13,ルヴェルトとの出会い
最近はものすごく忙しかった。廊下には見慣れない装飾品が運び込まれ、厨房では異国の香辛料の匂いが漂っている。普段は静かな王宮も、今はどこか落ち着かなかった。
「ついに来週ですね!アーレンスの王子殿下がいらっしゃるの。」
書類を運んでいたミリアが、楽しそうにそう言った。
「そうだったわね…」
「交流夜会もかなり大規模になるみたいで、皆ぴりぴりしているわ。」
「なるほど…というかミリアはなんでそんなに嬉しそうなの?」
「だって、アーレンス王国の第一王子殿下、ルヴェルト様といえばとてもかっこいいと有名だから!しかもとても社交的らしいわよ。だからかメイドたちがはりきっているわ。」
ふーん、だから最近仕事が増えたのにメイドたちはやる気を無くしていなかったんだ。ただ、私にとってはぜんぜん嬉しくなかった。
乙女ゲームの記憶が頭をよぎる。
ルヴェルト・アーレンス。
攻略対象の一人。紺色の髪に灰青色の瞳を持つ隣国の第一王子。社交的で人気者だが、とにかく人をからかうのが好きな男だった。しかも妙に観察眼が鋭い。
(絶対に関わりたくない!)
セアリスは心底そう思った。
今は順調に“円満婚約破棄ルート”へ向かっている最中なのだ。こんなときに攻略対象になんて会ってしまったら…私は悪役令嬢だから嫌なことになる想像しかつかない。
そんなことを考えていると、
「セアラ!」
遠くからミリアが手を振った。
「悪いけどこれお願い! アーレンスの荷物なんだけど、書類が読めなくて!」
「はいはい、今行くわ。」
最近、完全に翻訳係になりつつある。セアリスはため息をつきながら書類を受け取った。まさかアーレンス語を勉強したのがこんなところで役に立つなんて。
「……香辛料、食器、保存酒……」
「読めるのすごいわねえ。」
「勉強しただけよ。」
そう返しながら、セアリスは手早く内容を確認していく。王宮にはアーレンス語を読めない人がほとんどだ。隣国なら言葉が似ているのでは?と思うかもしれないが、アーレンス語は名前だけで本当は英語。日本語話者が英語を勉強するのは大変と聞いたことがある。
最近ではすっかり翻訳係として仕事するようになり、セアリスは顔と名前を覚えられ始めていた。なぜかどんどん目立っている気がする。
その時だった。
「おい、それどこへ運ぶんだ?」
聞き慣れない声が廊下に響いた。中くらいの高さの軽い声音。セアリスが顔を上げる。そこには見慣れない青年が立っていた。紺色の髪。灰色っぽい青の瞳。整った顔立ちに、人懐っこそうな笑み。だがその笑みの奥に、妙な鋭さがある。
(……うわ)
一瞬でわかった。ルヴェルトだ。本物はゲームより数倍胡散臭い。
「これは厨房行きです!」
近くの使用人が慌てて答える。
「ふぅん。」
ルヴェルトは興味深そうに荷物を覗き込んだ。
「この国ってやっぱり甘い香り好きだよね。」
「え?」
「香辛料の使い方。アーレンスと全然違う。」
そう言いながら、彼は勝手に箱を持ち上げた。
「ちょ、殿下!?」
「運ぶんでしょ? 手伝うよ。」
周囲がざわつく。王子が荷物を運ぶなど普通ありえない。私が不敬罪で罰せられそうだから本当にやめてほしい。しかしルヴェルト本人はまるで気にしていなかった。
「えーっと、厨房こっち?」
「そ、そのようなことを殿下にさせるわけには……!」
「別にいいじゃん。」
いや、ぜんぜんよくないから!というか軽い。とにかく軽い。王族らしい威圧感が全然ない。だがその分、妙に距離感が近かった。
(自由人だわ……)
セアリスは少し引いた目で見てしまう。
すると…
「ん?」
ルヴェルトの瞳がこちらを向いた。そして目が合う。
「……」
「……」
数秒の沈黙。ルヴェルトがふっと笑った。
「へえ。」
嫌な予感しかしない。
「君、この国の人?」
「……そうですが。」
「ふぅん。」
じっと見られる。
まるで観察されているようで落ち着かない。
「何か?」
「いや。」
ルヴェルトはにやりと笑った。
「面白いなって。」
「……は?」
「君、メイドっぽくない。」
セアリスの動きが止まる。
「立ち方とか喋り方とか。教育かなり受けてるでしょ。」
「…………」
「貴族?」
さらっと言われた。セアリスは思わず目を逸らす。
(やっぱり苦手!!)
というか、やはりこの人、頭はいい。
ゲームでもそうだった。人の反応を見るのが好きで、わざと揺さぶって楽しむタイプなのだ。
「違います。」
「嘘。」
「…………」
「嘘つくの下手だね。」
楽しそうに笑われた。ものすごく悔しい。
その時…
「……いったい何をしているのですか?」
いつもより低い声が割り込んだ。空気が少し張り詰める。振り返ると、そこにはエドワードが立っていた。
「あ、エドワード。」
ルヴェルトは軽く手を振る。
「久しぶり。」
「到着早々騒ぎを起こすなんて。」
「騒ぎってほどじゃないよ。」
そう言いながら、ルヴェルトはちらりとセアリスを見る。
「ちょっとこの子と話してただけ。」
エドワードの視線がセアリスへ向く。
「……セアリス。」
「はい。」
反射的に返事をしてしまった。しまった、と思った時には遅い。ルヴェルトが目を細めた。
「へえ?」
楽しそうな声。
「セアリスって……あの公爵令嬢?」
「…………」
「なるほどね。」
完全に面白がっている顔だった。セアリスは無言になる。最悪である。開始数分で正体がほぼバレた。
「隠してたんだ。というかなんで公爵令嬢がメイドなんてやっているの?」
「いや、ちょっと働いてみたいなあと……」
「……はは、」
ルヴェルトは肩を揺らして笑った。
「変な人。」
「どこがですか?なんか私が狂人と言われているみたいです。」
「狂人ねえ。そんなことはないよ。」
ふわっとした返答なのに、妙に嫌な感じがした。この人、絶対人を振り回すタイプだ。セアリスが警戒心を強めていると、ルヴェルトがふと思い出したように口を開く。
「そうだ。」
「?」
「今夜、歓迎夜会あるでしょ。」
「ありますね。」
「君も出る?」
「一応。」
「ふぅん。」
大きな瞳がにやりと細められる。
「じゃあ楽しみにしてる。」
「……何をですか。」
「さあ?」
何かは分からなかったが、絶対ろくなことではないことだけは分かった。
一方エドワードは、そんな二人のやり取りを無言で見ていた。そして小さく眉をひそめる。
「ルヴェルト。」
「何?」
「絡む相手は選ぶべきですよ。」
「えー。」
ルヴェルトはわざとらしく肩をすくめた。
「別にいいじゃん。」
そして…
にやり、と笑う。
「それとも、取られたくない?」
一瞬。空気が止まった。
「…………は?」
セアリスは意味のわからないというような顔をしている。話についていけていないのだろうり
エドワードの目は一気に冷えた。だがルヴェルトは楽しそうだった。
「あはは、怖。」
「くだらないことはやめなさい。」
「はいはい。すいません。」
全然反省していない返事だった。
そのままルヴェルトはくるりと背を向ける。
「じゃあまた後でね、セアリス嬢。」
ひらひらと手を振りながら去っていく。
エドワードは嫌な予感しかしなかった。彼は絶対に何か事を起こす。少なくともそれがエドワードにとって好ましくないものであることは確かだった。
そしてそのとき…
(絶対関わっちゃ駄目なタイプだわ……)
セアリスも心の底からそう思っていた。というかあの人、しっかりこっちの言葉を喋っていたけど…いったいどんな勉強したらそんなに喋れるようになるのよ。やはり、あの人は賢い。本当に気をつけないと。セアリスは固く決心した。




