルヴェルトは楽しそうに笑った。
「でも思った以上にお似合いだなって。」
セアリスが固まる。
「……は?」
「昼も思ったけど、エドワードって君にはかなり甘いよね。」
「そんなことは」
「あるだろ。」
即答だった。
しかも本人ではなくルヴェルトが言う。
セアリスは混乱した。
「え?」
「普通、お前そんな顔しないじゃん。」
「ルヴェルト。」
「怖。」
ルヴェルトは肩をすくめる。だが灰青色の瞳は楽しそうだった。
「まあいいや。」
彼はくるりと踵を返す。
「じゃ、ごゆっくり。」
そう言い残して去っていった。嵐みたいな人だ、とセアリスは思う。
一方エドワードは、無言だった。
「……殿下?」
「気にしないでいい。」
「でも」
「ルヴェルトの言うことを真に受けたらこっちがおかしくなります。」
低い声。
セアリスは首を傾げた。
(でも最近、殿下かなり優しいのよね……)
やはり婚約破棄へ向けて穏便に進めようとしているのだろうか。まあそういうことにしておこう。
(順調だわ。)
セアリスは内心で満足そうに頷く。
一方エドワードは。
(何故嬉しそうなんですか……)
全く噛み合わない婚約者を見下ろしながら、小さく眉をひそめていた。




